第一階位・異章 鳥の軌跡
この物語はフィクションです。あらゆる企業、国家、人名、その他etcは架空のものに過ぎません。似てたとしてもただの偶然です本当にありがとうございました。
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…いや、ありがとうございましたはダメだろう。 こんにちワン。白燕です。
実は生きてました。前回の投稿からもう何ヶ月経ったよ…。もう忘れられてるんじゃないかと………あはは(遠い目
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今回は『第一話』のサイドストーリーとなっております。本編を一度読み通した人しかたぶん訳が分からなくなります。
<わけがわからないよ
読んでてもなる可能性があります(あ
―――――
長くなりましたが、前書きはこの辺で。
他の駄文はあとがきにパース!
本文はたぶん始まるよ?
世界には、あらゆる要素が溢れている。
たとえば才能。たとえば技能。たとえば異能。
この世界には、あらゆる能力が溢れている。
深夜の町で真紅のドレスを纏った彼女は口にしたタバコを吸った。
「ふーーっ。今夜も、ハズレかしら」
日本を遠く離れた場所で彼女は空を見上げた。無数の見知らぬ星々の中に唯一見知った天体に話しかける。
「遠く離れた異国でもアンタはそこにいるのね………。少しだけ、信じがたいよ」
ウサギが答えてくれるはずもなく彼女は青白く世界を照らす真夜中の太陽を見上げる。
暗い世界は、静寂に包まれていた。
息をする音が遠く響き、虫の足音すらも耳に響くこの世界に彼女は短くなったタバコを投げた。
「…いや、今夜はアタリか」
見れば、遥か彼方に小さな光源が見えた。
それこそ、彼女が探していた物だった。真紅のドレスを纏った彼女はゆっくりと町から外れた場所にある道の真ん中に立った。
近づいてくる光源は、やがてエンジン音と共に二つに分かれ、オフロード用のジープだとわかった。
その車は彼女を弾き飛ばしそうな勢いでやって来たが、彼女の目の前で急停車した。
ジープの扉が乱暴に開けられ、車内から屈強そうな黒人達が出てきた。全員腰に拳銃のような物がぶら下がっていた…
「おい、邪魔だ」
「死にたいのか?このクズ!」
「それとも、俺たちと遊びたい…ってか?」
一人の男が彼女の肩に手をかけた瞬間、真紅のドレスが舞った。
屈強な男を背負い投げ。
それも一瞬の速業である。男たちも相手がタダ者ではないと理解したのか素早く拳銃を抜いて、その手から拳銃を奪われた。
「ふむ。構えまでは悪くない」
彼女が手にした拳銃は6つ。指の間に挟んで器用に持っていた。
「だがそれ以降は最悪だ。私に奪われたら元も子もないだろう?」
ハッと我に帰った男達は一斉に彼女に飛びかかった。長身の男達と、たった一人の女性。その勝負は誰から見ても結末は見えていた。
当然だ。勝負とはほぼ必ず人数によって決まる。1対1より1対5ならばどちらが勝つか分かりやすい。
ただ一部の例外を除いては。
もし人数差があっても戦うのが対戦車砲を構えた軍人と、石器を使う原始人だったら………?
明らかに数を越えた『力』が勝つ。
まさに今がその状況だった。
一人の女性の前に男達は叩きのめされて地面に倒れていた。中には泡を吹いている者もいたが、彼女は無傷だった。
「ば…化物か…てめぇ…」
男が折れた腕を持ち上げて彼女に言った。彼女はそれを聞いて、男の前に立ちはだかった。
「私は…」
「私は、第六階位『風翼』十五代当主。風翼茜だ。」
茜は、男達の乗っていたジープに乗り込むとアクセルを踏み込んで発進した。
「やれやれ、2分も無駄にした。さっさと片付けないといけないんだが…」
貧しい町はあっという間に背にし、茜は未舗装の荒野を走る。
目指すは郊外にあると言うギャングのアジト。そして政府からの依頼を完了したという報告書を書くことだ。
「理想的な配分は30分:60分か…。もっともらしい報告書を書かないとな…」
ジープが跳ねて、茜は不機嫌に眉をしかめた。
こんな荒野の真ん中で故障したら、帰るまでに何時間かかるかわからない。
「秒殺しろって?無茶言わないで欲しいね」
ガクンガクンと跳ねた車体を押さえつけて荒れた道を走る。
もうかなりの時間を走った。
そろそろ何かが見えても……。そう思った矢先に不審な建造物があるのが目に入った。荒野のど真ん中に何がある?
