決戦! 魔王城
色々と、とっ散らかった話になりました。
ジャンルは自分でもよく分かりません。
その城は漂う邪気と歪な佇まいで、見る者すべてを圧倒していた。
常に暗雲が立ち込め、辺りに広がるのは不毛な死の大地のみ。
魔王城である。
そこで手強い魔物たちを倒し、最後の扉を開けた勇者は、ついに宿敵魔王と対面した。
「勇者よ、まずは玉座の間までたどり着いたことを誉めてやろう」
魔王がよく通る低い声を響かせ、玉座から立ち上がった。
「!? まさか魔物の軍勢を率いていた魔王が、人間とさほど変わらぬ姿の老人だったとは」
勇者を驚愕させた彼の姿は、青白い肌の痩躯を、宝珠のついたローブで包んだ老人だった。
禍々しい冠を頭にのせ、肩にかかる髪と長くたくわえられた髭は白い。
側頭部にある2本の角がなければ、人と見間違えてもおかしくはないだろう。
妖気を湛えた紫色の眼光は鋭く、深く刻まれたシワは、比類なき叡知と魔族を統べる者の貫禄を表しているかのようだ。
しかし聖剣と伝説の鎧を装備した10代後半の勇者と比べると、その老体はひどく弱々しく映る。
「驚いたようじゃな。じゃがこの姿を老いぼれと侮っていると、痛い目を見ることになる」
魔王がカッと目を見開くと、視認できない魔力の衝撃波が勇者を襲った。
「! ぐはあ!」
壁に激しく叩きつけられ、もたれかかるようにその場に崩れ落ちる。
「うぐ、くうぅ……」
「ふぉふぉふぉ、勇者を名乗りながら、この程度でそのような無様を晒すとはのう。とんだ名折れじゃな。我が配下、八魔衆を倒し、四天王をも退けたとはいえ、魔の王たるわしに比べればお前など雑魚よ」
「な、なにい!?」
「ふっ、怒ったか。じゃが怒ったところで雑魚になにができる。わしに歯向かうとはとんだ愚か者、大馬鹿者じゃ。これから徹底的に骨の髄まで痛めつけてやるぞ。瞳に恐怖を焼き付け、心を後悔で塗り潰し、絶望で染め上げてやろう。わしの力で屈服させ、蹂躙し、情けない悲鳴をあげさせてやる」
魔王が腕輪をつけた右手を前に伸ばす。
掌が向けられると、電撃、冷気、爆発などの上位魔法の魔法弾が次々に放たれた。
「くっ!」
勇者は床を蹴り、走ってかわすが、絶え間ない魔法弾の火線が彼を追尾し、足元のギリギリに着弾する。
「ふふ、ほれ、どうした。逃げるばかりか。わしを倒すのではなかったのか」
これは攻撃ではなく、戯れ。
魔王はからかい、嘲笑っているのだ。
必死に避けようとする姿を晒させることで。
「おのれ魔王! 俺は絶対に負けない!」
勇者は聖剣を抜き放ち、力を解放した。
清き威光により、すべての魔法弾がかき消される。
「ゆくぞ! 世界征服の野望は俺が打ち砕く!」
「させんぞ、勇者よ。人間を滅ぼし、魔族が世界を征した暁にはわしは成さねばならぬことがある」
勇者が剣を構え、疾駆した。
ならばと魔王は火炎弾で弾幕を展開する。
火炎弾は初歩中の初歩の攻撃魔法。
だが威力は詠唱者の魔力に比例するため、1つ1つが並の魔法使いのものより格段に大きい。
視界を席巻し、次々に飛来する火球の群れ。
勇者は火の粉を浴びてそれらを切り払い、かいくぐると、一気に魔王の懐へと躍り込む。
「む、こやつ!」
彼の卓越した剣さばきが冴え渡る。
その斬撃は速さと鋭さゆえ、飛び交う数条の光にしか見えない。
「ぬ、ぬう!」
聖なる属性の剣閃が走ると、ローブの上から魔王の体が数回にわたり切り裂かれる。
傷は浅い。だが確実にダメージは与えられている。
油断もあったか、さすがの魔王もこの攻撃を防ぎきれず、飛び退いて1度距離を取った。
「このわしに傷を付けるとは。なかなかやるではないか。じゃが、わしの力はまだまだこんなものではないぞ」
「それはこちらの台詞だ!」
世界の存亡をかけた壮絶な戦いが始まった。
一撃一撃が必殺の威力を持ち、剣で、魔法で、苛烈な命のやり取りが繰り広げられる。
「はあっ!」
勇者が剣聖より伝授された奥義を放つと、
「ぬうん!」
魔王は魔力を集中させた拳を打ち出す「魔神突き」でこれを迎撃する。
勇者の小手が砕け散り、魔王の腕輪も同様に破壊された。
お互い、出せる限りの大技と上級魔法の応酬。
パワー、スピード、技、魔法力──。
