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栗丘瑛太という人間は

 

          ◯



 ——言っておきますけど、私は納得してませんからね。あなたと私が相棒同士だなんて。


 ——お、俺だって、お前みたいな嫌味な奴とは願い下げだ!


 二十年前。

 若き日の御影京介と栗丘瑛太は、毎日のようにいがみ合っていた。


 共にあやかしを霊視する能力を持つ彼らは、あやかし退治を主とする部署『特例災害対策室』に所属し、二人一組で捜査に当たるよう上から言いつけられていた。

 しかし性格は真逆。

 常に冷静沈着で慎重派の御影と、直感で動くタイプの栗丘。

 互いに口を開けば衝突してばかりで、捜査も思うように進まない日がほとんどだった。


 ——にしても、お前と組むようになってから、あやかしに遭遇する回数自体が減ってる気がするぞ。一体どうなってるんだ?


 ——血が不味いそうですよ。私の血は、あやかしの口には合わないそうです。あやかしも選り好みをするみたいですから、あえて私に近づかないようにしているのかもしれません。


 ——げぇ。あやかしにも好き嫌いってあるんだな。……そういや俺、昔から血を吸われまくってたけど、もしかして味が良いのかなぁ。


 人間の味は千差万別で、あやかしの好む味を持つ人間は特に狙われやすいという報告もある。


 ——いっそ、あなたが(おとり)になればいいんじゃないですか? あなたがエサになってくれている間に、私は安全な場所から標的を狙い撃ちますから。


 もちろん、それは冗談で言ったつもりだった。

 頭が使えないなら体を張れ、という皮肉を込めて、御影は嫌味たっぷりにからかっただけなのに、


 ——いいな、それ!


 と、栗丘はぱっと顔を輝かせて言った。


 ——……は? いや。冗談に決まってるでしょう。そんなの……。


 ——やってみようぜ、それ。早くあやかしを捕まえないと、被害はどんどん広がっていくもんな。


 ——なに本気にしてるんですか。囮捜査なんて、そんな危険なことをさせられるわけないでしょう。


 ——だーいじょうぶだって。俺はそんなヤワじゃないし。それに、いざとなったらお前が助けてくれるんだろ?


 栗丘瑛太という男は、まるで人を疑うことを知らない人間だった。

 まだ出会ったばかりで相性も悪い、ただの仕事仲間という関係の相手に、なぜこうも簡単に自分の命を預けられるのか、御影には理解できなかった。


 ——俺が誘き寄せて、お前が撃つ。完璧じゃねーか。名付けて、『あやかし警察おとり捜査課』ってな。はははっ!


 栗丘は、自分が「良い」と思ったことは「良い」と言う。

 自分の感じたままに動き、隠し事もしない。

 仕事に対しても、それは同じだった。

 目の前で困っている人がいれば放って置けない。

 たとえ上の命令に背いても、常に自分の大切なものを貫こうとする人間だった。


 ——あなたって、馬鹿みたいにまっすぐですよね。


 ——馬鹿は余計だろ!


 御影が軽口を叩く度に、栗丘は子どもみたいにムッとする。

 その素直な反応が面白くて、御影は思わずくすりと笑ってしまう。

 そんな彼を見て、栗丘もまた「へへっ」と嬉しそうに笑うのだった。






          ◯






「……昔の御影は、それはもう無愛想でな。加えてあの顔だから、常に近寄りがたいオーラがあった。でも栗丘は……君の父親だけは、彼に対して遠慮がなかった。だからこそ御影も、少しずつ心を開いてくれたのかもしれない」


 暗い廊下を進みながら、平泉はどこか遠い目をして言った。


 午前一時半。

 マツリカと共に主治医から手術の説明を受けた彼は、栗丘たちを連れてタクシー乗り場へと向かっていた。


 御影はまだ眠っている。

 容態は安定しているが、意識が回復するまではまだ時間がかかるということで、四人はひとまず帰路に就くことになった。


 マツリカのことは平泉が自家用車で送ることになり、栗丘と絢永の二人はタクシーへと乗り込む。


「諸々の報告は、私の方で何とかする。だから君たちは、今は自分たちのことだけを考えていなさい」


 警視庁のトップである平泉が、御影のバックに付いていたのは大きかった。

 思えば今まで御影が自由に行動できていたのも、ひとえに彼のおかげだったのかもしれない。


 タクシーが発進すると、栗丘と絢永は再び二人きりになった。

 厳密に言えば車内には運転手も乗っているが、どうやら寡黙なタイプのようで、必要最低限のこと以外は話しかけてこない。


「……御影さん、無事で良かったよな」


 ぽつりと、栗丘は呟くように言った。

 こうして絢永に話しかけるのは、もう何時間ぶりになるだろうか。

 最後に話したのは、あやかしに憑かれた絢永がこちらに銃を向けて、涙を流した時だった。


 ——さようなら、栗丘センパイ。


 彼はその手で、銃を撃った。

 被弾したのは御影だったが、その弾丸は、あきらかに栗丘の心臓を狙っていた。


「栗丘センパイ」


 久方ぶりに、その呼び名を耳にする。

 栗丘が見ると、絢永は窓の外を眺めたまま、


「久しぶりに、あなたの家に寄ってもいいですか」


 窓に映る彼の顔からは、明確な感情を読み取ることはできない。


「ああ。もちろん」


 栗丘は二つ返事で了承した。


 たとえ彼が再びこちらに銃を向けたとしても、構わない。

 栗丘はもう一度、彼と正面から向き合って話がしたかった。

 

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