目的地以外は見当もつかない。
「武器は…さっきの銃があればいいか」
茜はドレスに似合わない黒い拳銃を身につける。両足に足に1つずつ。袖の中に1つずつ。それから手に持つ2つ。合計6丁の拳銃で武装する。
建造物の全体像が見えてきた。
石造りの二階建て建築。実にシンプルな建物だ。目の前の防衛設備を無視すれば。
軍事施設には規模が小さい。にもかかわらず不釣り合いな装備としてこちらを狙う無数の赤点がまず上げられた。
ジープに搭載されていた無線機がガピー、と起動した
『『紅い悪魔』が来たぞ!全員、蜂の巣にしろ!いいか、死にたくなければ奴を殺せぇ!』
ほぼ同時に砲火が見えた。
茜はジープから飛び降りると転がって僅かな草むらに身を隠す。頭だけ出して確認すると先ほどまでいたジープがバキバキと音をたてて銃撃され、ミサイルによって吹き飛ばされたのが見えた。
「随分熱い歓迎ね。」
今まで受けた歓迎では中々に盛大な方だったが…上位五指にも入らない程度なのが残念だった。
どうせなら戦車隊の歓迎が欲しかったと茜はため息をついた。
『やったか?』
奇跡的に生きていた無線機から声が聞こえた。
『全弾命中。生きてねぇよ』
茜は空に向けて銃を放った
「なめるな。私は生きてる」
数百メートル先から赤点が茜を捉えた。
再び輝いた砲火が見えた後には、彼女は既に赤点から外れた場所にいた。
『消えた?』
『バカ野郎!油断するな!』
荒野に一発の銃声が響いた。
茜は地面に伏せたまま湯気の出る拳銃を見た。どうやら整備は完璧なようだ。
「人は見かけによらないな。感心なことだ」
一度転がってから立ち上がった。
相手はまだ気付いてはいないようでさらに三発の銃声が荒野に響いた。
『おい、これで四人目だ!奴はどこに…こっ?』
五回目の銃声。茜は中の弾丸を抜いて拳銃本体を捨てた。
「6発装填か…あと31人しか相手は出来ないな。無駄弾は避けなくては…な」
再び起きて走り出す。
既に距離は半分。敵の数は…軽く数十は超えている。
多勢に不勢。なんとかしたい。
「そうか。1発で2人倒せば60はいけるな。それでいこう」
茜は、常人には理解しがたい理論で更に走った。流石に気付かれたのか赤点が全身を照らした。
「死ねぇ!」
男の叫び声が聞こえた。
もう、二度と聞こえない声が。
茜は素早く次弾を拳銃に飲み込ませると自分を狙う男達の額を次々に撃ち抜いていく。映画顔負けの精確な射撃を見て流石の男達も相手が悪いと判断したのか逃げ出す者が現れた。
「逃がさないよ」
躊躇なく引き金を引いた。二人が倒れて、さらにこちらを狙う男も倒れた。
弾切れしたので銃を捨てる。地面に伏せて足に仕込んだ銃を2丁手にする。
タン、タン。小気味良いリズムで両腕が跳ねる。
落ちた金色の薬夾を蹴り飛ばして再び進撃を開始する。
「どけ!」
一人が身長ほどもある巨大な筒…ロケットランチャーの類いを持ち出してきて茜に照準を合わせた。
「消し飛びやがれ!」
ポシュ、と飛び出したミサイルが火を吹き出して飛んできた。自動追尾の高性能ミサイルは驚異的な速度で迫って来る。逃げきれない…!
