表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

第三階位 結界にて。-音のない足音-

特殊な能力を持つ若者が通う学校。『精錬学園』。そこに通う絆の友人、咲山春香がストーカー被害にあっていた!


町のチンピラを成敗し、ようやく犯人を捕まえたと思ったら、藤村彩乃が何者かに襲われたと連絡が入った!




絆達の長い長い1日はまだ終わらない?

「彩乃が…病院に…!」

真畔が叫んだ。その言葉は、その場に居合わせた全員を硬直させてしまうには十分だった。素早く反応した絆は春香を離して、嶺に指示を請う

「嶺!大鷲なら早いんじゃない?!」

「こんな大人数は無理だよ!

タクシー呼ぶから、全員準備!」

嶺がケータイを取り出すと春香と春徒を除いた四人が走り出した。

絆は、和音、真畔、夕凪を捕まえて情報を聞き出す

「待って、まだ何も…」

ピリリリリ…と絆のケータイが震えた。手にとると、メールの新着を告げる緑のLEDが点灯していた。

「誰よ…こんなときに…」血が見える 殺 貴女に伝えた

が え   戮      だ

見える   よ      間

え            に

る 肩口を切り裂いて   あ

 彼女の躯を切り裂いて  わ

夜に輝く銀色の鋭利な光が な

             い

急げ急げ急げ 今ならまだ…

げ急げ急げ急 今ならまだ…



「ッ!!!!!」

思わず、投げ捨てた。

「何これ!なんなのよ!!」

またしても送られてきた意味不明のメール。いや、意味はわかる。このタイミングで送られてきたということは間違いなく彩乃の事。なのに!

「意味わかんない!!何が…何が!!」

「キズナンどうどう…」「いきなりどうした?」

真畔と和音が不思議そうに覗きこんで来た

「メールが…」

震える声で呟いた


「何も、ないですね?」

夕凪がケータイを拾い上げて首をかしげた

「そんな!…いや」

今朝もそうだった。絆は思った

(これは普通のメールじゃない。私を名指しで、狙ってるわ)

ケータイを受け取り、笑う

「ごめん。ちょっと疲れてたのかも、なんでもない」

「…無理はしないでね?」

夕凪が呟いた。

この世界じゃ体調不良も言い訳にできない。生きるか死ぬか。それだけなのだ


…切り替えよう



とにかく今は、急ぐべきなのだから。十数分後、タクシー二台が到着した。

一台目に、絆、真畔、和音、夕凪が乗り込んで、次の車に嶺、春香、春徒が乗った。

「病院へ!」

絆が叫ぶと、人の良さそうな運転手のおっちゃんが車を滑るように発進させた



「キズナン…」

真畔が辛そうに呟いた。

多分、さっきの事を思っているのだろう


「…大丈夫。私よりあやのんのが心配。一体…どうして…」







十分ほどで、この街で一番大きい病院に到着した。絆は自分のサイフから、この間の銀行強盗の報酬の一部、数万円を適当に渡した。

「ごめん!お釣りはいらない!」

料金の十数倍を受け取った運転手は、呆然と女子高生を見、手の紙幣を見、サイフのふくらみを見、女子高生を見た。

「…」

「ドアあけて!」

自動ドアが開いて、四人はわらわらと飛び出して、病院に駆け込んだ。



少し遅れて嶺と春香。そして間に挟まれた春徒も病院に入る


受付に面会は終了だと言われたが、全員が身分証を提示する。もちろん春徒は両腕を掴まれているので動けない

「せ、精錬学園…。きょうは何の御用で?」

受付嬢は怯えるように言って、嶺を見る

「あ…なた…は…」

「あー。この間はお世話になりました。今回は娘の友人のお見舞いですよ」

死体あるところに彼の姿が…。そう言いたげな視線が痛かった。


「藤村彩乃、の病室は?」

「3-222…です」

一斉に走った。



階段を駆け上がり、二階へ。

廊下を抜けて、病棟へ。

それから、222へ。


「あった!3-222」

「集中治療室…」

嶺と、春徒は外に残り、女子高生五人を中へ入れた。


両手を消毒。マスクと薄いビニール手袋をして、ビニール帽子をかぶって、入室する。

ピコンピコンとうるさい心電図。鼻をつく消毒臭。そして、この部屋で眠る、彩乃の姿。

「あやのん!」

誰が言ったか分からないが、多分全員が同時だった。目を閉じて、呼吸器を付けて、胸からいくつものコードが伸びて、その先で彼女が『まだ』生きていると示す機器が点滅する…