傷を負いながらも戦闘は拮抗している。
しかし、勇者には勇者たる者の真価、揺るぎない勇気と闘志がある。
勇者は攻防のわずかな間隙を狙って間合いを取ると、腰を落として低く構えた。
「はあああっ!」
彼の内から陽光を思わせる光が溢れ出す。
師の教え、聖女から授かった加護、旅の途中や死闘の末に体得した数々の技──。
その集大成として編み出した必殺剣。
勇気をエネルギーに換え、悪を灼き滅ぼす輝きとともに剣身にその力を充たすと、
「受けてみろ! ソル・ブレイブ・スラーッシュ!」
黄金色の剣閃が巨大な刃となって魔王に放たれる。
「ぬうう!」
魔王がとっさに張った十重二十重の魔法障壁を一気に貫くと、
「なに!? ぬおおおおお!!」
次の瞬間、閃光が轟音をともなって大爆発が起こり、魔王城が震撼した。
壁に大穴が開き、響いた爆音の余韻だけが部屋を渡っていく。
「どうだ!?」
立ち込めた煙の中にシルエットが浮かび、そこからゆらりと魔王が現れた。
角は折れ、片目を失い、ローブはズタズタに裂けている。
腕から滴る血が、足元に血溜まりを拡げていた。
「やりおるな。若造と侮っていたのは、わしのほうじゃったか」
よろめき、がくりと片膝をつく。
魔なるモノたちの王が、地に膝を。
今こそ千載一遇の好機。
勝機は勇者の側に手繰り寄せられた。
「さすがに肉体へのダメージが蓄積しすぎたようじゃな。しかし、魔族にとって肉体など所詮は魔力の容れ物に過ぎぬ。年齢、性別、大きさ……巨体じゃろうと矮躯であろうと、体の形は大した意味は持たぬ。その強さは、どれだけ内なる魔力を高めたかによるのじゃ」
魔王はその肩書きとプライドを誇示するように、立ち上がる。
「わしは全魔力を凝縮することで、1度きり、肉体を強化して変身する秘術を持っている。言わば究極の姿、最終形態へとな」
「なに、最終形態だと……!?」
「「変身の秘術」──古より魔族においても禁呪とされるほどの恐ろしい術じゃ。変身には想像を絶するエネルギーを消耗するが、それを差し引いても余りある力が得られるという」
今を遥かに超えるな、と不敵な笑みが口元に浮かんだ。
これ以上強くなるというのか。
勇者は背すじを冷やす戦慄を覚える。
「戦闘に純化するため、肉体そのものが今とはまったくの別物となる。魔力を増大させたわしはより攻撃的で残忍となり、攻撃に特化する一方、知性と思考の一部が子供のように減退する。それはつまり、幼子が気まぐれに玩具を壊してしまうように……力の加減ができぬようになるということじゃ」
力を一切セーブしない魔王。
全魔力が解き放たれたとき、一体どれほどの強さになってしまうのか。
今一度、必殺剣で阻止しようにも必要な力が回復していない。
勇者のわずかな躊躇いの間に、魔王が全方位に分厚い魔法障壁を張った。
「しまった!?」
これでは勇者に事態を食い止める術はない。
一方魔王が何やら呟くと、宙に呪文らしきものが浮かび上がり、彼を取り巻いた。
秘術はすでに発動直前の段階に入っている。
「この変身はわしも、自身がどこまで変わるのか分からぬ。もしかしたら地上すべての生命を滅ぼし尽くしてもなお止まらぬ、智なき破壊の化身になるやもしれんな。人間が築き上げた歴史や文化がすべて灰塵と帰し、まっさらな地となる……そんな終局もまた一興であろうか、のう」
魔王の体が妖しく、紫に発光し始めた。
その光はどんどんと強くなっていく。
「我が最終形態を恐怖とともにその眼に焼き付けよ。それを死に土産に、冥府の土を踏むがよい」
「魔王、くっ!」
まばゆいばかりの光にとうとう目を開けていられず、勇者は腕で目を覆う。
それとほぼ同時に、魔王から立ち昇った魔力の柱が、魔王城の天井を、屋根を突き破り、
天を衝いた。
膨大な魔力が生み出す風が暴れまわり、玉座の間を嵐の真っ只中へと変える。
ごうごうと濁流のように荒れ狂う魔力の渦。
それが一瞬で、嘘のように静寂へと切り替わった。
なにかが完了した、その事実を示唆するように。
静まり返るなか、勇者は悪寒が走る結果を予感した。
彼が覚悟して、ゆっくりと顔を覆っていた手の甲をどけると、
もやの中に立つ人影が在った。
「真・魔王、降臨なのじゃ」