【七】大統領の宣言
2025/08/29、加筆修正しました。
徳田康代大統領は、前畑副大統領を生徒会執務室に呼び、会議用テーブルで紅茶を飲みながら話していた。
『今日は、ダージリンです』
「康代の紅茶は美味しい」
『ところで利恵、国営企業は順調ですか』
「いい感じです」
『ノータックスを実現したら、どうなるかな』
「すべてゼロにしたらですか」
『そうね、無駄のない世の中に』
「人間の必要な衣食住の問題をクリア出来れば、生活に支障はありませんから」
『クリアか』
「すべてがゼロならすべてが変わる訳で・・・・・・金儲けと言う概念も消えるかも知れない」
『確かに、そうね』
「カネの動きを止めるのも選択肢です」
『そうね、儲けない、損しないのバランスを重視して』
「バランスを考えて」
『手品みたいな話でも、やる価値はありそうね』
「通貨発行権以前にすることは、いくらでもあります」
『無料提供できるもの、出来ないものを仕分けして』
「織畑首相も加え、煮詰めたいですね」
『皇国に必要な実質的予算規模の把握ね』
「デノミの再リセットも視野に」
『スリムになりゼロに近づくのね』
「輪番代議士制度で国家の歳費の支出も大幅削減しました」
『血税を食い物にしていた議員がいなくなって収支改善ね』
「その通りです」
『国民に不必要なことって何かしら』
「たとえば、一部の人間だけを潤し、儲けさせた金融システムとか」
『なるたけ、ソフトランディングの方法を考えないといけないわ』
徳田と前畑の会話に終わりが見えなかった。
織畑信美首相が入室して、夕方のお茶会に参加した。
「康代のお茶、いつも最高ね」
『ありがとう、信美、ところでさぁ、仕分どう思う』
「国営企業と残っている民間企業を仕分けしてみて、国家にマイナスなら切り捨てましょう」
『痛みがあっても、それで社会全体に役立つなら必要ですね』
「不用なことはいっぱいあるのにね」
『そうね、前畑さん』
「鎖国政策で貿易は停止していますが、皇国の貿易収支は黒字のまま停止中です」
『金融崩壊しても自給自足がクリア出来れば良い訳で・・・・・・』
「自給自足政策なら農地改革します」
織畑信美首相
『赤字なら赤字で良くて、必要を満たす方法を選んで実施してみましょう』
徳田大統領は続けた。
『国家を親と考えてみないか』
「親が子から搾取して来た昔のシステムをすべて排除しよう」
『信美は前世の信長時代から、切り捨て好きでしたね』
「からかわないで下さい」
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黒猫の神使セリエが生徒会執務室に現れた。
「信長の歴史は改竄されておるにゃ」
「セリエ様、天女の天宮も同じでござる」
「ここにおる者は、時代を切り開いた勇者の魂の持ち主にゃ」
セリエは、いつものように消えて光になった。
「忍者みたいでござる」
徳田康代大統領は、織畑、前畑、天宮静女の前で宣言した。
『親である国家が国民を守るのは当然です』
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皇国の都市機能の本格的移転が始まった六月。
永畑町周辺はゴーストタウンとなって立ち入り禁止エリアとされた。
永畑町大陥没の後、東都を脱出する者が三割増加した。
残る者の多くも郊外にあるリフォームを終えた国民住宅に転居をした。
かつての民間企業は新政府の元、国営企業として動き出し、殆どが郊外に移転している。
国民の多くは水面下で動いる大きな変化を知らなかった。
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ある井戸端会議で主婦のぺちゃくちゃが始まる。
[ぺちゃくちゃ・・・・・・]
「それで、そんなことが、起きたんですか」
「そうなのよ」
「郊外の国民住宅、タダなんですって」
「都市機能は、移転の都心には殆ど残っていないとか」
「時代は変わるのね」
国民は皇国の変化に歓喜を上げて喜んだ。
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田沼博士と助手の若宮は、徳田大統領の依頼を受け、神聖学園都市まで空中浮遊パトカーで移動した。
「先生、これはすごい広さですね」