「なんで…なんであやのんが…」

真畔が泣きそうな声で叫んだ

絆も、辛い気持ちで眠る友人を撫でる…



キツく巻かれた包帯に目が行った。

止血に強く巻かれた包帯は、うっすら赤みがかって肩から一筋に伸びていた…


「…これ、私…」

メールが頭をよぎる

「肩口を切り裂いて………」

そう。あのメールはそう言っていた。

「まさか…あいつが、犯人?」

絆の呟きに、真畔がそれだと叫んで、部屋を飛び出した。



「咲山春徒!あんたが…あんたが犯人でしょ!!私たちに囮になって、他の誰かにあやのんを襲わせたんでしょ!!!」


「馬鹿な!俺は春香以外には興味ない!第一、俺に何の得がある!」


確かに、そうだ。

このタイミングでは真畔の言う通り春徒が絡んでいる可能性が高い。だが…実際、何のメリットもないのも正しい。

ただの人間が能力者を殺す…なんて容易な行為であるはずがないのだ

ならば何故… 思考は回帰する。

ならば何故… このタイミングなのか。

ならば何故… こんな事になっているのか。


ならば何故… あんなメールが届いたのか。

「絆も、みんなも聞いて。今、彩乃ちゃんの情報を黒須に追ってもらってる。うちのチームのメンバーも、全員用事を抜けて動いてくれてる。だから…彩乃ちゃんの側にいてあげて?」

嶺は窓を開けた。爽やかな夜風が吹き込んだ

「パパ」

「心配しなさんな。絆、仲間の側にいてあげて」

「私の、ケータイの履歴、調べられる?」

嶺は、何?と呟いた。

「私に、メールが届いたの。春徒を捕まえたちょっと後に。だからお願い!調べて!」

「メールは、消したの?」

「違う。まるでなかったみたいに消えたわ」


嶺は少し悩んで

「絆、ケータイ借りて良い?」

絆は自分のケータイを差し出した


嶺は受け取って、自分のケータイからどこかにダイアルする


「あ、黒須?ケータイの履歴なんだけど…」


嶺が黒須に連絡し、掛け合っている

「そう…消えたって…」



絆は、もう一度部屋に戻って、彩乃の手を両手で握る

「頑張って…」

きゅっー、と手が握られて、彩乃の眼に、わずかに涙が浮かんだ気がした。



それを見て

    心

    に

    火が灯った。


「ねぇ、パパ。私も連れてって」

「…駄目だよ。絆もここに…」


「連 れ て け !」

「んな、馬鹿な…」

嶺は、宙に投げられて、壁に叩き付けられた!

「っ~! 絆、どうしたんだよ!」

「友達が…彩乃が傷つけられて、じっとしてられるわけ…無いでしょ」







「わかったよ。犯人を見つけたい奴、ついてきな!」

嶺が窓から跳ぶと、四人が続けて飛んできた。


「ごめん。大鷲。少し頑張って…」

嶺は落下しつつ『疾風大鷲』の名を呼んだ。

トン、ドドドと不時着した五人に、大鷲は不満そうに鳴いた

「こっから学園までだよ。頑張れ!」

仕方ない。と、でもいうように巨鳥は一度だけ、短く鳴いた

夜を切る双翼が大きく羽ばたいた。

揚力が揺さぶり、振り落とされないように羽根を握りしめて掴まる


低く、それでいて速く。家の屋根すれすれに飛び抜ける大鷲


羽ばたく風が庭木を揺らして、人知れず五人は空を()