爆発の轟音と共に施設が揺れた。
建物の内部にいた男たちは静かになった外の様子を知ろうと無線を叩いた。
『おい、やったか?やったのか!』
プツ。ザーーー
『ん?あぁ全員倒した。次はお前たちだ』
茜は、正面扉を蹴りやぶって施設に侵入した。男たちが構えた無数の銃口が見え、中に銀色の丸い弾丸が確認できた
「死ねぇぇぇ!!!」
それは心からの叫びに聞こえた。
発砲された銃弾と硝煙が施設の内部を埋めつくす。
むせかえるような火薬の臭いが広がって、空になった弾倉を抜く音がいくつも聞こえた。いくら『紅い悪魔』だろうと流石にこれだけの集中砲火を受ければ…死んだだろう。ざまあみろ。
男たちに僅かな安堵が生まれた。
これで平和になる。酒でも飲も
鋭利な風が吹き抜けた。
五人もの人間が、力なく崩れ落ちて誰もが目を疑った。
「歓迎のクラッカーにしてはちょいと眩しかったねぇ…。」
茜が、煙の中からゆっくりと現れた。ドレスの裾がふわりと揺れた。
「『カマイタチ』」
鋭すぎる風が、今度は居合わせた全ての男を巻き込んだ。
絶命の断末魔と、恐怖の絶叫を聞きながら茜は懐中時計を開いた。
「ふん、だいぶ時間がかかった。急ぐか」
そうして歩き出した彼女の背後には、血の海と切り刻まれた無数の死体が散乱していた…
施設の奥に進むと、かなり頑丈そうな扉が見えた。
試しにノックしてみる。
「おとなしく出てきてくれないかな?たぶん、容赦しないけど」
無音だった。茜は小さくため息をつくと扉にそっと触れて…扉を押し壊した。
「おっと動くな怪力女」
いくつもの銃口が茜に向けられた。部屋の内部には何人もの屈強な男達がいて、そのガタイと武装は外にいた者たちがひ弱に見えるほどに鍛え抜かれていた。
「あら、ボディービルダー?」
「ボディーガードだ」
「ふん、『紅い悪魔』か」
部屋の中央、黒の革椅子に腰掛けた中年の男が口を開いた。茜はピクリと反応する。
「たった一人であの人数を相手にして生きているとはな…。恐れいった」「…だが、貴様には莫大な懸賞金が出ている。大人しく首をもらおうか!」
男達の拳銃が一斉に火を吹いた!
身を翻した茜は姿勢を下げて初撃を回避した。狙いを変えた一人の男の腕を掴み、一気にねじ上げる!
痛みの叫びを上げた男の手からこぼれ落ちた拳銃を掴んで、自分を男の真後ろに隠した。無数の銃弾を受け止める盾となった男の亡骸を投げ捨てて、茜は銃を構えた。
「銃を捨てなさい。そうしないなら、容赦はしない。」
返答は、弾丸だった。
飛来する弾丸の雨は茜にはゆっくりとした速度で見えた。神経を研ぎ澄ませて、全ての位置を把握し、最短の安全地帯に逃げる。
「馬鹿な!」
無傷の茜に男が叫んだ。
「私はね、まだ死ぬには早いのさ」
拳銃の弾倉が半分になるまで引き金を引いた。
「この状況で容赦なしとは恐れ入る」
今、まさに撃ち殺そうとした男が背後に立っていた。
「…疾いな。能力者か」
「そうでないならば死んでいたよ。悪魔」
茜は前方へ跳んだ。床を抉る轟音が響き、着地した茜は素早く背後を確認する…。奴は、いない。
「どこを見ている?」
足が、目の前に現れた。
強い衝撃と痛みが体の動きを止める。防御も反撃も不可能な致命的な隙…!
