第七階位 穏やかな1日?
警告するようなものは特に何もないはず。
やばい、書くことがない…。
というわけで後書きでお会いしましょう。
翌朝……いや翌昼、絆が目を覚ました時には部屋に棺桶が置いてあった。ここは何の部屋か、とかその他思考する暇も与えずにその棺桶は絆に謎をかけるのだった。
見た目は普通の棺桶。黒い棺だ。金の十字架が中心軸に打ち付けてあり、棺には『|Without deserting me《私を捨てないで》』と刻まれたプレートがかけられていた………。
「え?何これ?どーしたらいいの?」
絆は棺桶を前にして混乱した。
私を捨てないで。って捨てる人がいるのか甚だ疑問だがとりあえず……つっついてみる。とりあえず爆発はしない。次に十字架に触れてみる……。とりあえずびっくり箱、ではなさそう…だ?
「と、とりゃー!」
棺の蓋を投げた。
内側には……なんと……
マリアが寝ていた。ですよねー。
すやすやと眠っていたマリアは半ば薄ぼんやりとした目を開いた
「ん……。早いですね、絆さん」
ふわぁぁぁ~。とあくびをして彼女はベッド代わりの棺桶から体を起こした。そして、カーテンがまだ閉められているのを確認するとにぱっと笑って
「まだ昼間ですね、おやすみなさい」
ぱたり、と寝た。
「えぇぇぇぇ?」
予想外な行動に絆はマリアを揺さぶって無理矢理起こした。
「なんですか絆さぁん、眠いよー」
「普通子供は真っ先に起きるでしょ、そんな土日休日の父親じゃないんだから起きなさいー」
「あぅあぅあぅ…」
がくがくがくと揺さぶっているとドアが…半分蹴り壊すような勢いで破られた。
「お嬢様!お呼びですか!」
右手には解放された『Alice』、左手にはシルバーのナイフが四本。そしてわずか数瞬でルイスは構えを解いた。
「ルイス~、たすけてー」
「はいはい」
絆はマリアを放した。
「いきなり緊急用の連絡が来たので焦りました。昨日の今日で不用心です」
「そんなー、ルイスのおにーあくまー」
「知りません。」
爽やかに言った。
ルイスは絆を見るとまずは非礼を詫びた。絆は同時に非礼を詫びて、二人は和解した。
「ルイスー。絆さんが子供だってひどいことするの」
「あはは、無理もないですね。お嬢様はまだ正確なプロフィールを伝えてないんですから」
「あっ、そっか。絆さん、私は第三階位フィオーレ・三代当主マリアです。年齢は600歳っ!」
ぶい、と二本指を立てた幼女に……絆はまずどこからツッコミを入れるべきかと悩んだ。が、
「お嬢様の見た目についてなら私が」
ルイスが話し始めた。
「フィオーレは代々『吸血鬼』として生まれる真祖の家系なのです。マリアお嬢様も先代ミレイア様の直系の子孫として600年前にお生まれになられました。お嬢様は吸血鬼としては五指に入る実力を持ち、そのあまりにも強すぎる力から幼い頃は独立した二つの人格として成長なされます」
「それが私とフィオーレ! 私たちはお互いでお互いを補うの!」
「はい。それが相互補完のお二人の関係なのです」
マリアとルイスが話し終えた。ふむふむ。
まったくついていけないorz
――つまり、あれか。
マリアは生まれながらの吸血鬼。そして吸血鬼の人格とマリアの人格がある。だけれども二人は和解…つまりは何かしらの隔たりを取り払えた、と言うことだろうか?
絆はどうにかこうにか整理を終えると、改めて目の前の少女を見た。
すごいでしょ、と笑う少女はとても吸血鬼には見えなかったが……。棺桶で寝起きされたら流石に頷かざるを得まい。
「こんな小さい子が、吸血鬼ねぇ」
「吸血鬼は別に怖くないですよ。わたしから見たら人間のほうが怖いもん」
「言うわね、昨日は暴れてたのに」
……いやな沈黙。まさか、地雷だった?