「大鷲、余力ある?」

無茶言うな。と言いたいのかため息に近い鳴き声がした

「…仕方ないか。召集はついてからにする」

羽ばたきが一度大きくなり、視線が一段階シフトした。

「…やる気あるんだ?」

ふん、とこの鳥は鼻息荒く答えた

「そんじゃ、召集するから大鷲、頼んだ」


大鷲を中心に、その翼長よりもさらに大きい円が描かれた。白いラインが夜に輝いて幾何学模様を描き出した

「これ、魔法陣?」

半径8mの大魔法陣。それが起動した。


「…確認。お疲れ大鷲」

ピィィ、と短く答えて大鷲は高度を落とした

「凄いです!あたまいーね!」

夕凪はよしよしと大鷲を撫でた。


確かに、大鷲は賢い。

嶺のあらゆる補助から、家の防御結界までこの大鷲が行なっているのだ

(私も、あんな風に持てるかな)

封印状態の『刻鳥』を見て、絆は小さな羨ましさの棘が心に刺さるのを感じた。



「ん、学園か?」

「着陸するよー。全員、大鷲にしっかり掴まってて!!」


嶺の声の数秒後、大鷲は精錬学園の校庭に着陸した。

砂ぼこりが舞い上がって、月明かりに照らされた


「嶺、到着…と」

白衣が歩いてきた。身長は『あまり高くない』程度の人物は

「お待たせ黒須。はい、絆のケータイ」

嶺は黒須にケータイを手渡した。黒須はそれを受け取って少し眺めてから白衣のポケットに入れた。

「自己消滅型のウィルス使われてたら時間かかるかもよ?」

「信頼してるよ、黒須」

「別に嬉しくないわ…と」

空に、線が入った。青く澄んだ線は月明かりを背に受けてキラリと輝き、一度輪を描いた。

絆の左右から綺麗だと感嘆の声が上がった


「…ん?」

輪を描いたその線は、まるで螺旋のようにそのまま高度を下げてきた

さらに、その線と並ぶように眩しい雷光が煌めいていて、嶺と黒須が一歩退いたのを絆は見逃さなかった。


空からもはや直角に降ってきた螺旋と雷光が校庭に猛烈な衝撃を与えた!

舞い上がる砂ぼこりは、大鷲の着陸とは真逆に近い代物で、轟音と振動が体を揺さぶる!


「げほっげほっ…御簾(みす)!ちょっとは優雅に着地できないの?!」

「げほっげほっ…瀬名、あなたが優雅に着地すればこうはならなかったわよ!」


(いや、どちらにせよ着地の時点で優雅さが微塵も無いような…)

数人の頭を常識的なツッコミが横切った。


「あ、れーい!」

瀬名が走ってきた。


「会社の新作発表会抜けてきたわ。感謝してよ?」

瀬名が言った…?