トドメの衝撃が、腹から背中を貫いた。まるで標本の虫のように地面から浮いて身動き出来ない。いや、それどころか息もできない…。
「わかったぞ…お前は…【ポイズン】の能力者だな」
茜はようやくそれだけ呟くと、力が抜けたように崩れ落ちた。仰向けに転がった死体に男は笑う。嘲笑か、または勝利の興奮か。男は愉快そうに手にした『槍』を打ち突ける。
「呆気ないな…。まさか私の能力は【ポイズン】だけな筈はない。【テレポート】に【ランス】。瞬間転移に無限の武器の作成能力。攻防完全な私を相手にしてはいくら悪魔といえど手も足も出ないか…。くっくっく…あーっはっはっは!」
「なるほど【テレポート】か。道理で疾い訳だ」
茜が腕を持ち上げて自身を貫く槍に手を伸ばす…。ゆっくりと力を込めていき、枝を折るように真っ二つにする。
「なん…だと…」
これには男も驚いて槍を構えて姿勢を下げる。一撃必殺の刺突を繰り出す用意は出来ている。それに【テレポート】と組み合わせれば回避はもはや不可能の攻撃となる。
いくら茜が強いとはいえ死角を突かれては反応出来るはずもない。
「死ねぇぇぇぇぇい!!!」
転身からの必殺の一撃が繰り出された。茜の背後を取り、そして槍が…貫いた。
「やれやれ…。」
カランカランと床に落ちた槍の穂先が音を立てた。無傷の茜と、切り裂かれた槍を見て男は絶句する。
「私はね、凄く目がいいの。能力は【猛禽の眼】。どんなものでも知覚できるのよ」
「【猛禽の眼】…?そんな能力!」
「あるわけない。か…。残念。私の能力は間違いなく【猛禽の眼】だ」
そして、茜の手には一振りの刀。片刃のその武器が薄暗い部屋でニビ色の輝きを煌めかせた。
「だっ、誰か!こいつを殺せ!」
その声に答える者はいなかった。彼らの逃げる遠い足音が微かに聞こえた気がした。
「あいつら!クソッ!」
静かに顔の横で構えられた刀が男の視界に入った。貫かれれば即死亡。それを理解させるだけの迫力が刀身をさらに巨大に見せた。
「【テレポート】」
だからこそ逃げた。
勝ち目のない戦いに賭けるよりも逃げてから復讐すればいい。茜さえ倒せば逃げたことよりも有名となり裏の業界では伝説になる…。そう、遠くまで一瞬で移動すればいくらなんでもついては来られまい…
マフィアの幹部が施設の外に着地した。瞬間移動の能力によって途中の壁や窓や距離を無視して違う座標に現れたのだ。
「ここまで来れば…」
施設を見ると、紅いドレスを纏った彼女が立っているのが見えた。施設から離れた場所に転移したからその距離は軽く見ても100m以上。これだけ間合いがあればもう一度【テレポート】で…
「!?」
茜の姿が消えて、真紅の軌跡が荒野を走るのが見えた。その速度は尋常ではなく100mの距離をわずか5秒程度で0に変えた。
「私の能力はまだあってね、今のは【隼の追い風】の能力。」
「化物めぇ!」
槍が地面を掻いた。茜は既に飛び上がり彼の頭上にいた。
「『紅羽根の衝撃』」
彼女のドレスと同じ色の閃光が走り、途方もない風が男を木の葉のように吹き飛ばした。
「トドメよ」
見れば、茜の体を中心に赤く輝く紋様が浮かんでいた。その輝きはまるで翼を持つ鳥のようで…
「『紅い悪魔』」
遠くでついさっきまで男だった塊が落ちるのが見えた。
フェネクスの名に相応しい悪魔のような破壊を伴って大地を抉った。まるでクレーターのような窪みの中心で茜は懐中時計を開いた。
「むっ…もうこんな時間か。急いで帰ろう」
茜は周囲を見て、おぉと手を叩いた。
「車は破壊されたんだったな。歩くのも面倒だ。仕事は終わったんだし別に飛んでも構わないよな」
茜のすぐ隣に鳥が姿を現した。
「空港まで頼む」
紅く燃える鳥が、激しく炎に包まれて飛翔する。そして、茜を嘴で摘まむようにして持ち上げてから自分の頭上に投げた。