「絆さん。この屋敷、いえこの結界『ファンタズマ』内では私がルールです。ゆめゆめお忘れなきよう」
すっ……とマリアの顔に現れた暗い影が消えて笑顔が咲いた。にぱっと笑って
「怖かった?」
そう言った。
「あ…うん……ごめん」
「いえー。謝ってくれてありがとです!」
マリアは笑って棺桶を……閉じた。
「お嬢様もお疲れですね、昨夜も昨夜でしたし致し方ありませんが。」
ルイスも眠そうに呟いて絆にわらいかけた
「コーヒーか紅茶をお持ちしましょうか?」
「あ…それじゃ、紅茶を…」
カーテンがわずかに揺れて、昼間の美しい日差しが見えた。そうだ、このお屋敷の前で飲むのも悪くないかもしれない。絆はルイスに提案した
「いいですね、私も昼間に誰かに呼ばれたのは久方ぶりですし……」
ルイスは一礼して部屋を出た。絆は棺桶を蹴ったりしないように注意しながら部屋を出た。絆はてくてくと廊下を歩いた。夜中は見事な満月を見せていた窓は、流石に今はただの見晴らしのいい窓だった。
昼間もわずかに見える桃花の町並みは中央の巨大な建物……瀬名の父親が経営する『ツバイ社』の本社だ。『旅道具から戦車まで』のキャッチフレーズでも有名で、先の第三次世界大戦で米軍の大量受注で株価が200倍に、そしてその後の復興支援にも協力的で今や世界に名を轟かせている大企業だ。
そして、あの建物には何十、何百とも言われる精錬学園の卒業生が働いている。政府からの仕事と有能人材の提供。完璧なギブアンドテイクであの会社は大きな成長を続けている。
「すっごい会社。私も特別派遣とかされないかなー」
ツバイ社が稀に直接生徒をスカウトする事で、入社と共に役職に即配置される。超高給+ボーナス付き+退職金も億単位…と天下りに近い破格の条件が魅力だ。
「御簾さん推薦してくれないかなー」
無理だよなぁ、とため息をついて絆は町をもう一度眺めた。
「そういえば、町を眺めるのっていつぶりだろ?茜さんが遠くに連れて行ってくれたくらいかな?」
絆は風翼先代当主、茜に養子にされたのだ。両親を奪われたあの夜に……絆の世界は変わった。
辛くなかったわけはない。知らない世界、知らない人、知らない事ばかりで怖かったし茜や嶺や…茜さんの引き連れていた弟子のような子供たちに散々投げられたり飛ばされたり、挙句の果てに竹刀でフルボッコにされたりと………、我ながら過酷な幼少期だった。
「あー心がいたいー。マリアが『怖いのは人間』とか言うからヤな事思い出しちゃったじゃん。もうやめやめ!」
絆は窓から目を離して小さく鼻を鳴らした。
「今は紅茶よ紅茶。もう昔はいいの!」
自分に言い聞かせた彼女は階段へと向かった。屋敷は明るく、広々として見えた。夜の顔と昼間の顔、なんだかマリアみたいだな、と心の片隅で思ったのだった。1階へ降りて、屋敷の外へ。
外は広大な森だったが屋敷の前は綺麗に草刈りがなされており、停車しているスペースを覗いて屋敷の左右を黄緑色の芝生が覆っていた。
「うわ、こうなってたの?」
「うむ。ルイスの手塩にかけた芝生だ」
「い、いつの間に?!」
バラタ・フィオーレが木陰から話しかけてきていた。まったく気付かなかったので絆は驚いてしまう
「絆とやら、虎がしゃべって何が悪い。世の中喋る犬や猫やネズミやフェレットやケータイや魚や車やらが溢れているじゃないか」
「犬…猫…ネズミに…フェレットって、ずいぶん博識ね?テレビ見てる?」
「ふっ、外界からの情報など全てまるっとお見通しだ!」
案外、話しやすい虎だった。不思議系…もしくは電波系虎………。秋葉系虎などなかなかに斬新だ。
「バラタ、絆様に迷惑かけないで下さいよ」
ルイスがいかにも豪華そうなカップっティーポット、そして銀の器に盛られたお茶菓子を持って現れた。たぶん、カップひとつで絆の給料(財布が入りきらなくなるような1万札の束)が全て羽を生やすのだろう。
絆は一人で全てを持ってきたルイスを尊敬の目で見つめた。
「紅茶はアールグレイ・ファーストフラッシュ。アールグレイの一番上質な最初の茶葉です。豊かな香りをお楽しみ下さいませ…。そしてこちらのお菓子はマカロンと自家製のシュー・ア・ラ・クレーム、お嬢様お気に入りのチョコレートもお持ちしました。」
アフタヌーンティーのセットが配膳されて、絆はもうとある思いが溢れそうだった。
(むしろ私をお嬢様って呼んでー!!)
一切口に出さなかったが、またとないだろう至福の一時に倒れそうだった。
「シュークリーム…はぁはぁ…」
「お、落ち着いて下さい絆様」
はっ!と正気に戻った。危ない、危うくシュークリームの魔力の虜になるところだった……。なんて危険な食べ物なのかしら!