「いや、上から見るとびっくりですね」
滑走路が近くなると警官が地上と交信した。
「滑走路使用許可をお願いします」
「緊急車両専用八番滑走路で、どうぞ」
パトカーが空からゆっくりと降りた。
「お巡りさん、ミニ飛行機みたいですね」
「着地滑走路を確認しないと、危ないですからね」
神聖学園都市には八本の滑走路があった。
一番から四番が離陸専用滑走路だ。
五番から八番が着陸専用と警官は博士に説明した。
田沼と若宮は、長い地下通路を自動カーで移動した。
神聖女学園の地下玄関に到着した二人は、生徒会室を訪問して、その広さに驚くのだった。
「ようこそ、神聖女学園執務室へ」
大統領執務室の入り口で生徒会役員が田沼と若宮を招き入れた。
「さあ、こちらへ、どうぞ、どうぞ」
生徒会の女子生徒が数人で出迎えた。
「大統領、お招きをありがとうございます」
『徳田です。遠くからありがとうございます』
「田沼光と申します。こちらが助手の若宮です」
「若宮です。ありがとうございます」
別の生徒会のメンバーが聞いた。
「田沼先生、若宮さん、お茶は、何がよろしいでしょうか」
「コーヒーをお願いします」
『田沼博士が女性だったとは、知りませんでした』
徳田が言った。
「職業がら、男性と思われがちです」
苦笑いの田沼だった。
『女学園なので、原則男子入室禁止なんです』
徳田康代も苦笑いで対応した。
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『ところで博士、都心部の時間の猶予を聞きたいのですが』
「・・・・・長くて三カ月です」
『三カ月ですか』
「地震ならまだいいのですが、相手が火山ですからね」
『人的被害を最小限にしたいですね』
「移転を急ぎましょう」
『博士も、こちらに移転しませんか』
「研究所は、既に処分してーー 移転先を探していたところです」
『手狭ですが学園内の廃部になった部室でよろしければ、田沼博士、若宮さん、研究室として如何でしょうか』
『住居は神聖学園都市の国民住宅が利用出来ますが』
「ありがとうございます。是非、よろしくお願い致します」
『博士が傍にいたら、鬼に金棒ですからね』
「そんな、褒め過ぎですよ」
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若宮助手がホログラムディスプレイを徳田大統領に見せた。
「大統領、都心部の被害状況です」
『深刻ですね』
「永畑町、溜沼周辺は既に立ち入り禁止ですが問題があります」
『何でしょうか』
「避難エリア半径ニキロメートルは一般論です」
『そう思っていました』
「割れ目噴火が陥没エリアを結ぶように拡大した場合・・・・・・一般論は、無効になります」
田沼博士は続けた。
「自然の落とし穴みたいな状況です・・・・・・」
『それは、どういうことですか』
「下がいつ抜けるかは予測出来ません」
『まあ、地球の人間への裁きみたいな動きですね』
「そういうことです」
『中心部の退避勧告はどうなってますか。織畑首相』
徳田は織畑を見た。
「順調に進んでいます」
「都市改造計画の一環として、順次郊外に移転しています」
織畑が答えた。
『郊外の廃校と公立学校をリフォームして、国民住宅に対応できるように急ぎましょう』
『学園の敷地の一部も開放して受け入れましょう』
『神聖女学園の広大な土地を小さな町の規模にできるか、理事長に相談してみましょう』
『田沼博士、今日は、ありがとうございました』
大統領は挨拶して隣室に移動した。
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生徒会の女子高生が数人で、田沼と若宮に学園内を案内した。
「先生、今夜は学園内の宿泊施設をご利用下さい」
大統領の指示に従っていた。
「ありがとうございます」
田沼と若宮が答える。
「博士には学園校舎に近い場所を提供するようにと大統領から言われています」
来客用宿泊施設は、ビジネスホテル規模の大きさで校舎の北側に隣接していた。
近くには神聖の大型ショッピングセンターと立体駐車場がある。
リニアモノレールの発着駅がセンターの五階にあった。
「さすがドームスタジアム二十個分の広さの学園都市ですね」
田沼はびっくりしている。
「ここが郊外とは思えませんね」
