146.ドレスとネックレス
お母様は、晩餐会の前に簡易的でいいから王と私の結婚式をメンデエル国内で執り行いたいと主張した。
でも、お父様も私も、さすがにお姉様やフォルクハルト、そしてソロモンの心情を考えるとそれはできないと反対した。
王も、この2~3日はずっと馬で駆けどおしで来たので、少し休みたいと言い、お母様は渋々発言を撤回した。
私は宮廷の料理長を呼び、ソロモンのために晩餐会にハラルフードを用意するように指示した。
知ってるかな…と危惧したのだけど、万事抜かりないイドリースが事前に頼んでおいたらしく、準備できるとのことで私は一安心する。
王は従者に指示して、私の部屋にドレスとネックレスを届けさせた。
『晩餐会にはこれを着て出席してください』とメッセージ付きで。
王の筆跡は、ちゃんと書くと綺麗だった。
以前、先王陛下の治療をしたときにもらった走り書きのメモみたいな手紙とは全然違っていて、私は嬉しくて手紙を抱きしめる。
届いたドレスは、仕立て屋のカルノーが直してくれたものだった。
着てみると私の体形によりぴったりになっていて、私はプロの仕事というものに改めて敬意を払った。
袖口や裾に宝石を縫い込んだ刺繍が増えていて、更に豪華な感じになっていて、私は少し臆する。
ネックレスは、私にはもう必要ないと思ってルーマデュカに置いてきたものだった。
『改めて贈ります。
あなたのためだけのネックレスだから』
というメッセージが添えられていた。
「まあ、姫様、お綺麗ですわ!
ネックレスも以前よりドレスに映える気がいたします。
王様の深い愛情を感じますわ」
グレーテルが両手を打ち合わせてうっとりと言い、フリーダや他の侍女たちも、口を極めて褒めそやしてくれる。
謁見の間での顛末は、あっという間に城中だけでなく、近隣の国民にも広まったようで、城の外には大勢の国民が詰めかけて大騒ぎになっていた。
昼過ぎにこの部屋を出るまで冷ややかだったグレーテルを除く侍女たち小姓たちの態度は一変し、私は苦笑を禁じえなかった。
ジョアナの手紙が入っていて、このドレスとネックレスに合うヘアアレンジが、絵付きで描いてあった。
それを見ながら侍女が結ってくれて、ティアラを載せてくれた。
『一日も早いご帰国を、使用人一同お待ち申し上げております』
という文言が手紙にあって、私はあっと気づいた。
そうか、私のメンデエルへの帰国前に、急に皆の表情が明るくなっていたのは、この計画を知らされたからなんだ。
『新しいお妃様にお仕えします』というのは…私、のことだったんだ。
てっきりお姉様のことだと思ってた。
クラウスも『姫様にも、すぐにお幸せが訪れますよきっと』と言っていた。
皆、知ってたんだこの計画を…
すっかり騙されたわ!
私はせっかくお化粧してもらったのに、涙をこぼしてしまって、グレーテルが慌てて優しく拭き取ってくれる。
「姫様、今から泣いてしまってはこれからが大変でございますわ」
「グレーテル…あなたも知っていたのね?」
私が問うと、グレーテルは微笑んで頷く。
「当然でございますわ。
王様から直々にさまざまな指示が出ておりまして、本当に大変でしたのよ。
フォルクハルト様に触れさせるなとか、もう無茶ばかり仰って」
最後は嘆息とともに愚痴る。
ああ…そういえば、やたらフォルクハルトを牽制してたし、宿で一度愚痴っていたような。
「お疲れ様…」
私が思わずつぶやくと、「報われましたので、もう結構ですわ」と笑う。
毛皮で作られたストールを肩にかけ、支度が調ったところで侍従が呼びに来た。
私の姿を見て、一瞬、息を呑み、恭しく「晩餐会の準備が整いましてございます、お越しくださいませ」と腰を折って深くお辞儀する。
私は何かが変わりつつあるのを実感した。
自信を持って良いのかもしれない。
私はあのお美しく嫋やかなお姉様より、王に愛されているのだ。




