9.クラウスと二コラ
それからは和やかに会食は進み、私たちは名残惜しい気持ちでお母様のお部屋を辞して、それぞれの居室に戻った。
私がこの国を去る前に、もう一度くらいきょうだいたちと会いたいな。
手紙のやり取りはマメにしたいと思っているけれど…
今日も一日暑かったが、さすがに夜も更けて少し肌寒くなってきた石造りの暗い廊下を、手燭を持った侍女とともに急いで居室に戻る。
クラウスの食事の時間が遅くなっちゃったわ。
二コラに頼んではおいたけれど…
クラウスはきっと、私が戻るまで待っているだろう。
今までもずっとそうだった。
「クラウス!
どこにいるの?」
部屋に入るなり呼ばわる。
着替えを促してくる侍女はとりあえず無視。
クラウスは短い脚を懸命に動かして、少し息を切らしながら次の間から入ってきた。
「食事は摂った?」
私はちょっと屈んでクラウスの顔を見ながら訊いた。
クラウスは首を横に振る。
「あら、二コラは?持ってこなかったの?」
私は困って呟く。
「いえ違います、二コラは…」
クラウスが言いかけた時、「お帰りなさいませ、申し訳ありません!」と二コラがクラウスと同じように次の間から走ってきた。
二コラは下働きの下女だ。
まだ12~13歳くらいの、痩せた少女である。
貧しい農村地帯から奉公に来ているらしい。
本来、王女である私の部屋に出入りできるような身分ではないのだが、特別に私が許可している。
何故なら、彼女は私の食事を運ぶ侍女の手伝いなどをしていて、厨房に入れるからだ。
クラウスを一人の人間とみなしていない侍女や小姓たちは、私が何度言ってもクラウスの食事の準備を忘れてしまう。
厨房に出入りする召使にその都度頼んでいたのだが、私が宮廷の行事などで部屋を開けることが増えてきて、クラウスが食事を摂れないことがままあるようになってしまった。
そこで、幼いけれど賢そうな二コラに僅かな駄賃をやって、夕食だけは余っているものを適当に見繕って持っていてもらっている。
朝食と昼食は私が食べきれない量が出てくるので、こっそり下げ渡している。
「クラウス様に、文字を教わっておりました」
平身低頭しながら、二コラは小さな声で言う。
私は驚いてクラウスの顔を見た。
クラウスは少し照れたような表情で、頬を掻く。
「…教えて欲しいって、言われましたので」
「申し訳ございません!」
二コラは泣きそうになっている。
へえ…クラウスが…
この人嫌いで厭世観の塊みたいなクラウスが、私以外の他人に心を開いたのね。
良い傾向じゃないの。
私はにっこりして「謝ることはないわ、良かったわね、二コラ」と言った。
「さてじゃあ、私は着替えてくるから、クラウス先に食べていて。
今日はあなたの好きな牛のザウアーブラーテンが出ていたけれど、二コラ持ってこられたかしら?」
「あ、はい!ございました!」
二コラが元気な声で答えるのを聞きながら、私は着替えをするため寝室へ移動した。