「広さに慣れるまでは、大変でした」
女子生徒は微笑んで次の場所を案内した。
田沼博士と若宮助手は大統領のアドバイスを受け、神聖女学園がある学園都市に転居することを検討していた。
郊外とはいえ、必要な物はショッピングセンターで確保出来た。
診療所も書店もあり不自由が見当たらない。
田沼と若宮は、宿泊施設に手荷物を置いてホログラム用のパッドを取り出した。
惑星データを確認したあと若宮のデータの結果を待っていた。
助手の若宮は月データと地震データを比較して整理している。
「先生、データでは、大きなピークが月に四回あるので・・・・・・ 」
「惑星次第では、状況が大きく変わります」
「マグマへの影響が最小限ならいいんですがーー 」
「海外の大地震が火山噴火の引き金になった例もあるので心配です」
「若宮さん、折角だから、ここの神聖神社でお祈りをしませんか」
田沼と若宮は、宿泊施設を出て、神聖神社に移動した。
女学園の裏手を抜け、芝生の上をショートカットした先に神社の鳥居が見えた。
小さな神社で神頼みをする田沼と若宮の心情は複雑だった。
「先生、時間あるといいですね」
「そうね、若宮さん、祈りましょう」
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徳田康代は、生徒会執務室の青いソファで一息付く。
天女の静女は、康代の隣に腰掛け寛いでいる。
窓際の花瓶に夕日が反射して静女の紫色の髪が妖艶に光って美しい。
「康代、どのくらいでござったか」
『静女、長くて三か月と田沼博士が言ってたわ』
「あまり、時間ないでござるな」
「なんとかしないと・・・・・・ 」
康代は小さなため息をついた。
黒猫の神使セリエが康代の前に現れた。
「どうじゃったかにゃ、康代」
『セリエ様、あまり長くありません』
「苦しいの、なんとか頑張ってくれにゃ」
セリエは消えて光になった。
「康代、今のは・・・・・・」
静女が目を丸くしている。
『神使のセリエさまですわ』
「まるで忍者でござるな」
『静女の変身も忍者よね』
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神聖女学園の女子高生、中学生が集まっている。
六月の中旬には珍しい、少し早い神聖学園都市のお祭りが始まった。
ショッピングセンターに近い一角が会場になっている。
お祭りと言うことで一般開放されたエリアには若い男女の笑い声があった。
神聖神社の陰陽師安甲晴美の発案で数年前から開催されている。
今夜は花火大会が予定され、芝生の上にはレジャーシートが沢山敷かれていた。
エリアの中央に盆踊りの櫓があって、櫓の上では神聖女学園お祭り部の生徒たちが太鼓を叩いている。
「すみません。盆踊りはいつですか」
「もう少しあとですね」
「ありがとうございます」
下駄に浴衣姿の小さな女の子の背中には、朝顔の絵柄の団扇が帯に挟んであった。
しばらくして、若者向けのテンポの速い音楽が流れ始める。
[ヒューどーん!パーン]
花火が南側のサッカーグランドの上で、いくつもの花火が炸裂しては歓声が上がった。
花火の火薬の臭いが風で運ばれていた。
「わー、綺麗」
[ヒューどーん!パーン]
「すご〜い」
[ヒューどーん!パーン]
[ヒューどーん!パーン]
今度は、会津藩の盆踊りが始まった。
踊れる人は見よう見真似で踊りの輪に参加している。
『田沼先生も踊られますか』
若宮だった。
「私は、見る方が楽しいのでやめて起きます」
田沼と若宮は、先日の大統領のご厚意に甘えて学園都市に転居されたばかりだった。
残っている家財などは、神聖グループの自動配送システムが運搬してくれる手筈になっている。
僅か百五十年の間に皇国の物流システムは変わっていた。
通称アイと呼ばれるシステムがすべてを処理している。
⬜︎⬜︎⬜︎
学園都市の大型ホログラムディスプレイにニュースが流れた。
「何でしょうか」
[正体不明の魔物が永畑町の立ち入り禁止エリアに出現]
「うそー」
「信じられない」
「死んだクソ議員の化け物か」
「きっと幽霊よ」
ざわめきがしばらく続いた。
魔物討伐の部隊に東都親衛隊が立候補した。
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三日月未来