118.とんでもない交渉
王が中座してしまったのでホールは少し騒然としたが、私がそのまま舞踏会を続けるように促すと、皆は安心したようにまた踊り始めた。
「まずかったでしょうか…」
横から割り込んできたような感じになったフォルクハルトは青くなっている。
「まあ、良くはなかったでしょうねぇ」
私は曖昧に言う。
「私がフォルクハルトを焚きつけたのだ。
あまりに悔しそうな顔をしているものだから可哀想になって…
舞踏会の前にお話し申し上げた時、陛下は姉上のことばかりお尋ねになり、リンスターには殆どご興味がないようでいらした。
だから、フォルクハルトとリンスターをご覧になってあんな表情をなさるとは…思わなくて…」
お兄様が私の後ろにやってきて話し、「後で謝罪申し上げる」と申し訳なさそうに言った。
以前、結婚式の時には、王太子(当時)と私が踊り終わるが早いかアンヌ=マリーが駆け寄ってきて王太子に抱き着いたよね。
まあそれと同じようなことなんだし、そんなに気にすることでもないのでは??
それに…王の動きはちょっと変だったし。
と私は安易に考えていたのだけど。
この後、とんでもないことに発展していった。
それから私は、我先にとダンスを申し込んでくる貴族や来賓の方たちのお相手をして、くたくたになって部屋に戻った。
明日は、国葬の準備だ。
殯の宮から陛下のご遺体を棺に納めて、寺院に運んでいく。
そして明後日が国葬。
そこで私のこの国での、王妃としての役目は終わり。
着替えてほっと息をつく。
あ~~長い一日だった。
お茶を飲んで、少しだけお菓子をつまむ。
この美味しいお菓子たちとも、もうお別れなのね…
メンデエルに戻ったらアウフレヒト侯爵夫人とかと、お菓子サロン作ろうかな。
同年代の貴族の令嬢たちも招いて、メンデエルにもこのお菓子文化を広めていきたいわ。
そんなことを考えていると、メンデエルに帰るのも少し楽しくなってきた。
悪くないかもねえ、故郷に帰るのも。
お母様やきょうだいたちの傍で暮らすのは嬉しいし、フォルクハルトは本当に私を好きでいてくれたみたいだし…
「お妃様!」
突然扉が開いてクラウスが速足で入ってくる。
「なに!どうしたの?」
私は驚いて、持っていたゴーフルを取り落とす。
「すみません、少しお話したいことが…」
ちらっと侍女たちを見る。
私は心得て「ごめんなさい、皆、ちょっと出てくれる?」と人払いした。
私はクラウスを椅子に座らせて、お茶を勧めた。
クラウスはお茶のカップを受け取り、ひとくち口に含んで話し出す。
「先程、ギルベルト王太子殿下がフォルクハルト子爵様をお連れになって、陛下に非公式にご面会をお申し入れになりました。
陛下は目通りをお許しになり、ギルベルト王太子殿下はフォルクハルト侯爵様とバンケットホールでの非礼をお詫びなさいました」
あ、もう行ったんだ。
っていうか、私も関係してることだったんだから、私も一緒に行くべきだったんでは…
「陛下はお怒りの様子はなく、国賓でいらっしゃるのですから、お気遣いなくと仰いました。
しかし、公衆の面前での行為であったので、ルーマデュカの貴族たちは大国の面目を潰されたように感じ、少々立腹している。
ついては、明後日の国葬後に余と決闘をしましょうと」
「えっ?!」
何それ、何だその展開!
意味わかんない、王は何を考えてるの?!
「驚くギルベルト殿下とフォルクハルト様に、陛下は笑って、決闘と申しても物騒なものではありません、馬上槍試合でいかがですかと。
どちらが勝っても負けても良いのです、国葬が終わったのち王妃が急に入れ替わることについての言い訳にもなるし、極めて形式的で、体裁を整えるという意味しかありませんと」
「…それで、お兄様は何と?」
私はしばし絶句して、ソファに背を預け、呆けたようにクラウスに訊く。
クラウスは苦い顔をして「…お受けするしかなさそうですね、と仰いました。フォルクハルト様は真っ青になっておられました」と言った。
どうなるんだろう、これ…
勝っても負けてもいい決闘、なんて存在するの?
しかし、と私はお茶を飲んでいるクラウスを見遣って訝しむ。
何故クラウスはこんな話をリアルタイムで知ってるの?




