124.馬上槍試合
王が真っ白な馬に乗り、轡を持った馬丁と共に入場してくる。
私も立ち上がり、お辞儀をした。
甲冑に身を包んで背筋を伸ばし、白馬に跨った王は、絵から抜け出したように麗しかった。
場内からもほーっと感動のため息が聞こえる。
まだバシネットは着けておらず、天窓から入ってくる陽光に輝く金髪が僅かな風にも靡いて、美しいことこの上ない。
また管楽器が鳴り響き「メンデエル王国、フォルクハルト・フォン・ヘルツシュプルング侯爵殿~」と呼ばわる声に合わせて、王と反対側の扉が開く。
漆黒の馬に跨ったフォルクハルトが、緊張の面持ちで入ってくる。
観客から拍手が起きた。
お兄様とユーベルヴェークが心配そうに貴賓席に座っているのが見える。
フォルクハルトは馬に乗ったまま、私の方へ頭を下げた。
私は右手を軽く挙げて応じる。
フォルクハルトは黒髪にダークグレーの瞳で、華やかな王とは対照的な落ち着いた雰囲気を醸し出している。
こうやって見ると、意外とイケてるじゃない…
今まで一人の男性として見たことがなかった。
「ではこれより、陛下とヘルツシュプルング侯爵殿の馬上槍試合を行います!
ルールは通常通り、馬上で槍を突きあい、相手を落馬させた方が勝ちでございます!
どちらかが落馬するまで、ターンを繰り返します!
ご観覧の諸氏はお席に着いたまま、ご覧ください!」
審判員の合図で、双方とも馬丁からバシネットを受け取って被り、バイザーを降ろした。
次に差し出される槍を取って、構えたまま自分で馬を操り、位置につく。
観衆が固唾を飲んで見守る中、審判員が上げた旗を振り下ろす。
二人は「はっ!」と気合の声を上げ、前傾姿勢で馬の腹を蹴って突進する。
ものすごい速さで二人の影が交差し、そのまま互いに駆け抜けた。
きわどいところで二人とも互いの槍を避けたようだ。
馬のスピードを落とし、二人は壁にぶつかる間際でターンして、ゆっくりまた位置に着く。
「ご観覧の皆さま!
ご着席ください!」
と侍従長が大声で促し、皆ははっとしたように腰を下ろす。
私も立ち上がりそうな自分を懸命に抑えて、両手を握りしめる。
さっき咄嗟に
陛下!
と言ってしまいそうになり、慌てて口を塞ぐ。
二人はまた槍を構え、前傾姿勢になる。
審判員がタイミングを計り、旗を振り下ろした。
二頭の馬と二人の人は、目にもとまらぬ速さで疾走する。
「フォルクハルト!」
私は思わず叫んだ。
交差する二人の影が一瞬、ぐらっと揺らいだ気がした。
と、ガシャーン!!という音が響き渡って、おおーっと観衆から声が上がった。
主を失くした白馬の手綱を、馬丁が慌てて取って「どうどう!」と止めた。
落馬した王の周りにもうもうと砂煙が立つ。
フォルクハルトは急いで黒馬から降りて、王のもとへガシャガシャと甲冑を鳴らして駆け寄り、ガントレットを外して王の手を引いて立ち上がらせた。
ざわざわと観衆がざわめく中、二人はバシネットを外して脇に抱えた。
晴れやかな表情の王とは対照的に、フォルクハルトの顔色は冴えない。
審判員がフォルクハルトの腕を取って高々と差し上げる。
「只今の試合は、フォルクハルト・フォン・ヘルツシュプルング侯爵殿の勝利!」
どよめく歓声の中、王もガントレットを外し、二人は握手した。
私はジェルヴェがすぐ横に来ているのにも気づかず、両手を握ったまま立ち上がっていた。
「おやおや…フォルクハルト殿の勝利ですね」
ジェルヴェは意外そうに呟き、私はビックリして振り仰いだ。
「さて、お姫様はどうなさるのかな?
見事勝利した黒馬の騎士と共にお国に帰ってめでたしめでたしか。
それとも、横からかっ攫おうと企む、元王子と手に手を取って宮殿を抜け出すのか」
茶化したような口調で言うジェルヴェの碧い瞳は真剣で、私はその光に射すくめられたように動けなくなる。
「わたくしは…」
ジェルヴェの怖いほど真剣な表情に気圧されながらも、私は懸命に口を開いた。
「…フォルクハルトと、メンデエルに帰ります」