絆は目を凝らしてよく見る。月明かりを受けて、二人の女性が歩いてくるのを。

一人は…間違いなく瀬名。栗髪ポニテのトレードマーク黄色。毎日見かける母親代わりの人だ。


もう一人は…青い髪をポニテにした、まるで瀬名の色違いな人物だった。


あぁ。そうか


「ま…まさか!聖蓮姉妹?!本物?!」

真畔が叫んだ。

「む…私たちに偽者?」

「安心して。私は間違いなく聖蓮御簾よ」

氷を操る【フローズン】の能力者。聖蓮御簾。

聖蓮瀬名の双子の姉妹であり、瀬名と同じ『椿井(ツバイ)社』のご令嬢である。


ちなみに、椿井社は「旅道具から戦車まで」を掲げる超大手企業である。

町を照らす街灯から、トイレットペーパーまで身近なあらゆるものを手がけているのだ


そして、精錬学園の武器は、ほぼ全てこの会社が製造している。


娘が能力者で、学園在籍。しかも最優秀生徒の一人×2ともなれば当然認知度は100%。彼女達は男女問わず尊望の的である。



「さ、サイン下さい!…取材の」

「…。どうする?瀬名」

「いいんじゃない?広報活動ってとこで」

御簾も瀬名も仲が良い。

一卵性双生児というのもあるだろうが…やはり気が合う姉妹なのだろう。任務時も二人が組むという話をよく聞いた。


「やっほー、絆ちゃん。久しぶり」

絆は、御簾に挨拶する。



見間違えたなんて口が裂けても言えないが。



「あれ?緋糸(ひいと)は?」

「もうじきじゃん?…お、来た来た」

空を赤い光が走った。


「待たせたな」

赤いコートがなびいて、赤髪の青年が立ち上がった。


彼こそが、嶺の部隊で最も人気があり、頭がきれ、強くて、カッコイイ人物!

「悪い。遅れた」

不知火 緋糸(しらぬいひいと)様!


「あぁ…」

「ちょ!マクロ!気絶しないで!」

和音の腕に抱かれて、真畔は気絶していた…。学園の最高チーム、そのメインメンバーが一同に集まったのだ

絆は…案外そうでもないが、他の女子は動揺を隠しきれない


「さて、嶺?」

「私たちの仕事は?」

聖蓮姉妹が悪戯っぽい笑顔を浮かべて聞いた。それはまるで余裕で、それはまるで自信の表情だった


「絆の友人が病院に運ばれてきた。傷の状態ならば鋭い何かで袈裟に斬られたと推測したよ」

「わかった。」

緋糸は紅いコートを着なおした。

「友人は能力者だったか?」

嶺が頷いたのを見て、緋糸は遠くを見つめる

「只の通り魔ではなさそうだな」


緋糸は一瞬で紅い線になった。

素早く、飛ぶように民家の屋根まで飛び上がって、次の屋根へ。ほんの数秒で見失ってしまった…


「了解。で、嶺、緋糸は一人でもいいけど…この娘達はそうはいかないわよね?」

瀬名が言うと

「…いや、この娘達は十分戦えるよ。僕の眼に狂いはないよ」






「え?あ…うん。そりゃ…」

「元から狂ってるなら…」

「「ねぇー」」


「ちょ?瀬名、御簾…酷くね?!」



「「カリスマ0(ゼロ)だしねぇ」」



遊ばれる嶺。不安が暗雲のようにたれ込める…


「…嶺」

不意に黒須が声をかけた。

「さっさと、行きなさい!」黒須の鶴の一声で、嶺は大鷲を呼び出して、空に逃げた。

「ちょ!チームどうするのよ!」

瀬名が叫ぶと

「瀬名が絆と和音ちゃんを!

