第九階位 『ツバイ』攻防戦!中編
あらすじ
少し先の未来。日本の桃花市という山々に囲まれた盆地があった。
その町には能力者を集めた学校があり、能力者は国から管理される代わりに仕事と給料を得ていた…。
冬のある日、町一番の大企業『ツバイ社』で爆発が起こる。絆、嶺、瀬名、御簾が向かうと建物内部は爆破と火災で悲惨な光景になっていた。さらに、この事件は三年前に世界の改革を訴えて世界中で争いを引き起こしたオラクルが噛んでいるのが分かった。
絆はこの現場で様々な人々と出会い、そして最上階へと目指す。理由は簡単。
就職へのポイント稼ぐため!
「んなわけないでしょ!」
…え?違う?
「も・ち・ろ・ん・!オラクルを倒すためよ!三年前の事はよくわかんないけど…パパもママも因縁があるんでしょ?」
「なら私だって挑むわ。第六階位『風翼』次期当主筆頭候補なんだから!」
薔薇の花が闇に包まれ、和装の少年の一撃によってその全てが破壊された。
「『望月狂乱の御剣』」
鋭く放たれた月光の一撃は『黒薔薇の花園《black rose garden》』の薔薇を切り裂き、カリナの障壁を切り裂き、彼女を大きく弾き飛ばした。咄嗟に構えた『ロウザ・イムゼ・アムゼ』は手から離れてカリナのすぐとなりの壁に突き刺さった。
「どうです。」
「まさか……当主でもないのにこれほどの力を持つなんて……。小国にしては侮れないわね」
カリナは立ち上がろうとして、右腕が折れているのに気付いて顔をしかめた。あの防御だけで腕が折れるとは……。直撃していたら本気で危なかっただろう
「妖姫様、いかがしますか?」
「ん~。食べちゃえば?性的な意味で」
「な…なっ!妖姫様!」
「想騎、顔真っ赤ー」
つい先ほどまでの鋭利な雰囲気はどこへやら。生真面目な少年といじめっ子の当主が賑やかに叫んでいた。
「………。」
「あはは、流石は妖姫。いじめっ子だ」
嶺は笑ってカリナに手を伸ばす。
「カリナ、腕を見せて? 手当て必要でしょ?」
「…別に。治るから」
そっぽを向いた彼女の腕には淡い光が宿り、『自動回復』の発動だった。
「まっ、そう言うなって。ほら」
嶺は懐から腕の長さと同じくらいの木の棒を取り出して彼女の腕に添えた。
「いたっ!」
「あ、ごめん」
「だから……止めなさい。私の怪我なんて誰も気にしないわ。そうでしょう?」
「リジェネだかなんだか知らないけど、お前が怪我すれば辛いよ。カリナ」
嶺は包帯を巻き付けて彼女の腕を固定した。それから包帯で彼女の首の後ろを通して、腕を吊った。
「うん。大丈夫っしょ」
嶺は満足そうに笑った。
「………包帯なんかどこから出したのよ」
「ん?秘密」
カリナの疑問に答えなかった嶺のケータイが震えた。取り出して耳を当てる。
『こちら黒須。嶺聞いてる?』
「通信良好、どうぞ」
『今、カリナの領域型魔法の収束を確認。なにがあったの?』
「…あったよ。」
『全員無事?』
「あぁ。無事だよ」
『なら良かった。ねぇ嶺、カリナちゃんに代わってくれる?』
嶺はケータイをカリナに渡した。
カリナは最初は戸惑う仕草を見せたが、耳を当てた。
「私よ」
『こうして話すのは『第三次世界大戦』以来ね。世間話したいけど、そんな時間はないわね』
「……私は『聖十字協会』を裏切った身。おそらくは追手が来るでしょうね」
『そーよ、そこなのよ』
『なんであなたは『聖十字協会』を裏切ったの?あなたは裏切る必要も理由もないじゃない』
「……それは」
プツン、と電話が切れた。終話ボタンが押されたのだが…押したのは黒須でも、嶺でも、カリナでもなかった。
「やれやれ。少し脱線したね」
背の高い男が微笑を浮かべていた。
「オラクル…!」
「久しぶりだね嶺。そして『死神』と呼ばれた諸君」
「嶺、カリナ下がれ!」
緋糸の炎が一気に増大して直径1m程度の火球に変化した。
「縫え!『紅蓮の炎針』!」
「遅い。」
パチン。と剣が収められた。
緋糸の炎が消えた。彼の紅いコートが切り裂かれて血が噴き出して…
「嘘だろ…抜いたのすら見えなかっただと…」
緋糸は倒れて、緊急時の回復術を起動させた。
「オラクル…」
「カリナ、君は仕事があるだろう。リイトとメニーを連れて作戦の続きを。吉星衛門は後から合流させる。」
「………。ごめん、嶺」
カリナは立ち上がり、剣を左手に持って階段へ向かった。
「…さて第五、第六階位の諸君。私と手合わせしないか?」
「あらあら、隠居したんじゃないの?オラクル?」
「生憎と死ねなくてな。封印も予想より早く破られた。私は何もしてないのにな」
「…何が言いたい」
「案外と私は求められているのだな。」
オラクルは短く区切って叫んだ
「『この世界の不幸を、不運を、不平等を忌む者がいる限り私は死なず、消えることもない』! さぁ!嶺!3年前の再戦といこうか」
オラクルの剣が抜かれた。漆黒の刀身は見るものの目を惹き付ける不思議な魅力があった。
「輪廻に踊れ『ゼーレンヴァンデルング』」
嶺の知るあらゆる武器、能力、兵器。それら全ての中で最も強いと…いや、間違いなく最強の名が呼ばれた。『ゼーレンヴァンデルング』。オラクルの剣の名で世界を覆えす神の剣。
「さぁ、構えろ」
「…切り裂け『斬翼大鷲』」
嶺も大鷲の攻撃型の名を呼んだ。『疾風大鷲』は攻防速全てのバランスを重視した名。対して『斬翼大鷲』は速度を犠牲に攻撃・防御性能を特化させた名前だった。
大鷲の体に装甲のような金属部品が纏われた。その姿はさながら甲冑。
「行くぞ」
「受けてやる!オラクル!」
二人の初撃は衝撃波を生み出して建物を揺さぶった。
階下の精錬学園治療所では。
「あ」
焔村早苗がたった今階段から駆け降りてきた人々に気付いた。
「やっほー。早苗ちゃん、逃げてきたわよ」
黒須が手を振り、笑いながら走ってきた。それを見て僅かに目眩がしたが焔村早苗は小さくため息をついただけで気持ちを切り替えた。
「黒須さん、今上階で魔力反応がありましたが…?」
「あぁうん。あれは大丈夫。技法の発動だから」
「……それにしては禁術域の反応でしたが……まぁいいでしょう」
早苗が自分の耳にかけていた通信機を外して黒須に手渡した。
「学園後方サポートより貴女に連絡です」
黒須が通信機を受け取って応答した。
すでに繋がっていた回線から一人の少女の声が聞こえた。
『こちらサポートの木霊です。黒須さん、上階で『オラクル』の出現を探知。緋糸さんの負傷で学園メンバーと三対一の様相を呈しています。』
「組んでるのは嶺、妖姫、想騎の三人?」
『はい。対するオラクルはカリナ、メニー、理威徒の三人を上階へ行かせており上階警備員の約八分の七が打ち破られました。あとおよそ10階層ありますがもはや警備員はほとんどいません』
「わかったわ。あなたたちに指揮を任せていい?」
『はい。黒須さんは?』
「私は、緋糸を助けに。」
『はい。それでは現在の援軍の合流までの時間を転送します。端末は通信可能ですか?』
「大丈夫よ。…………はい。ダウンロード完了」
『お気をつけて』
「直接戦闘は苦手だから適度にいくわ」
通信を終えた。
黒須はケータイにダウンロードした当主の合流時間に素早く目を走らせる。
『瀬名&御簾』…10分
『焔村鬼啼』…3分
『飛鳥川如月』…25分
『打紅 蒙香』…21分
ざっとこんなものか。
遠くにいる『夜歩』は3時間と表示されているが間に合うはずはない。
ここは瀬名たちと合流してから………
「…馬鹿ね。緋糸の怪我を治さないといけないのにこんなところでじっとしてられない」
黒須は治療していた一人から救急キットを一つもらった。中には包帯や絆創膏、消毒薬に痛み止め。解毒剤とウィルスの進行を遅らせる万能ワクチンも収められていた。これだけあれば数人程度の治療はできそうだ。
