第一階位 物語の始まり!
この作品は前作の『アヴィス・メモリアル』から多数の伏線が巡らされています。
前作での謎の一部も読み進めるうちに、ふと気付くかもしれません…。
ま、今回はあまり関係ありませんが。
一応、フィクションですので。お気軽にお読み下さい
―――――
…暑くて暗い夜。
私はもぞもぞと布団を起きる。とても喉が乾いてまるでパリパリと音が聞こえそうな程乾燥していた。
私は起きたい衝動と、布団が外に出すまいと心地よい温もりと休息の誘惑とが交錯するが…意を決して布団を剥ぎとった。
時刻は夜中の二時。心なしか眠たげな月明かりが窓から差しこんで私と、部屋の姿見を照らした…。幼い顔つきに、短めの手足。私はまだ二歳の女の子だ
「ん…」
お母さんが隣で動き、私が布団から出たのに気付いた
「どうしたの?」
「お水のみたい」
私は目を擦るお母さんが起きるのを待って、手を繋いで寝室を出る
この家は二階建てで二階部分に私達親子の寝室があり、一階にリビングや流しがある割と一般的な一軒家。そして一人っ子の平均的な家族。
あぁ、今夜が運命のターニングポイントなのだと後になって思っても、もう遅い。
ゴソ…と階下から物音がした。
ビクッ、と私はお母さんに掴まって身を縮める…
「おばけ…?」
「…変ねぇ…。お父さんかな?」
お母さんは安心させるように笑いかけて、私は不安ながらも精一杯の笑顔で応える。私の両親の口癖は
「そう。笑顔になれば辛いことなんて全部なくなっちゃう。悲しくても、苦しくても、かならず幸せの種が撒かれるの」
お父さんもお母さんもいつもそう言って笑う。私も笑う。そんな家族
「ねぇ、お父…」
パチン、と電気がついた瞬間、銀の一閃がお母さんを貫いた。喉を一突き。紅い飛抹が私の顔にかかって視界が赤く染まる…
「…」
知らない人がそこにいた。
普通の照明の明かりに照らされて、男の人は緩やかに腕を下ろし、私を見た…。その人の手には…引き抜かれたばかりのナイフと、茶色い紙の束…
私は咄嗟に逃げようとしたけど、ペタンと尻餅をついてしまい…足が動かない
「…!……!」
お母さんが血まみれで何かを訴えている…私はどんどんパニックになる頭で考える。そうだ…前にお母さんが見たテレビではどうしたっけ…
ザリッ、と音がして私は顔を上げた
家に靴をはいたまま入っている………外人さん?と言う前に顔も見えない人は喋った。
「母親か…。電気さえつけなければ死ななくて済んだってのに…運がない。故に、死ね」
「お母さん?なんだ、今の音は…」
お父さんが降りてきて…私とお母さんと…男の人を見た。血まみれで倒れたお母さん、紅く染まった私、そして、紅い血で濡れたナイフを持つ男。お父さんの目が点繋ぎのようにそれらを捉えて、階段を飛び降りて右腕を振り上げる!
近所の怖い犬がとびかかってきた時に猛威を振るった一撃は、何も起きずに終わった。投げられたナイフが弧を二回も描いて、ストンと額に突き刺さったのが見えた
「…運がない。何の力もないなんて、な」
私はお父さんを助けようとして、グイと引き上げられて震える
「…ふん。カワイイじゃん。売るか、飼うかしてみるか…?」私は自分が売られると聞いて、スーパーでパック詰めされて198円で売られるのを想像して…二歳にして馬鹿馬鹿しいと呆れた。
思えば、幼さ故の怖いもの知らずか…やけにリアルさが無かったと思う。売られたりしたら…私は未来では側溝か下水道にでも捨てられて朽ち果てていたろうに…
