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106.メンデエルからの招待客

 衛兵によって重い扉が開かれる。

 お兄様が入ってきて、その場で立ち止まり一礼する。


 私と王太子も立ちあがって迎える。

 約半年ぶりに会うお兄様はメンデエルの衣装に身を包み、相変わらず精悍で理知的な顔に穏やかな笑みを浮かべながら、私たちの前まで進んできた。


 その後ろから、何かの包みを抱えたユーベルヴェーク子爵と、…フォルクハルトが入ってくる。

 フォルクハルトはお気に入りの鬘を被り、凝った刺繍を施した上着を着ている。

 緊張の面持ちで、なんだか青ざめて見える。


 「フィリベール王太子殿下、リンスター王太子妃殿下。

 この度は、王陛下の崩御の一報に際し、誠にご愁傷様でございます。

 そして、王太子・王太子妃両殿下のご即位、おめでとうございます。

 即位式及び戴冠式ご招待くださり、ありがとう存じます」

 お兄様はそう言うと、深く一礼する。

 

 王太子は「遠くメンデエル国からお越しいただき、ありがとうございます、ギルベルト王太子殿下」と柔らかな声で言って、椅子の前の(きざはし)を降り、お兄様の手を温かく握る。

 私も急いで階を降りて、王太子の横に並ぶ。

 お兄様も「初めまして、フィリベール王太子殿下。リンスター、元気そうで何より」と朗らかに笑った。


 お兄様の懐かしい笑顔を見て、私は涙が出そうになる。

 「遠路はるばる、いらしてくださってありがとうございます、お兄様」

 私が言うと、お兄様はにっこり笑って私の肩をポンポンと叩いた。


 「今宵は各国からお招きした方たちとの歓迎の晩餐会があります。

 その時にまたお会いしましょうと申し上げたいところですがその前に…

 メンデエル国の宰相閣下から、そしてまたエリーザベト王女殿下からの幾度となくいただいたお手紙の件をお話しいたしましょう。

 明日からはしばらく忙しくて、ゆっくりお話しする時間は、恐らく取れないので」

 王太子はにこやかに言って、お兄様を促し、次の間へと足を向ける。

 

 二人の後ろからぞろぞろとついて歩きながら、私は不安に苛まれていた。

 王太子の態度からは、どうしたいのかが判らない。


 「お久しぶりでございます、リンスター妃殿下」

 私の隣に並んで声をかけてきたのは。

 「ユーベルヴェーク先生…」

 私はユーベルヴェーク子爵を見上げて、泣きそうになる。


 私より10歳ほど年上のユーベルヴェーク子爵は驚いたように私を見つめ「…リンスター様…あなたはもしかして…」と呟いて、その後絶句した。


 私は目尻に溜まった涙を指の先でそっと拭いた。

 「…自分の気持ちが判りません」

 と小さな声で言う。


 次の間に入り、大きなテーブルの向かい合わせに、王太子と私、メンデエルの人々が座る。

 テーブルにはお茶の用意がされていて、美味しそうな焼き菓子や生菓子が並んでいる。

 お兄様やユーベルヴェーク子爵は珍しそうに目を瞠っている。


 王太子がゆったりとお茶のカップを口に運び、ひとくち含むと飲み下して話し出す。

 「…我が国の父王が病床に伏したため、急ぎ私の婚姻をまとめなければということになり、メンデエル王国の王陛下を始め、皆様には大変なご迷惑をおかけしたと思っております。

 しかし何故、今になって嫁してきた第二王女をわざわざ離婚して、第一王女をを娶れなどと仰るのですか」


 お兄様はいつもの、明るく輝く表情を曇らせて重く口を開く。

 「こちらとしても、無茶を申し上げているのは判っております。

 ただ…第一王女エリーザベト、私の姉ですが…は、フィリベール王太子殿下を昔からとてもお慕いしておりまして。

 第二王女のリンスターが嫁ぐと決まった折から、お医師と共に身体を丈夫にしようとそれは大変な努力をいたしました」


 そこで一度言葉を切り、一度逡巡して思い切ったように言葉を紡ぎだした。

 「元来大変に美しく、世に聞こえた美女でありますから、見目麗しい王太子殿下のお傍に侍るのにふさわしいかと存じます。

 そもそも、ゆくゆくは大国ルーマデュカの王妃として恥じないように、幼いころから教養豊かに礼儀作法なども完璧に教育されてまいりました姉でございますから、王太子殿下もお気に召すことと思います」


 私は大きな木槌で、床に打ち込まれていくような気がした。

 お兄様が苦しそうに吐き出す一言一言が、私をバラバラにしてゆく。


 「エリーザベト様の、近影でございます」

 ユーベルヴェーク子爵が言って、持っていた四角いものを包んでいた布を取る。

 

 お姉様の全身を描いた絵だった。

 愛らしく微笑んでこちらを見つめる白い顔は少しふっくらとし、その光り輝く美しさは弥増(いやま)しているようだ。

 

 「…色が白いな」

 王太子がぼそっと呟き、私は心臓が大きくどくんっと打つのを感じた。

 

 色白の女性が好きな王太子。

 愛妾のアンヌ=マリーも磁器のような美しく滑らかな白い肌の持ち主だった。

 王太子は私の肌色をいつも気にしていた。

 美白の化粧品まで使わせようとして…


 

 

 

 

 

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