第十七章【六十六】セリエのアドバイスと安甲と徳田の違和感
元かるたクイーン安甲晴美のアドバイスは、それを見学していた他の部員たちをも刺激していた。
黒髪にショートヘアの難波雫が白菊心を見ながら呟く。
「自陣札の配置戦略なんか一度も考えたことがなかったわ」
白菊は黒茶髪のボブヘアを掻き分けながら難波を見る。
「私も、これで勝てるような気がするわ」
難波や白菊と同じ時期にかるた部に入部した他の六名も安甲の戦略アドバイスに目の色を変え、安甲を凝視していた。
葦田都、小倉紅葉、峰美由紀、山川風見、松友美、篠原朝霧たちだった。
安甲が部員たちを見ながら、説明を続ける。
「今日は、自陣札の配置を練習するよ。
ーー 何度も掻き混ぜて並べる練習を繰り返すのよ。
ーー 下の句を見て上の句が何か見えたら第一段階をクリアよ。
ーー それが出来なければ、気分で並べていることになるわ」
安甲は、間を置いて部員に説明を続けた。
「一人神経衰弱と思って反復練習をしましょう。
ーー かるたは、戦略なしでは勝てないスポーツなのよ。
ーー ・・・・・・分かる?」
安甲の真剣さに危なさを覚えた徳田康代が珍しく水を差す。
『先生、まだ決まり字の前の段階ですが』
「そうか、それもそうだな」
安甲が男口調で徳田に答え続ける。
「じゃあ、一人練習は宿題として、耳トレにしようか」
宝田劇団の夜神、朝川、赤城、大河原の四人もほっとして、徳田の方を見た。
徳田康代は、ハラハラしながら安甲の方を見ている。
安甲の様子に普段と違う違和感を覚える康代だった。
神使のセリエが、徳田康代にテレパシーを送っていた。
[康代よ、そっちはどうじゃ]
「セリエさま、こちらは順調ですが」
[令和では、中規模の地震が起き始めたようじゃ]
「もうすぐですか」
[いや、前兆はまだじゃからにゃあ]
「康代は、皇国のエネルギーに専念してにゃあ」
セリエと康代の交信が終わった。
康代の側近の天女の天宮静女が康代を見て尋ねた。
「何かあったでござるか」
『静女、大丈夫よ』
田沼光博士と若宮咲苗助手は、神聖神社の境内を歩いていた。
「先生、ここに来るとほっとしますね」
「守られているような気がしますわね」
「先生、西和の地震の動きよくないですね」
「お湯が沸騰する前のように気泡が上がっている感じね」
「だとしたら」
「西和は、・・・・・・」
田沼は、自分の言葉を呑み込んでやめた。
「若宮さん、祈りましょう」
「そうですね、先生」
徳田康代はかるた部を離れ、静女と一緒に生徒会執務室に戻った。
『静女、西和が動き始めたようですよ』
「西和だったので、ござるか」
『セリエさまが教えてくれたの』
「あの方は、優しいので安心でござるよー」
『そうねーー』
康代は、前畑利恵副大統領を呼んだ。
『前畑さん、短歌の方は、順調ですか?』
「とりあえず、ゆっくりと」
『ゆっくりと?』
「まあ、時間と競争する内容じゃないので、参加者の心次第ですね」
『そうねーー たまに、教えてくださいね』
「康代さん、そうしますね」
『ありがとう・・・・・・』
康代は豊下秀美副首相を見つめて言った。
『秀美、もう明日から八月ね』
「康代さん、早いですね。
ーー 短期間に色々あり過ぎて・・・・・・」
『そうね。秀美や光夏の活躍で私は助けられているわ。
ーー 信美や利恵、静女にも感謝しているわ』
徳田康代も、安甲晴美同様、自分の中に普段とは違う大きな違和感を覚えている。
映画館や舞台の幕が上がる前のワクドキ感とは違う。
何かが起こるのを知っていて待っている緊張感に近い。
『文化祭も宝田劇団の特別公演も、
ーー 近江の競技かるたも大成功だったわね』
「康代さん、ネット配信も上手く行き、国民の意識改革に良い影響を齎しています」
明里光夏大統領補佐官だった。
『そうね、光夏の言う通りね。
ーー 徳田幕府の女子高生支部や、全国生徒会議の協力も大きかったわ。
ーー 光夏、まだまだ、この先も続くから、宜しくお願いしますね』
「大丈夫でござるよー、康代殿。
ーー 今日は、やけに弱気な康代殿でござるな」
『静女も、そう思うの』
「康代、疲れているのよ」
前畑利恵が康代を慰めて、隣の織畑信美首相も頷く。
神使のセリエが黒猫でなく三毛猫の姿で現れた。
「何、緊張しているにゃあ。
ーー セリエじゃよ」
『セリエさま、いつから三毛猫の姿で・・・・・・』
「どうじゃ、似合うじゃあろう。
ーー この間、試したら、上手く行ってのう、
ーー 皆の反応を見てみたくなって初披露にゃあ」
『セリエさま、とても凛々しいお姿です』
「そうかにゃあ、それなら良いにゃあ。
ーー 康代もお前たちも、皇国の繁栄にだけ集中すれば良いからにゃあ。
ーー 他国のことで神経を減らすことはないのじゃあよ。
ーー 分かったにゃあ」
『セリエさま、ありがとうございます』
セリエは康代たちにアドバイスを与え、消えて光になった。
執務室にセリエが残した虹色の光が、しばらくキラキラと金色に輝いていた。
「最近のセリエ殿の光、長く残留しているでござるよー」
静女がみんなの想いを代表している。
『静女、カフェに行く?これから』
「康代殿、静女は賛成でござる」
「静女殿に賛成ですわ」
「秀美は気が利き優しいでござるよー」
『じゃあ、みんな、夕食前にお茶しに行きましょう。
ーー お茶を飲んで、煩雑なことを忘れましょう』
呑ん兵衛サラリーマンが居酒屋に行く口実に近い。
徳田康代の言葉にみんなが、顔を見合わせていた。
「康代さん、先に行って席を確保しておきますね」
『秀美、助かるわ』
「夏休みの学校って、なんか空気が違うのよね」
「利恵もそう思うのね。私も同じことを感じていたわ」
織畑信美だった。
豊下秀美が消えたあと、康代たちは、秀美のあとを追うように、ショッピングセンターへの地下通路を足早で移動した。
八月から宝田劇団のスタッフと劇団員が毎日二十名ずつ、学園寮に転居して来る。
最大定員七百名の学園寮は、普通のホテルと変わらない規模である。