御簾が真畔ちゃんと夕凪ちゃんを連れて行って!僕は空から見て回る!」

楽してんじゃないわよー。と瀬名の叫びが空に響いたが、大鷲は既に夜空に溶けてしまっていた…

ピュー…と寒い夜風が吹き抜けて、瀬名はがっくりと肩を落とした


「仕方ないわ…絆ちゃん、和音ちゃん、私のチームへ入って。真畔ちゃん、夕凪ちゃんは御簾のチームに。」

「はい!」

四人の声が重なった

「うん。良い返事」

「それじゃ、瀬名。何かあったら連絡して?あ…絆ちゃんはケータイ無いんだっけ?」

黒須にケータイを預けておいたのを危うく忘れるところだった。

絆は瀬名にどうしようかと聞くと

「なら、これを持ってきなさい」

黒須が小さな通信機を渡してきた。イヤホンマイクの無線通信機。それを絆の耳にかける

「うん、似合ってる」

「あ、ありがとうございます!」

どういたしまして。そう笑った黒須は残る三人に

「あなた達も、怪我しないように。危なくなったら嶺か緋糸に。番号はリーダーから送ってもらってね」

「はい!」

「それじゃ、幸運を」

瀬名、絆、和音。御簾、真畔、夕凪が順に校庭から跳んだ。

瀬名の手に掴まれて空を飛び抜けるもの。氷の道を空に向けて進むもの。二つのチームがいなくなって、校庭には一人だけが取り残された。


「さて、私も解析しますか」

一人、大学院の研究室へと戻っていった…絆は瀬名の雷光のような移動に…軽く気分が悪くなっていた。

常にフルスロットル、さらに直角カーブ。瀬名の移動はさながら稲妻だった。

「キズナン、気分が悪いのか?」

「ちょっと…車に酔った気分…」

ダダダン!と三人の足が民家の屋根を踏んだ。そして、一瞬も待たずに跳んだ。

「うーん…変ねぇ…。怪しい人どころか誰もいないわ…」

瀬名が呟いた。

流れ続ける風景から建物を見分けるのすら難しいのに、誰もいないと言われて絆は困った顔になる。

答えられないので、和音に目配せ

「…まさか、結界?」

和音が言うと、瀬名は考え込むようにしながら足を止めた。

そして、空を見る。


「轟け。『雷鳴』!」

両手を打ち鳴らし、滑らせる。

微量の静電気が姿を変えて、彼女の武器に変成する!



「…よし。武器は作れた」

パリッ、と電気を放ってその…日本刀をベースに作られた武器『雷鳴』を天に向ける

「雷鳴響け!『ライトニングコール』!」

空に、幾筋もの稲妻が走った。


そして、遅れて空を引き裂くような轟音が降り注ぎ絆と和音は耳を塞いだ

稲妻が降り注いで民家のすぐ隣の大木に落ちたのも見えた

「っ~…ママ!何考えて…」

「絆ちゃん、あの木…」

瀬名が指差したのは、雷の落ちた大木。黒く焦げたであろうその木は青々とした葉を繁らせ………え?

「『対物干渉結界』ね。一番普通の民間に被害を出さないための結界。そして…これがあると言うことは…」

瀬名がケータイを取り出して、電話をかける。相手は上空にいる嶺だ

「嶺、対物干渉結界があるってことは彩乃ちゃんを襲った犯人が待ち構えてるかもしれない。結界基点(けっかいきてん)の解読をお願い」

『りょーかい。数分待って』

空にまた巨大な魔法陣が広がった。夜空に浮かぶ鳥を(かたど)った紋章に巨大な鳥のシルエットが重なった。

「ママ、結界基点って?」

絆がこの時間で質問する

「結界の中心よ。結界を張った術者の足元、それか中心部に固定した魔力が主なパターンかもね」

「えぇと…ゆうなんみたいな『援護タイプ』が足元で、私みたいな『前衛タイプ』が固定するほうだっけ?」

「正解♪」

ほっ、と胸を撫で下ろした

まぁ誉められて嬉しくないわけ無いからね


「あ、顔真っ赤」

「照れてるな」

ニヤリと笑う二人を見て絆はえぇいうるさい!とぽかぽか殴った。



『こちら嶺…ってお取り込み中?』

「気にしないでパパ。で?」

『結界基点を割り出したよ。場所はそこからおよそ1km北に行った場所。僕もすぐに行く』

「了解。」

通信終了。大鷲はさらに高度を上げて緋糸と御簾への連絡を担当する。

ほんのわずかな時間だが、犯人を逃がすまいと瀬名達は先行する


「うぅ…」

またしても稲妻ダッシュ。絆は船酔いに近い何かにげんなりする…タン、タン、タタタン。

軽い着地と共に、三人はとある交差点に並んだ。

「気持ちわる…」

軽く泣きたそうな表情の絆は、和音が手に小さな金属棒を握るのを見た。

「キズナン」

和音が緊張した声で呟いた。

「人殺しの臭いがする」

『グラディソルダム』と『雷鳴』が空を素早く払った。

「ちっ!」

「貴様、何者だ!」

和音が大剣を構え、瀬名が刀を構える。


そして、交差点に現れた人物もサーベルを構える。

「答える義理は…」

消えた。いや、消えたんじゃない

「『刻鳥』!」

「…ねぇよな!」

背後を取られ、西洋風の刀が振り降ろされた!

