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落ちこぼれ警察官の日常

 

 人を見かけで判断してはいけない、と教えられて育った。


 どんな物事も表面的に見ているだけでは、その本質を見抜くことはできない——という教訓にはおおむね賛同しているし、実際にどれだけ怪しい風体の人間が相手でも、とりあえずは話し合ってみることが大事だと肝に銘じている。


 だが、周りの人間は……あろうことか人のことを第一印象だけで決めつける人間が、この世にはあふれすぎている。


「だーかーらー! 俺はれっきとした警察官で、この交番に四年以上も勤めてるベテランなの! わかったらさっさと事件の現場まで案内してくださいよ!」


 東京の片隅にある交番で、栗丘(くりおか)みつきは苛立ちを露わに叫んだ。


「またまたぁ。嘘はいけねえぞ、坊主。そんなちっこい見た目じゃあ、どんだけ背伸びしたところでせいぜい中学生くらいが限界だろ。社会人体験だか何だか知らんが、とりあえず本物の警官を呼んできてくれねえか?」


 窓口のカウンターに片肘をついた中年の男は、話半分に栗丘の訴えを受け流す。

 真昼間から酒を飲んでいるらしく、その顔はすでに茹蛸のように真っ赤に出来上がっていた。


 二〇二五年、十月。

 夏の残暑もようやく過ぎ去り、からりと晴れた秋空の下。

 勤続六年目、今年で(よわい)二十三にもなる栗丘が、その幼い見た目から小中学生の少年と間違われる様は、もはやお馴染みの光景となっていた。


「ちーっす。パトロール終わりましたぁ」


 と、そこへパトロール中だった後輩の藤原(ふじわら)が戻ってきた。

 大卒の新米警官である彼は栗丘と年齢こそ変わらないが、酔っ払いの中年は陽気な顔をほころばせて彼の方へと歩み寄る。


「ああ、やっと本物のお出ましかぁ。ちょっと来てくださいよ。そこの店で乱闘騒ぎになってんすよ」


 中年男は急かすように藤原の腕を掴む。

 パトロールが終わってやっと一息つけると踏んでいた新米はあからさまに嫌な顔をしたが、困っている市民を振り払うこともできず、仕方なく付き合うことにする。


「ま、待てってば。藤原! 現場には俺が行く。だからお前はここで在所勤務を……」


「あー、いいっスよ。どうせあんたが現場に行ったところで誰も相手にしないでしょ。いつも通り俺が片付けて来るんで、あんたはそこで昼寝でもしててくださいよ、栗丘センパイ」


 嫌味たっぷりに吐き捨てた後輩の背中を、栗丘は為す術もなく見送るしかなかった。


 高校を卒業してすぐに警察官となって、はや五年半。

 勤続年数だけが着々と積み上げられる中、出世の兆しは未だ見えず。

 それもこれも全てはこの、子どもと見間違われるほどの童顔と低身長のせいだ。


(どいつもこいつも、人を見た目で判断しやがって!)


 きーっ! と独り歯を食いしばっていると、そこへふらりと、何か小さな動物のようなものが交番前に現れた。

 ネコよりも小さく、ネズミよりも大きな獣。


「なんだありゃ」


 よくよく目を凝らしてみると、それは白いふわふわの体毛に円らな愛らしい瞳と、細長い胴体と尻尾を持っていた。


(イタチか? いや、違う。あれは)


 微かに感じる、この世ならざる者の気配。

 この第六感とでもいうべき感覚は、栗丘以外の人間にとっては理解できないものらしかった。


 日常の中に時折現れる、この世ならざる者。

 それは人の形であったり獣の形であったりと姿は様々だが、どれも共通するのは、栗丘以外の人間にはその姿が見えないということだった。


 おそらくは幽霊、あるいは妖怪の類。

 これらは時として人間に牙を剥き、平和な日常を脅かす。


 謎の小動物はしばらくウロウロと交番前を彷徨っていたかと思うと、今度はそこへ通りがかった人間の足元へ狙いを定め、急激に足を速めて近づいていった。


(まずい!)


 栗丘は弾かれたように交番を飛び出して、その獣が向かった先——若い母親と手を繋いだ、幼稚園児ぐらいの男児の元へ駆けつける。


「危ない!」


 今まさに男児へと飛びかからんとしていた獣を両手で捕まえ、自らの胸元へ引き寄せる。

 直後、ガリッと鋭い痛みが手元に走った。


()ッ……!」


 親指と人差し指の間に噛みつかれ、栗丘はわずかに顔をしかめた。


 男児と母親は一体何が起こったのか理解できず、栗丘を怪訝な目で見つめる。

 彼らの目にはおそらく獣の姿は映っていない。

 栗丘が取ったこの一連の行動は、まるでよくわからない一人芝居としか思えないだろう。


「あっ。えーと、これはその」


 あきらかに怪しい人物を見る眼差しを向けられた栗丘は、慌てて言い訳を考える。


「そ、そうだ。虫! 虫がいたんですよ! あやうく刺されるところでしたね。あっはっはっは!」


 笑って誤魔化そうとする栗丘の前を、親子はそそくさと退散する。

 口にこそ出さなかったが、「目を合わせちゃいけません」と言わんばかりの母親からの視線が痛かった。


「くっそー、またヘンな目で見られた……」


 悔しさをぶつけるように呟きながら、栗丘は手元の獣へと目を落とす。


「それよりお前、なんで消えないんだよ?」


 いつもなら、こういった妖怪のような存在は栗丘がその手で触れた瞬間に、たちまち蒸発するようにして消えてしまう。

 だが、手元のそれは消えるどころか姿形を保ったまま、美味しそうに栗丘の血を舐めていた。

 やがて満足したのか、獣は栗丘の手の中で一つ大きなあくびをすると、そのまま目を閉じて眠りにつく。


「……くそ。妙に可愛いな、こいつ」


 一風変わった小動物の、その愛らしい寝顔に、栗丘は不覚にも心を奪われてしまったのだった。

 

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