「お前はツイてるぜ…。『能力者』の物になるんだからな」
私は聞きなれない単語に困惑する
能力者…とはなんだろうか?理解を超えた出来事の中では取るに足らない事なのに、それが妙に引っかかり、怯えながらも聞いた
「『能力者』ってのはな…」
説明しようとした男は口をつぐみ、周囲に素早く視線を走らせた。ピクン、と何かに反応した男はこの家の入り口を見て。それから急に慌てたようにまた左右を見て舌打ちした
「クソッ、囲まれた!」
「運がないな…お前は」いつのまにいたのか、とてつもなく綺麗な女の人が部屋の真ん中に立っていた。普段から着るには勇気のいりそうな胸元をざっくり露出したワンピースはとても目立っていた
「『風帝』…!お前が何故ここに!ブラジルのギャングの壊滅に行ったんじゃないのか?!」
慌てたような男に、とても恥ずかしいワンピースを着た女の人が不敵に笑って、答える。
「あぁ、三日前にブラジルに行き、今日帰ってきた。真夜中から大忙しだった…やはり地球の裏側になど行くものではないな」
ブラジル…確か、最も日本から遠い場所だったはず…。だとしたら、この人はとてつもない旅路を往復したのだ
「ハッ…天下の『風帝』が仕事を投げ出したか!こりゃ…裏界隈じゃ大スクープだな!聞けてツイてるぜ」
女の人は何を言っている。と怪訝に言った。
私は捕まれた腕がキュッ首に入って息が苦しくなった…
「私はキッチリ潰してきたぞ?」
「おいおい…冗談にしちゃ出来が悪いな…。あそこへは片道でも丸一日…いや、それよりもかかるんだぜ?いくらツイてる人間でも…」
「簡単だ。誰にでも出来る」
女の人は自信たっぷりに言い切った
何…とさらに私の首が絞まる…苦しい
「三時間で潰して来ただけだ。流石に、武装の多い本部は手強いな…。二千近い小銃と地対地ミサイルの雨相手だからな…殲滅には時間がかかった」
絶句した男にチョイチョイと指を動かしてこの人は投降を促す。つまり、実力差がありすぎるから、大人しく捕まれ。そういうサインだった
男は迷ったようにうめいたが、すぐに私をグイと引き上げて首にナイフの鋭利な刃を突きつけた!突きつけられた冷たい刃と、薄く刺すような熱さが私を痺れさせようとしていた!「…『学園』の卒業生らしからぬ行為だな。お前がその子の首にナイフを突き立てるよりも…私が武器を取り、構え、貴様の腕を切り取る方が数倍早いのを理解してるだろう?
私も鬼ではない。降参すれば警察にも口利きしておいてやるぞ。七件の窃盗、三件の殺人、五件の警官殺し。まともに裁かれればお前には二度と自由は訪れない」
女の人は柔らかく諭すように、鋭く威圧するように呟いた。
私を締め上げる男の人はニヤリと笑い、テーブルの上にあったハサミを指差した
「動けば『投げる』」
「…お前のその能力、『サイコキネシス』で航空隊の掃射を相手した私に当てられると?
冷静になりなさい」
女の人は動こうとして、異変に気付いたようで眉を寄せた
「『パラライズ』だよ。ツイてないなぁ?」
「…なるほど。卒業した後に開花した能力か…。少し侮ったな」
私が痺れていたのは、そんな能力のせいだったのかもしれない。
麻痺の能力で身動きを封じられた彼女は動こうとして、目の前まで飛んできたハサミに抵抗を止めた…
「…お前を殺せば…俺は裏社会の有名人だ。だからな、最後の願いくらいならば聞いてやる」
小さな舌打ちの後、彼女は項垂れて、呟いた。
「時間だ」
ビリビリと殺気ととてつもない力が舞い上がった!
