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145.お父様の決断

 「おお、あなたがスレイマン殿下でいらっしゃいますか」

 お父様は立ち上がらんばかりにして、ソロモンに取りついている衛兵を手を振って追い払う。

 衛兵は恐れをなしたようにパッとソロモンの身体を離し、平身低頭で下がっていった。

 

 ソロモンは私と王の様子を見て、悔しそうに歯ぎしりする。  

 「あと一歩、遅かったか…

 何故…イドリースの報告では私の方が早く着くはずだった」

 「残念だったな。

 スレイマン殿下がルーマデュカを出られたと聞いて、私は途中から自分で馬を駆って、駅で馬を替えながらここまで来たんだ」


 「え…あの馬車は…?」

 「母方の再従姉妹(はとこ)がベルクセイア・バーグマン国に嫁いでいるので頼み込んで急遽準備してもらって、空の馬車がメンデエルに入っていたのだ。

 神出鬼没のイドリースに悟られないように、秘密裏に事を進めるのが大変だった」

 王は腕の中に閉じ込めてしまった私に笑いかける。


 ええ、じゃあ私、全然別の馬車を国葬の時の馬車だと勘違いして懐かしんでたわけ??

 私の貴重なセンチメンタリズムを返して欲しいわ。


 「スレイマン皇子殿、こちらへどうぞ、お越しください」

 ラウツェニング宰相が慇懃に手招きする。

 私は緊張で身体を固くし、王の腕にもぎゅっと力が入る。

 

 ソロモンは身体を起こして、絹織りの透けるようなシュマッグをぱっと払って整えると、優雅に歩いて私たちを通り越し、玉座の前に進んで額ずいた。


 「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。

 陛下、妃陛下におかれましてはご機嫌麗しくあそばし、祝着に存じ上げ奉ります。

 先ほどは大変失礼をいたしまして、お詫びの言葉もございません」

 「スレイマン皇子殿、わざわざのお越し、痛み入ります。

 お顔をあげてください」


 お父様が話し始めようとしたとき、横からラウツェニング宰相の声が割って入った。

 「スレイマン皇子殿、先日は我が国の第二王女殿下への求婚をいただき、大変感謝しております。

 何しろ一旦嫁したルーマデュカから半ば強制的にお戻りあそばした王女殿下でございますから…

 スレイマン皇子殿のような懐の広い方とご再婚あそばすのが、一番正しくまたお幸せへの道であるのではないかと、陛下ともお話し申し上げておりました」


 な、に…その言い方。

 私は一瞬にして身体の熱が抜けていくような気がした。

 王が『おっ…と、大丈夫かしっかりしろ』と私の身体を支えた。

 『アイツだな、諸悪の根源は』

 王が小さく呟いた。


 ソロモンも少し面食らったように、お父様から宰相へと視線を移し、頭を下げる。

 「では…リンスター王女殿下は、その、私に?」

 戸惑ったように言って、抱き合う王と私を振り返る。


 「その通りでござ」

 「待て、宰相!

 朕はまだそのようなことは話しておらぬ」

 慇懃な所作でソロモンの言葉に(うべな)おうとした宰相を、お父様が鋭く遮り、ソロモンに向かって優しく語りかけた。

 

 「スレイマン殿下、宰相が申したように、貴殿のリンスターへの求婚は誠にありがたく思います。

 リンディア帝国の皇子の妃が一人だけなどという約束を皇帝陛下に取り付けるのは、並々ならぬ決意が必要でしたろう。

 我儘な我が娘の無茶な願いを叶えてくださろうと、努力してくださった殿下のお気持ちには本当に感謝申し上げる」


 「朕も、今日の今日までは、宰相と同じように考えていました。

 リンスターの姉王女のエリーザベトが、ルーマデュカへ輿入れが決まるものと思っていたのだ…

 その後すぐにリンディア帝国へお返事を差し上げようと。

 ところが蓋を開けてみたら、ご覧のような状況で、朕もそれからここにいる国民のすべてがキツネにつままれたようと言うか…」

 そう言って、私と王を見て苦笑し、その後、またそこに鎮座しているオルガン砲に目を遣った。


 「ルーマデュカのフィリベール王のリンスターに対する情熱にも参りましたが、何より、リンスターが初めて自分の気持ちを言い、朕に逆らったことに驚いた。

 心からフィリベール陛下を愛しているのだろう。

 リンスターが如何にルーマデュカで、王陛下や先王陛下によく仕え、また民にも好かれる王妃になっているかを聞かせていただき、このようなものまでかの著名なガレアッツォ殿と発明したと聞き、朕の考えは変わりました」


 え…

 私は王を振り仰いだ。

 王も信じられないというような表情で私を見下ろす。


 お母様が手を伸ばして、お父様の腕に触れる。

 お父様はその手を握って、少し笑った。

 「スレイマン殿下、このような不肖の娘をただ一人のお妃にと望んでくださってありがとうございます。

 しかし…、リンスターは、ルーマデュカにお返ししようと思う。

 大変申し訳ない、このような場でこのような展開になってしまって」


 ぱちぱちぱち、と大きな拍手が周りの貴族の中から聞こえ、あっという間に皆がわーっと拍手した。

 フォルクハルトが、最初に拍手してくれたんだ…

 私は王に抱きしめられながら、嬉しくてまた涙をこぼした。


 


 

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