「…黒須さん。私も連れてって」
絆がふらつく足で訴えた。
「無理よ。あなたの武器の暴走、それにその怪我を見たら戦わせるわけにはいかないわ。」
「………」
「それに、嶺に『名前を封じられている』でしょ? 名前を呼べない武器でどうやってオラクルと戦うつもり?」
「それは………」
「もうひとつ言うとね、あなたは『オラクルと遭遇しすぎている』。それ自体が異様なのよ。学園がオラクルの再来を感知するよりも前、あの廊下の結界に囚われたあなたたちは一体なぜオラクルと遭遇できたの?」
「あれは……偶然……」
「偶然?……そう偶然?あんな『殺しても死なない』ような男と『偶然出会った』なんて私には信じられないわね。」
黒須が言い終えると、目の前に真畔が立ちはだかった。
「……何?」
「キズナンを悪く言うのはいくら黒須さんでも怒りますよ?」
「そうだな。私も友人を責められるのは気分が悪い」
和音が立ちはだかり、
「私もです」
夕凪が加わった。
「……なによ、私が悪者みたいじゃない」
「全ては黒須さんの言動が悪いと思われます。」
黒須と早苗がため息をついた。
黒須は頭に手を当てていたが数秒でやめて周囲の様子を窺うようなしぐさをしてからもう一度だけため息をついた。 数秒の空白を置いてから彼女は叫んだ
「治療担当!ここにいる全員の治療をお願い! 夕凪ちゃんは大した傷はないけど一応魔力補給剤を渡しておいて。和音ちゃんと絆ちゃんには大至急治療をお願い。私が引率していくわ!」
絆たちは目を輝かせた
「はぁ…私、サポート失格ね」
「いいえ。最善の選択でしたよ」
黒須の肩を早苗は叩いて元気づけた
そして、彼女も自身の武器を手に取り、自身のカバンから小型の治療キットを取りだすと内部に納められた小型アンプルを取りだして注射器で少量を取りだした。
「それは?」
「これは私の魔力強化剤。ようは一時的なドーピングアイテムです。副作用はありませんが少々扱いが難しいのです」
「ふーん。……ってまさかあなたも来るの?」
「そのためにここまで降りてきたのですよね?黒須さん?」
「…本当に可愛くないわね」
「『焔村』は第一階位との覇権争いに全力を注ぐ家系です。多少は戦力になれますよ」
「冗談よね? 『精錬の戦姫』とまで呼ばれた人が多少の戦力なんて」
「それを言うなら『無敗の司令塔』と呼ばれる黒須さんの活躍を期待している。とだけ言わせてもらいましょう」
「……ほんっとーに可愛くないわね」
黒須がため息をついた。今日一日で何度ため息をつき、また何度戦場にひきかえせばいいのか…。本来の予定は違ったはずなのだが……
8階。そこで武器を抜いたオラクル、嶺、妖姫、想騎が階を跳び跳ねるように剣をぶつけあっていた。
「どうした?三人がかりで私に傷一つつけられんのか?」
机の上で妖姫と想騎の連携攻撃を軽々と避けたオラクルが笑った。背後に回り込んだ嶺の一撃を回避し、左右から追撃した二人組を長剣『ゼーレンヴァンデルング』で器用に受け止めると払い除け、二人を吹き飛ばした。
「ふむ。軽いな」
余裕で佇む男に嶺は苦笑いを返した。
「当主二人と側近相手にお前もよくやるよ…ブランクは3年か?」
「まぁな。私もまだまだ老いぼれてはいないようだ」
剣を手にしたオラクルが嶺に向けて『跳んだ』。
「輪廻の海に眠れ。我は天地を結ぶ者。死者と生者を繋ぐ者。無限の輪廻を超えて我は世界に行使する。砕け!『光の奔流』!」
叫ばれた言葉を聞き終えるか、終えないか。わずかな一瞬で危険を感じ取った二人は武器を寄せて防御の準備をする。
「くっ…大鷲!」
「『月下の反幕』!」
二人の少年は防御し、その一撃を受け流そうとするが……それをわずか数秒で破壊して溢れるような光の波が二人の少年を吹き飛ばした。
……そう、『二人の少年』だけを。
「胡蝶の夢、覚めぬ夢。我は問いて我は解く」
「輪廻の海より這いでし腕よ、その腕で空を掴め。」
天井を蹴って妖姫がオラクルの頭上を取った。
「『惑う真夜中の蝶』」
「『天握の巨手』」
短刀一本で彼女は疾走した。黒い蝶の羽を得たかのように踊った彼女はオラクルの魔法が発動する直前にその攻撃範囲…上空から離れた。わずか一瞬の攻防。わずかな一瞬で死角に入りこんだ彼女はオラクルに短剣を突きたてた!
「…!」
オラクルの驚きが嶺の目に映った。
彼は嶺の知る限り「最強」にもっとも近い人物だ。それが容易く防御不可能な場所に女一人を入れてしまった……。
―まさか
一瞬の閃きのような危険な信号が脳内に響き渡るような感覚が全身を震わせた!
「なんて、な」
それは
「我が手中に収まれよ『天握の巨手』」
的中した。
「……う」
巨大な腕がオラクルの上着の下から生え出して妖姫の体を掴んだ。彼女の長身が天井に叩きつけられて、一瞬だけ解放されたのか体が宙を浮かび、そしてもう一度握りしめられて彼女は床にたたきつけられた。
「………」
沈黙したままの妖姫は力なくぐったりとしたまま『巨人の腕』と形容するべき魔法の産物に囚われていた。結われた長い髪がほどけてまるで死人のような有様だった…。
「妖姫様!」
想騎が走りだそうとしたが、
「遅い!」
オラクルの剣閃が想騎と嶺の間を切り裂いて二人の足を乱した。
「嶺さん!」
「想騎!妖姫さんを頼む! 僕はオラクルの足止めをする!」
「はい!」
想騎は駆け出して嶺は大鷲を振り上げる。
「想騎を守るか、奴を止めるか。任せるよ『大鷲』」
大鷲が小さく震えて嶺の声に答えた。ように思えた
剣を構えて全力の咆哮を上げた。相手は最強の敵。ならば全力で向かうのみ。
昔倒した相手だ。勝てる要素はあっても負ける要素は…無い!
階段を駆け上がる足音が響く。
先頭を走るのは黒須。手にした弓は美しいガラスの弓。白衣をなびかせて先頭で弓をつがえた
次を走るのは和音。手にした大剣がニビ色の光を照り返した。武器を手に先頭を狙う者を探る。
それに続く夕凪。能力をいつでも発動できるように周囲に警戒を怠らない。
その後ろに絆。能力も武器も封じられて今はただの女子高生。だが手にした短剣は武器になる
続くのは焔村早苗。耳につけた通信端末で学園と通信しつつ周囲の情報を全員に伝える。
「兄は下階の負傷生徒の救助を中断して来るそうです」
「わかったわ。どうもすれ違っちゃったみたいね」
黒須が答えた時、丁度小部屋の並ぶ階層を抜けた。
一行はさらに上階へと走った。
途中、倒れた警備員を流し見て彼女たちは疾風の如く階段を駆け上がり、ついに戦闘区域にたどり着いた。
「ついた!」
「嶺さん!無事ですか?!」
「パパ!いたら返事して!」
黒須、和音、絆が叫んだ。
「サポートよりデータ供給。戦闘範囲、人物反応4。全員生きてます」
「幻想の果てより射抜け。『ミスティックアーチャー』」
早苗が言い終えるか終えないかのタイミングで黒須は弓を放った。
目映い光が絆の視界を一瞬だけ眩ませて部屋を一直線に飛び抜けた
「…避けたわね」
「避けた…って黒須さんわかるの?」
「無駄話はしない!全員散開!」
彼女たちは飛ぶように円形に散った。
直前までいた場所に巨大な腕が叩きつけられてズシンと建物が嫌な揺れ方をした。
「がんばろ、刻鳥」
名を封じられているので姿は変わらないが、手持ちの相棒は小さく鳴いた・・・気がした。絆は一直線にオラクルへと向かう。視界の隅に和音と黒須の姿があった。
大きな刀を抜いた和音と、弓をつがえる黒須。短剣一本で走り込む絆。オラクルが片手で剣を操りながらこちらを一瞬見た。
「かずね!来るよ!」
「一刀に伏せ。『ザンバ・グラビティソルダム』!」
二人で襲いかかる!
