62.交流
王妃様のサロンに参加した後、私を囲む空気が少しずつ変わっていった。
デュモルチエ男爵夫妻に招かれて、彼らの邸で一緒にダンスを踊ったり。
カンタール伯爵に誘われて、王宮のオーケストラが演奏して当代一流の声楽家が歌う音楽会に行ったり。
その他、王妃様の主催するサロンに参加していた貴族たちとの交流ができて、私の生活は彩り豊かになっていった。
しかし相変わらず、王太子やアンヌ=マリーと同席することはなかった。
公務はまったくなく、遊んでばかりいるような気がして、申し訳ないような思いもある。
ジェルヴェは私の行く先にはほとんど必ずと言っていいほど同行して、宮廷のしきたりとかエチケットを事細かに教えてくれる。
いつしか私がひとりでいると、会う人皆から「おや、今日はジェルヴェ殿下は?」と訊かれるようになってしまった。
有難いけど、本当に助かるけど…
このままではいけない気がする。
私とニコイチみたいに思われていたら、ジェルヴェが結婚できなくなってしまうんじゃないかと心配になる。
私は、夫である王太子と全く交渉はないけれど、とりあえずは結婚している身だし…
どうしたものかしら。
私はそんなことを考えながら、日々を過ごしていた。
その日は、クリスティーヌが私の部屋に遊びに来ることになっていた。
私は早めに起きて厨房へ行き、お茶菓子について司厨長やパティシエと話し合った。
クリスティーヌはおとなしそうな外見や上がり性な性格に似合わず、新しいもの好きで可愛らしいものとか流行に敏感だった。
パティシエと考えた、新しいお菓子を試しに出してもらうことにして、私は意気揚々と厨房を出て部屋へ戻った。
侍女たちに指示して部屋を設える。
隣国から取り寄せた、可愛らしいティーセットを並べ、焼き菓子が届いて、私はクリスティーヌをウキウキと待つ。
今日は女子会だから、ジェルヴェも招んでいないし、クラウスも小姓たちも数に入っていない。
私は彼女と、宮廷のモードや外国から入ってきた新しい情報について話すのがとても好きで、クリスティーヌが来たときには、侍女たちも一緒にテーブルを囲んで尽きない話に興じた。
クリスティーヌは侯爵令嬢なのにあまり細かいことを気にする質ではないらしく、また自分の侍女たちとはあまり仲が良くないと言っていて、私の侍女たちと気さくに打ち解けてくれて、私も侍女たちもとても嬉しかった。
最初にクリスティーヌに王妃様のサロンで初めて会った時から気になっていたことを先日、こっそり訊いてみた。
「ねえ、クリスティーヌは、ジェルヴェのことどう思っているの?」
クリスティーヌは、顔を真っ赤にしてうつむき、言葉を選ぶようにして話し始めた。
「2年前に社交界にデビューしたとき、わたくしは引っ込み思案な性格のせいで、全然どなたともお話しできずにいました。
そしたら、ジェルヴェ殿下が優しく話しかけてくださって…わたくしの興味を引くようなお話をたくさんしてくださって。
わたくしは、宮廷や社交界に伺うのが怖くなくなったのです。
ジェルヴェ殿下は宮廷の女性たちからとても人気があって、スマートで優雅で…ずっと憧れの存在なのです」
そうなんだ…
なんか判る気はする。
私にも最初からとても優しかった。
傍にいていつも支えてくれて心強かったし、陛下に王宮内の様々な場所に私が出入りする許可を取ってくれて、いろんな人に引き合わせてくれて、今の私が在るのもすべてジェルヴェのお陰だと言っても過言ではない。
誰にでもそうなんだな。
お節介って言うか一人でいる人を放っとけない、みんなに親切な人なんだ。
そう思うと、ホッとする半面、残念というかちょっと悲しい気持ちがあるのも事実だ。
考えに耽る私の前で、クリスティーヌは華奢な両手を組んで更に話し続けた。
「だけど今は王太子妃様に夢中でいらっしゃって、以前のように簡単に女性からのアプローチにもお誘いにもお応えなさることがなくなりました。
わたくしも、実際にお会いするまでは宮廷の方たちと同じように、王太子妃様というのは稀代のプレイガールでいらっしゃるのかと思っておりましたの。
王様や王妃様、それに王太子様やアンヌ=マリー様があんなに警戒なさって、王太子妃様をどこにもお出しにならないのだという噂でしたから」
えええええっ!
何そのデマ情報!!
私は思わずのけぞる。
「全然、真逆よ!
わたくし、国にいた時は男性からアプローチされたことなんて一度もなかったのよ!」
私は絶叫する。
クリスティーヌは狼狽える私を見て、くすっと可愛く笑った。
「判っておりますわ。
わたくしもお会いして初めて、王太子妃様の誠実な人柄や真面目でお勉強好きで、でも流行りのものや美味しいものがお好きな可愛らしい方だって知りましたから。
今では、宮廷の中の空気も変わりつつありますのよ」
それは全部、ジェルヴェのお陰だ。
私は、…どうしたらいいのかな。
このままではよくない、そう思ってはいるのだけど…