キィン!と『刻鳥』が跳ねてほんのわずかに斬撃をずらし、その僅かな隙に身を翻す

制服の背中が薄く切られて、ブレザーの下のYシャツと肌が露呈する

「伏せて絆ちゃん!」

瀬名が叫んだ。カクンと膝を曲げた直後に頭上を黄色い雷撃が飛び抜けた


ギリギリで片テールを死守した絆は前転して間合いを開いた


「天地捻転『グラビティプレス』!」

「神鳴りて我は神なり!『ライトニングブラスト』!!」

空が歪み、(ねじ)まがる雷撃が降り注いだ。

サーベルを持った人物は身軽に攻撃範囲から逃れたが着ていた服の一部が黒く焦げていた。

「…」

それを一瞥して、その男は構えなおした。

静かに、鋭利に。深く息を吸ってその人物は深い水底の静寂に包まれる…

「沈め。『ディープブルー』」

地面が揺れて、近くの水道管が破裂した


アスファルトを破って水が噴き出して男を宙に投げる

水柱に身を投じて、男は姿を隠した「…名前も、能力も水流系、ね。二人とも油断しないで」

ザブン、と足元の水が音を立てた。

住宅街ど真ん中の交差点で三人は背中合わせに四つ角を見張る。右を見て左を見て。徐々に川か沼かと言いたくなるほどに泥に汚れた水が足に絡み付いていく…

パシャパシャと波立つ音に緊張が乱される…

数秒が数分に、数分が数時間に思える緊張の中、絆は水が動いたのを見た!

「ていっ!」

気合いと共に素早く刈る

『刻鳥』が切り裂いたのは、只の空き缶。空の中身を確認するかしないかで水面に人影が映った

「きっ!」

「ちぃっ」

振り降ろされた一撃を、短い剣で受け止める

「天地捻転…」

「水よ」

蹴りあげられた飛沫が針のようになり、一瞬で凍り付いた。無数の針が和音の顔めがけて飛んできて、和音は左手でそれを遮った

突き刺さって、腕から血が垂れる…

「水よ!」

「甘いわね!」

空から、氷が伸びてきて一人の少女が髪をなびかせて乱入してきた!

