第八階位 『ツバイ』攻防戦!前編
いつも通りの特に規制のない『ハートフルバトル学園ファンタジー』です(何じゃそりゃ
今回はあんまりにも長くなりすぎたので前後編に分けることにしました。せめて2000字前に決めろよ、と。
それではまたあとがきでお会いしましょう
町を見下ろす小高い丘。桃花市を囲む山々の一角に設けられた展望台に二人の人影があった。一人は髪の長い、背の高い女性だった。
「あらあら、随分と賑やかね~。いつからお祭りなのかしら?」
穏やかな笑みで言ったその女性の隣で、生真面目そうな少年が町を見てため息をついた。
「妖姫様、あれは火災です」
少年の言葉にコロコロ笑いながら妖姫は答えた。
「想騎、あれは爆弾と悪意の炎よ。」
妖姫は想騎の頭に手を置いてやわらかく撫でた。そして町を見つめて
「私たちも行くわよ。嶺………」
女性は和装姿でくるりと回った。進路は町へ続く階段だった。
ツバイ本社、1階。
嶺は吹き飛ばされたロビーを眺めていた。照明は全滅していて内部は暗く、部屋の隅で燃える小さな火種によってほのかに照らされているだけだった。長いナイロンの椅子が並んでおり、ここは病院の受付のような雰囲気だった。
そこを眺めて嶺は人影がないことを確認すると自分のケータイに耳を当てた。
「黒須、1階は安全そうだよ」
『了解了解。それじゃ次の階も行って』
通信を続けながら嶺は絆を招き入れた。絆は警戒しながら内部に侵入する。
「ここ…焦げ臭い」
「まぁね。死体は…ないようだけどやっぱ化学繊維は臭うね」
嶺は袖で鼻をおおうようにしてロビーに充満した臭気を防いでいた。絆もハンカチをおしあててこの臭気を防ぐ。
階段を目指す。
エスカレーターは故障しておりエレベーターも当然使用不可。エレベーターを支えるワイヤーが焼き切れればその瞬間あの世までまっ逆さまだ。
そんな危険をおかしてまで上階に行く必要はないのだから。
絆は先に登る嶺の背中を見ながら階段を一段一段登っていった………
2階。今度は鼻をつくような異臭が充満していた。思わずハンカチを強く押し付ける
「…どうやらこの階は歴史を伝える場所みたいだね。『ツバイ社の発展』か」
嶺が読み上げたものは天井からぶらさがった板に書かれた文字、発泡スチロールかなにかに印刷した紙を張り付けた物は力なくぶらんぶらんと揺れていた。
「そして、この人は…受付嬢かな?可哀想に」
展示物の棚の隙間に倒れていた死体を見て嶺は呟いた。絆にはもはや焼けてしまってだれかは分からないし髪も全て燃えてしまっていたが小柄な体格と燃え残った制服からこの会社の人だったというのだけはなんとなく理解できた。絆は目を背けて他の展示を見る。書物類は大半が燃えてしまっていて展示されていたであろう戦争中の武器類は持ち去られていた。合わせて展示されていた弾丸も無いことから明らかに襲撃犯に持ち去られたようだ。
「『PE-031』、か」
嶺が型番を読み上げた。展示されていた説明には『ツバイ社が誇る普通型拳銃で世界中の軍隊、警察に配布されています』と書かれていた。
「…行こう。この階に用はないからね」
嶺は階段を探し、見つけた。
「セキュリティロックが外されてる…」
大きく口を開けた階段を前にして驚いていた。上に登りたいなら当然だと思うのだか…
「ツバイのロックシステムはカードキーと13桁の暗証番号で塞がれてる。特にこの階は一般客と従業員が出入りできる階だから厳重なはずなんだけど…」
つまり?
「相手は凄腕のハッカーかも…ね」
へぇー。と絆は答えた。
「気のない返事だね…」
「ちょっとテンション上がらないのよ」
上階で爆発音が轟いた。
「でも、そうは言ってられない。行くよ」
嶺が階段を上がり、絆もそれを追った… 3階では見慣れた制服が集まっていた。絆と同じ精錬学園生徒がここで手当てされていたのだ。
「君は…ここのメンバーか?」
凛とした雰囲気の少女がこちらに歩いてきた。彼女は学園の生徒焔村 早苗。
「第六階位『風翼』。黒須に呼ばれて来たよ、よろしく『焔村』」
「なるほど。私たちは学園の命令で来ました。上階の鎮圧をお願いします」
「任せて。あ、当主は来てる?」
「はい。兄ならば最前線に」
「わかった。怪我人は休ませてあげてね」
「お心遣いありがとうございます」
…と、彼女は口調が固いのだが、嶺とはよくしゃべるのは何故なのか
「そりゃ『焔村』は十二階位の第二階位だしね~。」
「だっ、第二階位?!」
「はーい声でかーい」
口を塞がれた。
「早苗は常識人だからいいけど当主に今みたいな事を言えばどうなっても知らないぞ」
そう耳元で囁かれた。
絆は驚きで大きくなった鼓動を抑えて、嶺に頷いた。
「よし、それじゃ上に行こう」
嶺は階段を指差した。次は4階だ
4階
この階も鎮圧されていた。上階で銃声が響いているあたり主戦場はここではないようだった。この階で生きた人影はなく、数人の職員・警備員・学園生徒、それから犯行グループと見られる死体が転がっていた。
二人は足早に階を抜け、上階への階段を見つける。
「ここもだ」
嶺が階段を見て呟いた。
「セキュリティの話?」
絆は聞いた。嶺は頷いて壁に手を置いた
「…やっぱり、こじ開けられたんじゃないんだ。『聖蓮』の対策は強固なのに…」
考え込む嶺に絆は階段を指差して言った。
「とにかく、上へ行こうよ」
「それも…そうだね」
嶺は階段を見上げて足を踏み出した。5階。この階は階段で足止めを食らった。
学園生徒が階段を使って部屋の内部と銃撃戦を繰り広げていたのだ。絆と嶺は最後尾にいた生徒に話しかけてみた
「うぉ!嶺さん?!」
「今の状況は?」
「今部屋の中に立て篭っているヤツラの抵抗が激しくて…前に進めないんです」
「わかった。それくらいなら僕がなんとかするよ」
肩を叩いて嶺は先頭まで歩いて行った。そこには黒い上着を来た生徒がいて、嶺を見て舌打ちした。
「風翼か。邪魔だ」
「酷いなぁ…『焔村』当主、鬼啼くん」
生徒会長、焔村鬼啼。見た目はがさつだが天才肌の少年。高校3年生だ。
「協力に来たんだよ。ほら!みんな下がって!爆弾いくよー!」
嶺がいきなり叫んだ
懐から筒状の物体を取り出して何かを引き抜いた。まさにその動きは手榴弾の動作だった
ポイ、と放り投げられた爆弾が床に落ちてカンカンと跳ねた
部屋の中から叫び声が上がり、絆は嶺が手招きするのを見た。それからコンマ数秒後、部屋の中から猛烈な光と音が鳴り響いた!