窓が割れて風が舞い込み、私を抱いて天井へと浮き上がった。
私は女の人の場所に行けば安全だと思って、ふわりと降下していく
不意打ちを受けた男のナイフを蹴り上げ、ハサミを掴み、蹴り上げた足を男の腹部に垂直に打ち込んだ女の人が呟いた。
「…お前、今…風を…」
女の人に受け止められて、私は床に降り立つことができた…。あんなに吹き荒れた風はもう止み、吹き飛ばされた小物が室内を荒らしていた。
思い出の詰まった品々が壊れて砕けて…私は涙が溢れてくるのがわかって、グイッと袖で拭う
「茜さーん。周囲の消音結界解除しましたよ」
私より少し年上そうな男の子が上がってきた。部屋で倒れている二人を見て、うわ…と一歩下がった
「犯人は確保した。伝えておいてくれ」
「はい!」やや癖っ毛の少年は白い上着を着ていて、私には幽霊に見えた
「失礼な。僕はレイ!幽霊じゃないよ」
…霊じゃん。と私はあながち間違いではなかった予想に驚いて、場違いな雰囲気の彼を怪しんだ
「むっ……ん?あっ!茜さん!この人、まだ息があります!」
レイ、と名乗った子供がお母さんを指差した。素早く茜という名らしい女の人は駆け寄って…お母さんの口に耳をつけて、何かを聞いていた。
「…むすめを…たすけて」
微かに聞こえた声に、私は目が熱くなった
「案ずるな。この子は我が家で引き取ろう。彼女の衣食住と無限の幸福を約束する…。守護十二家系、第六階位『風翼』の名にかけてな」
彼女は胸元の、小さな鳥の紋を象ったペンダントを外してお母さんに示した。
お母さんはそれを見ても微動だにせず…ふっ、と何かが抜けていくのが見えた。気がした
「…嶺。瀬名はいるか?」
女の人はこちらに背を向けたまま話しかけてきた。少年は小さく返事して、呼んで来ると家を飛び出していった
「…。実に見事な死に様だった。私は…母親としては失格だが、お前のように死期をずらす程の愛情は見習いたいな…。安らかに眠ってくれ。この子は私たちが面倒を見るからな」
そう言って、手を合わせてお母さんの瞼を閉じた…。何故だか、私はその光景を冷静に見ていたような気がする
「茜さん、呼んできました!」
少年が戻ってきて、てとてとと同い年くらいの女の子が家に入ってきた。栗色の髪の子はとても可愛くてやっぱりこの場から浮いた存在だった。
「…二人とも、頼みがある」
茜、という女の人は改まって二人に話しかける。
「彼女の面倒を見てほしい」 ̄ ̄ ̄
ジリリリリ…
私はもぞもぞと手を伸ばし、鐘を叩くような時計を殴り付ける。
ジリン!と悲鳴のような音をたてた目覚ましは私の不快すぎる目覚めを若干すっきりさせるのに役立った…。
もう何度目かの悪夢。
私の両親が能力者に殺された夜の虚像。私にとって未だに嫌な思い出として付きまとう最大のストーカーは、今朝も私をさいなんだ
「うぅ…頭痛い…いま何時?」
寝ぼけまなこで部屋を見渡して、小さな鏡に不機嫌でボサボサの髪が写って私は小さくうめいた
「絆ちゃーん!時間よー!」
あぁ…ヤバい。遅刻三十分前だ。私はベッドから布団を剥ぎ飛ばしてクローゼットに走った
手早くパジャマを脱ぎ、学校の制服を引き抜いて着ていく着ていく…。あーなんてブレザーは着にくいのかと開発者を呪いたくなりながらなんとか上着まで身につけて鏡へ走る
ボサボサの髪を無理矢理ブラシで押し付けて…許容範囲まで誤魔化す。それからヘアゴムを右手で広げて片方だけ尻尾にする
「よしっ!ギリギリ許せる」
私は急いで鞄を掴んで部屋を飛び出した!
私の家は変わった造りで、古い日本建築の一階部分と、改装で追加された二階部分がある。
二階部分は一応襖や障子が多いが、私の部屋だけは洋風だ。
「って、時間時間!」
私は階段を半分飛び降りるように駆けると、階下で私を呼ぶママの姿があった。
…年齢は私より二歳上の十八。もちろん本当の母親じゃない。そう呼んでるだけだ
訂正。呼ばされてるだけだ
「朝ごはんは?」
「時間ないよ!」
私は栗髪ポニテのママに叫んだ
「だろうと思った。だから…」
ずい、と四角いものが渡される。こっこれは…!まさか!
「遅刻間際の必須アイテム!くわえトーストよ!」
「ママ、サンクス!」
私は受け取って、玄関まで走る。
「ん、絆、遅刻?」
パパ…うん。これも同じ理由だけど…これまた十八の父親代理だ
「まだ間に合うからね!」
「なら、行ってらっしゃい。転校生にぶつからないでよー」
「んなベタな」
私は扉をスライドして家を飛び出した!
家の外は快晴。冬型配置の気候はどこ吹く風、十何年も続く暖冬で最近は霜柱すら見ることは滅多になくなった
少し寂しいが…同時に靴が汚れないのは嬉しいところでもあった
…そうだ。自己紹介がまだだった
私は絆。風翼 絆。詳しくはあんまり知らないけれどこの桃花市に点在する十二の旧家の一つらしい。
…もっとも、この十二の家もいくつかはこの町から出ていったらしいので無人の家もあるのだが
そして、パパは風翼嶺。あの夜の子供は今も子供っぽい性格でこの家系の当主をやっている。職業は何でも屋。何故儲かっているかはわからないがたまにふらっと居なくなるのに関係がありそうだ。
ママは聖蓮瀬名。お父さんが大企業『ツバイ社』の社長、聖蓮椿井で実際は物凄い人物…らしい。家ではボケもツッコミも兼ねた不思議な人である
ポニテがとても似合っていて、私の片テールも一応はママを意識したものだ…私は住宅街を突っ走りながら、出来るだけ車と遭遇しないルートを選んで疾走する。むぐむぐと味のないパンをかじりながら交差点を飛び出す!