「お?」
嶺の驚きの声が聞こえた。絆と和音の剣がオラクルを捉えた。
和音の刀は『ゼーレンヴァンデルング』に阻まれたが、その質量と【グラビティ】の能力で見た目の数十倍の威力を叩きつけ、絆の短剣はオラクルの腹部に深く突き刺さった。二人はそのまま間合いを開いて再度攻撃態勢に移る。
「ふむ。太刀筋は悪くないな」
別段なんということもない。と言いたげなオラクルに絆は【ウィンド】を宿した短剣で攻める。1、2、3、とテンポよく連続で攻撃し、体勢を乱したところで和音の超威力の一撃を・・・
「暗き淵へと誘うは魔性の鬼火。惑いて惑わす魔性の鬼火。見惑うなかれ、魔性の鬼火」
オラクルの不思議な呟きによって世界が不気味に淀んだ。
「『幻惑の手招き妖精火』」
「はい、おしまい!」
現れた火の球を一瞬で矢が貫いた!
黒須の矢がさらに火を貫き、三発目がとどめと言わんばかりに唸りを上げて中央を射抜いた。鬼火は弾けて消滅した。
「嶺!想騎!ぼさっとしてない!」
「わかってるよ!ちょっと疲れただけだっての!」
「妖姫様、当たったらごめんなさい」
腕や額から血を流していた嶺と困った表情の想騎がオラクルに斬りかかった。双剣と日本刀の軌跡が三重の光となり、その光にさらに二本。絆と和音の剣撃が加わる。
「風よ、目の前の者を捕らえよ!『ウィンド・バインド』!」
「風よ、あいつを捕まえて!『ウィンド・バインド』!」
抜けながら二人の風の拘束がオラクルを捕縛して一瞬の隙を作り出した。そう、ほんの一瞬で良かったのだ。
「描け虹の極光!『アル・カン・シェル』!」
黒須が弓を放った。周囲の光を奪ったかのような目映い閃光がまっすぐに、そしてミスティック・アーチャーのガラス全てを虹色の輝きに満たして虹の矢をオラクルに叩きつけた!
「黒須ちゃんの必殺技を味わった気分はどう?流石のオラクルも瀕死かしら?」
…確かに、床が焼け焦げているあたり『必殺技』ではあるようだが。オラクルは微塵も感じないとばかりに服の焼け焦げた部分を払っていた。
「…さっすが不死身…馬鹿みたいな体してるのね」
「確かに私は不死身だが。痛みは感じるのでね…。少々不愉快だ!」
刹那の一閃。黒須の体を鮮血が汚した。
オラクルがすれ違い様に払った剣を…落とした。
「…風翼当主。いつまで時間をかけている」
オラクルを一閃した少年。焔村鬼啼が呟いた。冷徹な声に返り血の斑点。そして嶺よりも不気味なオーラを放って彼はこの場に君臨する。
「手を貸してやる。神契れ『焼皇舞燗』」絆の前で一本の刀がぐにゃりと曲がった。まるで人の腕のように動いたかと思うとみるみる刀身が赤く染まり…そして融け出した。
室温が急激に上昇し、近くにあった紙ゴミが突如発火した。
「…凄い。これが…当主の武器…」
絆は、嶺のものとは違うその迫力にただただ圧倒されるだけだった。刀身が融け出す武器など絆は想像もしなかったし、想像できなかった。
「絆さん、離れて下さい。巻き込みます」
焔村早苗が絆の前に立ち、呟いた。
「私だって戦えるよ!」
「…そんな半端な能力では私たちの戦力を削ぐだけです。下がって。」
「っ!私だって風翼よ!」パシン。と頬を思いっきり叩かれた。
「…使えないのに出るな。焔村も風翼当主も命を賭けている。半人前は下がれ。これは上官命令よ」
「………っ」
絆は何も言えなかった。
武器を封じられ、能力も随分弱められた今の状態では確かに戦力にならないかもしれないし……迷惑かもしれない。でも、きっと……。そんな甘えがあったのかもしれないと、気付かされた。
「っ…がんばって」
絆は後ろに下がった。
「…はい。神架かれ『焦がれの恋心』」
早苗の武器も呼ばれた。
彼女が腰に吊っていた拳銃が姿を変えて、黒いボディの拳銃の両脇に一本。赤いラインが刻まれた。
「…兄さん。オラクルを仕留めましょう」
「早苗、風翼当主。サポートしろよ!」
熱風がビルの中を吹き抜けて灼熱の刀と漆黒の剣が激しくぶつかりあった!
灼熱を纏う刃が周囲の埃を焼き払いながら二撃三撃と執拗にオラクルを攻め立てる。
「ほらほらどうした!隙だらけだ…ぜぇ!」
刀で意識を引き付けながら不意打ちの足技。絆は素直に「上手い」と叫んだ。
「そして、後ろだ!」
嶺が熱を纏う風を叩きつけた。
間髪入れない連続攻撃に驚き、そして気づく。嶺はまだ攻撃を終えていないのだと
「業火連撃『轟衝爆破』!」
「風技連式『ツイン・ウィンド』!」
爆破の炎と双翼の風がオラクルを包み込んだ。二つの技は融合し、燃える旋風となって一人の男を焼いた。
「凄い!流石にこれは…決まったね!」
思わず真畔に飛び付いた。
「キズナン、それフラグ…」
「え?何が?」
燃える旋風の中心に、オラクルはいた。小さくため息をつくと『ゼーレンヴァンデルング』を一振り。風を散らすと火傷一つない顔で二人の剣士をゆっくりと見つめた。
「…ぬるい。」
キン。
世界が三分割されたかと思った。絆が見たのはゆっくりと崩れ落ちる嶺と鬼啼。そしてビルの瓦礫。誰かが何かを叫んだのが聞こえた気がしたが絆は何がなんだかわからなくてただ呆然としているしかなかった。
「時間だ。」
オラクルは絆に向かって呟いた?
「生きていればまた会おう【終端】の能力者よ」
後ろから強く引かれて、絆はなんだか1mほど低くなった天井を見上げて、階段へと投げ飛ばされた…どさっ、と硬いタイルに叩きつけられて絆は小さくうめいた。
「絆ちゃん!みんな無事?!」
瀬名が最前列で叫んでいた。どうやら…瀬名に助けられたようだった。
「うん、ママ…」
「心配したじゃないのバカ!」
ギュムッ、と抱きつかれて絆は手足をばたつかせて脱出した。
「…ママ、パパがあの下に!」
絆が潰れた階を指差すと彼女は頷いて、言った。
「大丈夫。あいつ前世はゴキブリだから」
「だぁーれぇーが黒光りだバカ瀬名ぁ!」
瓦礫が吹き飛ばされて、轟風と共に嶺が飛び出してきた。脇に鬼啼を抱えている。
跳び蹴りされたのを瀬名は受け止め、くるん、とその勢いを真下に変えてやる。
「みぎゃ」
顔面から床に落下した嶺はピクピクと痛みに震えた。
「え?生きてた?」
「…大鷲が瓦礫を支えてくれたんだよ。それで無茶して瓦礫ごと吹き飛ばしてみた。あー鼻が痛い」
嶺は赤くなった鼻をさすりながら簡単に話した。なるほどオラクルもチートだが嶺も相当なチートキャラだというのがよくわかった。
絆は小さく肩を落とした後、この場に居る全員をぐるりと見渡してみた。
瀬名と御簾は多少埃で汚れた程度。焔村早苗は足に小さな切り傷を作り、友人達も腕や足から細く血を流していた。
嶺はザックリと服が斬れてはいたがほぼ無傷。それと反対に鬼啼は深い裂傷を受けていた。絆がその傷を手当てしようと提案すると
「うるせぇ…風翼の手なんて必要ねぇ。…ツバつけとけば治るんだよ」
明らかに無理をして拒否された。
「兄さん…部下の好意を無下にするのは…」
おずおずと言った早苗を
「黙れ!当主の妹の分際で俺に指示をする…ぐはっ」
叫ぶから血を吐いた。
「…早苗ちゃん。コイツ退場」
「申し訳ありません兄さん。今のままでは嶺さんより使えません」
「早苗っ…この裏切り者がぁぁぁぁ!」
引きずられていく一人の当主。嶺のうんうんという頷きが…第二階位の彼もまた不遇の星の下に生まれてしまったのだと説得力を与えていた。
「ママ…当主ってみんなあんな感じなの?」
「とりあえずみんな一癖も二癖もあるわね。嶺は『不遇』で被るからキャラも薄い方よ」
なるほど。不遇の星はどこまでも平等に不平等を与えるようだ。嶺の薄幸を嘆くべきか、当主としては親しみやすいことを歓迎すべきかは絆には判断がつかなかった。