「いってきまー」
嶺が光の中に飛び込んだ。絆も後を追う
武器を解き放ち、名を叫ぶ。
「切り刻め『刻鳥』!」
音と光の濁流に飲み込まれそうになりながら絆は嶺が出したサインに従う。つまり、この爆発が終わるまでに全員を叩きのめす事!
「『サウザンドスレイ』!」
「大鷲、『ウィングカッター』!」
絆の瞬速の攻撃と嶺の大薙の一撃が爆発に怯んでいた犯行グループのメンバー達を薙払った。一度に薙払ったのはおよそ半数。残りは異変に気付いたが絆の回し蹴りで一人昏倒し、二発目の『サウザンドスレイ』を放つ
「あなたもやるじゃない」
白い光の中で女の声が聞こえた
「うぐっ!」
鋭い痛み。絆は振り降ろされた固いものの一撃で意識を失いかけた。だけれどもなんとか踏み止まって剣で一撃を受け止める。
光が薄れ、音が止んだ。嶺と絆以外に一人だけ武器を抜いた女性がいた。黒い服を纏い、頭には赤いバラの意匠が施された海賊帽のようなものをつけていた。彼女は整ったとても美しい顔立ちをしていて、先の一撃をで絆に加えようとしていた。
「お前…!」
「久しぶりね、嶺」
彼女は軽く跳び、間合いを開きストンと着地した。
少しだけ笑みを浮かべた女性とは対象的に嶺の表情は険しかった。まるで何か許せないような激昂の表情だった
「カリナ・ライナ・アムゼ!お前、何故ここにいる!この襲撃事件は『聖十字協会』の活動なのか?!」
聖十字協会。絆は聞き覚えのある単語に記憶を遡る。確か…アウェン・ルーの父親ラスニア・ルーの所属する組織だ。
「私は『聖十字協会』を辞めたわ。今は『革命の刻』のメンバーよ」
彼女は長い剣を嶺に向けた。刀身は真っ赤で、根元は不思議な羽のような意匠が施されていた。このデザインは金鶏花のようにも見えた。
「『革命の刻』?」
嶺が首をかしげた。どうやら有名ではないようだ
「そう。この世のあらゆる不条理、不平等を無くし誰もが幸福で平等で平穏を享受できる世界を作る…。私たちの理想の世界よ!」
彼女は叫んだ。嶺は剣を構える
「…『妹』の意見は?」
「『あなたを殺してでも手にしたい』って」
嶺は小さく「そうか」と呟いた。彼は絆に全員を下がらせるように伝えて剣を強く握った。
「カリナ・ライナ・アムゼ。『アムゼ家』の誓い、忘れたとは言わせないぞ!平和のために妹をそんな姿にしたのに、何故こんなことを!」
「それが私たちの意思だからだ!さぁ目を覚まして『ロウザ・イムゼ・アムゼ』!」
「風遊べ!『疾風大鷲』!」
二つの剣の名が叫ばれた。
天井が低いので窮屈そうな大鷲と、妖しいオーラを纏った真紅の剣が素早く一閃した!
鋭い一撃が二人の体を吹き飛ばし、窓に叩き付けた。両者共に放たれた衝撃波がオフィスの設備を薙ぎ倒した
「腕は落ちてないわね。いいえ、むしろ『あの時』よりも上達してる」
「伊達にお前と戦場を駆けた訳じゃない!」
嶺が走った。散乱した紙を舞い上げて大鷲が纏う風を解き放つ。
「『ブレス・ウィンド』!」
吹き抜けた風をカリナ・ライナ・アムゼは紙一重でかわした。風はそのあまりの威力で部屋の内側から窓ガラスを破壊した。嶺は左手の剣を床に突き立てて右手の剣を左手に持ち変えた そして
「『ツイン・ウィンド』!」
二発目を発動。今度はカリナも応戦する。
「『薔薇旋風』」
『ロウザ・イムゼ・アムゼ』より風が巻き起こり、薔薇の花弁を抱いた旋風が嶺の風とぶつかり…相殺した。
「まだまだ!『トライ・ウィンド』!」
嶺は剣を床に突き立て、先程突き立てた剣に持ち変えた。風を巻き起こし、三発目。
「『薔薇の幻影』」
風がカリナに触れた瞬間彼女の体が数枚の薔薇の花びらに変化した。攻撃の身代わりになった花に全員が集中している中でカリナは嶺の背後に立つ
「私の勝ち」
嶺は背後を見ずに床に突き立てた剣を握った。両手の剣の風を合わせて風量を小さな竜巻の威力にまで跳ね上げる!