トン、一歩目。視界になにやら影
トン、二歩目。目を動かすと何かが
え?マジで転校生?そんな考えが頭をよぎって…鋭く鳴ったクラクションで我にかえる。向かってくるのは私の何十…何百倍もある二トントラック。ぶつかれば即座にお葬式だ
鋭く鳴ったクラクション、私は全神経を一点に集めるようにイメージする
「風よ」
短い言葉に世界が答える。ゴウと吹いた一陣の風が私の背中を押して普通よりも長い一歩を踏み出させる!
ドルルルル…と背後を走り抜けたトラックに胸を撫で下ろして、私は先を急いだ
…。そう、私はあの夜に能力者になった。ごく平凡な女の子から、風を操る十二家系風翼の女の子になったのだ
私の身の上は大したことじゃない。むしろ大変だったのは茜さんだった。
茜さんは他の風翼の人々の話を聞かず、ほぼ独断で私の養子を決定。さらには私に力のほんの一部を分け与えたのだから…
まぁ、おかげで私は自分の能力を開花させ、さらにコントロールや力のあり方も教えてもらえた。
…それが、茜さんとの思い出。
もうあの人はいない。風翼の歴代最強当主とか囁かれてたあの人は…死んだと嶺に告げられた。どこで、どうして死んだのかはわからないけど…当主として恥じない終わり方だったらしい
「…茜さん」
ポツリ、とこぼれた呟きに私は首を振って弱気を払う
「まずは…閉まるな校門ッッッ!」
私は自己ベストを叩き出さんと更なる加速で学校を目指した………キーンコーンカーンコーン
間の抜けたチャイムが朝のホームルームの開始を告げる。
ギリギリなんとか間に合った私は自分の席でゼーゼー息を切らせていた…
「珍しくじゃん。キズナンが遅刻とは」
我がクラスの友人、真畔御黒が私の頬をツンツンやりながら話しかけてくる。
「うるさいミクロ」
ちなみに、彼女は新聞部長である。
ミクロが口を開こうとしたとき教室の扉が開いて先生が入ってきた。短い髪のなかなかの美女。白坂威樟ティーチャー。みんなからはイクスって呼ばれてる
「はい。みんなおはよー!ぶっちゃけHRって面倒だからおしまいっ!よし、職員室でネトゲ再開~」
ただしゲーマーである。
「イクスー仮にも教員なんだから残り少ない教員免許を有効活用して下さいー!と、キズナンが言ってます」
「言ってないじゃん!」
マクロが私に発言の責を押し付けてきたので全力で否定する
「まったく…先生は悲しいです…。」
「いや、言ってません。」
何人かが小さく笑うのがわかって、私はむぅと口を尖らせた
「…よし!気を取り直して使い魔捕獲してくる!メイデンの捕獲率、噂じゃ0.01%らしいけど気合いで捕まえてくるわ」
バタバタと教室を飛び出していくイクス…。
「いや、それケータイのゲームじゃん」
私はツッコミを入れて、教員不在の教室で友人達の顔を見る
全員、諦めろと肩をすくめていた
キーンコーンカーンコーン!