そんな中、黒須と真畔は瓦礫の山を調べていた。瓦礫の崩壊と天井の断片の様子からザックリと上層階の状況を描いていく。
「崩落部分へ全体的に寄せて、一部空白地帯がありそうね」
「…学園からの崩落直前の監視カメラ映像では割と近くに大きめの空白地帯があります。これから…こう登れば…」
「うんうん。なら…行けるね。優秀ね、マクロちゃん」二人は打ち合わせを終えて、天井を指差した。
「上へ行くわよ」
と。
「黒須。階段までペシャンコに潰れてるのにどうやって行くのよ?」
「今、この場には最適な能力者がいるわよ?ねぇ、夕凪ちゃん?」
「えっ………あぁ!【チェイン】ですか!」
夕凪の能力。【チェイン】の能力は大きく2つに分類される。まず1つは『鎖を自在に操る』事。敵の捕縛や、仲間を受け止めたり、建物を登るのに使用したりする能力。そしてもう1つは『空間を繋ぐ』能力。
『空間同士を鎖で繋ぎ、双方の鎖をたぐりよせる事で擬似的なワープ航法を可能にできる』。という一個人が抱えるには大きすぎる能力なのだ。
いくら水素車両が普及した2015年でも流石にワープ航法までは机上の空論。むしろ可能かすら不明瞭な理論を彼女は単身扱えるのだ。
「…でも、この人数は多いです」
絆を含め、この場には9人。確かに彼女の能力では転送しきれないだろう。
「何人まで転送できる?」
嶺が聞くと、夕凪は少し悩んでから
「限界で4人です。…それでも座標誤差が出てしまいます」
申し訳なさそうに呟いた彼女に嶺は小さく親指を立てた。
「十分だよ。さてと。それじゃあ早い者勝ちで…死にたい奴4人は手を上げな!ハイ!」
1st 風翼嶺
「あ!ずるい!」
「言う前から挙げてたじゃない」
2nd 聖蓮瀬名
2ndタイ 聖蓮御簾
「ハイ!プレス優先!」
「私が行く。」真畔て和音が手を上げたが…嶺が首を横に振った。
「ちょっと早かった。ね、絆」
4th 風翼絆
「絆ちゃん…大丈夫なの?」
「行かない方がいいんじゃない?…むしろ足手まといになりならいない方がいいけど」
瀬名と御簾の言葉を
「私も風翼当主筆頭候補。負けない。」
凛とした表情で跳ね退けて絆は夕凪を見た。
「…行ってくるね」
「…気をつけてね」
鎖が床からウニョリと伸びて天井にまで登っていった。四人の体がぼんやりと霞み、
「時空を繋げ【チェイン】」
夕凪の言葉で転送された。絆が着地したのはひび割れたタイルの床の上だった。足元に鎖が消えていき、小うるさい騒音が退くと静寂の中に四人が取り残された。
「全員、生きてる? 机に埋まった奴とかいない?」
嶺の言葉に失笑が返ってきた。全員、床や机の上に着地したようだった。
「下階の可愛い転送術者へ通信。全員無事です。どうぞ」
『良かった…。一瞬手元が危うく…いいえ、少し心配しましたけど…良かった』
ぷつ、と小さな音がして夕凪からの通信が届いた。
「奇跡に感謝。さて、黒須よ僕らは何階にいる?」
『はいは~い。嶺たちは今24階ね、30階のビルだからあと6階で最上階。』
「随分ショートカットしたね。それじゃ、上を目指すよ」
『オラクルは掴めないけど、先に進んでる敵小隊は28階で最後の警備員達が足止めしてる。29階は研究員が避難してる…突破されたら血の海ね』
「了解。」
嶺が通信を終えると瀬名と御簾がある一角を指差した。
「緊急用の階段があるわ。私達のパスで開けられる」
「そこならば邪魔はないわ。入れるのは親父と私たちだけだし」
…なるほど。隠し通路か、と絆は頷いた。大企業ともなると緊急時の対策に用意してるのか…
「いや、うちの馬鹿親父が脱税とかで摘発されたとき用よ」
そっちか、てへ
「まっ、それが手っ取り早いか。瀬名はロック解除お願い。それから絆」
絆の肩にボロ布一歩手前のコートがかけられた。
「これでよし。大鷲、準備できてる?」
「…ok、それじゃあチーム『絆連合』出発!」
おー! って
「なにその名前!ダサっ!」
「はーい、当主権限で却下。レッツゴー」
ガコン、と口を開けた壁の一部に身を滑り込ませる。次は…28階を目指すのだ
通路内部は冷たい空気がヴェールのように漂っていた。燃え盛る炎も、割れたガラスやコンクリートの破片、戦いの喧騒も…何もかもが存在しなかった。
ただただ静かに螺旋階段がビルの天井から貫いていた。
薄暗く埃が積もった階段はまるで古の巨搭に迷いこんだような錯覚と、神秘的な世界としての雰囲気を全員に見せつけていた。
「ここはツバイ本社に併設された螺旋階段。ビルとは僅かに隙間があって同一の施設ではないわ。本当は秘密通路だから入れられないんだけど…嶺と絆ちゃんになら見せても平気よね?」
コツン、と足音が響いた。
本当に、私達以外に誰もいないのだ…。驚きと小さな孤独感が絆の首に手をかける
「他言無用、了解。にしてもさエスカレーターとか無いの?登るのダルいんだけどー」
「バカ嶺。その為のあなたでしょ」
ヴァサ…といつの間にか名を呼ばれていた大鷲が翼を広げていた。
「…運賃とるぞ」
「通行費1億円」
「すいませんでした」
嶺、秒殺。頼りない父親がわりに絆は苦笑いした
「はい。大鷲よろしく!」
ピュイーと鳴いた大鷲の背に四人が乗り込んだ。しっかりと羽を握りしめて全員が飛翔に備える。
「行くよ。羽ばたけ!大鷲!」
加圧が絆を押し付けた。大鷲の背に潰されたように張り付いて垂直飛翔する鳥に振り落とされまいと手を握りしめる
「早い早い」
「大鷲、着地用意」
わずか4階層を抜けて大鷲の空中散歩は終わりを告げた。あまり高くない柵を越えて大鷲は着地した。
「まっ、垂直飛翔ならこんなもんさ」
姿勢を下げた大鷲から飛び降りて嶺は言った。三人は曖昧に笑ってそれぞれ階段の踊り場に降りた。
積もった埃を踏みしめて四人はこの階の非常口へ歩いた。小さな取っ手をカチンと下げた…
うなりをあげて弾丸が目の前を飛んでいった。今まさに戦場となっている28階で弾丸ひとつで臆する訳にはいかない。四人は扉から飛び出して机の下に身を隠した。
「絆は黒須との連絡中継、僕と瀬名、御簾はロウザ達に攻撃を仕掛けるよ。いいね?」
三人は頷いた。
「それじゃ、3、2、1…散開!」
机の下から飛び出した三人が机の上を走り抜ける。驚きと銃撃音の空白で警備員が援軍に戦場を明け渡したのが分かった。
絆は頭だけ机の上に出して通信機のボタンを押した。
「こちら28階。黒須さんどうぞ」
『こちら黒須、某超大国の軍事衛星ハッキング中、どうぞ』
衛星なんてハッキングできるのか?とか思ったが今は中継に専念する。
「戦場入りました。三人が抗戦中です」
『…ハッキング成功。画質荒いけど室内の様子をモニター出来たわ。センサーと熱源モニターで戦いの様子くらいはわかるわ』
驚いた事に某※国の軍事衛星にはそんな機能まで…と思ったが、過去にレーザー砲を開発しようとしていた噂もあるので案外驚くには値しないのかもしれなかった。
『絆ちゃん、嶺達の様子は?』
頭を出した瞬間、目の前にハイヒールが降ってきた
「ひゃっ?!」
見上げると、カリナと嶺が鍔迫り合いの体勢でどちらが優勢とも言えない戦いをしていた。
少し時間は遡る。
「全員、散開!」
嶺はそう叫んだ後、先陣を切って走り出した。背後から飛んでくる味方の銃弾がギリギリ掠めて積み上げられた書類の山を撃ち抜いた。
嶺は『疾風大鷲』を呼び出して黒薔薇を従える昔の同僚に向かって剣を振り下ろした。
ロウザはその一撃を軽く弾いて嶺の左手の一撃もツイと逸らした。
「…待ってたわ、嶺」
「また会えて嬉しいよ。生きてるっていいね」
空中で一回転からの打ち落とし!
