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54.スレイマン皇子

 『今の、お方は…』

 スレイマン皇子が不思議そうにジェルヴェの出て行った扉を目で追いながら、自国の公用語で訊いてくる。


 『今上陛下の、弟君ですわ。

 ジェルヴェ王弟殿下です』

 私が言うと、皇子はにっこり笑った。


 『さようでございましたか。

 品のある方だ、いずれ地位のあるお方なのだろうとは思いましたが…

 王太子妃殿下とはお親しそうですね』

 『あ…まあ、親しい友人です。

 わたくしもルーマデュカに嫁して日が浅いものですから、何かと頼りにしておりますの』


 スレイマン皇子は、私を見つめる。

 その漆黒の瞳に、自分の間抜けな表情が映っていて、私は恥ずかしくなってうつむく。

 『王太子妃殿下…お名前を伺ってもよろしいでしょうか。

 先ほど、王弟殿下が仰っていた、リンスター、というお名前でしょうか?』

 私は顔をあげられず、うつむいたままさらに深くうなずいた。


 『リンスター…

 私もそうお呼びして宜しいですね?

 あなたのような方に、初めて出会いました。

 私のことは、ソロモンとお呼びください』

 

 えっ?!

 何、いきなり。

 初対面で呼び捨てはないでしょう??

 

 困惑する私をよそに、スレイマン皇子は距離を詰めてくる。

 その時、背後から「何の話をしている」と氷点下の声がかかった。


 振り向くと王太子が立ち上がって私たちを見下ろしている。

 その表情は怒りとも焦りとも取れるような、私をいつもバカにしている表情とはおよそかけ離れたもので、私は驚くというより戸惑う。


 「殿下…?」

 「何の話をしていると言っている。

 お前は、リンディア帝国の言葉を話せるのか」

 「公用語のひとつの言語を、日常会話が理解できる程度ですわ」

 私はそっけなく答える。


 なんだ、言葉が判らなかっただけなのね。

 プライドばっかり肥大しちゃって、扱いにくいったらないわ。


 「叔父上のあの慌てぶり… 

 何があったんだ」

 私が視線を逸らしたのが気に入らなかったのか、王太子は私の(おとがい)に手をかけて無理に仰向かせる。

 痛っ…

 

 私がリアクションをする前に、浅黒く逞しい手が王太子の手首をぱっと掴んで引き離した。

 「女性に乱暴はお()めなさい。

 リンスターは助けてくださったのですよ。

 私のみならず、あなたと、あなたのお国をも」


 顔を上げると、スレイマン皇子がその彫の深い顔立ちを引きしめて、王太子を睨むように見据えていた。

 「リンスター…って…

 何だ、知り合いか?」

 怒りで顔を紅潮させた王太子は、そこ?って突っ込みたくなるような質問をする。


 「いや、今日初めてお会いした。

 こんなに賢く魅力的な女性には初めて出会った。

 王太子妃でなかったなら…

 フィリベール王太子、あなたには我が国に連れていらしたモノ知らずのあの女程度がお似合いだ」

 「なんだと…」

 気色ばむ王太子に、スレイマン皇子は冷静に向き合って口を開く。


 「お気づきになっておられないようだが、ルーマデュカのこの失態を私が報告しなくとも。

 私のお目付け役の副大使が、国に報告書を送ったことだろう。

 自国のことをこんなふうに言うのもなんだが、私の国はあなたの国と同じくらい好戦的だ。

 宗教の違いを理解されないのが一番の理由になり得るんだ」


 「…!」

 思い当たる節があったのか、王太子はようやくそこで事の重大さに気づいたようだった。

 さっと青ざめ「今日の晩餐会のメニューを考えたのは誰だ」と私を見て問う。

 私は首を横に振る。

 知るわけないでしょう、私が。


 「アンヌ=マリーかっ」

 歯を食いしばるように呟き、スレイマン皇子に向かって頭を下げた。

 「申し訳ありませんでした。

 こちらの落ち度です」


 スレイマン皇子は表情を緩め「そのようなことはなさらないでください」と王太子を押しとどめる。

 「ここでお集まりの皆さんに何かあったと思わせては、せっかくリンスターが配慮してくださったことが水の泡になってしまいます。

 リンスターは言語や表情にも気を遣ってくださったのに」


 私の配慮を理解してくれるのは嬉しいけど…

 あんま、名前を連呼しないで欲しいなあ…

 私の名が出るたびに、王太子がぴくっと身体を震わせるのよ。

 

 私のことなんてどうでもいいくせに、独占欲が強いんだよね。

 厄介な俺様王太子。


 

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