【六十七】神聖女学園の打ち合わせ
八月に入り、神聖学園都市の空中浮遊自動車発着専用滑走路が活発化していた。
宝田劇団のスタッフを乗せた浮遊タクシーが当初の予定より早く到着する。
第一陣グループのスタッフ二十名とは別に、遅れて劇団員二十名も到着した。
宝田劇団の夜神紫依、朝川夏夜、赤城麗華、大河原百合は、スタッフの到着を茶色の棟の学園寮前で待っている。
豊下秀美、明里光夏の二人も夜神たちの横で待機していた。
「豊下さん、急な変更で、バタバタさせてすみませんね」
「夜神さん、予定が繰り上がっただけですから心配ありませんよ」
「本当、豊下さんは気が利き頼もしい人ね」
玄関前にスタッフが到着して、明里が鍵と建物の見取り図をスタッフに手渡している。
「部屋の暗証番号でロックが解除されます。
ーー 解錠が可能になります。
ーー 鍵だけでは、解錠できませんので暗証番号が書かれた紙を失くさないように保管ください」
豊下秀美が明里光夏の横でスタッフに注意を説明した。
劇団員二十名も学園寮前に到着して、豊下と明里は忙しく動いている。
「今日は、暑いですね。何度くらいかしら」
「赤城さん、予報では、最高気温が三十三度と聞いています」
「大河原さんは、お天気お姉さんね」
夜神が揶揄った。
部屋の割り振りの抽選は、前畑利恵の判断で事前にAIによって行われている。
さすがに四十人の転居は、いつもの倍以上の時間が過ぎても終わらない。
大きな荷物の搬送は、配送システムがすることになっている。
夜神たちは、スタッフと団員の到着を確認すると競技かるた部の部室に移動した。
スターと元スターは購入した決まり字の本の予習で、数日前よりは自信が漲っている。
「夜神さん、一字決まり、覚えた?」
「朝川さん、私は、少ない五字決まりの二枚よ」
「よのなかは、よのなかよ・・・・・・ね」
「あまのをぶねの、やまのおくにも・・・・・・ね」
「百枚の内、五十枚が空札になるわけよね。
ーー 五字決まりの二枚が自陣や敵陣に配置される可能性、少なそうだけど」
赤城だった。
「そうね、七枚の一字決まりの方が可能性はありそうね」
朝川が赤城に微笑みかけた。
大河原は赤城の後ろを歩いている。
夜神たちは不慣れな地下通路を避け、地上を移動していた。
神聖女学園のグランドでは、スプリンクラーが芝に水撒きをしている。
水飛沫が太陽光に反射して、キラキラ輝いていた。
夜神たちが部室に到着すると、赤茶髪でポニーテールの唐木田葵が案内してくれた。
「夜神さん、朝川さん、赤城さん、大河原さん、
ーー 今日は、この辺で練習をしてみてください」
「唐木田さん、いつも悪いわね」
「夜神さん、かるたは慣れるまでが大変ですが、
ーー 慣れたら楽しくなりますから」
「そう信じて、勉強するわね。唐木田さん」
安甲晴美臨時顧問は団体優勝を契機に、かるた部の正式顧問となった。
その安甲が部室に遅れて到着する。
「みんな、遅れて、すまない。
ーー じゃあ、校内大会を目指して、今日も練習よ。
ーー じゃあ、今日のテーマは、守りのかるたよ」
安甲は新しい指示を部員たちに与えた。
「敵陣を攻める攻めのかるたは忘れて、
ーー 自陣中心の守りのかるたを練習しましょう。
ーー 現役女優の赤城さんと大河原さんは、利き手の怪我に注意するのよ。
ーー できれば、テーピングでガードするのも考えておいて」
安甲は、現役女優に怪我ヘのアドバイスをしたあと、練習の対戦カードを発表した。
「朝川さんと夏生さん。
ーー 夜神さんと春日さん。
ーー 赤城さんと三笠さん。
ーー 大河原さんと森川さん」
「みんな聞いて、今日のテーマは、守りかるたよ。
ーー 忘れないでください。
ーー 勝ち負けは、どうでもいいわ。
ーー 守りだけに集中して、お手付きしないように」
安甲は唐木田部長を見て言った。
「読手は、唐木田部長にお願いするわね」
唐木田が序歌を詠み上げ練習が開始する。
空札が出る確率は二枚に一枚。
赤城麗華は、心の中でゆっくりゆっくりと呟いていた。
生徒会室に、豊下と明里が戻り、明日の受け入れ準備をしている。
夏休みの中、生徒会メンバーも手伝っている。
全寮制の利点は通学時間がないことだ。
夏休み期間中も、寮の恩恵で豊下と明里が人員に困ることがなかった。
「みなさんのお陰で、明日と明後日の準備まで出来ました」
「ありがとうございます」
豊下と明里は大統領執務室に行き、織畑や前畑と一緒にスケジュールの打ち合わせをした。
「宝田劇団が今月下旬ごろまでに五百五十名の残りの四百三十名が転居して来ます。
ーー 最終的な人数は、神聖女学園の三学年相当の人数になります」
前畑利恵だった。
朝川、夜神、赤城、大河原は、含まれていない。
「大講堂、体育館、多目的ルームの空き時間をシェアできるように調整しましょう」
前畑利恵の説明が終わると徳田康代が遅れて来た。
「徳田さん、施設のスケジュールを相談していたのですが」
明里光夏が尋ねた。
『できる限り最善のスケジュールを考えましょう』
「康代さん、学園寮の東側に旧施設があったような気がしますが」
『旧体育館ね。今は、滅多に使われない所ね』
「もしも、スケジュール調整が難しい時は候補にしませんか」
『明里さん、旧体育館のメンテナンス依頼を出してくれますか』
「康代さん、期限は、どうされますか」
『そうね。八月以内なら、夏休みで学園とのバッティングも考えにくいけど
ーー 九月に入ると分からないわ』
「じゃあ、八月中にメンテナンス完了ですね」
『秋の文化祭で旧体育館が使用されることはないから大丈夫でしょう』
「そうすると、大講堂、大ホール、中ホール、小ホール、体育館、体育館地下、旧体育館で決まりね」
『学園寮の真下の地下広場も選択肢ね
ーー なるべく、スマートな選択肢を残しましょう』
『じゃあ、秀美さん、明里さんと協力して施設のスケジュール管理をお願いね』
「分かりました。康代さん」
豊下秀美が元気な声で答えた。
「いよいよ、宝田劇団が動き出すでござるか」
『静女は、演劇好きよね』
徳田康代は、豊下を見て依頼を思い出す。
『そうだ、演劇部にも相談しないと・・・・・・
秀美さん、姫乃さんにも相談しておいてくれる』
「分かりました。康代さん・・・・・・」
秀美の大きな声が隣の生徒会室にも響いている。
真夏の太陽が神聖グランドに照り付けていた。