タイミング良く機械的なチャイムが鳴り、私たちは席を立つ。一限目はなんだっけ…一限目。
「テメーら起きてんのか?目がラジアンってるぜ!」
数学教員、那由多 透のありがたくもウザイ数学授業だった。
誰かが理解できないと呟くと、那由多は
「このパイが理解できないとは…3.141592653526433832理解できないぜ」
…。ごめん私も理解できないや
「円周率…。つまり永遠に理解できないと?」
流石(?)は新聞部長マクロ、なんとか話題について行っているようだ
「当たり前だ!∴俺は貴様らが理解できないね!世界を構成するのは数字のみ!Q.E.Dだ!」
バタリバタリと数人が机の睡魔に負けて倒れていく…。あぁ、私もヤバいかも…
「χ≠y!数字では論証不能!」
「あらゆる物質の結合係数を用いれば可能!インフィニティ方法はあるぜ!」
あぁ…もう無理だ…
私の意識は途切れて、気が付いたらば時計は二時限目を指していた。
「みなさぁ~ん。起きてくださあ~い」
この声は…理科の結城 恵T。常に夢心地そうな教員だ。
ただ、その過去は凄まじいという噂は流れている…。
「お日様あったか~」
きっと、凄まじい夢遊病とかに違いないというのが定説なのだが…。私はぽやーっとした語り口調に再び睡魔が押し寄せるのを感じた…。
あー…素晴らしきかな陽光が差す窓際…。この暖冬であまりにものほほんとした気分にさせる太陽に細く開けた窓から一筋の冷風が私を撫でていく…
駄眠は学生の特権よね…とか思いながら私は二度寝を決意して、意識が落ちてふつりと途切れる感覚を楽しんだ…キーンコーンカーンコーン!
私の睡眠は授業終了の合図と共に終わりを告げた。
「キズナン、おはよ」
「おはよ…。あー眠い」
「散々寝てたじゃん」
「いーの」
私は立ち上がり、まだぼやけた目で時間割を眺める…。ちなみに視力は1.0 1.0。悪くはない方だと信じている
「うげ…体育?」
「いいんじゃない?ストレス発散!」
マクロは続けて叫ぶ。
「教室から出てけ草食男子ども!」
…。いや、うん。説明が遅れたがこの学校は共学の超エリート校である。制服はブレザー指定だが、若干の改造までは許される規律は緩めな学校。
だからか、私を含めてデフォルトのままの制服の着用は少ない
男子は改造部分は少ないが女の子はそうはいかない。私は服のあちこちに隠しポケットがあるし、マクロはなんと全身に取材道具を仕込めるらしい…
『仕込む』という語句から察するに正規のインタビューという感じではないが、深く考えたら泥沼な風だったので思考を止めた
それから、この学校に入るのには多々条件があるのだが…それは体育館に行きながら説明しよう。うん、着替えなきゃ
…
えーっと、そう、条件
条件は『能力者』であること。能力者は政府が管理していて使用が目撃されれば管理リストに名前が入り、社会生活が可能ならば特定ルートへの入学、入社などが認められる。裏派遣、とでも言うとわかりやすいかな?
私たちはこの身の能力を社会に役立てるためにこうして生活しているのだ
正直、一同に集まっていれば管理しやすい利点が大きいのだろうが
そして、この学校は関東圏を中心に能力者が集められ、一つの学園…『精錬学園』として運営されている。
幼等部→大学部まであるが、実際に機能しているのは高等部まで。それから先は生徒が激減する
みんな、それぞれの道を歩むのだ
そして私は高等部1年。学園に入ったのは幼等部からの古参組…。この学園は常習的に転校生が来るために幼等部1年から高等部3年の間にはおよそ十倍近い人数になるというから驚きだ。
つまり、能力者は途中開花するのだと理解してもらえると嬉しいな
一応、こんな感じだろう。
学園について詳しくはまた今度説明すればいいし、概要だけでいいと思うよ。うん
「さぁっ体育だっ!キズナン、またグラビア写真お願いね!」
「やるわけないでしょ!って、今まで一度もやってないからね!」