「私が相手よ。【フローズン】相手に何秒耐えられるかしらね?」

氷の足場は縦横無尽に、まるで蜘蛛の巣のように広がって御簾がそこを滑りながら器用に有利な位置を取り続ける


「ナイス御簾!さっ、和音ちゃんは止血!」

瀬名はハンカチを取り出して和音の腕に巻き付ける。小さな針は熔けていたが、その水に沿うように赤い水もポタポタ落ちていた。

「すみません…足を引っ張って…」

「気にしないで。それに水の能力ならば御簾のが何倍も得意なのよ」

空から小さな氷の破片が落ちてきた。

『ディープブルー』の能力を【フローズン】で阻み、彼女の刀で応戦する。滑る足場もあいまって御簾は圧倒的な有利(アドバンテージ)を稼いでいた

瀬名はキュッ!と強くハンカチを三回結び目を作って、これでよしと頷く

「御簾?手は足りてる?」

「当たり前よ」

御簾の鋭い一撃が『ディープダイバー』を切り裂いた。

空から折れた刀身が落ちてきて、汚れた水に沈んで見えなくなる…


「私の勝ちね。投降するのを勧めるわ」

「…ちっ」

男は、折れた刀身、既に最初の半分以下の長さになっているそれを水平に掲げ、喉に向ける

自害するつもりかと御簾が刀を向けたとき、赤い光が男の手を貫いた!それは、三軒離れた家の屋上から飛んできていたものだった


「…」


不知火 緋糸が投げた炎のナイフは男の手を貫き、わずかに肉を焼き、ほどけるように燃え尽きた。

男の怯んだこの時に、御簾の肘が男の鳩尾(みぞおち)を強打。短く息を噴き出して男は気を失った…


「お疲れ、御簾」

「楽勝よ」

シューッ、と氷の足場が伸びてきて御簾は着水した。

「緋糸、助かったわ。こいつが自害しなくて良かった」

「…気にするな」

緋糸は手に持っていたマッチをコートにしまう。

彼の能力は【フレイム】。御簾の【フローズン】、瀬名の【スパーク】、嶺と絆の【ウィンド】と並ぶ特定の属性に強烈に作用する能力者。

「くそっ!しくじった!」

手に風穴をあけ、血を流して叫ぶ男を御簾が黙らせる

「答えなさい。藤原彩乃を襲ったのはアナタ?」

「あぁ!そうさ!」


「確かに、俺が、斬り捨てたさ!」


「お前ら傲慢な政府の犬を断罪しただけだ!」


「俺たちのが!お前達よりも崇高な目的のある俺達のが…」



ブゥン!と何かが絆のすぐ隣を飛び抜けた

ドシュ、バタン。嫌な音がして男が仰向けに倒れた。


―頭から血を溢れさせて死んでいた


「狙撃?!結界内で?」

「瀬名!退くわよ!」

御簾は素早く足元の大量の水をまるで壁のように凍らせてその後ろへ絆達を押し込む

「嶺!狙撃された!」

『今大鷲と探知魔法使ってる!』

空を巨大な鳥が飛び抜けた。


風圧が赤い水面を揺らして、歪な模様をゆがめて広げた…。絆は氷の壁に背中を預けたまま思わず顔を背ける

今、私は間違いなく戦場にいるんだ。それも、生き死にを賭した戦いにいるんだ!

『刻鳥』が震える

怖い?恐ろしい? いや違う。そんなものでは語れないおぞましい感情が背筋を走り抜けた


空から御簾のケータイに連絡が入った。

『逃げられた…』

御簾がガツン、と氷の壁を殴った

「逃げられた?!大鷲の早さは人間の比じゃないでしょう!」

『待って!逃げられた、って言うよりも…元からいないんだ!』

嶺の言葉に御簾が「どういう意味?」と言った。

『結界に穴が開けられてた。その狙撃手は「結界を突き破って」その男を撃ったんだよ!』

それも

『たった一撃で、この半径でも3kmはある距離を結界の壁を破って狙撃したんだ!』


にわかには信じられなかった。

絆だって銃撃の練習はしたことがある。体育の授業で屋内射撃場を使ってクレー射撃をやったりしたものだったが…たかだか十数メートルの狙撃と違い、3km…3000mの狙撃など容易なことではない。…ましてや大半の人間では300m先を狙うのも困難を極めることなのだ


「どんな化け物よ…」

御簾が呆れ気味に呟いた

『今、ルイス達に連絡した。周囲の警戒はフィオーレが担当してくれるって』

フィオーレ。確か、この町の旧家の一つで長い歴史を刻む家系だったはずだ。絆は瀬名に何故フィオーレが関わるのかと聞いた

「え?あー…。」

御簾を見た。彼女は頷いて

「いいんじゃない?」

そう言った。


「簡単に言うとー…んー。『この町を守る人たち』の一人だからかなぁ」

「…本当に簡単ね」

「今はシリアスだから言う暇無いのよ」

瀬名はため息をついて肩を落とした

「それじゃ、私たちは周辺捜索かしら?」

『もちろん。』

プツン、と回線が切れて嶺の声が聞こえなくなった。大鷲が頭上を飛び越えてこの町をドーム状に取り囲む対物干渉結界の基点、その頂点に飛翔する



「切り裂け『斬翼大鷲』!」

嶺が叫んで、大鷲は新しい名前に姿を変える。鳥の姿の上にまるで鎧のような金属を装着し、鋭利な光を翼から反射して、嶺の剣の動きに合わせて刹那の時をゆっくりと進み…

瞬きのような一振りで結界を引き裂いた!