茜にとっては慣れたもの。空中でバランスを整えてふかふかの羽毛に着地する。
夜を引き裂くように鳥は空を駆けていった………。
そうして、空港までたどり着いた茜は日本行きの彼女専用機に乗り込んで深いため息をついた。
「ふーっ。今回は面倒だったな」
槍で貫かれてまで早く終わらせたのだ。今回の報酬は増やしてもらいたい物だ。
「次の依頼は…」
茜はファイルされた資料を取り出して、開いた。中には政府の『極秘指令』というちゃちなハンコが押された紙が数枚と、一人の男の写真があった。
「元・精錬学園生徒…か」
茜自身に見識はないが、自分の母校の出身が次のマークを受けていたのは残念である。
「ナイフ一つで連続強盗とは恐れ入る。その能力を悪用しなければさぞ優秀だっただろう」
茜はファイルを投げて椅子にもたれる。今日壊滅させた組織はしばらくは動きは無いだろう。万が一動き出したのならばまた潰せばいい。
この世界、全ての悪は潰されるためにある。茜は昔思っていた事を思わず口に出していた。
「私も老けたな…。」
飛行機は高く高く飛んでいた。そうこうして日本に着いた頃には既に時計が二周していた。
途方もない長旅である。飛行機を降りた茜は羽を伸ばすようにクッと伸びをすると日本の空気を深く吸い込んだ。
「なんて汚れた空気なのかしら」
排ガスと舞い上がった砂粒の蜃気楼を見ながら呟く。増えすぎた自動車が吐き出す煙はとうに森林の浄化など気にもせずに飛散しているのだった。
「急ぐか」
彼女はタクシーを呼ぶと空港の入口へと向かった。
指定した入口の前には早くもタクシーが待機していた。乗り込んで、行き先を告げる。
「桃花市へ。全速力でお願い」
タクシーの運転手は帽子を目深に降ろして答える。
「了解しました。最速で行きましょう」
―――――
それから、タクシーは高速道を一時間ほど走った。幸い、名物の大渋滞にも遭遇せずに済んで茜はホッとする。
「お客さん。出張帰りですかい?」
やや低い声の運転手が話しかけてきた。
「そうよ。ブラジルに行って数時間で帰って来たわ。地球って案外小さいのね」
「ハハハ。お客さんはどんな仕事で行ったんで?」
「………。」
カチリ。目の前に突き出された銃口を見つめる。
「また誰か殺したのか?悪魔」
「普通に運転していればチップは弾んだのにな。馬鹿め。」
車の時速は100kmを超えていた。運転手は後ろに身を乗りだし、右手で銃を。左手でハンドルを握っていた。
車は時々不安定に揺れて、このままでは撃ち殺されずとも事故を起こして死んでしまう。
「……。」
ドアは高速に入ってから鍵がかかったまま。そもそも飛び降りても命はない。
「何が望みだ?まさか金ではないよな?」
茜は聞いた。
「俺の友人はお前に殺された。その復讐をさせてもらう」
微かに銃口が震えていた。茜はそれを見て口を開く。
「銃は初めてか?誰かを殺すのは初めてか?」
「っ!そうだ!俺はお前みたいに人殺しじゃない!」
震えた拳銃が、まるで運転手の心にも見えた。殺しの躊躇。感情の爆発。理性の制止。せめぎあう心が震える様子が容易に伺えた。
だからこそ茜は言った。
「確かに、私は人殺しだ。」
ピタリと狙いが定められた。
「だが、快楽に殺してはいない。私は誰かを守るために殺す。たとえば麻薬で暴利を貪る組織。たとえば自分の欲求の為に殺す人間。…たとえば『友人殺し』が好きな殺人鬼。私は彼らを殺す。それが私、風翼当主の仕事だ。」
茜は運転手をまっすぐ見つめた。嘘は何一つない。拳銃がまた震え出す…
「お前は『私が友人を殺した』と言ったが、『その友人の友達に会ったことがあるか』?」
茜は、自分がどんな相手を殺したのかを教える。答えはもう、言ってあるのだ…。