「『フォース・ウィンド』!」
風がカリナを襲った
いや、
彼女は小さく武器の名を呼ぶと一人分の防壁を作らせた。紅い半透明の壁は彼女の剣『ロウザ・イムゼ・アムゼ』の纏うオーラと同じ色をしていた。
「くそっ………」
倒せなかった。
背後で平然と剣を構え、のどに触れる位置でぴたりと止まった剣先に殺される。嶺はそう思った。
「私の勝ち、よ」
嶺の喉に突きつけられた剣がゆっくりと引かれた。嶺を始め戦いを見ていた生徒全員がそれを驚きの表情で見つめた。
「…嶺、私たちは最上階を目指すわ。また会いましょう」
彼女は階段へ向かった。下り階段と丁度反対側にある階段へと歩いて行くのを嶺が呼び止めた。
「どうしてトドメを刺さない?」
彼女は振り返らずに答えた。
「…同じ戦場を駆けたから。かしらね?」
彼女は階段を登っていった。その後ろ姿を見て嶺は床にへたりこんだ
「あー。やっぱ強いねぇ…。流石はアムゼ家当主。また腕を上げてるよ…やれやれだ」
嶺は床に仰向けに倒れた。
「悪いみんな、負けちゃった」
生徒がざわついているのが聞こえた。今まで嶺は学園屈指の実力を持っていたのだ。その嶺が負けたとなれば……当然士気は下がる。
「…閃光手榴弾までは良かったが、風翼当主。何をしている。」
「焔村当主。ごめんよー」
嶺は両手を上げてため息をついた。
「アイツ、『聖十字協会』を裏切ったのかな……」
「知らん。俺が興味あるのは『帝』だけだ」
「だよな…流石は鬼啼。クールだね」
嶺は立ち上がり、服についたゴミを払った。絆に手招きして階段を目指す。
「どこへ行く?」
「…最上階。カリナが『最上階を目指す』なんて言ったのは『追って来い』って伝えたかったんだと思う。僕らは先に行く」
「負けた分際でか?」
焔村の表情は分をわきまえろ、と言っていた。だが、嶺は首を横に振った。
「次は…負けないよ」
行こう。そう言った嶺の後を絆はついていく。焔村鬼啼は複雑な表情をしていたが、ケータイを取り出してそしてどこかに連絡をした……。
6階への階段は…異様な状態になっていた。石のタイルで舗装された階段の一部が溶けたようになっていて今までのような均質な状態ではなかった。
「暑っ!何ここ!」
「まるでオーブンだねぇ…。いや暑い暑い」
コートの首元をパタパタさせながら嶺は笑った。笑う部分が理解できないのだが………。いいのだろうか?
「…あれ?」
嶺は何かを見つけて階段で拾った。
「精錬学園のバッチだ…これは中等部のかな?」
アスタリスクのような×と+が組み合わされたバッチが嶺の手の中で輝いていた。これは校章を用いたもので、意味は『+を勧め、×を絶つ』。ようは『人のためになりて悪を絶つ』という意味……らしい。
このバッチは幼等部から中等部で配布され、高等部以降は装着義務がない。だから…高校生中心に派遣された今回の作戦で誰かが落としたもの。とは考えにくい。
絆は武器に手をかける…。何故だか異様な不安が心に充満しているのだ。
そして、6階に足を踏み入れると
「これは…」
嶺も思わず言葉を失ったその光景は悲惨なものだった。6階のフロアではあちこちで人が倒れており、そのほとんどが『ツバイ社』の専属警備員だった
「あぁ…知ってる顔が何人かいるな…」
絆は、まるで一気に焼かれたような死体から目を反らしていたが、嶺は倒れた警備員達の亡骸を見つめて小さく祈りを捧げていた。
「特別派遣の何人かもいるな…【アイアン】能力者の間藤先輩まで…」
一瞬だけ辛そうな表情を浮かべた嶺が絆の方に向き直った時には既に元の顔に戻っていた。だが…少しだけいつもの軽さがなかった。
「……。」
無言で小さな黙祷を捧げて、嶺は上へ続く階段を目指して歩き始めた。次は7階だ。
7階は製品の企画フロアだった。階の中央を通じる階段から左右に個室が3つ続き、その内の一つは爆破されていた。
上階への扉は…廊下の反対側にあった。そう、まだ開いていなかったのだ。嶺と絆の体に力が入る………。
「カリナ!どこにいる!」
嶺の呼びかけに返事はなかった。
「絆」
だが、嶺は何かを察知したのか絆に警戒のサインを出した。嶺が個室の扉を開くと、
銀色に煌めく日本刀が目を狙って突き出された。一歩後ろに跳んで左手の剣で打ち払い、回転を乗せて左足を目の前の人物の脇腹にめりこませた
「お前…吉星衛門?」
「くっ…」
きちせいえもん?と絆が聞くと
「去年行方不明になった学園の生徒。でも…なんでこんなところに…」
嶺が首をかしげながらも剣を突きつける。殺されかけたのだから今ここで切り捨ててもいいのだが、そんなことはしない。
「あーあ。吉星衛門のまけー」
個室の外、嶺と絆の間に子供がいた。嶺と絆が会話してからまだ10秒と経過していないのに現れた少女に二人は驚いた。
「ばいばーい」
カチン!とノートパソコンのキーが押された。ぷしゅう、と気の抜けた音がして嶺と絆を分け隔てるように個室の扉が閉まって、ガチャン、と鍵がかかる音が響いた。
「嘘だろ!おいっ!」
嶺は叫び、扉を叩いたが開かない。セキュリティコードで固く閉ざされた部屋の中には刀を向ける人物が一人。嶺はひきつった笑みで僅かに
「ついてないなぁ…」
嘆いたのだった。
部屋の外で絆は少女と対峙していた。少女は半袖姿で小脇にノートパソコンを抱えていた。見た目は小学生。そして彼女の半袖に刻まれたワッペンは小等部の紋章だった。
「なんでパパを閉じ込めたのよ!」
少女は首をかしげた。なんで?と幼い表情で呟くと
「だってオラクルの命令だし。ね!カリナちゃん」
カシャン、と肩に真紅の刀身が乗せられた。いつの間にか背後をとられていた……。油断した自分を悔やむが、もう遅い
「……。」
絆は小さく手を上げた。降参の意を示して、剣を捨てた。少女は『刻鳥』を拾い上げてまじまじと見つめた。
「へぇ~。オレンジの柄に小羽根みたいな形、私好みかもー」
絆はその様子を苦々しく見つめていた。絆達の武器とはいわば体の一部のようなもの。悔しいが…今は仕方ない。
「オラクルはあなたに用があるらしいわ。人質ついでに一緒に来てくれないかしら?」
絆は…ゆっくりと首を下げて、剣を払った!