「ん~…残念。キズナンかわいいから一面でやると部数が二十倍なのよねぇ」
「い・や・だ」
この友人の悪い癖。新聞記者魂が何故か私に及ぶこと。
逆に言えば、私のおかげでこの部員一人の部活は存続していると言っても大袈裟ではない。廃部の噂が立つ度にどこからか私の写真を持ってきて生徒会の出した数字の倍を叩き出すのだ…。恐ろしい…
さて、この授業は大抵の学校では太刀打ちできない個性的すぎる授業だ。教員は能力者、生徒も能力者。そうなれば当然…
「今日の授業は実技訓練だ!」まず、こういう時は素早く仲の良い人に声をかけるのが鉄則だ。マクロに目配せしていつもの友人達に声をかけていく…
「おっけー」
藤村彩乃は手でサインを作って答えた。
「わかった」
武藤和音は頷いて、合流する。メンバーは絆、あやのん、かずね、マクロ、そして…
「はい、喜んで」
お嬢様の皆木夕凪通称ゆなっちがチームとなった。
「さて、出来たわよ」
マクロが教員に合図する。私たちを皮切りに次々とチームが組み上がって合計で6チームが結成された。
絆がその先頭に立ち、他のチームを見渡す…。
「今日こそ決着だ。風翼絆!」
誰かが叫んだ。確か5戦5勝の相手。戦場八起。本当に懲りない相手だ
「本当に懲りないわね。いいわよ?8連勝で立ち上がれなくしてあげる」
絆はその身に宿った風の操作能力を呼び起こす。渦巻く風の中心に彼女は在る
「【ウィンド】の能力者、舐めないでよ!」
「【スレイ】能力発現。決着だ!」
風と、風を用いた刃がぶつかる
絆の力は『風を操る』能力。無加工の力を操作するものだ。対する戦場の力は『風を刃に変える』能力。一見、戦場のほうが有利な能力だが実際は力の密度が違う
「ほらほら、私の風に飛ばされないでよ?」
「また…風圧が強く…!」
絆は無尽蔵…は言い過ぎだが力の続く限り周囲の大気を風に変える事ができるが、間に加工を挟む戦場は絆の攻撃を捌ききれないのだ
…ようは、絆が強すぎるのだが。
「おぉ…カメラカメラっと」
「マクロ…体育着のどこに一眼レフなんか隠してたのさ」
和音が相変わらず不思議な友人にため息をついた隣で
「シャッターチャンスよ!ほらほらあっちのアングルも!」
もう一人、不思議なお嬢様が撮影場所を指示していた…。
「キズナン、あんた結構周りが見えなくなるのね…。撮られまくってるよ」
和音の呟きに彩乃が曖昧に笑って同意だけを伝えてきた
ただ風を吹かせるだけの絆と、今にも吹き飛ばされそうな戦場の戦いは既に決着がついているのは明らかだった。
何故、戦場は絆に挑み続けるのか…これは七不思議に数えてもいいんじゃないかとクラス全員が思った時、突然体育館の扉が開いて女生徒が飛び込んできた
「先生!近くの銀行に…強盗が!」
そう言って、全力疾走してきたのか彼女は膝をついて荒れた呼吸を整えている
体育教員は生徒を見回して、絆を見た。
「準備運動は終わっただろ?」
「屈伸くらいは」
淡白に答えた絆は少し緩んだヘアゴムを上げてまっすぐに見つめる
「行ってこい」
絆は立ち上がり、マクロこと真畔を引っ張る。真畔は和音を、和音は夕凪を、夕凪は彩乃を掴んで立ち上がった
「「「「「…」」」」」
思いもよらない状況に五人はお互いが引っ張った相手を見つめて、教員へと視線が移った…
「全員行ってこい!面倒だ!」
五人は小さな歓声をあげて体育館を飛び出した…三十分後。銀行の入り口に制服姿の五人の女子生徒が立ちはだかっていた。
警察は既に後方に下がり、近隣住民と野次馬を下がらせていた
「銀行強盗…。まさかこんな昼間に来るとはね」
絆が言うと、真畔はそうでもないと答える。
「丁度お昼時はね、人も少なくてお金も安定する時間。しかも空腹ならば判断力も低下するから事が運びやすいのよ
銀行強盗は昼がセオリーってこと」
ふぅん…と答えて絆は警察から借りたメガホンを構えた。スイッチを押した。叫んだ。
『銀行強盗に告ぐー!無駄な抵抗も有意義な抵抗も止めて投降せよー!
