【六十二】宝田劇団の移転その二
宝田劇団の手荷物の搬送が夕方前に終えた。
徳田康代大統領と豊下秀美、明里光夏は茶色の棟の学園寮を訪れている。
宝田劇団の朝川夏夜、夜神紫依、赤城麗華、大河原百合は、ジーンズとTシャツ姿に着替えていた。
「あ、徳田さん、生徒たちも、ほぼ、引っ越しの作業を終えたようです」
『朝川さん、まだ、時間が早いのですが、地下と地上の食堂を案内しますが』
「ありがとうございます。そうして頂けたら嬉しいです」
康代たちは、宝田の朝川、夜神、赤城、大河原の四名と生徒たち二十名を引き連れて、学園寮の食堂を案内した。
地下食堂の並びには小さなコンビニもある。
夜神たちは、前に別の棟の学園寮を訪れていたので驚きはなかったが、宝田劇団の生徒たちは声を上げていた。
「大河原さん、凄く広いんですね」
「そうね、ここには、同じ規模の建物がいくつもあるのよ」
豊下秀美が、大河原に説明を補足した。
「学園の校舎の東側には、学園寮の五つの棟が五角形の型ように並んでいます。
ーー 校舎に近い赤レンガ色の火の棟、青色の水の棟、真ん中の北側が焦げ茶色の木の棟、
ーー 南側が白色の金の棟、そして東の端がみなさんが住む、茶色の土の棟となっています」
皇国の人口が激減した時代を境に神聖学園の生徒も減り、東の端の寮が空いていた。
「各棟の定員は六百人ですから、シティーホテルとラグジュアリーホテルの中間の規模です。
ーー すべての棟と学園都市の建物は、地下通路で往来が出来ます」
豊下の説明が続く。
「生活の必需品は・・・・・・。
ーー コンビニ以外では、神聖ショッピングセンターで購入できますのでご利用ください。
ーー センターの利益は学園に還元され、無償化を実現しています」
『豊下さん、ありがとうございます。
ーー 朝川さん、夜神さん、食堂の準備ができるまで、センターのカフェに寄りませんか』
「徳田さん、いつもお気遣い、ありがとうございます」
夜神だった。
豊下がカフェに三十名の予約を入れ、織畑、前畑、静女に知らせた。
豊下秀美を先頭に、地下通路を進み、学園の地下玄関前を通り、ショッピングセンターと宿泊施設の分岐点に出る。
一同は、やがて、センターの地下玄関に到着した。
生徒たちが、観光客のような視線でキョロキョロと周囲を見回している。
「これって、ショッピングセンターなの?」
「宝田の街のデパートより凄くない」
「エスカレーターが何本もあるよね」
大河原が生徒に話掛けた。
「明日二十名、明後日二十名、そして月末に二十名が転居してくるわ。
ーー その時、みなさんがお友達を案内して上げてくださいね」
「はい、大河原さん、そうします」
「よろしくお願いしますね」
豊下が生徒たちに補足した。
「神聖学園都市は、十万人収容のドームスタジアムの二十個分の広さです。
ーー 学園都市内もリニアモノレールで移動出来る広さがあります。
ーー リニアモノレール駅はショッピングセンターの五階にあるので覚えておいてください。
ーー あと空中浮遊タクシーの発着滑走路は危険ですので絶対に近寄らないでください」
そして、豊下はセンターのコスメコーナーに寄ってから、最上階のカフェに移動した。
「豊下さん、センターのお買い物は現金ですか」
「政府支給の決済カードのみが利用できます」
「お持ちで無ければ、カード発行までの間に緊急カードを出して貰えますよ」
明里光夏が補足した。
民間銀行は、新政府誕生のあと国営銀行に統合され、クレジット会社や証券会社は閉鎖された。
国益還元政策の一環として実施されている。
徳田幕府新政府は、経済と言う虚構の魔物の草取りを実施した過ぎない。
徳田康代たちは、豊下の引率で最上階のカフェに到着した。
テーブルに案内されて窓際から、静女、徳田、織畑、前畑、豊下が順に腰掛ける。
テーブルの反対側には、朝川、夜神、赤城、大河原、明里が窓側から並んでいた。
生徒たちは、周辺のテーブルに座り、明里と豊下がオーダーの方法を教えている。
「徳田さん、また、ここへ来られるなんて、素敵ですわ」
『朝川さんたちの協力のお陰ですわ』
「そんなことありませんよ」
『長い時代、虐げられ疲弊した皇国の国民感情に喜びの灯りを灯すのが徳田の役目ですから』
「宝田劇団は、徳田さんたちへの協力を惜しみません」
『これから、新しい時代がやって来ます。
ーー その時に一人も悲しむことの無い時代にしたいと思います』
「私も同感です。
ーー 宝田劇団は、みなさんの笑顔を広げるために出来た劇団ですわ」
朝川の言葉を受けて、夜神も加わる。
「こちらに転居して移動時間も減りましたので、秋の公演も全力でできると思います」
赤城が続く。
「部員も八月下旬ごろまでに全員転居完了しますから、秋は楽しみですわ」
「赤城さん、次は、人数無制限も可能ですよね」
「大河原さんの言う通りですわ」
「赤城さん、その前に、秋分の日ごろに、オーディションをします」
「夜神さん、と言うと・・・・・・」
「人員は足りても、若い才能は、宝田に取ってもエネルギーなのよ」
「それはね。マンネリ解消のような特効薬なの」
「慣れた相手との絶妙なコンビネーションは素敵ですが・・・・・・。
ーー 怪我や故障などで代理が必要な時、出来ないじゃ困るでしょう。
ーー そんな時、誰とでも素晴らしい演技が出来たら素敵じゃないですか」
「夜神監督の仰る通りよ」
「朝川さん、ありがとうございます」
「ところで、徳田さん、私もかるたを習いたいのですが」
『来月の処暑に校内かるた大会があるので、夜神さんもご参加しますか』
「一カ月無いけど、是非、経験してみたいわ」
『予選会は処暑の前日になるわ。
ーー それまで、かるた部でお伝えしますね』
「夜神さん、かるたするの?じゃあ、私もしたいわ」
朝川の言葉を受けて、赤城と大河原も同調した。
『じゃあ、あとで、豊下に連絡させますね』
「大スターが、かるたでござるよー」
徳田康代のホログラム携帯が鳴った。