「いっただっきまー」
むぐむぐむぐ……。
「ルイスさん……」
「はい?」
「うちで働きませんか?お給金ならいくらでも出しますよ」
「あはは、あなたもですか? 残念ですが私はお嬢様が雇い主ですからできませんよ」
「くぅ…こんなにおいしいのに…残念」
絆は半泣きでシュークリームに手を伸ばした。毎度毎度とルイスの作る料理はおいしい。駅前の『ファミリートマート』、通称ファミトマでしか最近食べていなかった絆は軽いショックで心が揺れていた。
「ルイス、私にも一つくれ」
「はいはい」
ルイスがシュークリームを投げると、パクリとバラタは口で受け止めた。
「うまい」
「それは良かった」
バラタは木陰で横になり、むぐむぐとシュークリームを堪能していた。そういえば、彼はここに来ないのだろうか?
「私も吸血鬼だからな。日差しは苦手だ」
へーそーなのか。
「吸血鬼?!」
絆はタイムラグがあったが叫んだ。虎が吸血鬼とはどういう事か?
「私は先代に命を救われ、この地にやって来た。ミレイアに血をもらい、そしてほら、この牙になった」
これだ、と虎は長い牙を指差した。
「サーベルタイガーみたい」
「うむ。意外と重いんだ」
意外な悩みだった。
「少女よ、虎には複雑な悩みがあるものだ。安易に立ち入るのはやめておけ」
なんと忠告までされた。
「ルイス、もう一個」
「お客様の前であまり食べないで下さい」
虎はなんと複雑なことか。絆は世界は広いなと感じた。その頃、精錬学園では。
マクロ、かずね、ゆなっちの三人が理科の結城恵の授業で苦しんでいた。
「元素C6 H12 О6の組み合わせは…」
「あ、頭が……」
「しっかりしろ、マクロ。」
「くそうキズナンめ……こんなに早くサボるとは……覚えてなさい……」
「そこ、お喋りはだめですっ!」
「『チェインウォール』」
飛んできたチョークを鎖の壁が受け止めた。
「ごめんなさーい」
「わかればいいわよ~」
ぽわわんとした声と、難易度の高い化学式のギャップに一人、また一人と眠りの深淵に引きずり込まれていった。
「これはジアゾ化、これはカップリングです。ここっ!テスト出ますよ~」
「かずね、ゆなっち…あとは任せた……」
目を閉じて1秒程度でマクロは睡魔に身を委ねたようだった。小さな寝息が聞こえてきた
「はやっ!」
「仕方がない。やるぞゆなっち」
「了解~」
まるで絵のような化学式がノートに書き込まれていった。二人のノートは、後ほど二人の人間に渡るだろう。だから結城Tの言った内容までをカラフルなペンで書きこんでいく。
隣で熟睡する友人の顔に落書きしたくなったが……ぐっと堪えてノートに集中したのだった……さらにもう一方。
いつからそこにいたのか風翼嶺は屋敷のロビーにある電話を使用していた。
「あぁ。うん。調べて欲しいんだ。僕らも行くよ……うん、明日くらいには」
それじゃ、と短く言って嶺は電話を切った。この森の………正確には『ファンタズマ』の内側はほぼ全ての電子機器が使用不能になる。これは吸血鬼フィオーレの自己防衛の一つであり、無線通信すらさせない強烈な対策によって攻められた時にアドバンテージを与えさせない役割がある。
ただし、この黒電話のように近代技術からある程度離れた電化製品とマリアの許可した一部の道具は使用可能である。
「さて、今夜はまた泊まりかね?大鷲」
腕につけられたアクセサリーは何も言わなかったが、ほんの少しだけ揺れた気がした。
「うん。今夜の料理も楽しみだ」
嶺はご機嫌に言うと窓の外を見た。綺麗に整えられた芝生、そして机に座る絆とルイス。離れた位置にバラタも見えた。
「穏やかだねぇ」
嶺はのほほんとしたその景色を目に焼き付けると、コートの内側からあめ玉を引っ張り出した。
「ひょーがない。晩御ひゃんまでまちゅかにぇ」
炭酸キャンディーを転がしながら嶺はカッポカッポとご機嫌に歩いていった……。穏やかな昼下がり、ルイスは夕食の支度があるので、と言って屋敷に戻ったが……絆はぼんやりと森を眺めていた。暖かな日差しと穏やかな森の葉のざわめきが深い思考の海に絆を誘っていく……。