カリナの防御が崩れて隙を見せた。嶺は風を右手に集めてその全てを至近距離で解放させた。
「『ブラスターストーム』!」
風の爆破がカリナを吹き飛ばした。身軽な彼女を弾き飛ばした態勢のまま嶺は次の罠を張る。
「我が身に集え暴風の残骸!我が身、我が血、我が家紋の鳥に従い今ここに風の盟約を果たさん!『風化のエテジア』!」
「覆え!『黒薔薇の花園《black rose gurden》』」
薔薇が世界を包み込み、風がその薔薇を吹き飛ばした。荒れ狂う風を従えた北風が蕾と棘を咀嚼するように砕いて風でどこかへ飛ばしてしまった。
「風技三式」
カリナの目の前に、鋭い目付きの嶺が滑り込んできた
「『激砕のツイスター』!」
風が渦巻き、一瞬だけ竜巻のような姿を見せる。それを握りしめた嶺がカリナへと風を叩きつける!
「悪いな、俺は容赦しないタチでね」
当主人格の嶺がカリナを蹴り飛ばした
フロアを滑り、机を巻き込みながらカリナ・ライナ・アムゼは壁に叩きつけられた。
「…やるじゃない。嶺」
「…無理しないで、死んどけ」
飛び起きて斬りかかったカリナとそれを迎え撃つ嶺が一つの机の上でぶつかった。
「ひゃっ?!」
声がして、嶺は鍔迫り合いのまま下の人を認識する。絆だ。
「らぁっ!」
なんとか弾いて即座に剣の風を解き放つ。
「『ダウンバースト』!」
荒れ狂う風の鉄槌がカリナを打ち抜いた。
「…なんてね」
薔薇の花が散り、彼女の姿が消えた。左右を見回しても姿はない…。逃げられたかと思ったその時背中から強い衝撃を感じた。
「ちっ。後ろか」
じわり、と白いコートが赤く変わる。背後から貫かれた剣がズキンズキンと痛みを与えてくる。
「大鷲の防御機能は1回まで。オラクルに使ったからもう発動しない…。ごめんね、嶺」
嶺はゆっくりと倒れるように膝をついた。苦しい。痛い。だが…それが何かに触れるスイッチのように本能の片隅を刺激していた。
―当主としてやるべき事を
あぁうるさい
―そんな性格でこの当主を任せるのは
うるさい
―ならば当主として威厳ある人格を…
全部、うるさいんだよ!
「…な、何?」
「嫌なもん思い出したぜ…苛つく」
大鷲の風が澱んだように思えた。どうやらもう頃合いのようだ。
「我が家系に害なす者を駆逐せよ」
カリナは嶺がしようとしている事に気付いてロウザを抜こうとするが、嶺がその刀身を押さえる。痛いが、それすらもいまは糧となる。
「滅ぼせ『腐死鳥大鷲』!」
下階にいた黒須の耳に、誰かの絶叫が届いた。急いで衛星から画面を切り替えて能力者レーダーに切り替えると、28階の『黒薔薇の花園』の発動領域内で大型の魔力反応が出現していた。
「ちょっと…待ちなさいよ。嶺のやつ一体何を呼んだの!? 絆ちゃん、応答して!」
『――――う、黒須…さん』
「何があったの?答えて」
『大鷲が……駄目、意識が…』
「しっかりして!何が…」
直後、ビル全体が振動した。
いや、なんだろうか…揺れた、というより震えた。震えたというよりもまるで怯えたような振動だった。
不気味な静寂が訪れて、黒須は学園の治療施設に連絡をする
『黒須さん!』
「想騎?…なんでそこに?」
『妖姫様の手当てをしに下階に降りたんですが…今の振動で生徒の半分近くが突然意識を失って…今下は大混乱です』
「嘘でしょ…今の揺れだけで…」
プツッと会話に乱入する音が聞こえた
『お二人とも失礼します。焔村早苗です。今の振動にとても邪悪な波動を感じました。まさかとは思いますが…』
早苗は一度間をあけて、声を小さくして囁いた。
『禁式…でしょうか』
禁式とは、強大な力を持つ武器が会得する『あまりにも強すぎる力』を指す。その能力は術者によって変わるが、通常の解放の数十倍の戦力になるものが多い。
だがその代償に周囲の味方はおろか術者本人すらも命の危険に晒される。故に禁式。
至る能力者はごく一握りだが、十二階位当主ともなれば解放した時の力は並大抵の武器を凌駕する。
『禁式なんて…当主が解放すれば下手すれば十二階位全てから粛清されますよ! 嶺さんはそれを重々承知の筈です』
『でも、当主に近い身だから皆さんわかるかとは思いますが、今の振動は明らかに普通のものではありませんでした。私達も上へ行きますか?』
早苗の言葉を、黒須は却下した。
「夕凪ちゃんも既に限界よ。これ以上無理させたくないし、仮に禁式の…『腐死鳥』なんか呼んでたら死人が増えるだけよ」
黒須は通信を切って、緋糸に視線を向けた。
「信じろ。あいつは仲間は守る」
「…そうよね。うん!」
黒須は小さなモニターを再び覗いた。嶺の矢印が28階の中央から動かないのを見て、胸の前で小さく十字を切った。
28階で、嶺は『浮いていた』。
机の一つの上で、足を数センチ宙に浮かせていたのだ。
彼の背後にはまるで朽ちた屍のような大鷲が、白く濁った双眼をカリナに向けていた。
「…死んだか?」
「残念ね…まだ生きてるわ」
倒れたままの状態で少女は消えそうになる意識の中、そう呟いていた。
嶺は剣を向けて、少女へ死刑の宣告をする。背後の鳥が死を与える喜びに歓喜して高くいなないた。その声はビル全てを揺さぶる程に大きかった。
「理威徒…メニー…先へ進んで。もう…時間がない」
それを聞いたパソコンで剣を防いでいた少女が身軽にこの部屋の階段へと走り出した。戦闘回避だった。
「カリナちゃん、普段は嫌な感じだったけど今は祈ってる! 5分生き延びて!」
カリナは小さく笑った。
「難しいな…。けれど、たまにはチームメンバーの意見を聞くとしよう…。吉星衛門の代わりにだけど!」
部屋中の薔薇が咲き始めた。嶺はつまらなさそうに花の一つに剣を向けて、呟く
「命を枯らせ。大鷲」
一輪の黒薔薇がカサカサと茶色くなり、薔薇の枝までも朽ち果てさせる。これこそが、禁式の由来
「【死を運ぶ風】」
朽ちた薔薇の花弁が散り、黒き薔薇が開く前に茶色いゴミとなって部屋を舞った。薔薇の『痛み返し』も発動できなければ無意味でしかなかった。
「『薔薇旋風』」
逃げたカリナに向けて大鷲を飛び立たせる。机を吹き飛ばして腐死鳥は少女の体を掴み、窓を突き破って夜天に舞い上がった。
「キィィィィィ!」
耳を引き裂くような高音で鳥は鳴いた。
まるで主人の命令を待つように再度飛翔した腐死鳥に嶺は
「やれ」
ただそう告げた。
大鷲は反転して急降下。大気を引き裂いて地上へ向けてまっすぐに墜ちていった。
地上から悲鳴が聞こえて、嶺が小さく笑ったその時、ざわめきが聞こえた。嶺が割れた窓から下を見ると…地上わずか数メートルの位置で腐死鳥が停止していた。落下態勢のまままるで地面に突き刺さったように止まっていたのだ。
「…まったく、手間をかけさせる」
左手一本で大鷲を止めたオラクルが笑った。
「29階は無事走破された。さぁ時間だ。」
星の消えた明るい星空に漆黒の外套を纏った男が叫ぶ。
「集えこの世に歯向かうレジスタンスよ!革命の刻は来た!」
カリナが黒い穴に吸い込まれたのが見えた。
オラクルも自身の足元に作った穴に飛び込み、大鷲は地面に墜落した。アスファルトの破片が飛び散り、巨大な鳥の亡骸が地面に横たわった。
「…ちっ、あの野郎また何かやる気か」
嶺は階段を見上げて、内側の声に耳を傾ける
―当主人格、腐死鳥を連れて29階は通れないよ
「だな。メイン、あんたの意見は?」
―もちろん、飛ぼう
嶺は割れた窓から身を投げた。下には警察車両の赤灯や無駄に明るい街灯が見えた。ほんの少しの間だけ宙を横に滑った嶺は重力に引かれて墜ちていった。
今はわずかに飛行できるが、あくまで能力補助でしかないのでこんな高さでは墜落し、2次元の世界に仲間入りだ。体を撫でる風を受けながら嶺は大鷲を強く握りしめる。
「蘇れ『腐死鳥大鷲』」
