1.第2王女リンスター
夏の昼下がり。
王宮の長い回廊を、私は急いでこの国の王であるお父様の執務室へ向かっていた。
夏用で多少軽くしてあるとはいえ、十分に重くて暑いドレスをたくし上げて足早に歩いていく。
「お父様からの呼び出しなんて…
初めてじゃない?
どうなさったのかしら」
これまでに一度もなかったことに、私は不安を駆り立てられ、思わず呟く。
『今朝早くに、大国ルーマデュカの大使団が来ていました。
前触れもなかったようで、陛下や宰相閣下も大慌てでお迎えあそばしておられました。
何か、火急の用でもあったのか…
しかしそれにしては大使団というのが解せないですね』
私の後ろをちょこまかとついてくる、侏儒のクラウスが私にだけ聞こえる腹話術で囁く。
クラウスは私以外の人間とは絶対に話さない。
私のごく近くにいる侍女でさえ、クラウスが喋れることを知らないだろう。
それにしても相変わらず、早耳ね…
私はクラウスの情報収集能力の高さに改めて舌を巻く。
この宮殿の中にいる王侯貴族はもちろん、どんな卑小な職業の人間でさえ、クラウスを一個の人間として見ていない。
道化師のことなど、王女のおもちゃの一つくらいにしか思っていないのだ。
本当は並外れて賢く、鋭い観察眼と洞察力で宮殿・宮廷の中のことはすべて知っており、クラウス本人は唖のように口を利かず愚鈍なふりをして、あらゆるところに出入りしては情報を集めてきて私に報せてくれる。
「恐れながら王女殿下、只今陛下の居わします御部屋はここを左に曲がった、西塔の御居室にございます」
クラウスの更に後からついてくる、ディートリヒという中年の上級騎士が少し息を切らしながら言う。
そんなに早くは走ってないでしょう…こっちはこの重いドレス担いでるんだから。
騎士がそんなに運動不足で、この国大丈夫かしら。
私はつい、そんなことを思い、それからディートリヒの言葉の意味がようやく頭の中に入って「えっ?!」と大きな声で言い、急カーブで廊下を左に曲がる。
お父様の居室になんて、ここ何年も行ったことないわ。
お父様のお気に入りは、王太子のお兄様とそれから、長子のお姉様なんだから。
何が起こっているんだろう。
これから何が起こるんだろう。
私はさらに不安に苛まれながら、突き当りに二人の衛兵が槍を持って立っている、西塔の入り口を目指して走るように進んでいく。
衛兵たちは私の顔を見て、そして私の背後の背の高いディートリヒの姿を見て、緊張したように背筋を正して斜めに構えていた槍をまっすぐにする。
私は衛兵が開けてくれた重い扉を通り抜け、石造りの暗い階段を、手燭を持って待っていた宰相と一緒に登っていく。
振り返ると、ディートリヒとクラウスが衛兵に止められ階段の下で立ち止まり、私を見上げていた。
クラウスの黒く思慮深い瞳に私を案じるような光が色濃くあって、私はまた不安になりながらもクラウスに頷いてみせ、宰相に急かされるままに石段を上がって行った。