「あいつの友達…?まさか、嘘だ!」
叫んだ拍子に運転手の帽子が落ちて素顔を見る…。随分前に『被害者候補』として資料にのっていた男だった。
『友人殺しの殺人鬼』。その毒牙に噛まれる前に茜は目の前の男を救っていたのだ。
それを理解して、目の前の男は震えていた。友人のことを。茜のことを。今まで信じていた何かが崩れ落ちるような感覚とが混ざりあって…ついに銃口が茜から離れた。
茜は銃にそっと触り、軽く微笑んだ。
「これは、もう不要ね」
力なく半ば落ちかけていた拳銃を茜は運転手の手から抜いた。中の弾倉と弾丸を抜いて分解する。これでもう安全だ。
「せっかくだし、目的地まで安全運転でお願いね?」
運転手はうなだれているようだが、運転を再開した。そして茜の時計は予定よりも若干の遅れがあることを指摘していた。
「運転手さん、少し急いで」
クンッ、と慣性で体が後ろに引かれた。外の風景がどんどんと後ろに流れていく………。
目的地は桃花市の住宅街。今夜、おそらくは件の連続強盗が現れるだろう。なんとしても阻止しなくては………。
風景は、いつの間にか見知ったものになっていた…。
それから程なくしてタクシーは高速道を降りた。住宅街の入口まで行くと茜は停まるように言った。
「ありがとう。お釣りはいらないわ」
料金メーターの倍以上の額を運転手に握らせて、茜はドアを開けた。【自動ドア】という表記が意味をなしていない。
「………。」
呆然と放心していた運転手に、茜は声をかける。
「名前、聞いても良いかな?」
「…丹絵屋 宰識。」
「…なるほど。」
茜は、丹絵屋という運転手をバックミラー越しに見つめた。彼の虚ろな眼差しは、茜にも覚えがあった。
「丹絵屋。人には必ず否定される事象がある。私は君に『仕事』を否定され、君は私に『信じてきた現実』を否定された。」
「私は、私の仕事を続ける。私はこの仕事が合っているからね。だが君はどうする?君は全てが無くなっただろう?」
虚ろな表情が微かに動いた。
「君は、何も持たない。誰かを殺した罪も、誰かを助ける重責も、誰かに恨まれる痛みもな。」
茜は紙幣を丹絵屋の膝に落とすとタクシーを降りた。
「見舞金と思え。そして幸せに生きろ」
茜はドアを閉めて、夜遅い住宅街に消えていった………。
「幸せに生きろ…か」
丹絵屋は、闇に消えた茜色を探したが…もう見ることはなかった。
深夜の住宅街は静かな闇に包まれていた。
まばらに漏れた家々の灯り。微かに聞こえるテレビの音。それくらいしか人間の存在を確認する物はなかった…。
「随分と遅れた。まだ見つけられるか…?」
暗い住宅街には人影はなかった。茜は胸元をまさぐり、手のひらに収まる程度の金属製の円形物体を取り出した。透かしを入れたメダルのようなソレには鳥を象った模様が刻まれていた。
「索敵結界展開。範囲は周囲100m。能力者を探せ」
鳥の紋様が一瞬輝いた。
風翼の屋敷の結界がより広域に展開されて能力者を探知する。強力な能力者のみが知覚できる高度な結界に住宅街は包まれた…。
「…遅かったか」
狙う相手は、既に家屋に忍び込んでいた。茜は紅い鳥を呼び出すと急いで飛び乗り、住宅街の空へと舞い上がった。
巻き起こした風が近所の窓を揺らし、小さな子供がびっくりして母親を呼ぶ声が聞こえた…。
―――――
茜は、もはや垂直降下といえる角度でとある民家に着地した。着地するその直前後。家の中から叫び声が聞こえた。
「間に合え!」
茜は自身の武器を思い描く。
真紅の洋刀を描き出し、武器に名を与える。
「施錠も壊されている…。玄関も役にはたたないか」
茜は家の中に飛び込んだ。
―――――
薄暗い廊下の先に、煌々と輝く部屋が一つあった。位置としては…リビングだろかうか?