ドクン。一度力強い鼓動が聞こえて下から人々の驚きの声が聞こえた。腐り、死した鳥に二度目の死はない。再び黄泉国の境界を打ち破って死んだ鳥がさらなる死を引き連れて命を得た。
力強く羽ばたいた大鷲が飛翔する。嶺はその鳥の背に掴まって共に空へと向かった。
「30階。行くぞ」
大鷲は窓に向けて突撃していった
窓ガラスを突き破ると、広い部屋に入った。立派な棚に学術書を並べ、単品でも数千万を超える調度品が整列するツバイ社の社長室だった。
部屋の中にはオラクル、メニー、カリナ、理威徒、吉星衛門が整列しており、彼らと大層な机越しに向かい合う男がいた。
短い茶髪を整髪料で固めた比較的細身の男の年齢は40歳程度で、悠然と椅子に腰かけていた。
「…無粋な侵入者だな。風翼当主」
「助けに来てやったんだ感謝しろ聖蓮当主…聖蓮椿井。」
嶺はオラクルに向き直る。
オラクルはそんな事は気にしていないとばかりに椿井に話しかける。
「…私は椿井、君を断罪に来た。『戦車から旅道具まで』。君の社訓のせいで何百万の人間が死んだか…理解しているか?」
オラクルが手を上げた。
「君のような戦争を利益とする人間がいる限りこの世界から争いはなくならない。君が居なければ世界はずっと良くなる。」
パチン。オラクルが指を弾くと彼の背後に巨大な穴が開いた。部屋の幅とほぼ同じ大きさの穴が『空間に開き』、その穴から何人もの人間が現れた。
チンピラ風の人間もいたが、次々と現れる人間達の大半は普通の人のようだった。ただし、尋常ではない殺意を感じたが。
「彼らはみな第三次世界大戦で家族や親友を失った人々だ。君に対して復讐をしたいと言っている。大人しく受け入れよ」
何十人もの人々が椿井に襲いかかった。嶺が迎撃しようとすると、椿井が手を前に出したのが見えてなにもしないことを選択した。
「『PE-031』、【クリエイト】」
パシン、と小さな光と共に椿井の手に拳銃が現れた。彼はその銃の引き金を躊躇なく引いた。
一人の男の眉間に穴が開き、崩れ落ちた。迫る人波を椿井は拳銃で撃ち抜いていたが数秒としないうちに弾丸が底をついた。
「やっちまえ!」
雄叫びと共に攻勢に出た革命の刻のメンバー達を嘲笑うかのように椿井は
「『PE-172』、【クリエイト】」
能力を発動して新たな武器を手にした。ツバイ社式自動拳銃の最新型だった。
カチン。気付けば弾切れだった。
一度に撒き散らされた弾丸は波の先頭を崩壊させていた…。一瞬の早打ち、そして精確な動作をする拳銃。そう、聖蓮家当主は【創造】する能力者。言い換えれば
「想像を創造する能力。か」
嶺の目の前で一人の女が死んだ。肉親の敵か親友の復讐か…判断はできなかったが彼女もまた死んだ。
「俺も手伝うか。椿井」
「私一人でも十分だ。」
パシン、と次の武器を【クリエイト】して椿井は襲い来る人々を撃ち抜いていった。
オラクルは仲間が倒れていくのを静かに見ていた。
「オラクル様、我々は?」
「…見ていろ。これは彼らが望んだ事。『死んでも仇を取りたい』という鋼鉄の意思あっての戦いだ。戦場を逃げ出した兵士は親友への罪滅ぼしに。親を奪われた子は後を追いたいが為に。恋人を奪われた女はただ一つの愛の為に。彼らはこうなることを望んでここに来たのだから」
空間を突き破った穴から次から次へと乗り込んでくる復讐鬼を見て吉星衛門は複雑な表情を見せる。
(彼らは何故こうまでして死を選ぶ?…仲間を倒されその身に弾丸を受けてもなぜ倒れない?)
メニー、理威徒は辛そうに目を背けていて、カリナは体が痛むのか壁によりかかって嶺を見つめていた。
(カリナも妙だ…。何故何度も嶺と戦う?オラクル様の手を煩わせてまで戦い続ける理由はなんだ…?)
(いや…理威徒も不思議だ。彼自身は強いわけではないのに瀬名と御簾との戦いでも傷一つ負っていない。メニーも何人と戦っても戦闘回避を成功させている…。なんなんだ私の仲間達は)
椿井の弾丸が飛んできた。
身を反らして避けて、数の減ってきた人々を見る。
(あの椿井とか言うのも普通じゃない…能力者と言えどもあの物量戦で拳銃だと?)
あり得ない。小さく舌打ちして彼らを呪う。こんなにも馬鹿げた奴等がいるから世界がダメになるんだ、と。
嶺は黙って死んで行く人々を見ていた。今の嶺にとって死は最も遠く、そして最も近い物で、誰にでも与えられるものだった。
「【死を運ぶ風】も出番ないな。あの人間砲台め…少しは手伝わせやがれ」
―まぁ、僕らが動かないだけいいじゃん
「俺はオラクルを殺すために来たんだよ。ただ今見てるだけじゃ何も変わらねぇ」
―そう言うなよ。楽だし。
はぁ、とため息をついて当主人格の嶺はまた眺める作業に戻った。実に暇だ。
「椿井、いい加減助けてほしいだろ?」
「いらぬ」
拳銃の砲火が見えた。どうやらまだまだ戦えるらしい。
「助けてほしい?」
「黙って見ていろ」
「助けさせろ!暇は俺には辛い!」
「分かった!ならばさっさと戦え!」
嶺は人々の中に嬉々として飛び込んだ。ナイフや金属バットや物騒な物が迫って来たのを見てその全てを蹴り飛ばした。
「風技禁式『三式・風裏拳』」
大気を砕く音が聞こえた。
悲鳴と共に敵である革命の刻のメンバー達が吹き飛ばされていった。
「いいねぇ禁式。強いじゃねぇか」
―ちょ!何してるのさ!風技とはいえ禁式を一般人に打つなんて!
「堅いこと言うなよ」
再びとびかかって来た人々を大鷲で切り刻む。
「たまには俺も楽しませろ」
剣がいくつもの煌めきと鮮血の芸術を生み出すように人々を切り裂いた。椿井の隣にまで突き進むと彼は武器を捨てて嶺に伏せるように言った。
「『ツバイ式両剣 ― 蒼炎』」
光が溢れて、不思議な形の武器が出現した。まるで両側に伸びた槍のような…武器だった。
嶺が伏せるとその頭上をまるで鎌のように切り裂いて三人の命を奪い取る。
「ほぅ…銃以外を使うとはな」
「なに。私もたまには両剣を使うさ」
椿井が従えている武器の長さはおよそ2m。身長よりも大きな武器を扱う姿を見て復讐を企む者達は正気に戻ったのかじりじりと後退を始めた。
「この…化物め!」
先頭の男が震える金属バットを振り上げて、椿井の一撃に喉を貫かれた。
「化物…か。確かに。そうだろうな」
「へっ、椿井がなに感傷に浸ってる?…化物なら化物らしく、ただ破壊をもたらすのみだろ!」
嶺が叫んだ。それを聞いて…一人が逃げ出した。逃げた人を追うように二人が逃げて三人も逃げた。バラバラに散った結束ではこのばで戦い続けられるはずもなく遂には全員が逃げ出してしまった。
「…なんだよ。つまんね」
嶺が死体を転がして不満そうに言った。
…はぁ。
小さなため息が聞こえて嶺は顔を上げる。オラクルが悲しそうな目で床に倒れた人々を見ていた。
「あぁリイス恋人の仇をとれなかったな…ラナン、父親を失った悲しみが晴れたのならいいが…マルク、君は戦場に残した誇りを取り戻せたのだろうか…ルーフェス、理想の世界を見る前に倒れてしまうとは…。ユーニ、君はこの世界を憎んでいたが思い返せば美しかっただろう?」
なんと彼は倒れた人々の名前と手向けに一言を捧げていた。普通、仲間が殺されてまだ敵がいるのにそんな事ができるだろうか?…できるわけがない。
「ハッ!余裕綽々ってか?オラクルよ!」
嶺が飛び出すと、カリナと吉星衛門が迎え撃つために走り出した。
「『薔薇の牢獄』」
「断星『砕壊』」
二人のスキルが発動されたが、嶺は大鷲を呼び寄せてその二つを受け止めた。
「『死を纏う死神鳥の一声』」
風が巻き起こり、風圧に耐えきれずに二人は弾かれた。嶺は剣を左右に広げてオラクルに迫る。
「腐死鳥大鷲!アイツの命をついばめ!」
ふ…と全身を嫌な予感が走り抜けた。その直後!全身を引き裂かれるような痛みが襲った!