「風よ舞い上がれ!『ノックアップストーム』!」
風の渦がさながら竜巻のようにカリナの体を弾き飛ばした。絆は【ウィンド】の能力を引き出してさらなる一撃を叩きつける!
「『ブラストエア』!」
少女の体が投げ飛ばされ、飛んだ『刻鳥』を絆は受け止めた。武器に力の一部を流し込み自分の力と同調させる。
「『サウザンドスレイ』!」
狙うのは、まずはカリナだ!
大気を切り裂く無数の斬撃が倒れたカリナに襲いかかる! だが、一人の少年が間に飛び込んで両手を広げて立ちはだかった。
「【コトワリ】!」
「え?…きゃっ!」
絆は不可思議な力に『とびかかった体勢のまま地面に叩きつけられた』。
床に頭をぶつけた…ふらふらする…。でも、目の前の少年は…
「理威徒…くん」
間違いなく、昨年失踪したクラスメイトだった。絆は思い出す。去年彼が行方をくらませた事件は……確か……そうだ。能力者の鎮圧任務、絆を含めた10人がかり出された任務で理威徒が誰か男に話しかけられて……
ズキン、と酷い頭痛がした
まるで何かが引っかかるような違和感、もう少しで手が届きそうな………
「久しぶり。キズナン」
少年…理威徒は人畜無害そうな笑顔で話しかけてきた。そうだ。理威徒はまるで子供なのだ。弱そうで、優しくて、何故だか空気を丸くできる人だった。
「ひさし…ぶり」
絆も思わず答えてしまった。
「ごめんね、何も知らせなくて…。マクロとか元気にしてる?」
「うん……。いや、違うわよ!リイト!なんであなたが今、ここにいるの?!」
リイトはうつ向いて、ゆっくりと口を開いた。それは意外な言葉だった。
「『この世のあらゆる不条理を取り払い、平等で安全で安心な安寧の日々が作れる』。キズナン、君はこの言葉をどう受け止める?」
それはカリナ・ライナ・アムゼの言っていた言葉とほとんど同じだった。誰もが平等で安全な世界。そんなもの作れるのか………
「キズナン、僕はオラクルを信頼してる。あの人の理想は僕たち能力者の悩み、孤独までも解決してくれる。僕はそう感じたんだ」
「孤独……。」
確かに能力者は異端で時には迫害を受け、時には誤解され、時にはゆがめられてしまう。能力者とはジャンヌダルクなのだ。
必要な時は英雄と呼ばれ、必要でなくなると途端に妄想癖の障害者と呼ばれるジャンヌ。だけれども…
「私は、私たちは孤独じゃないよ」
そう、私たちは繋がってる。友達として仲間として、そして腐れ縁みたいな親友だって!
「リイト!悪いけど目を覚まさせてあげる。これで、私があなたの孤独を打ち砕くわ」
『刻鳥』を手に絆は理威徒に向かって走った。理威徒の能力は【コトワリ】。世界のルールの一部を瞬間的に『いじる』能力。この能力を打ち破るのは量より質。鋭い一撃で彼を戦闘不能にさせる!
「悪夢の翼、烈塵の風を伴いて眼前の敵に白昼の悪夢を見せよ!『ナイトメアウィング』!」
『刻鳥』が黒い光を纏う。絆は彼の懐に潜り込むと、その剣の一撃を解き放った!
「リイト!目を覚ましなさい!」
「くっう…抑え込めない…!」
パン!と黒い光がはぜて理威徒の体が飛んだ。絆の剣が風を纏った。次は風の一撃!
「風よ吹き荒れろ!」
その小さな翼に宿った風は荒れ狂い、人を軽々と舞い上げて床に叩き付けた。長い廊下を滑り、彼は痛みで身を縮めた
「はぁはぁ……、どうよ…リイト。私だって成長してる。人の努力は捨てたもんじゃないわよ………っ!ああっ!!」
突然頭が割れるように痛んだ!
全身の血が熱くたぎるようでこの身を抱いて壁にもたれた。息が荒れて、まるで高熱にうなされているような感じになってきた。頭がガンガンする!