(この森も、昨日は………)
真夜中の戦闘。屋敷に忍び込んできた5人と戦い、そして『死者の鍵』が完成した。鍵は『死者の門』を開き、ノウラという絆より多少年上の少女の力と合わさって猛威を振るった。伽藍な魂を呼び集め、死者と生者の戦いにまで広がった……
「でも途中から記憶が無いのよねー…。私も気絶してたのかな?」
全身が熱くなって、気付いたら朝……いや既にお昼だった。
「笑えないわね」
ふふっ、と小さく自嘲して絆は椅子に体を任せて思いっきり伸びをした。
「んーーーっ。それにしてもみんな凄いな~。私たちも負けてられないね、刻鳥」
なんとなく頷きが帰ってきたような気がした。
「よし、特訓よ!バラタ、相手して!」
「友情、努力…。ふむ、ならば最後は勝利。か」
虎は日陰で戦闘態勢になった。
「フィールドはここより半径50m。手加減はするな。」
「いいわ。それでこそ特訓よ!」
虎が吠え、絆は武器の名を呼んだ。
「切り裂いて『刻鳥』!」
絆がまずは先手を取った。
森に入り、短剣を振るう
バラタはそれを牙で受け止めて絆を払い、吹っ飛ばした。絆は『刻鳥』を周囲の木に引っかけて停止。すぐさま反撃に転じた
「切り刻め『サウザンドスレイ』」
鬼のような斬撃の雨をバラタは確実に当たるものだけを見極めて回避していく。淡々と回避を続け、虎は多少の傷を受けただけで絆のスキルを避けきった。
「ふん。狙いが甘い」
虎は左右にステップを踏んで一気に距離を詰めてきた
「『ビーストクロウ』」
爪が迫る
絆は全体重を横に倒して無理矢理側転のように跳んだ。空振りした爪が木を切り裂いてズズンと重い音を響かせた
「爪でこの威力…?」
「どうした、隙だらけだぞ」
「っ!」
木を蹴って跳んだ絆の足下をまるで刃物かなにかのような爪がすり抜けた。虎の背後に着地した!
「ふん」
後ろ足が絆を蹴り上げた。息が一瞬止まって身動きが出来なく……
虎の顔が見えた。口を開いて……牙は長すぎて視界を飛び出していて……ダメ、食べられる!!!
ベロン。
「ふみゅ?」
「私の勝ちだ。少女よ精進せよ」
顔を舐めた虎は悠然と森に去っていった。絆は呆然とすること数秒、
「な、舐められ………」
どうにかそれだけ呟いたのだった。森を出ると空を歩く太陽はようやく傾いて、日差しが幾分弱まった頃だった。時間にしたら3時から4時の間くらいか。絆はお茶を飲んでいた机に戻ると先程まではなかった温かいタオルに手を伸ばした。
「ルイスさん気が利くなぁ……。はぁ、うちのパパもあんな風だったら……キモいか。」
―――――
「へっくち!」
部屋で封印状態の大鷲を磨いていた嶺は突然の寒気を覚えた。
「?」
風邪でもひいたかと疑って、嶺はコートを強く巻き付けた。そして数秒待ってから
「やっぱいらない」
そう言ってまた作業に没頭しはじめた…
―――――
絆はタオルを戻すと空を見上げた。
目をこらすとほんの僅かに空の結界が紫色をしているのが見えた。ここは今は安全地帯。肌寒い世界で絆は穏やかな安堵に包まれるような気分になった。
「平和だなぁ…」
呟き、半分眠りに落ちていく意識の片隅に浮かんだ言葉も呟いた。
「これならまだ終わらせなくていいや…」………
……
…
絆は町にいた。
「え?ここどこ?」
絆は左右を見渡すが、人の姿はなかった。今彼女はある一軒の家の前にいた。何故だか呼ばれている気がする。
「ここどこよ~…」
絆は家に向かい、扉に手を伸ばし絆は家の中にいた。
「え?ドア開けてないのに!」
絆は家の中を見た。二人掛けの椅子、二人分のソファー、そして夫婦らしき男女の飾られた写真立てが複数個。絆は靴を脱いで家に上がる。
「お邪魔します…」
壁に手をついた絆はどこかにいた。
「何が起こったの?」
そこは地下室へ続く階段のような場所。絆は何故こんな場所にいるのか理解できないまま後ろを振り返った。