「うぐぁぁぁぁ?!」
「…禁式を維持しすぎたな。まぁ解除すればその力の余波が周囲を蝕むのだから無理もないが、自分の力の残量には気を付けた方がいいぞ?」
大鷲が首を持ち上げて嶺を見る。濁った大鷲の目からは何も読み取れず…嘴を振り上げて…ツルハシのように突き立ててきた!
「ぐっ…大鷲…お前…」
―馬鹿逃げろ!武器が暴走するぞ!
内側から叫ばれた声に耳を傾けるだけの余裕もないまま嶺はもう一度大鷲に貫かれた。
「ぐっは………」
腹部に突き刺さった一撃は激痛と強烈な吐き気を呼び、口から大量の血を吐き出した。
「俺を…殺す気なんだな…バカ鳥が…」
今にも死にそうな状況で悪態をついた。もう死ぬのなら…これくらいは言わないと…な。
三度目に降り下ろされた嘴を嶺は大鷲で真正面から受け止める。傷口が開いて激痛が走り、また口から血が流れたがもう構わない。
「ははは…大鷲。僕が…相手してやる…からな…」
元の人格に戻った嶺が双剣を構える。オラクルを前にしてオラクルに背を向けている状態は情けないとしか言いようのない気分だった。
大鷲が首を持ち上げると…嶺の背後の窓が砕けた。
「…?」
披弾した嶺は大鷲を見つめる。貫通した弾丸は大鷲も同時に貫いていて、二人揃ってその場に崩れ落ちた。
『…狙撃成功です。オラクル様』
嶺の通信機に敵の無線が混線してきた。
「ご苦労。あっけなかったな」
『25口径の狙撃弾です。恐らく立ち上がることすらできないかと』
嶺は胸に空いた穴から血が流れるのを感じていた。そしてあと数分ともたない事も感じていた。
傷に手をかざし、止血を試みる。ダメ元だとしても最後まで…あがかなくては…。
『…。オラクル様、その建物に超高速で何かが近づいてきています。速度は…300km』
「300km?…この町に新幹線は無いはずだが…」
ツバイの社長室に白い光が差し込んだ。冷たい空気が頬を撫でて、嶺はわずかに上を見上げる。
「やれやれ、随分ボロボロじゃない?嶺」
「まさか大鷲の風で気を失うなんて…この瀬名さま最大の不覚だわ。それでも、間に合って良かった」
「えっと、お邪魔します。風翼次期当主筆頭候補、風翼絆です。椿井社長、援軍に参りました」
三人の少女が嶺とオラクル達の間に割り込んでそれぞれ好き勝手に名乗りあげた。どうやらここは任せた方が良さそうだ。
「…にしても、オラクル、カリナ、メニー、理威徒。あとおまけか…。辛いわね」
「御簾、金魚とか言わないの」
「ママ、誰も言って無いから」
三人は武器を手にして五人と対峙する。
「聖蓮の三人が揃うのは久しぶりだな。父親とは和解したのか?」
オラクルが笑うと
「アンタには関係ないわ。…でもあえて言うならばまだ『お見合い癖』の治らないダメ親父とは和解してないわ。」
瀬名が答えて
「こ…これは背景説明なんだからね!」
何故かデレた。
「君たちは父親と和解できる世界が欲しくは無いか? あらゆる苦痛も不幸もなく、理不尽も不平等もない世界。我々の目指す世界だ」
オラクルが自然体で呟くと御簾が小さく笑った。
「不幸が無ければ幸福がわからないでしょ? 不幸が無ければ私たちは嶺に会えていなかった。いいえ、今頃とっくに下水道に捨てられてたわ。私達は不幸を知ってる。理不尽を知ってる。苦しみを知ってる。…だからこそ幸せを、正当を、喜びを知ってるの」
「珍しい長台詞ね。でもつまりそういうこと。オラクル、あなたの提案は」
「『受けるに値しないわ』」
「轟け『雷鳴』」
「凍てつけ『白華』」
二人の刀が名を呼ばれて解き放たれる。二人とも日本刀型の姉妹剣。瀬名は雷を司る黄色い刀『雷鳴』。御簾は氷雪を司る淡い水色の刀『白華』。共に『学園』の歴史に名を刻んだ名刀だ。
「吉星衛門。カリナ。頼む」
オラクルの後ろで控えていた二人が前に出る。
「承知した」
「私たちの望みが叶うなら。」
吉星衛門は刀を抜いて、カリナは全身のダメージが見てとれる状態にも関わらず刀を構えた。
今、この場で解放されている剣は全てが刀。西洋風の瀬名、御簾。日本式の吉星衛門。そしてどちらにも属さないカリナ。それぞれが似て非なる構えで緊張する…
「瀬名、御簾…。戻ったか!」
椿井が駆け寄ってきたのを瀬名は回し蹴りで後ろに蹴り飛ばした!
「このクソ親父!お見合い写真届くこと早100通!あんた娘がどんな思いで写真を受けとるか考えてるの?!」
どうやらかなりのイザコザがあるらしい。
「ほら、瀬名集中よ」
「まったく…実の娘が久々に帰ってきてあげたんだからたまには喜ばせなさい。例えば…」
「『聖蓮家がオラクルを始末する。とかね』」
凍てつく氷の道が室内を駆け巡る。これは御簾の得意とする氷結能力【フローズン】の利用形態の一つ。『アイスグラインド』。乗ることで表面張力や水の膨張だとか力学的な速度なんかで高速移動できるようになる。分かりやすく言えば『ジェットコースター』か『ウォータースライダー』のようなものだ。
御簾が飛び乗って、走り出す。
「おさきに」
一気に加速した御簾が部屋の中を駆け巡る!…いや、滑走だから表現が適当なのかがわからない部分があるが…。
「吉星衛門。右斜め後方防御しときなさい」
「指図はいらん」
刀を一度低い位置に構え直す。居合いの構えゆ見せた吉星衛門を背後からうなりをあげて一撃が見舞われる
「指図じゃない。生き延びたいなら私の言葉通りに動きなさい。あなたがいくら強くてもあの双子の片割れの足元にすら及ばない」
「…そんな馬鹿な」
「前方、防御。『薔薇旋風』」
御簾の剣が止まった。風の防壁に阻まれて彼女は一瞬嫌そうな顔をした。
「やるじゃない」
ヒット&アウェイを体言したような速度で御簾は再び『アイスグラインド』に乗った。彼女のポニーテールが揺れる。
「ほらほら!よそ見してないの!」
雷刃がカリナの背後から襲いかかった
「『薔薇―』」
「がら空きよ」
御簾が物凄い速度で刀を叩きつけた。
「御簾に気をとられてると私が殺っちゃうよ」
瀬名の一撃がカリナの防壁を砕いた。
「瀬名に気をとられてると私が殺るけどね」
二人の剣が叩きつけられ、防御したカリナは膝を折り、床に崩れ落ちる。
「嶺の『腐死鳥』にあてられたわね?その体が悲鳴をあげてるわよ?」
「私は…常に妹の悲鳴を聞いている!『ロウザ・イムゼ・アムゼ』!私たちの力を乗せて断ち切れ!」
弾かれて、少女二人は間合いを開いた。
「吉星衛門。私が引き受けるからあなたは当主を!」
「させないわよ!」
凍てついた氷の槍が吉星衛門めがけて飛んできた。天井付近まで登った御簾が滑りながら大気中の水蒸気を氷に変えていた。
「『アイス・スピア』」
槍が放たれて吉星衛門が回避する。嶺は少しだけ収まった出血に安堵しつつ流れ弾がこないように祈った。
「神鳴りて我は神なり!輝け迅雷!『ライトニングブレイカー』!」
驚異的な雷鳴が室内に轟きあちこちに落雷した。撃ち終わった後に満足そうな表情で瀬名が対戦相手を見つめる。
「どう?少しは劣勢が理解できた?」
「まっ、もう遅いんだけどね」
パキン。と吉星衛門とカリナの足が凍った。
「『フローズンフィールド』。そして」
「PE-777、【クリエイト】」
無数の銃弾が二人を撃ち抜いた。
「そん…な…」
「マジ…かよ…」
倒れた二人の凍結を解く。二人は戦闘不能。放っておいて構わないだろう。
「さぁオラクル。学園の関係者をたぶらかしてわが社に踏み込んだ真意、聞かせてもらうわ!」
…と、オラクルが『消えた』。「ママ、危ない!」
絆が部屋に飛び込むと、瀬名の前に割り込む。
「来たな。【終端】の能力者」
剣の一撃を受け止めたが、その威力に圧倒されて数歩後退してしまう
『射程、入りました』
窓ガラスが割れて、絆の胸で弾丸が跳ねた。そう『跳ねた』。
「痛く…ない?」
絆が思わず傷口を探すが、無傷だった。そして足元を見て…異様な物体に気付いた。
左右から打ち込まれ、変形した狙撃弾丸だった。絆を狙った弾丸は『逆方向から狙撃されて止められた』のだ。
『…みんな、屋上へ上がって!』
耳元で聞こえたのは、少し年上の女性の声。ガチャコン、と次の弾丸を装填するのが聞こえて、再び室内で弾丸が撃ち落とされた。
「…まさか、あなたは!」
瀬名の叫びを通信機の女性は『しーっ』と黙らせる。
『みんな待ってる。さぁ!嶺を拾って走りなさい!』
氷の道が嶺を掬い上げるようにして持ち上げて、滑ってきた御簾がひょいと抱き上げる。
「はい、回収。絆ちゃんも乗って!」
『アイスグラインド』が窓を突き破って空へと張り出す。嶺を抱えた御簾、瀬名、椿井、絆、の順で窓の外へ走り出る。
後ろでオラクルの声が聞こえたが振り向かずに走った。
「…狙撃、来たよ!」
『全弾迎撃するから止まらないで走り抜けて!』
その言葉の直後に絆のすぐ近くで小さな火花が散った。氷の上にコロンと落ちた弾丸を蹴り飛ばして絆はさらに上を目指す。
『この狙撃…狙撃手は名乗りなさい』
『嫌ぁよ。だって弱み掴まれたくないもん。謎のスナ子って呼んで?』
『それこそ、ごめんです!』
鋭い弾道で建物の裏まで狙撃しあう二人の会話が妙に知り合いのような気楽さがあった。
絆はようやく屋上に上がり、武器を構えた。
「誰も…いない?」
ガランとしたビルの屋上。空調の室外機から黒煙が立ち上る空間に一行は到着した。
そこは狙撃にうってつけの無遮蔽空間であり300mほど離れた建物の屋上が一瞬だが光った。
絆が身を隠そうとしたとき、物凄い爆音と共に黒い影がビルの前方に現れた。
「やぁやぁ絆君、困っているようじゃないか」
「あ…あなたは!」
憎らしい言い回し、無駄に敵視してくる【スレイ】の能力者、戦場八起!