絆が苦しむ姿を見てカリナは驚きで目を見開いた。彼女には一瞬だが…絆の体に映る別人の姿が見えたのだ。
「風翼………茜………」
身体の内側から何かが沸き出してくるようだ。まるで掘り当てられた水脈のように吹き上がるこの…抑え切れない衝動が、体を裏返すように意識を襲い、そして飲み込んだ………
「……………。」
絆は動きを止めた。まるで死んだように沈黙し、そしてただうつむいていた。
「今のは一体……」
カリナが今の変化について思考を巡らせようとした時、絆の雰囲気が変わるのを感じた。いや、『風が変わった』と言う方が正しいかもしれない。
「時を刻め。『始刻刻鳥』」
絆の一撃が、理威徒を襲った。
「うぐっ!あっ!」
彼は廊下を吹っ飛ばされ、閉じた扉に叩きつけられて止まった。隣で作業をしていた少女が驚いて振り替えると……
「………。」
無言で剣を振り上げる絆が居た。心なしか瞳孔が小さくなり…狂気の殺人鬼の風を纏った目の前の人物に少女は小さな悲鳴を上げた。
「『エンド・オブ―――』」
振り上げられた剣に少女は身を縮めた
「こらー!キズナン!!」
どこかから声が聞こえた。床に円形に現れた鎖が絆と少女の間に立ちはだかった。
鎖の中からは、武藤和音、真畔御黒、皆木夕凪の三人と、
「お待たせ。サポート無くなって驚いた?」
「…まったく、後衛が出てきてどうするんだ」
内崎黒須、不知火緋糸が現れた。この五人は皆木夕凪の【チェイン】の能力で『空間を繋げて』移動してきたのだ。
「黒須さん、キズナンは私たちに任せて下さい」
「必ず正気に戻します」
「だから、嶺さんをお願いします」
マクロ、かずね、ゆなっち こと三人はそれぞれの武器を構えて絆と向かい合った。
「任せたわよ、あなたたち」
「嶺は引き受けた。お前達も無理はするな。この後にも増援がある」
少女達三人と高校生ではない二人が明確に別れ、それぞれの仲間の元へ走った。
「………」
「止まれキズナン」
「どきなさい。あなたも巻き込むわ」
「どかないし、巻き込め。私たちは仲間を見捨てるような卑怯な女にはなりたくはない!」
和音の手に金属の棒が握られた。それは剣へと変わる変成物質。和音の叫びがこだました。
「揺らげ!『ザンバ・グラビティソルダム』」
握られた刀は今までの『グラディ・ソルダム』とは比べ物にならないほど長かった。刃渡りはゆうに3mはあり、明らかに扱いにくそうだったが彼女はしっかりと肩に担いで一撃必殺の構えを見せていた。
「さぁキズナン。来い」
「……甘く見られたな。私も。」
トン、と和音の背後に移動した。二人の間合いはとても一瞬で埋まるものではなかったのだが……それを絆は埋めた。鋭い剣を逆手に持って、和音に突き立て―――
絆の髪が数本舞った。和音の刀が絆の首に峰を添えていたのだ。
「っ!」
「油断するな。でないと」
カシャン、と和音は顔の横に刀を持ってきた。
「『手が滑って』しまう」
二人の刃が鋭く煌めいた。
扉の前でノートパソコンを叩いていた少女の背後に真畔が立った。
「メニー、久しぶり」
「…部長さんもお久しぶりですよ」
少女、メニーは真畔を見た。
幼い顔に似合わない鋭い眼光に真畔は小さく笑った。
「相変わらず私は嫌われてるわね、まっ、仕方ないか。私の能力はあなたと真逆だもんね」
「そーです。わたしは『自力で情報を手に入れ』ます。でも部長さんはちがう…」
カタン。とエンターキーが押されてメニーの背後の扉が開いた。次の階にはまだ警備員達がいる。彼らを行かせてはまずい。
「メニー、リイト。二人とも神妙にお縄を頂戴しろっ!」
「逃げるよ!リイト!」
「う、うん!」
走り出した二人に鎖が巻き付いた。
「させません」
夕凪が【チェイン】を使って二人を捕縛したのを真畔は親指を立てて称賛する
「さっすが!愛してるよゆなっち!」
「っな……ひ、人前でそんな……」
漫才でも始まりそうな雰囲気になったが、赤と黒の光が駆け抜けたせいでその雰囲気は壊された。
薔薇の剣『ロウザ・イムゼ・アムゼ』を手にしたカリナ・ライナ・アムゼと燃え盛る炎の剣を手にした不知火緋糸の二人がこんな狭い場所で何度もぶつかりあっていたのだ。
「行くよ『ロウザ』」
「俺の炎を斬ろうと? 無茶をするな」
紅い花弁と紅い炎が廊下で炸裂した
「…なるほど。『紅蓮の緋糸』の異名は伊達ではない、か」
「『聖十字協会』の『麗剣士』カリナが何を言う。」
緋糸の手に握られた炎の剣が揺らめき、壁を赤く照らした。彼の武器は『炎』、炎を押し固め、武器とする能力者だ。
「行くぞ」
剣を投げた。
炎がほどけて、その炎を撒き散らした。緋糸は次の姿を頭に描きつつ叫んだ。
「刺し貫け!」
炎が姿を変えたのは小さなナイフだった。刃渡り10cm程度の炎のナイフが一つ、二つ、いや、十数本が緋糸の背後に形成された。それらは緋糸の手が払われるのと同時にカリナ向けて降り注いだ!
