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109/160

109.装い

 翌朝、私の顔色は最悪だった。

 いつもは楽しそうにお化粧してくれるジョアナも、私のあまりに濃いクマと化粧のりの悪い肌に困り果てていた。

 私は「もう…いいわ、どうせ美しくなんてならないのよ」と投げやりに言って、ジョアナにとある化粧品を渡した。


 ジョアナは渡されたそれを見て、ひどく困惑して泣きそうになる。

 「お妃様…

 いつもと全然違っていらして、わたくしはどうしたら…」

 私は鏡越しのジョアナに、少し笑いかけた。


 「…ごめんなさいね。

 これを使ってくださる?」

 それでも渋るジョアナをなだめすかして、化粧をする。


 鏡に映る私の顔は、誰?というくらい真っ白だった。

 鉛のパウダーを使った、輸入物の究極の美白化粧品だ。

 そこへ濃いピンク色のチークをはたき、唇に朱を差す。

 目の周りに目張りみたいな黒くて太いアイラインを引き、瞳にベラドンナを点眼して瞳孔を開く。

 

 …滑稽な顔。

 こういうのが好きなんでしょう、あの王太子は。


 ドレスも、王太子が「露出が多い」と言って気に入っていなかったものを選ぶ。

 娼婦のように、背中を大きく抜いてみた。

 「お妃様…ちょっとこれはさすがに、モードにしても行き過ぎな気が…」

 ルイーズが恐る恐るというように、私の格好を見て評する。


 髪型は、鬘を使って大袈裟に盛り上げてみた。

 あちこちをリボンや宝石で飾る。

 重い。

 首が折れそう。

 

 いつもと違いすぎる私の言動に、皆は理由はよく判らないながら恐れをなして、遠巻きに見ている。

 私は姿見に映る自分の全身をじっと見つめ、やがて自分が哀れになってきた。

 

 バカバカしい。

 こんなの、あのバカ王太子の思う壺じゃないの。

 

 あんな奴の言うことなんか、気にしてやらない。

 わたくしを誰だと思っているの?!

 

 最後まで毅然として、何も気にしてない、あなたのことなんて何とも思っていないことを態度で示して、メンデエルに堂々と帰ってやる。


 鏡の中の自分に、不敵に笑ってみせる。

 リンスター、さあ、自らを憐れむのはおしまい。

 自分を尊敬できるよう、変えていくわよ!


 ふうっと息を吐く。

 遠巻きにしている皆が、びくっと身体を震わせるのを見て、私は可笑しくなって笑い出した。

 突然笑い出した私を呆然と見守る皆の顔が可笑しくて、また笑う。


 「悪ノリしちゃってごめんなさい。

 これ、あまりにも変だから、普通に戻すわ。

 手伝ってくれるかしら」

 笑いの残る表情で話しかけると、事情を知っているグレーテルとユリアナ以外の皆はホッとしたように笑いあって、私の方へ近づいてきた。


 王太子が作ってくれたドレスは、申し訳ないけど、着たくない。

 何故、王太子がこんなことをしたのか、判らない。

 言行不一致ってやつなのかしら。

 もうどうでもいいけど。


 着替えて化粧も落として、薄い化粧を施す。

 ジョアナは常々「お妃様はお肌の肌理(きめ)が細かくてとてもお美しいので、このままの方が映えますわ」と言っていて、あまり塗りたくるのを嫌っていたからだ。

 ジョアナの渾身のメイクは、確かに私によく似あっていて、派手ではないけれど上品な清楚さを演出してくれるようだった。


 「この季節に生花なんてよく手に入ったわね」

 私の頭の形に沿って可愛らしく結い上げた髪に、淡い色の生花を挿しているソレンヌに声をかける。

 ソレンヌははにかんだように笑って「庭師のシモンが、温室とやらいう花壇を持っていて、そこでは冬にも花が咲くそうです」と言った。

 

 へえ、温室…

 今度行ってみたいわ。


 そう考えて、心が重くなる。

 そうだ、私はもう、用済みの王太子妃だった。

 シモンともきっともう、話もできないで帰るのだ…


 ドレスは、侍女たちと作ったものにした。

 一番お似合いですわ!と絶賛してくれたものだ。

 淡いバラ色のローブデコルテのドレスは、私の首元や、日焼けしていなくて白い肌の部分を程よく上品に見せてくれる。


 敢えて、宝石はジャラジャラと着けない。

 ソレンヌが丹精込めて作ってくれた、目の細かいレースの手袋をはめて、私たちは皆、満足のため息をついた。


 さあ、行こう。

 最後の舞台へ。

 




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