「馬鹿!何しに来たのよ!」
「ふっ…何しに来たんだろうな…」
「わからないのに…来るなぁー!」
夜空を何かが走り抜けた。絆はそれを目で追いかける
『全弾撃墜。』
無線機から短い言葉が聞こえた。
夜空を踊るように舞う何かは、ビルの屋上に着地した。そこにいたのは黒いレインコートのような物を羽織った絆よりも3歳程度年下に見える少女。幼い顔つきだったが、彼女の手に握られた二振りの短剣を絆は見逃さなかった。
「セイ兄さん、お願いします」
プツ、と回線が切り替わった。
『四方を断界に分ける二重の風壁、吠え狂うは雷獣ガルム。六の詠唱、八の吠哮。豪硬たる壁よ、我が身、我が血、我が心に従え!』
聞こえたのは男の声。力強い言葉の一つ一つに絶大な力の片鱗を感じられた。
「…あら、驚いた」
御簾が呟いた。
「『風の帝王結界』。嶺以外に使える人がいたとはね」術が発動して真っ先に感じたのは『世界が切り取られる』感覚。それから次に『ふわふわするような高揚感』。
「久しぶりね。絆姉」
レインコートの少女が無表情で呟き、フードを取った。幼い顔立ち、静かな瞳。柔らかそうな頬に透き通るような青眼。暗いはずなのに彼女の眼は僅かに輝いているようにも見えた。
「あ…可憐ちゃん」
少女は絆から目を反らして、叫ぶ。
「私は第六階位『風翼可憐』!オラクル、出てきなさい」
世界がまるでカーテンのようにめくられてその中からオラクルが現れた。
「これはこれは…風翼の四兄弟の諸君。お前達は嶺を残してブラジルに行ったのでは?」
可憐はふっ…と笑う。
「校長から『日本マジヤベェ』って来たからわざわざギャングどもを瞬殺してきてあげたのよ!あとから追加料金請求してやるわ。」
「相変わらず口が悪い。カレンと名付けた親もさぞ残念だろうな」
「失礼ね。レディに対する口には気を付けなさい」
ピシャリと棘を含んだ言葉がオラクルを打つ。
『オラクル様にそのような口を…』
通信機から怒りを押し殺したような声が聞こえた。それから発砲音が聞こえて全員が伏せる。いや、可憐だけは伏せず、両手で上下逆さに構えた短剣を一度だけ振るった。ように見えた。
「私の能力は【隼の追い風】。茜さんから受け継いだ【最速】の能力。たかが弾丸程度じゃ私に触れることさえできない」
消えた。いや絆だけはなぜだか目で追う事ができた。可憐の踊るような足跡が点々と金網を揺らし、オラクルの背後に到達し、鮮やかな軌跡が数百瞬き、さらに退きながら三度、終わりにビルから後ろ向きに飛び降りて袖から伸ばしたワイヤーを使って壁面を走り抜けるのまで見えた。
「どうやら…多勢に不勢のようだ…全員撤退用意!」
「逃がすか!」
またしても駆け抜けた黒い隼がオラクルの全身を刻む。
「やっぱ不死身か…バカみたい」
即座に治癒したオラクルが伸ばした魔法の手から逃れ、ビルの反対側に一瞬で移動する。
「黒須さん、オラクルが逃げます」
「現在補足中…あとちょっと逃がさないで!」
既に巨大な穴が開いていたが、可憐は全員に対して片目を閉じて見せた。「いくよ『科戸』。」
可憐の二振りの短剣が淡く輝き、鮮やかな軌跡を描いて暗闇を引き裂いた。
「轟け『雷鳴』」
「凍てつけ『白華』」
その後を聖蓮の双子が続いた。
金網に降ろされた嶺は痛む体を持ち上げて、いつの間にか隣にいた男を見上げた。
「栖兄さん。僕の仲間を頼みます…」
「任せろ。俺達が時間を稼ぐ」
栖はそう言って剣を呼び出した。長さは180cmあるだろう長大な剣は翼を思わせる鍔と銀に輝く刀身が印象的だった。
彼はその武器を真横に構えて高く跳び上がった。
「風技八式『断風』」
武器に全体重を乗せてオラクルに襲いかかる!
黒い剣と銀の剣がぶつかりあって火花が散った。激烈な一撃を受けて流石のオラクルも一瞬動きが鈍った。
「『疾風大鷲』『雷鳴』『白華』『科戸』『幽月』『鳴月小太刀』『刻鳥』。【クリエイト】」
その一瞬に大量の武器を創造した椿井が追撃を放つ。全ての武器を作り出し、発射したのだ。
「なるほど。全力のコンビネーションは悪くない」
オラクルは呟き、投げられた武器全てに貫かれた!
普通の人間ならば即死であろういくつもの致命傷も彼には何ら意味はない。
「不死身とは、難儀なものだ」
致命傷が致命傷とならず、全ての傷は即座に治癒する。それこそがオラクルの能力の一つであり、彼が生まれついて発動し続けている唯一の能力である。【エンドレスエンド】彼はこの能力をそう呼んでいた。
貫いた模倣武器たちを引き抜く姿を見て瀬名は呟く。
「相変わらずのチートだわ…。何なのよこいつは…」
御簾が答える。
「まったく…私たちの気が狂いそうよ」
最後の『疾風大鷲』が引き抜かれ、空中で砕けた。どうやら…何人がかりでも彼を殺せないらしい。
「終わりか…。少し痛かったな」
彼の指先に小さな穴が生まれた。
「【理想を現実にする能力】。」
彼の能力が発動された。穴がみるみる広がり、内側で大量の槍が精製されていく
「さぁ死ぬ前に10の善行を思い出せ。そして100の悪行を思い出せ。最後に1000の後悔をするといい」
オラクルの描いた理想が現実世界に投影された。無数の槍が放たれて、絆は全てが終わった事を知った…
あとががが
こんばんは。おはようございます。こんにちは。白燕です。お久しぶりです。
まず…あいだが開きすぎた事、本当すみませんでした
そして、長すぎる本文。本当ごめんなさい
今回はちょっと前に呟いたように『前中後』の三話編成となりました。話のボリュームが多い多い(^^;
そして遂に風翼の一家が登場。
栖、可憐。そして『謎のスナ子』。気になるねー(棒
それではあとがきはこの変で
また次回お会いしましょう~
(=△=)ノシ