「『薔薇旋風』」
薔薇の花びらが風にもてあそばれるように緋糸のナイフも風に飲まれてしまった。だが緋糸は「予想通りだ」とでも言うようにこの階の片隅で燃えていた紙の山に手をかざした。
「俺の武器は『炎』。散々爆破して火種を作ってくれた事に感謝する」
再び作られたナイフは前回の数を超え、三十本近いナイフが形成されてまるで壁のように並んだ。
「刺し貫け!」
「ロウザ!お願い!」
カリナの足下に薔薇の花を象った光の絵が浮かび上がった。その模様は彼女の帽子の模様ととても似ていた。
「『薔薇の結界』」
彼女を護る結界に阻まれたナイフは小さな炎に戻って消えた。だが緋糸は次の武器を変成して彼女に迫る
「『紅蓮の大剣』」
壁から現れた薔薇の枝を、解かれた炎が焼き尽くした。そして緋糸は残った炎をナイフに変えてカリナに突きつけた。
「お前の負けだ」
「甘いわね」
彼女の足下に輝いていた模様が緋糸の足下に移動した。そして
「『薔薇の牢獄』」
薔薇の枝が床から天井まで伸び、緋糸を閉じ込めた。緑色の牢獄を内側から何度か攻撃するような音がしたが…どうやら一筋縄ではいかないらしい。破るにはまだ時間がかかりそうだった。
「上へ行く。全員戦闘回避で走れ!」
カリナが走ると、今まで扉の前で何か作業をしていた黒須が右手を前に突きだし、行く手を阻んだ。
「幻想の果てより射抜け!『ミスティックアーチャー』」
作り出されたのは、幻想的な洋弓。虹色に輝くガラスに添えられた矢は光。輝く閃光がカリナを襲った。絆は背後で放たれた矢の一撃を回避した。背中をわずかにかすめたが深手にはならず、振り降ろされた斬馬刀を剣で打ち払う。
「なかなかいい一撃ね。かずね」
「まだまだ。重き力をその身に乗せよ!『グラビティブレイク』!」
ズシリと重さを増した刀によって絆は左足が床を割るのを感じた。
「『虚無の破壊』」
絆の反撃はその数倍の威力だった。重力が崩壊し、術者は床に叩きつけられた。
「『虚無の崩壊』」
振り上げられたのは虚空の力場。『無の引力の塊』。和音の能力【グラビティ】とは完全な対をなす力だった。
能力が危険を知らせ、和音自身も危機を感じた。あれが触れれば確実に死ぬ……。それがわかっているのに逃げるだけの時間がない。いや、それは違う
「目を覚ませキズナン。お前は私を殺すのか?」
和音が両手を広げて無防備を晒す。そして親友の目を見て叫んだ
「私の知るお前は、誰かを傷つけないように強がり、傷ついても泣くところを見せない強い子だ。私など足元にも及ばないほどに強い。」
「…そうだ。私は強い。だから故に、死ね」
「本当にバカな子だ。」
背後で何かが爆発した。嶺が爆発した扉から転がり出てきた。
「黒須、助けてくれなくてありがとさん!」
文句を言ってから焦げたコート姿の嶺は大鷲を床に突き立てて叫んだ。
「『我は風翼 十八代当主!当主の権限により武器の封印を命ずる!』」
絆の周囲を風が渦巻いた。
「これは…」
「この、バカ娘!少しはみんなの気持ちを考えろ!」
風が止み、その場所に隠されていた光の帯が現れた。
「捕らえよ牢獄。拘束術式『鏡紫光牢』!」
絆の手足を、胴を無数の光が押さえ込み身動きを封じた。『虚無の崩壊』が力を失い、崩れ落ちた。
「なに……これ……」
「風よ。吠えろ!『極風大鷲』ぃ!」
大鷲の姿がまるで氷の彫像のような透明な姿に変化した。ゆっくりと羽を広げたその直後、絆の体を吹き飛ばした。
壁に叩きつけられて絆は武器を落とした…。パキン、と封印が行われた『始刻刻鳥』はただの短剣として床で転がった。
「…悪いね、邪魔をして」
嶺が和音に謝った。
「…いや。キズナンとあれ以上戦わなくて安心した。私には止められなかっただろうから。」
小さく安堵の笑みを浮かべたとき黒須の怒号が二人を襲った。
「ボサッとしてないで手伝いなさい!」
矢が再度引き絞られ、カリナを狙って放たれた。光の矢の一撃を砕いた薔薇の少女は上階への階段へ走った。
「行きます。『チェーンウォール』!」
「【コトワリ】!」
カリナ、理威徒、メニーの三人を阻もうとしてそそりたった鎖の壁が力なく倒れた。三人はその隙間に飛び込んでカリナが『ロウザ』の力を使い薔薇の壁で鎖の壁を上書きする。黒須が再度引き絞る弓の軌道にカリナの薔薇が立ちはだかり、階段を塞がれた…
「しまった…あーもぅ!」
黒須が弓を下げた。鎖を巻き込んだ薔薇の壁は頑丈そうで多少の攻撃では破れそうにもなかった。黒須は枝に触れて、無理だと肩を落とした。
「いや、案外無理じゃないよ」
嶺が笑って言った。彼が指差す先には完全に気絶している男が一人…
「いや、吉星衛門が置き去りにされて良かったよ。まじで」即席で作られた取り調べ室は煤に汚れた個室だった。先程嶺が爆破した個室の真正面にあたり、なんとか『薔薇の牢獄』から抜け出した緋糸の協力の元、吉星衛門と嶺・緋糸の取り調べが行われた。
「黒須、気付け薬」
「しょうがないわね…」
口を開けて、小瓶を逆さにした。
「ぐふっ?!苦っ!」
「おおう、一発」
「黒須ちゃん特別配合よ。うん」
胸を張る黒須を無視して緋糸が吉星衛門に話しかけた。
「吉星衛門…。まずは何故お前がここにいるのかを聞きたい。」
咳き込んでいた男は緋糸を見つめた。
「私は学園を見限った。そして『革命の刻』に移った。それだけだ。」
「『革命の刻』…。カリナと同じ組織か」