なんと背後は壁。木造だが押しても引いても動かなかった。
「………呼んでる」
地下を見る。下から湿った空気を感じたがその中にわずかな人の気配を感じたのだ。それは絆の心を掴むように奥へ来いと誘っているものだった。絆は迷ったが、意を決して地下へ降りていった。
地下へ降りるのは案外短かった。たったの20段くらいで階段は終わりを告げたのだが、頑丈そうな扉が絆の前に立ちはだかった。その扉はまるで音楽のレコーディングスタジオを彷彿とさせる頑丈な防音扉で、扉は壁に打ち付けられた杭を通した鎖でさらにキツく閉じられていた。鎖につけられた南京錠で鎖は外せるようだ。
絆は詳しく調べるために扉に手を置いた。絆は部屋の中にいた。
「………ここはあの扉の内側?」
内部は電球が一つ灯っただけの小さな部屋だった。木製の古びた椅子が絆に背を向けて鎮座していた。
「うわ…お化け屋敷より雰囲気あるわ」
絆は椅子に近寄って、気付く。
―誰か、いる
絆は身構えて椅子に座る人物を観察する。
黒髪、長髪。背は小柄……。背後からはそれくらいしか観察できなかった
「あぁ、来てくれた」
声は女の子だ。
「待ってたわ、風翼絆さん」
「何故私の名前を?」
「ふふふ。」
『刻鳥』を呼び出した。この人は……普通じゃない。
「普通の人間なんていない。あなたの普通は他人の異常。私の普通は他人の異常。あなたの普通は私の異常よ」
「………」
「…残念。もう私の力が足りない」
絆は意識がブレていくのを感じた。ノイズが走るような感覚だった。
「後でメールするわね?風翼絆さん」
「どういう意味よ!」
「後でわかるわ………」
絆の意識が無理矢理引きずり出された。「…い!おい!絆!」
「絆ちゃん生きてる?!」
絆は目を覚ました。目の前にはなんと屋敷の全員が集まっていて嶺と瀬名が絆を揺さぶっていたのだ
「あれ?パパもママもどしたの?」
「『どしたの?』じゃないわよ!なんで夜になるまでそんなかっこで寝てるのよ」
「夜?」
空を見ると既に日が暮れていて、星が光り輝いていた。確か昼間だったはずなのだが…。絆はぼんやりと先ほどの出来事を思い出す。夢だった…のだろうか、湿気はとてもリアルな感じだったのだが……。
絆は感覚がずれているような感じがして首を回した。なんとなくスッキリした。
「へくちっ!」
そして、寒気がした。全身が冷えていてとても寒い。今までどうして感じていなかったのかが理解できないほどに寒い!
「ルイス、タオルお願い」
「ついでにホットココアも作ってあげて」
嶺と御簾がルイスに注文した。
「大丈夫、平気だか…へぷちっ」
「絆さん、もう7時なんですよ?しかも冬の。」
「もう死んでるのかってくらい熟睡してたのよ?」
「本当はこのままお風呂に入るのが一番良いんだけどね」
女性陣が口々に言った。
「へぷちっ!」
「ほら、早く屋敷に入れてやらぬか」
虎の一声(?)で全員は屋敷に絆を運び込んだのだった屋敷の中ではルイスが忙しく走り回った。暖炉の前に座らされた絆にタオルを出し、ココアを作り、浴室の準備を終えるまでに実に10分少々。なかなかの手腕である。
「絆ちゃん、入っていいよ」
「それじゃ、遠慮なく……。」
絆は飲みかけのココアを椅子の肘掛けに置いてルイスの先導で浴室に向かった。恥ずかしながらこの屋敷の浴室がわからないのだ
「こちらです」
案内されたのは屋敷の奥、客室の並ぶ場所からは少し離れた場所だった。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう…ございます。」
なんとなく気まずい思いで絆はお礼を言った。ルイスは一礼して立ち去って、絆だけが取り残された。
脱衣所は服を掛けられるハンガーが純金製、山のようなふかふかのタオルに埋もれたい衝動にも駆られたが、絆は慣れないドレスを脱ぐことを決意した。
「…って、ファスナーに手が届かないっ!」
「これですか?」
「あっ、うん。ありがとう」
…あれ?
