39.懇談
私は泣いて化粧の崩れた顔を洗って化粧をし直し、またジェルヴェの気恥ずかしくなるような賛辞を浴びて、ジェルヴェがお抱えシェフと共に連れてきたメンデエルのコックの挨拶を受けた。
メンデエル大使のコックは『リンスター王女様のお食事をご用意申し上げるなど…一族末代までの誉れでございます』と大袈裟な言葉で謝辞を述べた。
『王女様ではないよ、王太子妃様と申し上げなさい』
私の隣にぴったりくっついて座っているジェルヴェが苦笑して言い、コックは畏まってへどもどする。
ああ…多分、メンデエルの大使が「王女様」と言ってるんだろうな…
ルーマデュカに突然嫁がされた挙句こんな扱いを受けている私のことを、恐らく不憫に思ってくれていて、祖国メンデエルの王女であることを強調したいのだろう。
しかし…暑いわ、そんなに間を詰めたら…
私はソファに座る位置を少しずつ少しずつジェルヴェから離れるようにずらすのだが、すぐに身体を寄せてくる。
遂に私は端のひじ掛けのところまで来てしまい、困ってジェルヴェを見上げると、にんまり笑って「私の勝ちですよ」と顔を寄せて囁く。
何の勝ちよ。
そうは思うけれど、ジェルヴェのドヤ顔を見ているとつい笑ってしまう。
「それにしても遅いわね。
もしかして謁見詐欺で、待ちぼうけを食わされているのではないかしら…」
心配になって呟くと、ジェルヴェは「それはないと思いますが」と言った。
「フィリベールは客人を待たせるような人ではありません。
ま、アンヌ=マリー嬢が駄々をこねている可能性が無きにしも非ずだが」
そこへ侍従に案内されてアウフレヒト侯爵夫妻が私の部屋に入ってきた。
『遅くなってしまって申し訳ありません』
二人は恐縮した様子で立ち上がって迎えた私の前に来て、私の隣に立つ背の高いジェルヴェを戸惑ったように眺める。
『こちらはジェルヴェ王弟殿下。
わたくしのルーマデュカでの生活をいろいろサポートしてくださっているの』
私が紹介すると『さようでございますか』と安堵したように相好を崩した。
侍女たちもアドルフを手伝って、手早く食卓を調える。
私は侯爵夫妻を案内し、ジェルヴェも共に乾杯した。
『王太子殿下が、とても歓待してくださいました。
妃殿下がルーマデュカに輿入れしてきたことを、とても嬉しく思っていると仰って。
私どもも勧められるままに、饗膳に与ってしまいました』
通りで…侯爵の顔が少し赤いし、夫人も空腹って感じがないわけね。
しかし「とても嬉しく思っている」だなんて、思ってもいないことをよくもまあしゃあしゃあと言えるものだわね。
そりゃガッカリしていると言われたらもっと嫌だけど。
『でも…王太子殿下の隣にいらっしゃった、アンヌ=マリー様と仰る女性が、まあ不機嫌でいらして。
王太子殿下はまったく意に介していらっしゃらなかったようですけど…本来、あの席にはリンスター様がいらっしゃるはずなのに』
夫人がルーマデュカの料理をもりもりと口に運びながら愚痴のように言う。
『これ、そのようなことを…』
侯爵が夫人を窘め、ジェルヴェをちらっと見遣る。
ジェルヴェはまったく気にした様子もなく、ワインを上品に口に含んでニコッと笑う。
『そうなのですよ。
社交界のデビュタントの時に初めて出会って…最初からアンヌ=マリー嬢がとても積極的でしてね。
フェリベールもああいう女性は苦手なのかと思っていたら、あっという間にそういう関係になってしまって。
庶民の言葉で言えば《押しかけ女房》ってところでしょうか。
しかしまあ、彼女の父親はルーマデュカの大公爵ですので、そう簡単に袖にもできないのですよ』
ああ、やっぱりそうなんだ。
私は懐かしい故郷の味を噛みしめながら一人頷く。
父親とアンヌ=マリーは結託して、初めから王太子の愛妾の座を狙っていたのかもね。
いえ、もしかしたら妃の座を??
だとしたら、私のことは目の上のタンコブでしょうねえ…
美しい顔立ちの王太子と、艶やかなアンヌ=マリーはお似合いだと思うけれど。
そうは思いながらも、王太子が、たとえ嘘でも私が輿入れしたのを嬉しいと言ってくれたことに妙に喜びがこみあげていた。