嶺の呟きに緋糸は小さく頷いた。
「黒須からの情報通りだな。なら…指導者はオラクルだな」
「あぁ。あの人は凄い。俺たちだけじゃない。世界の全てを救おうとしてる。今は…まだ早いけど、な」
「世界を壊す奴に、凄いも何も無いわ…」
絆が入口から呟いた。
「誰かのため、なんて人にはできないのよ。人はみんな自分のエゴで生きてるんだから」
「絆、起きたんだ」
「頭が痛いし『刻鳥』は封印されて動かないし、一体何がどうしてるのよ…」
嶺は首をかしげた。
(覚えてないのか…。)
嶺の【当主人格】は基本的に自身の意識と記憶は継続されている。イメージ的にはスイッチで切り換えられた状態になるのだが、どうやら絆は【当主人格】とは無関係の変化だということは分かった。
【当主人格】はそもそも自身の家系を守ることを第一とするので仲間や友人を傷つけることもないのだが…。
「風翼絆か」
吉星衛門が呟いた。
「そうだけど?何か?」
「いいや。お前だけは死なせるなと言われただけだ。」
吉星衛門の言った言葉は嶺と絆を混乱させた。何故いま言うのか、そして絆だけ…という意味を図りかねる。
つまりは、絆以外は殺していいと…。いや違う。『死なせるな』ということは『他は死ぬかもしれない』ということか?だとしたら
「階段を解放しろ」
嶺は言った。
「…聞いたか?メニー。カリナに開けさせろ」
吉星衛門が呟くと、階段を塞いでいた薔薇の枝が消え失せた。
「あちゃー、モニターされてたわね」
「黒須、下にいる焔村に緊急連絡で呼んで。緋糸、急いで上階行くよ」
嶺が立ち上がり、走る。
「和音ちゃんたちはこの吉星衛門を下の階の生徒に引き渡して。それから学園に瀬名と御簾を呼び出させて。」
「了解した」
「『ツバイ』、死ぬなよ!」
嶺は階段に飛び込んで、その後を緋糸が追いかけた。薔薇が塞いでいた場所は既に何もなく見上げれば火の手の上がる上階が見えた。嶺は大鷲の名を呼ぶとその背に跨がり階段を飛んだ。8階
足を踏み入れると警備員の一人が警棒で襲いかかってきた。嶺は大鷲の翼で払い、警備員を転倒させた。
「第六階位、風翼だ。通るぞ!」
「悪いな。今急いでるんだ」
二人は大鷲の上から叫んで狭いフロアを飛び抜ける。もはや床スレスレで大鷲も飛びにくそうだったが嶺の巧みな操縦でフロア中央、警備員とカリナ、理威徒、メニーの三人が戦う場所に着地した。その衝撃で床のパネルが数枚砕けた。
「あ、あなた方は?」
「精錬学園からの援軍と第六階位『風翼』の武力介入。よろしく」
嶺は大鷲から飛び降りて双剣を三人に向けた。
「カリナ、理威徒、メニー。精錬学園の緊急時特権で三人を逮捕する。」
「…嫌だと言えば?」
「趣味じゃないけど、力ずく。」
カリナの姿が消えた。床板が等間隔で割れていくのが見えて嶺は大鷲を一閃した。
「上よ」
「知ってるさ」
緋糸の周囲を紅蓮の業火が円を描いた。円は幾何学模様を描いて魔法陣として展開した。彼の能力で描かれた炎は大気すらも焼き、ナイフを作り出した。
「行くぞ。カリナ」
ナイフが放たれて空中で身動きのとれないカリナの右腕を貫いた。
「っ…」
着地した彼女は右腕を押さえて流れ出る血を止めようとする。緋糸のナイフはまだまだ作られる。いくらカリナでも右腕を封じられては捌ききれない。
「カリナ、降伏を。悪いようにはさせない」
「バカね。もうどっちみち私は消されるじゃない」
「させない。僕も他の家系を説得する。だから!」
「あらあら想騎、私たちお邪魔だったかしら?」
誰もが一斉に振り返った。部屋にはいつの間にか現れた和装の女性と生真面目そうな少年がたっていた。
「…お前は?」
カリナが剣をゆっくりと持ち上げて聞いた。
「私?私は第五階位『流浪の月』当主の妖姫。こっちは私と同行の想騎」
この女性…妖姫は嬉しそうに答えた。第五階位当主、嶺よりも一階位上の『名字のない』家系を束ねる当主だ。
「そう。あなたが…」
「剣を降ろして下さい。でなければ斬ります。」
余裕綽々とした妖姫の隣で、まだ中学生程度の少年が刀を構えた。その刀は美しい刀身を見せつけるようにカリナを威圧する。
「えー、想騎斬れるの?」
「なっ!僕はちゃんと鍛えてますよ!」
………。早くも仲間割れした。
「ちょっと、妖姫さんも想騎も邪魔!」
嶺が文句を言って双剣でちょいちょいと道を開けるようにサインを出した。
「ふふ…私はあなた達全員を相手できるわ。だから、来なさい。『流浪の月』妖姫!」
「と、言うわけで風翼当主は交代。私たちの番よ」
妖姫がその豊満な胸をまさぐり、にこやかに嶺を退かす
「それじゃ、行くわよ想騎」
「はい、妖姫様」
二人はゆっくりと息を吸い込み、真剣な眼差しでカリナを見た。そして武器を薙ぎ、名を叫んだ。
「月夜にさえずる月下の妖刀。『鳴月小太刀』」
「月夜を繋ぎ、操る月下の妖刀。『幽月』」
妖姫、想騎の武器が解放された。
妖姫の武器は小太刀。刃渡り30cm程度の短い小刀だが赤い漆塗りの柄は金細工で緻密な雲のような模様が描かれていた。
想騎の武器は日本刀。刃渡り120cm程度の刀で青い柄巻きの紐と刀身に刻まれた青地に金細工の緻密な模様が描かれていた。
二人の武器を見てカリナは笑った。
「コレが……噂の妖刀。素晴らしく美しい。」
妖姫が嬉しそうに答えた。
「ありがとう。普段は名前を呼ばないから嬉しいわ~」
「妖姫様!敵との雑談はやめてください!」