「絆さん!」
「マリアちゃん?なんで」
「日本にはこんな言葉があるのです」
「?」
「裸で付き合えっ!大胆ですね♪」
「え?違くない?」
キャー、とマリアは浴室に消えた。なんと既に服を脱ぎ終えていたのだ。気付けばハンガーにマリアのドレスが掛けられていた。
「な…何者よ、あの子は」
なにぶん吸血鬼だからねぇ…。(by白燕
絆もどうにか脱ぎ終えると、タオルを持って浴室に入った。浴室はとても広いようだった。何故こんな言い方かと言うと、湯気のせいで視界が悪いからだ。
「換気扇ないのー?」
ここは中世のお屋敷。あるわけないじゃん(by白燕
「そっかぁ………。『ブラストエア』」
パチン!と絆が指を鳴らすと人のような形をした湯気がかき消されて消えた。絆は小さく「よし!」と言うと浴槽に手を入れ……
「たすけてー」
なんか、マリアが溺れているようだった。
「何やってるのよ」
「吸血鬼は水に弱いんですー」
「なら何故入った?!」
「ごめんなさい見栄張ろうとしましたぁ~」
ぶくぶくぶく…
あ、沈んだ。
「もぉーなんなのよー!」
叫びがとても響いて、絆はお湯に飛び込んだ。浴槽は意外と深く、1mはありそうだった。お湯を掻き分けるようにして進んでいくとマリアが死んだように浮いていた。
「マリアちゃん!大丈夫?死んでる?」
「ぶくぶくぶく」
「平気ね。よし。」
マリアを抱き起こして、絆はマリアを背負うようにして浴槽の端まで運搬する。
「油断しました……」
「なんていうか、ドジッ娘なの?」
「たぶん違うはずです…」
「まったく、昨日はカッコ良かったのに台無しよ?」
「フィオーレは泳げないので、たぶんこのお風呂に入れないです」
「それ…本気?」
「今変わればたぶん、泣いちゃいます」
「そんなに………」
なんということか意外な弱点がわかった。五指に入るという真祖の吸血鬼でも水で泣くらしい。いつか試してみようと意地悪な考えを抱きつつ、絆は意外と深い浴槽につかる
「半身浴…っていうか歩行浴向けね」
「泳ぐのもいいですよ」
「確かにねー」
絆は漂うように浮くと、力を抜いた。とても疲れた。考えたらストーカー事件からずっと徹夜だ。休む間もなく次から次へ問題が発生している。あぁ、
「疲れた…」
「あはは。それじゃあ後でルイスに元気の出る飲み物を作ってもらいましょう!」
「いいわね、それ!」
ザプン、と絆は水中で一回転するとほどけた髪を撫でつけてマリアを見た。絆は手を伸ばして少女はその手を不思議そうに見つめた
「そういえば、まだちゃんと自己紹介できてなかった。私は絆、風翼絆。よろしくね」
「………」
マリアは意外そうに目を見開いて、それから笑った。何故だか二人分の声が浴室に響き、残響した。
「なるほどです!人間もまだ捨てたものじゃないですね、絆さん是非よろしくです♪」
「よろしくね、マリアちゃん」
二人は笑って、それから
「あっ」
「ちょ」
マリアが足を滑らせて再び浴槽に沈んでしまった―――
どこかの、広大な建物の中。そこでは数百数千という人々が集結していた。
「先の作戦は失敗した。ノウェム達に黙祷」
オラクルが仲間たちに告げた。
しんと静まった人々はノウェム・ヴァンス・ジェイル・アウェン・ノウラの五人の冥福を祈り、そして五人の活躍に敬意を示した。
「……。では、次だ。カリナこちらへ」
「えぇ」ノウェム達に黙祷」
オラクルが仲間たちに告げた。
しんと静まった人々はノウェム・ヴァンス・ジェイル・アウェン・ノウラの五人の冥福を祈り、そして五人の活躍に敬意を示した。
「……。では、次だ。カリナこちらへ」
「えぇ」
一人の少女が壇上に上がった。その少女はとても綺麗で、少しだけ目付きが鋭かった。髪は長い金髪。妖しく美しく輝く髪は居合わせた全員から驚きの声が上がった。
少女はオラクルを見て、剣を抜いた。
自身の眼前にまっすぐ剣を立てて騎士さながらの仕草をする
「カリナ、ミルフィ以外で連れて行きたい人がいたら何人でも連れて行くと良い。君なら嶺にだって張り合えるのだからね」
「いいえ。私は『妹と』行くわ」
「………。好きにすると良い」
「行きましょうロウザ」
少女は一人で壇を降りた。
「オラクル様、あの人に任せていいのですか?」
ライフルを片手にミルフィが囁いた。
「彼女はイギリスの能力者収容施設のエースだ。彼女の心配はいらないよ」
「はい…。失礼しました」
ミルフィは少しだけ項垂れて元気なく言った。カリナ、彼女に何かの不安を覚えたのだが…オラクル様が言うなら、とその不安を押さえつけて飲み込んだ。
「さて嶺…君は気付いているよね?私と君の第2のゲームの始まりに。私を殺すか、世界が変わるか……今回は私も封印なんてされないからね」
オラクルは笑い、叫んだ
「我々はついに偉大な先駆者達と同じ時を迎えた。つまりは『革命の刻』だ。正直者が傷つき、悪魔が利益の甘い汁を吸い付くす世界を変える戦いが始まる。もし、この世界のままがいいと言う者がいればここを出ていけ。近いうちにまた敵として合うだろう」
誰も何も言わなかった。去るものは誰一人存在せず、オラクルの次の言葉を待ちわびるように全員が見つめていた。
「………。では、行くぞ。」
オラクルが指を鳴らすと一枚のスクリーンが現れた。そこは桃花市の中央地区。カメラ映像に一人の男が映った。
「やれ」
「はっ!」
男が指を振った。マリアの屋敷では絆とマリアを除いたメンバーがトランプに興じていた。
「よっしゃ、スペード5・6・7・8・9のストレートフラッシュ!どーよ!貰ったね!」
「流石嶺さん、5・6のフルハウスです」
「情けないわね!1とKのフルハウス!」
「瀬名も落ちたわね。ハートのロイヤルストレートフラッシュで返すわ」
全員、手札があり得ないほど強かった。
「また御簾の勝ちかよ…」
「嶺さんだけ全敗してますしね」
ルイスが苦笑いしながら嶺に飲み物の追加を聞いた。
「コーヒー、砂糖多めで―――」
屋敷が揺れた。カタカタカタカタと窓が小物が震えだし、地震かと全員が立ち上がった瞬間、爆音が響いた。
「爆発?!」
「この屋敷で爆発した訳ではなさそうですが……」
ドタドタドタドタドタ
バンッ!
