【一六二】わらわはここにおる!
この連載小説のジャンルはローファンタジーに設定しています。
【登場人物プロフィール紹介】を一〇七話のあとに追加しています。
女子高生は大統領では、
徳田康代の会話に二重鉤括弧を使用しています。
『 』
皆さまの隙間時間でお楽しみください。
この話は、約二千七百文字です。
三日月未来
『静女ちゃん、アカシックレコードって・・・・・・ 』
「康代殿、静女を神さま見習いのセリウス殿と一緒にされては困るでござる」
『そうね、静女・・・・・・ 』
康代は言葉を切って夜空に浮かぶ皓月を眺めて白い息を吐いた。ベランダの窓を閉めた時、ロングヘアの静女が康代の後ろで呟く。
「康代殿、明日の二日目もよろしいでござるか」
『紫髪の静女ちゃんがいないとみんなが哀しむわ』
「康代殿は出演されないでござるか」
『私はスターじゃないわ。それにスタンドインをお手伝いしただけよ』
「スタンドインでござるか? 」
『本番お稽古で役者の代役をしただけよ』
「代役でござるか」
『そうね。だから私も高みの見物よ』
天女天宮静女は康代の言葉を上の空で聞き流していた。静女の紫色の瞳には康代が舞台の袖に立っている姿が見えていたからだ。
宝田劇団劇場前には当日券を求める他校の女子高生が制服姿で並んでいた。
「当日券って! ーー 難しくないですか? 」
「それがスリルでしょう」
「分からないけど選択肢がないわね」
女子高生たちの他愛もない声を聞いた康代は明里光夏を呼んで耳元で囁いた。
「大統領ーー それは難しいかと思いますが」
『役者さんは大変ですが・・・・・・ 私はできると思いますよ』
明里はホログラム携帯から朝川夏夜の携帯を呼び出した。
「あ、朝川さん、おはようございます。明里ですが」
「明里さん、どうしたの」
「ええ、大統領から無理なお願いがございまして
ーー 日程を一日、追加出来ませんかと」
「日程ですか?徳田大統領と相談してからでは如何ですか」
「私は構いません」
明里は携帯を切り隣の康代に朝川の意向を伝えた。
まもなくして康代の携帯が振動して康代が携帯を耳にあてた。
『朝川さん、明里のお話の続きですね』
「そうよ徳田さんーー 日程追加って」
『宝田劇団劇場の柿落としを見れない他校の女子高生が溢れているの』
「徳田さん、結論から先に言えば日程追加したくらいじゃ無理よ」
『じゃあ、彼女たちを神聖女学園の大講堂に招待して、みなさんが特別講演をするのはどうかしら』
「特別講演ですか?夜神さんたちと相談してからでもいいかしら」
『私は構わないわ』
朝川夏夜の電話に雑音が入って聞こえにくい。
「徳田さん、今、緊急連絡があったのーー 徳田大統領に言う立場ではないのですが」
『朝川さん、どうしたの』
「ええ、役者が一人倒れて、今からじゃ代役が出せないの」
康代は静女との前夜の会話を思い出し苦笑した。
『朝川さん、まさかスタンドインですか』
「徳田さんしかいないの。お願いできるかしら」
『朝川さん、高いわよ』
「そうね。高そうね」
歳の離れた二人は電話の向こう側で小さく微笑んだ。
『じゃ、あとで楽屋に寄るわ』
「徳田さん、出番が少ないけどお願いします」
『校内かるた大会で朝川さんに沢山払ってもらいますわ』
「嫌な予感しかしないのですが」
康代は電話を切り、劇団の楽屋口通路を足早に進んだ。
天宮静女は康代に同伴している。
ピカピカの広い廊下から木製の床がライトの光に反射してキラキラしている。微かに女優たちの化粧と汗の匂いが漂っていた。
『まだ、柿落とし二日目なのに、すごい女性たちの匂いね』
