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あやかしを引き寄せる血

 

          ◯



「えーと、それってつまり……囮捜査ってことですよね?」


 御影の説明を聞き終えた栗丘が恐る恐る尋ねると、


「そういうこと!」


 と、御影は親指をぐっと立てて同意する。


「栗丘くんの『引き寄せ体質』は、対あやかしの囮捜査には打って付けだからね。使わない手はないよ」


「で、でも囮捜査って確か、よっぽどのことじゃない限り許可が下りないって聞いてますけど……」


「その辺は気にしなくても大丈夫だよ。警察内の大半の人間は、我々がどんな捜査を行なっているか全く理解していないからね」


「も、もしかして許可もなしにやるんですか!?」


 御影はふふふ、と笑うだけで肯定も否定もしない。

 青ざめる栗丘に、マツリカは締めのデザートのアイスをつつきながら言う。


「人間のしきたりや法律なんてミカゲには関係ないよ。こいつは目的のためなら手段を選ばないんだから」


「やだなあマツリカ。それじゃあまるで私が無法者みたいじゃないか。違うんだよ栗丘くん。心配しなくても、ちゃんと許可は取っているよ。上層部にも話のわかる人間はいるからね」


 ま、裏技だけど、と付け足した御影に栗丘は一抹の不安を覚える。

 しかし腐っても彼は警視長であり、あのプライドの高い絢永でさえも認める実力の持ち主だ。

 立場的に考えても、そう簡単に下手を打つような人間だとは思えない。


「……わかりました。俺でよければ、その囮捜査の囮として、人の心に巣食うあやかしを炙り出します。でも……」


「何だい?」


「どうして、俺が『引き寄せ体質』だってわかったんですか?」


 栗丘は今まで、自分があやかしを引き寄せているなんて自覚したことはなかった。

 周りにあやかしが見える人間がいなかったので、比較する対象すらいなかったというのもあるが、そもそも、あやかしに遭遇すること自体が数ヶ月に一度程度しかなかったのである。


「それはほら、君の胸ポケットに入っている子が証明してくれたんだよ」


 御影が言って、栗丘はすっかり忘れていたその存在をハッと思い出す。


「そ、そうだ。こいつ! また忘れてた……。御影さんにこいつのことも相談しようと思ってたんです!」


 言いながら、栗丘はわたわたと胸ポケットを探ってその獣を引っ張り出す。


「キュキュ——ッ!!」


 急に体を掴まれてびっくりしたのか、それは甲高い鳴き声を上げると、栗丘の指にガブリと噛みついた。


()っっっって!!」


 栗丘が痛みに震える手でそれを皆の眼前に差し出すと、胴体を掴まれたままのその白いふわふわの獣は、栗丘の指から滴る血を美味しそうに舐めていた。


「そうそう、この子。『管狐(くだぎつね)』っていうんだけどね。もともとは私が可愛がっていたんだよ。でも全然懐いてくれなくてねぇ」


「えっ、御影さんのペットだったんですか!?」


 返します! と栗丘は獣を御影の前に突き出したが、


「いやいや。その子はもう君に懐いてしまったからね。可愛いから名残惜しいんだけど、私の所にはきっと帰って来てくれないし、他の人間の所に行くことも絶対にないと思う。その証拠にほら」


 御影は畳んだ扇子の先で獣の口元を示す。

 他の三人が見ると、獣は栗丘の指の傷口を執拗に舐め続けていた。


「あやかしは人間の血を好む。そして、人間の血にも色々と種類があるらしくてね。美味しい血と、美味しくない血と、それから、ものすごく美味しい血があるらしいんだ。その美味しさを嗅ぎ分けて、彼らは人間を選り好みする。栗丘くんがあやかしを引き寄せてしまうのは、まさにそれが理由なんだよ」


「それって、俺の血がめちゃくちゃ美味しいってことですか……?」


 栗丘は複雑な面持ちで手元の白いふわふわを見つめる。

 ペロペロと美味しそうに舐め続ける小動物の姿は愛らしいが、人間の血を求めるあやかしの習性を考えると、ちょっとおぞましい。


「その子はすでに君に取り憑いていて、普段は君を隠れ蓑にしてあやかしの気配を消している。先日の斉藤さんの鬼と同じだね。あんまり上手く隠れるものだから、絢永くんですらその子の気配には気づいていなかったみたいだよ」


 御影がそう言った瞬間、わずかに視線を下げる絢永の姿が栗丘の視界の端に映った。


「あやかしが自身の隠れ蓑として選んだ人間のことを、我々は『憑代(よりしろ)』と呼んでいる。だから栗丘くんは、その子にとっての憑代だね」


「……こいつのことも、やっぱり退治するんですか?」


 栗丘が聞くと、御影はうーんと唸る。


「その言い方じゃあ、君もその子に愛着が湧いちゃってるみたいだね」


「わがままな感情だっていうのは……理解してます」


 あやかしは人間の血を好み、場合によっては先日の鬼のように周囲の人間を襲う。

 この小動物も同じあやかしである以上、そういった危険性は否定できない。

 だが、


「その子は小さいし、人を喰えるほどの胃袋は持ってないからねぇ。それに栗丘くんの血が余程気に入ったみたいだし、栗丘くんさえ嫌じゃなければそのまま飼っててもいいんじゃないかな」


「本当ですか!?」


 栗丘はぱあっと顔を輝かせて手元の小動物と目を合わせる。


「聞いたか!? よかったなぁ、キュー太郎! これでお前はうちの家族の仲間入りだ!」


「キュー太郎って……」


 それまで静かだった絢永が思わずその名前に顔を顰める。

 その隣から、御影がふふっと笑って言った。


「その子、女の子なんだけどねぇ」

 

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