「パパ!ママ!大変!」
タオル一枚で駆け込んできた絆に全員が驚いた。
「どうしたのさ?」
「町が…桃花の町が…」
素早く嶺と瀬名が部屋を飛び出して、町が見える窓に飛び付いた。森の木々が邪魔だったが、屋敷の裏側は比較的土地が低いのでなんとか町の異変が見えた。
空に立ち上る煙が異常事態を知らせていた………。
「みんな、町へ戻るよ!絆、マリアと準備して!」
「う、うん!」
嶺は部屋に戻り、御簾に町の異変を伝えた。
「そう。なら荷物まとめるわ」
御簾は余裕なのかなんなのか悠然と立ち上がり、自分の部屋に向かった。嶺はルイスに今夜の食事をできないことを謝った。
「いえ。お嬢様も私もこの屋敷を守らなくてはいけません。嶺さん、町をどうか…」
「もちろん。陽動作戦かもしれないから二人も気を付けて」
嶺は部屋を飛び出した。
「不吉な星が出ています……どうか幸運を」
ルイスは一礼し、嶺を見送った数分後、屋敷の前に絆、瀬名、御簾、嶺の順に到着した。
絆以外は私服で、絆はマリア提供の多少古い服を借りてきた。なんでも昔、茜が置いて行った服らしく、真紅の生地に胸元をざっくり露出させたデザインは
「泣きたい………」
その一言だった。
「まぁ、その色にそのデザインは勇気いるわよね」
絆は胸を隠すようにしながら茜の服を睨んでいた。
「それじゃ、マリア。結界解除お願い」
「はい。嶺さんたちが通過する時だけ無効にします。」
嶺は手を前にかざし、手首につけた双剣のアクセサリーを手のひらで隠すようにしながら両腕を左右に広げた。 双剣が解き放たれ、名を与えられる。
「風遊べ『疾風大鷲』」
巨大な鳥が姿を表した。大鷲。嶺の武器であり、最大の特徴だ
「絆、乗って」
「うん」
大鷲がしゃがむようにして二人を背中に乗せて、翼を広げた。
「私たちも車で追いかけるわ!」
「先行ってるよ!」
瀬名と嶺は同時に動いた。車が発信し、鳥が空に舞い上がった。広大な夜の森は昨日の戦いの爪痕すら埋めて屋敷を取り囲んでいた…。
「大鷲、町を目指して」
ピュィー、と鳴いた大鷲は強く羽ばたいて加速した。冬の夜の冷たい空気を全身で感じて、そして自分が今空にいるのだと震えた。
「絆、掴まって。結界抜けるよ」
「うん」
三秒くらいで結界を抜けた。ほんの少しザラッとしたが大鷲は結界を通過して大空に舞い上がった!