茜は急いで部屋に入る。
部屋の内部は、凄惨なものだった。血まみれの男女の死体と、幼い少女。そして狙うべき強盗殺人鬼…。殺人鬼は茜に気付いてナイフを向けてきた。
「『風帝』!なんでお前がここに…」
血まみれのナイフが少女の首に添えられた。小さく身を強ばらせた少女をから手を放すように語りかける。
「お前がナイフをその子に刺す前に、私が武器を抜き、構え、お前の腕を切り裂く方が早いぞ?。わかっているだろう?」
実力差は歴然。茜は投降を促す
「私も鬼ではない。投降すれば各方面に手配しよう」
男の腕がより少女に近づく…。
「『学園』卒業生とは思えないな」
茜は小さく身構える。武器はもう抜ける。後はタイミングだ
「動くな!動けば『投げる』」
男の威圧。
「お前の能力は【サイコキネシス】だろう。そんな能力よりも私が武器を抜き、切るのが早いぞ」
動こうとして、気づく。身体が動かない
「ツイてないな『パラライズ』だ」
なるほど。茜は笑う
「卒業した後に開花した能力か」
侮ったな…。茜は能力を解こうとしたが
「ッ!」
目の前…まさに眼球の前にハサミが飛んできて静止した。
「俺がお前を殺せば、裏世界の有名人だ!」
やれやれ。今日は何度命を狙われればいいのかと思い、しばらくは活動を控えようかと考える。
だが、それも僅かな時間稼ぎ。優秀な後継ぎ達が既に準備を終えたのを、窓の外から手を振る少年を見て把握する。
「時間だ」
茜は力の限り風を集める。家を壊さないように窓に狙いを定めて、突き破らせる!
足を上げ、男の腹に垂直に突き立てる!
よろめいた男の腕から少女を弾き飛ばすと風で小さなクッションを作る…
筈だったのだが…少女の身体が淡く輝きを放ち周囲の風が彼女を受け止めた。
「驚いた…。【ウィンド】の能力者か」
なんという因果か。目の前の少女は茜と同じような能力者で、無自覚だろうが既に発動まで至っている。
普通ならば『学園』か政府にでも預けるのだが………。茜のカンが止めておけと訴えていた。
「……。……!」
声のない、声が聞こえた。
「まだ、息が……」
喉を突かれ致命傷を負っているはずの、母親らしき女性が茜に強く訴えていた。
「娘を。助けて!」
茜はその母親に頷きを返す。
自らの家紋。鳥の紋様を見せて、目の前の少女の衣食住と幸福を約束する。
「ありがとう」
最期の一瞬にそんな声が聞こえた気がした。
「母は強し。か」
羨ましいほどの強さだった。自らの命を無理矢理長引かせ、見も知らぬ怪しい女に娘を託そうなど普通ならば出来るはずはない。
だが、それを行えるのが、母親というものなのだろう。
「私もまだまだだな…。」
茜は自らがまだあの母親の足下にも及ばないのを理解して小さくため息をついたのだった。
「茜さーん!消音結界解除しました」
家に入って来た少年が叫んだ。
あれは、息子の嶺。茜が産んだ四人の跡継ぎの三番目…。
「もうすぐ警察が来ます。急ぎましょう」
白いコートが揺れていた。
「面倒だな。行こう」
茜は少女を抱き抱えて一歩進んで、止まった。
「…名前、聞いて良い?」
少女は芒とした感じだったが自分が話しかけられていると気付いてビックリした。
「きずな………。」
「そうか、絆か…。良い名前だ」
そうして、茜の長い任務は終わった。
怯える少女をなだめて屋敷に連れていき、温かい飲み物と寝床を用意する。嶺が。
「茜さん!ちょっとは手伝って下さい!」
ネギを高速で切りつつ、器用に味噌汁と焼き魚の面倒を見る少年が不満を叫ぶ。