「いーじゃない。減るもんじゃないんだから」
「妖姫様は緊張感が足りません。古来より侍には戦いに礼儀はありましたがお喋りはありませんでした。それなのに妖姫様は…」
「『薔薇旋風』」
吹き荒れた薔薇の旋風から二人は飛び退いた。着地して、カリナを見る。
「第五階位当主。敵前で随分余裕ね?」
「アムゼの当主は逆ね。まるで『戦闘で時間を稼ぎたいみたいよ?』」
「…どうやら、ただ者では無いようね」
カリナは床に剣を降ろした。
剣先が触れた場所から細い光が伸びて美しい薔薇を描いた。
「『宿りし薔薇よ。この地に咲きて世界を覆え。アムゼの当主、カリナ・ライナ・アムゼとロウザ・イムゼ・アムゼの連名にて命ず。』」
その詠唱は薔薇の文様の上で唱えられた。妖姫と想騎は武器を緩やかに構え、対称的に嶺はカリナにその術は止めるように叫んだ。
「『黒き薔薇よ、狂おしき棘で生きとし生ける者全てを傷付けよ』」
「今ここに開け。『|黒薔薇の花園《black rose garden》』」
下階にいた真畔一行は突然の揺れに驚きの叫びを上げた。
「な、何?地震?」
「いや…揺れ方が違う。まるで震えるような…」
「かずねー!地が震えるのが『地震』!」
真畔と和音が叫ぶのを黒須が制止する。
「待って。これは…」
黒須が叩いていたノートパソコンの画面を切り替えた。今までの『ツバイ社セキュリティ割り込み』の画面から『精錬・範囲索敵』の画面に切り替わった。画面には矢印型のアイコンの真上に『風翼絆』『内崎黒須』などの名前が表示されていた。
そして、上階の『風翼嶺』『不知火緋糸』『妖姫』『想騎』『カリナ・アムゼ』『理威徒』『迷丹』のアイコンが…不明瞭にブレていた。
「広範囲魔力探知……これは…禁術?……全員!退避ー!」
黒須が叫んだのが先か、壁が荊に覆われたのが先か。莫大な魔力で作られた領域が『ツバイ本社』を飲み込んだ。
壁面を覆う荊を前にして妖姫は拍手した。
「凄い凄い。流石はアムゼ。まさか手負いのまま補助術式もなく領域型魔法を使うなんて本当凄いわ~ぱちぱちー」
「領域型魔法は術者の最も得意とする場所。あなた達は私を倒せない」
「ん~どうかしら?案外余裕勝ちしちゃうかも?」
「ほう、ならば勝って見せよ!」
走り出したカリナの姿は一瞬だけ消えた。次に現れたのは妖姫の背後。
「想騎。」
「はい。『集え月の光』!」
少年剣士がカリナの背後を取った。
「浅はかな。当主ごと斬るつもりか?」
「『眉月』!」
月光のような鮮やかな閃光が走った。停電しているこの社内のどこの光かはわからなかったが眩しい光に違いなかった。
カリナが剣でそれを受け止めると妖姫が動いた。
「さーんれーんざーん」
「なっ?!」
気の抜けた技名とは裏腹に素早く首、心臓、肺を狙った刺突が放たれた。カリナは真横に飛んだが、二発分脇腹を斬られた
「行きます。『上弦』!」
キィン、と刀を研ぐような音がして想騎の一撃が低い位置から彼の頭上を通り背後までを一閃した。剣で弾いたのに妖姫の追撃が襲う
「てーんしょーらくとつー」
頭上で振り降ろされた小太刀を受けて『ロウザ』から火花が散った。
(何だ、この人物の身軽さと一撃の重さは……。まるで斧でも振り降ろされたような一撃だ)
続く二発目三発目を受け流してカリナの側の薔薇の花が開いた。
「『|黒薔薇の花園《black rose garden》』、その痛みを与えよ!」
黒薔薇の花が散った。
舞い散る花に妖姫が触れた瞬間、薔薇が弾けた
「っ!」
「妖姫様!」
「大丈夫よ想騎。でも、これはまともに受けると辛いかも…ね」
右腕から溢れる血を押さえながら妖姫は想騎に笑いかけた
「血が!」
「これくらい大丈夫よ想騎。これは『痛み返し』……自分のダメージを跳ね返す地味な呪いの花ね」
「綺麗な薔薇の棘よ。流浪の当主」
「うーん、私は食べれる花が好きなんだけど……ジャスミンとか」
妖姫の腕の血が止まった。治癒魔法か何かの力か、とにかく一時的な止血を施したようだ。
「『痛みの棘』、この程度かしら?」
「………。『ロウザ』、ちょっと痛いかも」
カリナは呟いてからこの薔薇園に剣を触れさせた。剣がまるで揺れるようなしぐさを見せると薔薇が一斉に花開いた。
開いた花は数百もの黒い薔薇。全てがまるで獲物を狙うように妖姫と想騎を見ていた。
「さぁ消えなさい。」
その一言で花びらが一斉に散った。
花吹雪のように舞う痛みの花が二人を包んでいった。
「想騎、やりなさい」
「はい」
花吹雪が闇に包まれた。
いや、正確には内側から溢れた闇に飲み込まれたようだった。
「『望月狂乱の御剣』」
闇が花を貫き、闇を月光が貫いた。
「そんな…私の禁術まで…」
カリナが防御の構えを見せたが想騎の刀『幽月』が放った一撃は彼女の防御全てを砕いて襲いかかった………
あとがき
どうもこんにちは。駐輪場の燕が巣立ち寂しい白燕です。暑さ厳しいこの夏をいかがお過ごしでしょうか?
快適な過ごし方があれば教えて下さい(←暑さに弱い)
昨日も暑さでやられて鼻血出して…まるで吐血みたいな事をやらかしました。道の真ん中で手を紅くして血まみれの人、怪しすぎます。
さてさて。
今作の想騎くん、見覚えのある方もいるのではないでしょうか。『幽月』使いのあれだよ。あれ。あれだって。
前作のフラグだよ。うん。
ネタバレ自重で今回はこのあたりで。
また次回お会いしましょう
(=△=)ノシ