人質を解放しなければうちのゆなっちが泣くぞー』
「な、泣きませんわ!」
はいはいわかった、と呟いてもう一度メガホンを構える。そして今度は真面目に、風に言葉を運ばせるように言葉を発した。
『今すぐ投降せよ。せねば実力をもって排除する。こちらは全員武装している。制限時間は三分!それまでに武装を解いて外に出てきなさい』
………。返事無し。
「どうする?キズナン?」
「いつもの役割で。私とかずねが切り込み、みなっちは後方支援。マクロは学園と連絡を。あやのんは…マクロのサポート」
出された指示に四人は頷いて前後二つに分隊する
「学園のサポートに繋がった。キズナン、あと制限時間に合わせて後ろのドアロック外すって!」
「了解。中のロックも合わせて外してもらって?どうせサポートはドアロックの管理者パス手に入れてるでしょ?」
学園は非常時に警察権限を、必要ならばそれ以上の権力を使うことが出来る。
今回は非常事態ということで銀行の全ての電子ロックを外せるマスターキー。管理者パスワードを学園は取得しているはず。
仮になくても、合法手段でハッキングできるので安心なのだが…
「うん。任せてってさ。…回線繋ぐよ」
プツリ、と聞こえて学園のサポート隊と通信が繋がった。小型のイヤホンマイクで会話のやり取りが出きるようになった
『こちらはサポート隊の木霊です。絆隊、私の指示も聞いてくださいね?』
木霊、といえば上級生で放送部長だ。
絆は簡単に挨拶をしてから突入のタイミングの指示を受けた
「了解。みんな裏へ」
絆隊は裏へ回り込んで、突入の時間を待つ…
3
2
1
ガチャン
鍵が外れた扉はゆっくり開いて内側の照明のない通路を晒した…。
「かずね、行くよ」
「はいよ!」
二人は走り出して、通路に飛び込んだ。和音、絆の順でひと一人分の通路を抜けて受付の裏側…人質のいる場所と反対の位置に出た
『二人とも、しゃがんで。居るよ』
イヤホンを通して届いた指示にしたがって二人は小さな机に身を隠す…。その隣を『いかにも』な男…目深に被ったニット帽、サングラスにマスク…おまけにマフラーをつけたのは最後の良心か…。
いずれにせよその怪しさは不審者から揺らぐことはない。
「裏口にゃいませんな。気のせいじゃけん」
((…じゃけん?))
あんまりにも意外な…。地方出身の強盗はリーダーらしき男に話しかける
「すんだら、コイツラ脅して足手にいれんべ。うっちゃんげにせんといかんとのう」
『…。外人さん?』
木霊の通信に二人は力なく否定する…。会話から相手の動きを推測するのはよくあるが…まったく会話がわからないのは珍しい
「んだ、いくんべ。ほれ、立てい」
一人、女性客が立たされて首筋にナイフが触れ…
「あ…あ!」
ズキン、と全身に走った痛みが絆の四肢を強ばらせた
「誰んだ!」
気付かれた…!
和音は突然胸の何かを押さえつけようとする動きを始めた絆の手を引いて、走る
「捕まえい!にげちゃっぞ!」
「わーってるわい!」
最初に見た男が走ってきた
手に握っているのは長めの包丁…。新品のようで流石に斬られれば痛いではすまなさそうだった
「屠れ『グラディ・ソルダム』」
和音の能力は【グラビティ】。それを強化する武装『グラディ・ソルダム』
金属の椅子の足を掴み、全く違うモノへと変質させて彼女は武器とした。
巨大な剣。身の丈はあり、そしてその巨駆は鈍色の光を無機質な照明の元に晒す
「な、どっこに隠しとんたんね!」
「頭いたくなるから…少し寝てろ!」
ぶぅん、と振り上げられた剣は天井を突き破って穴を開けた。
「天地念転…『グラビティプレス』!」
歪に歪んだ球体が天井の破材を巻き込んで男を襲った
ギャッ、と悲鳴をあげて床に押し付けられた男は気を失って動かなくなった…。剣を降ろして和音は絆にどうしたのかと声をかけた
ほんの少し躊躇うしぐさをした絆は、一度深呼吸をして
「ごめん、ちょっと予想してなかったから…。でももう大丈夫。やれる」
「…。わかった。深くは聞かないけど、ダメなら下がってよ」
大丈夫だって、そう言った絆はもう元通りの表情で小さく風を渦巻いて見せた。指先程度の竜巻が生まれて消えて、和音を安心させる
「どってん?つかまえたきゃ?」
絆は空気を掴むようにして思考をまとめる。一点に集めて風の力を借り受ける
「捕縛する。いくよ」
和音は頷いて主犯格の男の視界に飛び出した
「な…」
「縛せよ疾風!我が家紋の鳥の威風を以て相対する者の手足を絞めよ!」
絆は素早く詠唱を終えててリング状の風を男に向けて作り出した。
男は取り巻くように出現した空気の輪にたじろいで叫んだ。