「静女には女性たちの匂いなどありませんが・・・・・・ 」
康代は楽屋の入り口の表札の前に立ち、軽くノックした。
中から女の声が聞こえた。
「どなたですか」
『徳田ですが』
「大統領、失礼しました」
朝川の付き人の女の声と同時に、朝川夏夜の声が女の背後から聞こえた。
「こちらへ、どうぞ」
康代と静女は女の言葉に背中を押され、宝田劇団の楽屋の中に入った。天宮静女は康代の背後でキョロキョロと殺風景な部屋の中を覗いている。
「康代殿、ただの部屋でござる」
『静女ちゃん、何を期待していたの』
静女は口ごもり黙っていた。
付き人の女が康代に新しい台本を手渡しして言った。
「この付箋のあるところが大統領の台詞のところです」
康代はその場で、 付箋の所を目で追って言った。
『お稽古でーー したところね。覚えているわ』
楽屋に衣装係とメイク係が数人が慌ただしく入って来て康代を取り囲んだ。女子高生警備の三人は廊下で待機している。側近の静女は安全を確認して見守っていた。
「失礼します。大統領」
『ここでは、徳田でいいわ』
「はい、徳田さま」
女たちは康代の衣服を脱がして舞台衣装に着替えさせた。手慣れた動作は澱みなく続き、康代は御伽噺の中の一人になった気分を感じた。
紫色の舞台衣装に黒髪の長いウイグが付けられ、長い黒髪が背中を越して臀部の辺りに垂れ下がっていた。
「康代殿、昔の宮廷を思い出すでござるよ」
『静女ちゃんが言うと、現実味があるわね』
朝川夏夜が康代の前に来て言った。
「スタンドインの時と違い、衣装姿になった徳田さんは別人ね。
ーー 今日は大変ですがよろしくお願いします」
『朝川さん、私はできることをするだけですから、よろしくお願いします』
康代は静女の予知を再現するように舞台の袖に待機している。背後には往年の大スターの朝川夏夜と夜神紫依が並んで出番を待っていた。
舞台の中央には伝説の羽衣姿の赤城麗華が宮廷の縁側に佇んで夜空を眺めているシーンを演じている。
宝田劇団劇場の二階客席最前列中央には、未来転移した巫女の花園舞と神聖神社の安甲晴美神主、田沼光博士、若宮咲苗助手の四人が招待席で開演を待っている。
「柿落としも二日目ね」
晴美が花園舞に呟いた。
「三日月姫姉妹にも見せたかったわ」
後ろの席にいた昼間夕子が舞に言った。
「花園さん、三日月姫姉妹は私の隣にいるわよ」
「わらわはここにおる」
三日月姫が舞に言った。
ワンピース姿の従者未来も三日月姫の隣で緊張している。彼女たちは夕子たちを探しに行って時空の綻びに落ちて神聖神社にタイムスリップした。徳田康代と安甲晴美に誘われて宝田劇団劇場の観客席にいたのだ。
柿落としは三日間行われたが一般席の開放は僅かだった。席の殆どが関係者や招待者で埋め尽くされていたからだ。
大統領補佐官の明里光夏は神聖女学園大講堂のスケジュールを確認して、康代のホログラム携帯にメールを送信した。
二日目が終了した楽屋で徳田康代が朝川夏夜に大講堂のスケジュールを伝えた。
「分かったわ。徳田さん、こちらもそれで調整するわね」
『柿落としが三日追加されますね』
「会場は違うけどね」
夜神紫依は朝川の隣で苦笑していた。
「私たちまだまだ引退させてもらえませんね」
「そうよ、夜神さん、人生にはたくさんのまさかがあるのよ」
『まさかか・・・・・・ 』
徳田康代は夜神を見て呟いた。
康代の隣で静女が言った。
「これから、何処に行くでござるか? 」
能天気な静女の言動に癒される康代たち三人だった。
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三日月未来