2 始まり1
「王妃様、ご覚悟!」
野太い声が響く。
私はこの国、ミルカナ王国の第一王女、アイシャ・クイーン・ミルカナ。父王と王妃の母に溺愛されている長女。勉学は万能で、将来に期待されていることに加え、真っ黒な髪に青い瞳、整った鼻筋に、人形のようにきめ細やかな肌を持つ美女。
先程の野太い声はこの大陸で最強を誇る騎士団長にして、侯爵。ドリカス・チェダン。燃え盛る炎のごとき髪とは対照的に澄んだ青色の目を持つ彼は、全身に殺気を纏っていた。
その騎士団長が、この国の王妃である私の母を殺そうとしている。
真横に白い刄が見えた時、突然、
ぱあ
眩しい光が目の前を駆け抜けた。
「あら、チェダン侯爵。お久しぶりですわね。それで。」
甲高い声が響く。
「はっ。これより私、ドリカス・チェダン侯爵は、王妃、カリナ・クイーン・ミルカナ様に、絶対の忠誠を誓うこと、お約束いたします。」
先ほどとは打って代わり、無機質な声。
「ふふふ。聖女たるわたくしの神聖力に対し、とてもしぶとかったですが、やっと屈しましたわね。」
聖女と名乗ったこの女は、私の母。ミルカナ王国の王妃にして、聖女。母は、教会の法皇の娘であった。
誕生した瞬間に神々しい光に包まれたかと思うと、神が降臨し直々にこの娘は聖女であると宣告したそうだ。
当時は聖女というものがよくわからなかったそうだが、昔の文献を解読した考古学者により、魔王復活のときに現れる救いの勇者の母であるということが判明した。魔王とはその字の通り魔物の王だという。この魔王は邪悪な魔力というものを持っているらしい。私の周りには魔物の存在がないのでわからないが、とても危険なものと教えられている。その魔王に相反するように、勇者は神聖力という力を持っていて、その母である聖女もそれには劣るものの有している。
この神聖力の全貌は闇に包まれており、魔物を屈させることができる力ということしか明らかにはなっていない。母だけはなにか感じるらしく、
「有効活用しているのよ。」
といっていた。ただ、教えてはくれない。その後貴族の学校である学園で当時の王太子であった私の父を虜にし、当時の婚約者には冤罪をかぶせ陥れ、国外追放に。そして図々しくもその地位に己が就き、今日この日まで大きな権力を誇っている。私は唯一の王の子。母からは私しか生まれていない。勇者かもしれないのだ。それに加えて人々を寄せ付ける美貌。すべて相成って、母、父ともに私を溺愛している。
「はい。この一生を貴女様に捧げましょう。」
またしても無機質な声。まるで機械のようになってしまったこの人は、母に襲いかかってきたために罰された。当たり前だ。聖女である母に襲いかかったのだから、罰されて当然だ。
母に危害を加えようとしたものは、みんなこうなった。まるで機械のように母に従順に従う、眷属に。
そう、これは当たり前。当たり前であるはず。この国の王たる父も、その弟にして宰相の叔父も。みなそうではないか。そうであるはずなのに、
ーーきもちわるい。
どうしてもそう考えてしまう。母に逆らうのはわるいこと。そう、わるいことだ。小さい頃から幾度なく言い聞かされてきた当たり前。だが私は今、このニンゲン、母と言う名の生物を、同仕様もなくきもちわるいと思った。
あれ?なぜ私は、こんな罪なことを?なぜ、なぜ、なぜ!
図々しくもその座に?図々しいわけがないでしょう。母様が今の座に君臨するのは当たり前だ。
聖女と名乗ったこの女?この女なんて、私の大事な、愛しい母様に。
でも、気持ち悪い。
この状況が、先程まで生気に満ちていた声が無機質なものになるのが、あの神々しいように思える光が。
おかしい。私はどうしてしまったの?
「うっ。ううう。」
頭が、痛い。
「あら、アイシャ。どうしたのかしら?」
バタンッ!
「アイシャ、アイシャ!一体どうしたの?アイシャ!」
初っ端から様子がおかしい主人公です。