「酷いな…」
町からの煙はより濃くなり、赤い光……火の手も上がっているようだった。
ピリリリリ、と絆の通信機が鳴った。
「はい」
『あ、通じた。絆ちゃん、嶺いる?』
「今かわります」
絆は耳につけていた通信機を嶺に渡した。
「かわったよ」
『このバカ嶺!電話出なさいよ!』
「い、今までフィオーレの屋敷にいたんだよ!」
『瀬名と御簾はいる?』
「いない」
『そう……』
「何かあった?」
『………。『ツバイ社』が爆破テロに巻き込まれたわ』
嶺と絆は耳を疑った。
「まさか…」
『本当よ。怪しい集団が『ツバイ社』に乗り込んでる。学園は正式に生徒を派遣して、非公式にだけど十二階位関係者に連絡したみたい』
「十二階位関係者も?凄いね」
『とりあえず嶺は奪還メンバーね。瀬名たちと合流したら徹底的に叩いて。絆ちゃんは嶺と一緒に切り込みよ』
絆と嶺は了解の返事をした。ツバイ社は瀬名と御簾の実家であり…今の日本を支える大企業だ。
これを解決すれば…特別派遣してもらえるかもしれない。と、絆はニヤリと笑った。
「?」
嶺が不思議そうに絆を見た。
「な、なんでもないって」
絆は自分の頬をパチンと叩いた。
「さっ!行くわよ!」
大鷲は火の手の上がる大通りを飛び抜けて、右往左往する警官隊の頭上を越えて、大鷲は着地した。
目の前に聳えるのは『ツバイ社本社ビル』。キャッチフレーズ『旅道具から戦車まで』の大企業。立派なビルはガラスの壁面で覆われていたのだが……今は下の3、4、5階の窓ガラスが全て割れていて無事なのは10階から最上階の24階までのようだった。
裏を返せば既に9階までの侵攻を許したという意味でもあった。その後絆と嶺はビルを見上げて全体像を把握した。
通信機に呼びかけて今入り口だと伝えた
『オッケーオッケー。それじゃ今回あなたたちのサポートをする内崎黒須です。よろしく』
「知ってるよ。それじゃあ行くよ!」
嶺と絆は建物の入り口から内部に侵入した。―――
建物の9階、そこに数人の姿があった。
「ねーねー吉星衛門~1階のドアに誰かいるよー」
声を上げたのはとても小さな少女。歳は小学生くらいだろうか? 短い右袖に精錬学園の紋章が刻まれていた。
「メニー。下は他の奴らに任せろ。俺たちはここの社長室を奪わないといけないんだ」
「でもでも、あの目立つ白コート嶺じゃない?」
監視カメラの映像をリアルタイムで覗き見しながらメニーはほらほらと指差した。その隣にいた18歳くらいの少女が「ふーっ」と長くため息をついた。
「カリナちゃん?」
「お願いだから静かにしてメニー」カリナと呼ばれた少女はまるで海賊が被っていそうな形の帽子を頭にのせていた。薔薇の透かしが入った黒い帽子だった。そして彼女は他のメンバーと少し離れた位置にいた。
「カリナさん、もう少し優しくなれません?」
今度は少年が苦笑いした。水色の半袖のワイシャツ姿。それは精錬学園中等部の夏服だった。
「それにしても、エアコン壊したのは失敗ですね。暑いです」
右手で扇ぎながら徐々に火災で上がってきた室温に文句を言った。
「でも理威徒、私の読み通りよね。半袖は正しかったのよ!」
またカリナがため息をついた。
「少し、下に行くわ」
「ちょっと!カリナちゃん危ないよ!」
「昔の同僚に挨拶に行くだけよ」
カリナは一人階段に消えた。
「まったく、危ないよ」
「好きにさせろ。あいつは元々別動隊だ」
吉星衛門が言った。
下階でまた爆発が起きた。おそらくは足止めしていた者達が爆弾を使ったのだ。
メニーがノートパソコンを叩いていたのが止まった。ガコン。と音がして目の前の分厚い壁が左右に開いていく……
「開錠成功だよ!」
開いた先は上階へと続く階段だった。今までは非常コードで閉鎖されていたが暗証コードを書き換えたのでもはや施錠されることはない。
バタバタと上階から何人もの足音が響いてきた。おそらくは次の階の警備員だろう。
「理威徒」
「はい!」
少年が右手を階段に向けて、呟いた
「『熱を熱に。天地乱す気流となりて荒れる暴風にて焼き払え』」
熱が熱を再作成する不可思議な事象が起きた。階段の中をたちまち数百度の熱が埋めつくし、上階から叫び声が聞こえた。
「ふぅ。オッケーです」
「よし、では次の階を潰すぞ」
吉星衛門が先導をきって熱の残る階段を登っていった………。
後書き
こんにちは。白燕です。
最近駅前の駐輪場で燕の雛達がすくすく育っているのを見て一人癒されている人です。
あの小さな巣からいっぱい顔出してるのかわいいですよねー。はぁ癒される……
さて本番本番。
今回の物語は前回とうって変わってのんびり雰囲気……と見せかけて次へ続きます。フィオーレ襲撃なんて目じゃないぜ!と言わんばかりに行きます。 たぶん
最近前書きに書くことがない…。
どうしよう…。(ボソッ
さてさて。それではまた次回お会いしましょう~(=△=)ノシ