60.サロンにて・Ⅱ
私はホッとしてジェルヴェからお皿を受け取る。
ジェルヴェは美味しそうな料理をてんこ盛りにしてくれていて、私たちは顔を見合わせて微笑みあう。
「後から聞いたのだけど司厨長もあの時、おかしいと思っていたらしいわね。
すぐに対応してくれて助かったわ。
何とかって言う…食材?を準備してあったとか…」
王妃様の言葉に、私は慌てて答える。
「さようでございます。
ハラルフードと申します食材は、宗教の教義に従って処理したものでございます。
予め輸入されたものを取り寄せておいたそうで」
私の言葉に皆が感心したようにうなずき、まだ年若い子爵(名前聞いてない)が呟いた。
「さすがに、世界の料理を知り尽くしているシェフですね…
しかしそれをご存知で、さらっとお話しなさる王太子妃殿下も素晴らしいですね」
お酒で少し顔を赤くした子爵は、じっと私を見つめて言う。
私は照れて「…いえ、とんでもないことでございますわ」と彼から視線を外した。
ジェルヴェが私と子爵の間に割り込むようにして、私の手にフォークを持たせてくれる。
「さ、リンスター、少し召し上がれ。
司厨長に言って、あなたのお好きな鹿肉のパテを作らせたのですよ」
「わ…ありがとう、ジェルヴェ」
私は喜んでパテを口に入れた。
ジェルヴェは私を見て微笑み、髪に軽くキスする。
「!」
こんな場所で何…
私は慌てて身を引き、その拍子によろけて後ろへ倒れかかる。
「危ないっ」
咄嗟に背中を支え、お皿を私の手から取ってくれた人は「大丈夫ですか、王太子妃殿下」と言って私の顔を覗き込む。
甘いマスク…というのだろうか、整ってはいるけれど王太子やジェルヴェのようなシャープな感じではなく、優しくどこか中性的な魅力のある人だった。
「あ…子爵様、ありがとうございます」
名前が判らないので、とりあえず爵位で呼びお礼を言う。
ジェルヴェがすかさず「リンスター、大丈夫?」と私の肩を抱き、「ありがとうドゥラクロワ子爵」と素っ気なく言って反対側の手をずいっと差し出す。
ドゥラクロワ子爵と呼ばれた若い男性は、苦笑しながらお皿をジェルヴェに渡した。
「初めまして、リンスター王太子妃殿下。
私はオーギュスト・ドゥ・ドゥラクロワと申します」
「あ…初めまして」
私が挨拶するのもそこそこに、ジェルヴェが肩を抱く腕に力を籠め、方向転換させてしまう。
「ちょ…ジェルヴェ!」
私はあまりに失礼なジェルヴェの態度に驚き、声を上げる。
「リンスター、あそこに居られるお方は、コルビュジェ侯爵のご令嬢ですよ。
リンスターとご年齢が近いので、お話ししやすいのでは?」
私の抗議の声をガン無視して、ジェルヴェは壁に背をくっつけるようにして一人ポツンと立っている、華奢な女性を指さす。
小柄で色白の小づくりな顔にそばかすの散った、幼い顔立ちの可愛らしい女性だ。
私はメンデエルにいたころの自分を重ねるように思い出し、何となく親近感を持った。
ジェルヴェに誘われるまま、私はその令嬢に近づく。
「こんばんは、クリスティーヌ嬢。
楽しんでおられますか?」
ジェルヴェは気さくに声をかけた。
顔を上げたクリスティーヌは、ジェルヴェの顔を見てぱっと赤くなった。
「は、はい…
ありがとうございます、ジェルヴェ殿下」
消え入りそうな声で言う。
「クリスティーヌ嬢、こちらの方はリンスター王太子妃です」
ジェルヴェに言われて初めて気づいたように私を見て、慌ててお辞儀する。
「あっ、は、初めまして!
クリスティーヌ・ドゥ・コルビュジェでございます」
「リンスター・ドゥ・ルーマデュカです。
若い方とお近づきになれて嬉しいわ」
私が言うとジェルヴェが「私だって若いですよ!」と茶々を入れる。
「え…ジェルヴェっていくつ?」
「リンスターより5つ?上かな?22歳ですよ。
フィリベールより2つ年上だから」
あ、ああそうか…
王太子って20歳だったっけ、以前にクラウスが言ってた。
だけど、弱冠20歳であんなに偉そうなのってどうなの??
「クリスティーヌ嬢はおいくつでしたか?
デビューは一昨年でいらっしゃったかな?」
ジェルヴェが声をかけると、クリスティーヌはまた真っ赤になって、うなずいた。
あら…クリスティーヌってもしかして。
私は、ちょっとモヤモヤしてしまい、そんな自分に驚いた。