「【エア】」
バチン、と切られたリングに絆は小さな驚きを示す。まさか…相手は
「能力者?ちょっと木霊先輩?」
『…ごめん。非登録の能力者だからわからなかったわ…。うん、力のランクはあなた達に遠く及ばないから安心して』
和音は大剣を構えて能力者と対峙する。
相手が能力者ならば油断は禁物。和音は絆に合図を送る。相手を翻弄して挟み撃ちする…。指示を了解した頷きに和音は武器の柄を握り直した
「私たちが相手になったこと、それがあなたの運の尽き…。」
カシャン、と音を立てて剣が走る
微風が頬を撫でたがそんなもの効きはしない。普段からもっと強い相手と一緒なんだから。次々と生み出される空気の弾丸に小さく笑う
こんな程度、敵じゃない
絆もお世辞にも動きやすいとは言えない銀行のデスクの上を走って男の死角に移動した。ただ殺すのならば和音一人で足りるが、犯人の捕獲ならば人数が多くないと相当の苦労をすることになる。
「よっ、と」
デスクを飛び越えて、床に伏せる。
戦いの様子を見ると武器を抜く必要はなさそうで少しだけ安心した
「風よ、もう一度あいつを掴まえて?」
緩やかに巻いた風が再びぐるりと円を描く。空気を固めて弾丸にする【エア】と風を巻き起こして操る【ウィンド】。似ているようでまったく違う、二人の能力者と【エア】を撹乱しと【ウィンド】の補助をする【グラビティ】の能力者。
三人の能力者の戦いは珍しいが、残念ながらあっさりと決着を迎えた。
ようは、学園の二人が圧勝したのだ。
『お見事。捕縛したわね』
「木霊さん。外の三人に連絡を」
『もうしたわよ、警官隊が引き継ぎするから皆木さんにサポート頼んでね』
「了解です」
プツン。と回線が切れて通信の終了を告げる。絆は和音に声をかけて夕凪に連絡を頼んだ
彼女は「うい」と答えてイヤホンマイクで呼び出す
「お嬢様ー。終わったよ」
『あ、はい。帰還点設定完了してます。【コール】』
ふと見上げると、解放された人質がお互いの肩を抱いて無事を喜んでいたのが見えた。先ほどナイフをつきつけられていた女性の姿も見えて…ほっ、と胸を撫で下ろす。
能力者についての口外は禁じられて、きっといつか記憶も薄れて犯人と超常の戦いを繰り広げた女子高生のことなど忘れてしまうだろう。
それが、絆には嬉しくもありまた悲しくもあった。
ナイフの当たって赤い点がある女性が何かに気付いた時には、もう二人の姿は無かったジャラジャラ…。
絆の周囲に鎖が消えていき、耳障りな金属音もまた消えた。
「お疲れさまでした」
夕凪が自分の武器を納めて、笑いかけてきた。彼女の能力【チェイン】は戦闘には向かないので中衛補助の仕事を頼んでいる。
今回も『空間を鎖で繋いで』引っ張ってもらうという中々に豪快な仕事をしてもらった。
犯人は置いてきたが、今頃は警察の手でお縄にかかっただろうと報告がされた。
「まっ、一安心だな。被害者はゼロ。成果は上々だな」
和音の一言に夕凪も絆も表情を緩めた
「んじゃ、帰りがけに甘いものでも食べますか!どこいく?安さなら某ドリアの美味しいファミレス。美味しさならばココアの美味しいちょいと高めのファミレスだね」
「どっちもファミレスじゃん」
絆のツッコミにあははと笑う和音。夕凪もその二人に釣られて笑う
「さて、あやのんとマクロを迎えに行きましょう。二人の意見も聞かなくては」
夕凪の言葉に二つの同意。三人は残りの友人達と合流すべく歩き出した…「お、おかえりー」
「お疲れさま。お二人の活躍聞きましたよ!
犯人は二人とも無事連行されたようです」
歓迎と報告が三人を迎えた
「そっか…。よし、私たちの解決祝いにどっか行かない?甘いもの食べにさ」
「選択肢はファミレスだけだけどね」
あはは、と笑いが響いて五人は賑やかに談笑しながら歩き出した。まずどこにいこうか、あそこがいいんじゃない?いやあそこが…。そんな話を一人があーもう!と叫んで叩き割る
「全部回ろう!んで、学校に経費は払わせる!」
それだ!と名案に一同叫んで、まず手始めの手近な喫茶店に飛び込んだのだった…
作者の白燕【シロツバメ】です。こんにちは、初めまして、お久しぶりです。
さて、今回はなんと嶺の娘|(厳密には違うけど)が活躍するお話ですが、風翼 嶺、聖蓮 瀬名 達も立派な世界の一部。
彼らもまた前作以上に大切なキャラです。はい伏線
今回は説明が多かったですが…、それは次へと繋ぐため。世界の繋がりを疎にしてミスした前回の失敗を糧に頑張りたいと思います。
まずは第一幕。お付き合い下さりありがとうございましたm(__)m