「嶺よ、これからは男が家事をする時代だ。今のうちに慣れておけ」
「だからって僕に任せっきりにしないでください!ってあぁ吹きこぼれる!」
ドタドタと立ち回るその姿に、茜は間違い無いと確信する。
(将来、尻に敷かれるな…)
未来永劫、ヘタレた男は不幸の連鎖に囚われるのだ。…たぶん。
「さて、キズナ。君には選ぶ権利がある。」
1に、両親こそ変わるが里親の元で今までの日常に戻る。
2に、全てに絶望してここで死ぬ。
3に、
「私の家に来ないか?全ての衣食住と幸福を約束する。」
少女、キズナは小さく考えていたようにみえたが僅かな時間で決心したようで、キッと力強く茜を見つめて言った。
「さんばん!」
茜は満足そうにキズナの頭を撫でた。
「ようこそ、第六階位『風翼』へ。歓迎しよう。キズナ」
嶺が味噌汁と焼き魚を持ってやって来た。コトンコトンと配膳する。
「僕が代わりにキズナのパパなってあげる!」
えっへん。と胸を張る嶺。
「おとーさん?」
きょとん。と目を開く絆。
「お父さんって言うなっ!パパはそんな風に育てた覚えはなーいっ!」
覚えは私もないな。と頷く茜。
「くぁ…はふぅ。」
眠いのか、まどろみかけているキズナを見て、茜は嶺に部屋に行かせるように言った。
「部屋は?」
「しばらくは適当な部屋を見繕え。週末に増築させる。」
はーい。と絆の手を引いて行く嶺。
部屋に残った茜は、自身の持つ当主の証。鳥の紋様が描かれた円形の金属を取り出した。
「…何故、いつの世も子供が悲しむ事件ばかりなんだろうな。何故、誰も悲しませない世は出来ないのか…」
理由はわかっている。利益と利権。欲望と私欲。身勝手過ぎる私利私欲のためにツケを負うのは弱き者。
「だからこそ、私の翼が必要なんだよな」
第六階位『風翼』。十二階位システムの中間に位置する『ストッパー』。
世界が片寄らないようにする中心点…。
先代からはそう教えられていた。
「私は、一石を投じよう。後は、次の当主がどう感じるかだ。…願わくば私の願いを達成して欲しいが、それはエゴか。」
味噌汁を飲む。
「…まったく。素直な味だ」
味噌汁は作る人の個性が出る。それが茜の持論だった。嶺が作れば素直な味に。試しにフィオーレの当主に作らせたらトマトを入れられた。…それと比べて、茜自身の味噌汁は飲めたものではなかったのだが。
「……そんなことはどうでもいい。」
彼女は立ち上がり、浴室へ向かう。時間としてはあと数時間で太陽が顔を出す頃だ。茜は長かった今回の仕事の終わりにシャワーを浴びる。血生臭い感覚がこびりついていたのを今更ながらに思い出したのだった………。
あとがき
―――――
へーい。まえがきこっちにパス!
ヘブッ( ̄□(◇三
ま『ちゃんと前見ろよ!』
あ『ちゃんと投げろよばーか!』
ま『うっさい!ばーか』
あ『馬鹿って言った方が馬鹿だばーか!』
茜『いい加減先に進め。』
―――――
今回のお話は『第一話』のサイドストーリーです。『異章』は補完や背景にあたる部分なので読まなくても問題ありません。でも読んだ方が本編が面白くなるはず…
これから不定期に『異章』が作られていくかもしれません。是非ご期待下さい。
前作『アヴィメモ』でも構想はあったんだけど、実現しなかった(=技量不足)ので今回は頑張ってる。うん……
最後になりますが、
年末に『某社ソフト』を使用したイベントに参加してきます。白燕ってツクラーを見つけたら応援してあげてね!
茜『宣伝するな。』
白『ぼ、暴力反対! ヘブッ』