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127.離婚宣言

 私たちがさっとお辞儀する中、王はにこやかに入ってくる。

 そして辺りを見回し、私を見つけると途端に仏頂面になって近づいてきた。

 「余の部屋に来るように執事には言っておいたはずだが、何故来なかった?

 執事のやつ、しれっと『大広間にお連れ申し上げました』とか言って…」

 

 怒っているというより悔しそうな口調で王は言い、「顔をあげろ」と偉そうに命令する。

 どうして事ここに至って、まだ隷属物のように扱われなきゃならないのかしら。

 ああなんて馬鹿らしい。


 と思いながらも、私は長年の慣習で王の命令に逆らうことなどできず、渋々顔を上げる。

 隣にいたフォルクハルトもつられて顔を上げている。

 

 王はフォルクハルトの存在をガン無視して私の手を引いて少し離れた所へ連れて行き、自分の前に立たせて眺め、満足そうにうなずく。

 「うん、やはりそなたにはこういう淡い色合いのシンプルなドレスが似合う。

 そのネックレスも良いじゃないか、そなたの肌色に映える」


 なんなんだいきなり。

 こんなところで。

 私は驚き呆れながらも、とりあえずお礼を言う。

 「陛下がこのネックレスをお作りくださったのですか?

 ありがとうございます」


 王はまた「うん」とうなずき、それから(なじ)るように言った。

 「その姿を最初に見るのは余でありたかったのに。

 だから部屋に来いと言ったんだ。何故来なかった」

 私はもうなんか、訳判らなくなって「すみませんでした」と頭を下げる。


 何を怒ってるのかさっぱり判らない。

 それで何で私、謝らされてるの??


 私に大股で一歩近づいた王は、うつむく私の耳元に口を寄せて囁く。

 「綺麗だ」


 驚いた私が顔を上げるより早く、王は私から離れて来賓の方へ歩いて行ってしまった。

 私は呆然としてその背中を見送った。

 

 王の言葉が耳の中を(こだま)し、私は徐々に顔が赤らんでゆくのが判り、両頬を手で押さえた。


 どうして今になってそういうことを言うの…?

 今まで一度だってそんなふうに言ったことはなかったじゃないの。

 何かの意図があるのかな。

 素直に喜べない。

 …だけど、嬉しい…


 侍従が来て、私は王の隣の席に座らされる。

 色とりどりの前菜を前にして目を輝かせる私に、またしても王が笑いをかみ殺しているのが判る。

 

 王が立ち上がって乾杯の言葉を述べた。

 私たちも立ち上がりグラスを持った。

 「今日までの一連の儀式に立ち会ってくれて、ありがとう。

 礼を申しあげる。

 今日の馬上槍試合で、余はメンデエル王国のヘルツシュプルング侯爵殿に負けてしまったが、良い試合であったと思う。

 今夜ここに集っておられる、すべての人の益々の繁栄と幸福を願って。

 乾杯!」


 私たちも「乾杯!」と唱和してグラスを合わせる。

 私は王と反対の隣の席にいるベルリオーズ公爵(バルバストル公爵失脚の後、筆頭公爵になった気のよさそうな優しいおじさん)と乾杯した。


 司厨長と副司厨長は言っていた通り腕を振るってくれたらしく、見た目も味も素晴らしい料理が次々に運ばれてくる。

 私は、これを食べるのも最後だと思うと胸が塞がってしまう。

 でも残したら悪いと思って頑張って口に運んだ。


 食事とお酒を楽しみ、最後のデセールとカフェが出てくるころ、王が立ち上がって両手を広げ、皆の注目を集める。

 「ここで皆に報告がある」


 私は侍女に促されて立ち上がった。

 いつの間にかフォルクハルトが横に来ている。


 私の心臓は、バクバクと音を立てて打ち始める。

 王は、ここで発表するのだ、きっと。


 「今日の馬上槍試合は、実は、余とここに居られるヘルツシュプルング侯爵殿が王妃をめぐって対決したものであった」

 一瞬、場は静まり返り、それからざわざわとざわめきだす。

 女性の甲高い声も混ざって聞こえた。


 「王妃はメンデエル王国の第二王女であり、国同士の事情があって無理にルーマデュカに嫁いできた。

 余はメンデエル王国の婚約者であったヘルツシュプルング侯爵殿の嘆願もあり、そもそも嫁いでくるはずだった第一王女やメンデエル王国の意向を汲んで、この馬上槍試合を申し出た。

 皆も承知の通り、その試合で余は負けてしまったので、潔く王妃をヘルツシュプルング侯爵殿とメンデエル王国にお返ししようと思う」


 ざわめきはどよめきに替わり、立ち上がる人もいた。

 王は一葉の紙を侍従長から受け取り、皆の方へ掲げて見せた。

 「これは、教皇の、この結婚の無効を認める書類だ。

 余と王妃は、白い結婚であった」


 私はぎゅっと目を閉じ、両手を握りしめる。

 つらい。くるしい。

 私は王と一度も心を通わせられなかった。

 結局、王の心にはアンヌ=マリーとお姉様しかいなかったのだ。


 王は、決定的な言葉を告げる。

 「ここに、我々の結婚は破棄された」


 私にはその言葉が、裁判官の槌の音に聞こえた。 



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