バターを切るように易々と結界を断ち切ってから、嶺は大鷲にしがみついて…着地した。水飛沫を上げて着地した嶺は大鷲を労い、コツンと装甲を叩いた。


「さて、結界も無くなったし、逃げるよ」

遠くから、フォンフォンとサイレンが鳴り響いていた。それから、赤い回転灯の光もわずかに家々の壁に確認できた。

「水道管破壊は賠償高いからなぁ…。この壁消して、逃げる!」

嶺がパンパンと手を鳴らして御簾に催促する。御簾は小さな声で同意して氷の壁をただの泥水に戻した。




『こちら、桃花03。水道管破裂現場に到着。付近に人影はなし』

数分後に現れた警察車両の報告はそのようだったらしい





暗い世界。



夜天の中に、彼は居た。





「風翼も、相変わらず元気だな」



何もない虚空に立ち尽くしていた男は一歩、やはり何もない空を進んだ。



「ミルフィ、狙撃ご苦労」

彼の耳元にはイヤホンマイクが装備されていて、夜風になびく短髪がそれを撫でるように乱された

『彼がしくじっただけです。私はただ後始末しただけ』

冷たい、抑揚に若干強弱のない声が答えた。

「ははは。君はいつも手厳しいな」


男は空間をまるでカーテンのように広げた


「躊躇なく引き金を引かせるオラクル様ほどではありません」


男は、空間の『距離』を無視して自分達のアジトに現れた。ライフルを片手に掴んだ少女がその隣に走る



「ミルフィ、誰にも見られてはいないね?」


男は…。数時間前に絆達と対峙した男は少女の頭を撫でる

長身の彼の胸にしか届かない少女の頭は不器用に撫でられたように髪が乱雑に跳ねてしまった


「オラクル様、少しよろしいですか?」


乱雑な髪に気にする風でもなく少女は聞いてきた。


「いいよ。ただし手短にね」


オラクルと呼ばれた男は自分の、廃棄されていた椅子を持ってきただけの粗末な椅子に座った。



「結界内にいた人物達は何者なのでしょう。人数が人数とはいえ、彼は一般人程度ならば片手で瞬殺できたはずです。なのに、かすったのは一撃だけ。明らかに一般人ではありませんでした」



オラクルは小さく笑って、長いよと呟く


申し訳ありません。少女がうなだれるとオラクルは気にするな、と呟いた


「彼らは『十二家系』のメンバーさ。それに憎むべき『精錬学園』の学生徒。我々の敵…さ」


オラクルは椅子を揺らし、叫ぶ。


「だろう?我ら『革命の刻』よ」

広大なアジトにいた数百、数千の老若男女が声高らかに叫んだ!


「そうだ!!」

「国を腐らせる奴らめ!!」

「許せねぇ!!」

「私たちの力を見せてやりましょう!!」


轟音のように響いた声が壁と鼓膜をビリビリ揺さぶった。オラクルは満足そうに片手を上げてそれらを静止させた。

彼の動き一つで数千人もが水を打ったように静まりかえった


「では、まずは計画の第一段階だ。みんな、歩み出す我らが同胞に、拍手を」


盛大な拍手と共に数名がオラクルの元にやって来た。男が3人、女が2人。5人はみな、若かった。


「…さて。風翼嶺。君の運が良いことを祈るよ。でないと…早々に退場するからね」


オラクルの呟きは拍手の中に埋もれてしまい、誰も聞き取ることはなかった。


数千の視線を受けて5人は小さく一礼して、群集へむけて歩き出した。


彼らの前がすぅ…と開き、まるで海が割れたように一直線の道が現れた。


「幸運を」


オラクルの呟きを背に受けて、五人は人の海に消えた…。

こんばんちわ。白燕です。


ようやくメインメンバーが揃いました。うん。多い。

今回は『ノベル組』時代の名残が多数存在します。昔見てくださった方は新たな物語を、初めての方は嶺とオラクルの因縁を楽しみにして頂けたら…嬉しいな(何


ちなみに、これを書き上げた当日より宣伝とイラスト募集を張り出しました。詳細は『小説家になろう~秘密基地~』様の掲示板でご確認ください。


イラストは時間とかはあまり気にしませんのでお気楽にどうぞ!(切実



多少早いかもですが、物語は一歩前進!

そして、『アヴィス・メモリアル』の閲覧回数を抜きに行きますよ~!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