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ラブコメ系

姉には荷が重すぎます!

作者: メグル

 ――ハイスペックな兄弟姉妹を持った時、そいつは劣等感に苛まれて嫉妬をするのだろうか、それとも強い憧れを持つのだろうか。

 ――世間、いや、家族でさえ同じ親から生まれたのだから同じ性能になるはずだと信じて生きていくものなのだろうか。


 僕らは容姿も性格も、性別も、生まれ持った魔法の属性さえ違う、どこにでもいるような姉弟であるといっても差し支えない。

まあ、仲はそれなりにいいほうだとは思うけど。


 僕の姉は生まれにそぐわない膨大な魔力に世にも珍しい全属性持ち、そしてそれは癒しの力を持つ聖魔法が扱えるということになる。

 つまりは聖女だ。


 そして、両親も首を傾げるほどにハイスペックな聖女レーナ・ウィスタリアは、僕ことアラン・ウィスタリアの姉である。


だけど僕は姉さんに嫉妬心も憧れも劣等感も抱いていない。周囲にも比較対象にすらされないほど凡人だ。

それに関して思うところがないわけでもないのだが、欲を言えばもう少し魔法の才能はあって欲しかった。そうしたらもっと姉さんの助けになれたはずだから。


希代の聖女として未来永劫語り継がれる将来を約束されるような姉さんは、国のために聖女として奔走しているかというと……。


「アラン、隠れるのにいい場所はない?」

「そうですね……」


 六歳で魔力持ちが行う教会での属性検査後、約半年だけ聖女として活動してそれからずっと家族と普通に暮らしている。

 ただし、平凡な少女として。


 枯れた川に水を流そうとして洪水を起こし、そよ風をおこそうとして竜巻を出し、けが人の治療のため癒しの魔法を使えば過剰な魔力供給となり魔力酔いで体調を崩す人が続出、教会を半壊させること三回に、城の破壊未遂が一回――。

 などと、彼女が起こした被害の話題には事欠かない。たった半年でこれである。

ただし止められる人間がいてこれだと言っておく。


 レーナ・ウィスタリアという聖女は、ハイスペックな能力を持つがそれを使いこなすセンスはゼロだ。もう一度言うが、ゼロである。それは十六歳になった今も現在進行形で続いている。


 そのため、威力の上限がある生活魔法以外は使わないという条件で実家で暮らすことを許された。

 というより、教会から手に負えないと実家に送り返された。


 教会側も王家も、姉を聖女とも言えなくはないが聖女ではないという曖昧な判断をして近くに監視役を置くだけに留め、未来永劫語り継がれると思われた聖女はあっけなく表舞台から姿を消した。


「今日こそお会いせずにお帰り頂くんだから‼︎」


 淡い紫の髪は先日、姉が自分でバッサリ切ったため肩のあたりで乱雑に揺れる。

 きちんと切り揃えないのは姉なりの反抗心からで、男爵家といえど曲がりなりにも貴族であると考えるとかなりロクでもないことをしているのは確かだ。


 貴族の女性は長い髪が美しいとされていて、産まれてから一度も髪を切らないというのが普通のことで、両親には姉もそれに加担した僕もこっぴどく怒られた。

 まぁあいつがその方が可愛いなんていうから、それ以上のお咎めもなかったけど。


「無理ですって、レーナ様。魔力垂れ流しの人間が逃げられるわけがないじゃないですか、幼児だってあなたのことは探し出せますからね」


 その後ろで使用人らしからぬ口調で喋るのは姉の監視役として派遣された男で、表向きは従者兼護衛として行動している。

監視役として派遣されるくらいなので実力はあるのだと思うけど、そんなとこ見たことがない。


「う、うるさいわね。だったらパーシル、門前払いくらいしたらどうなの。主人の意向に沿うのも従者の仕事でしょう」

「オレはあくまで監視役ですからね。だいたい、あの人相手に嘘なんてついたらオレの存在すら危ないですし?」


 言い争いを始めそうな二人を止めて、一瞬の静寂の間に風が馬の蹄の音を運んでくる。

 風魔法で強化した耳にかすかに聞こえたそれは、もうあまり時間が残されていないことを示した。


「早くしないといけないわね」

「そうだ、姉さん。これを」


 ポケットから取り出したのは改良を重ねたお手製のブレスレットで、魔法を補助するための魔道具だ。

 各属性の小さな魔石を埋め込んだものだけど、デザインはシンプルにしてある。


「ありがとう、アラン。これは?」

「放出魔力を抑えるものです。完全に抑えるわけではないので不安は残りますが……」

「十分よ。これなら今度こそ隠れきれるかも知れないわ」


 僕の手を取ってブンブンと振った姉さんはパーシルを連れて嬉しそうに家に走って行った。


 大方、倉庫にでも隠れる気なのだろう。

 あそこには魔力を発するガラクタが転がっているので、木を隠すなら森の中といっても姉さんの魔力は大きすぎるので隠しきれるのは怪しいところだ。

 例えるのなら、土から芽を出したばかりの双葉だらけの中に巨木があるようなもので、魔力の放出を自分でも抑えられれば効果はさらに上がるけど姉さんには難しいだろうな。


 さてと、僕も何処かへ隠れるとしよう。

 あいつには僕も会いたくはないから。


 選んだのは玄関のすぐ上にある小さなスペースで、立つことは出来ないほど狭い空間ではあるけど、外の様子の見れるため隠れるには適している。

特に人の出入りが多いこの場所は魔力も入り乱れるため、息をひそめるように魔力を抑えれば意外と気づかれないのだ。


 馬の駆ける音が近づき止まると、使用人たちが一斉にそいつを出迎える。

 そいつがありがとうと愛想よく微笑みながら手を振るだけ老若男女問わず吐息が漏れた。

 執事には何の効果もなく仕事に徹して大事なお客様を客間に案内をする。


 気づかれていないようでなにより。

 姉さんも無事だといいけど……。


 隠れたまま魔法は使わずに聞き耳を立て、周囲の音を探る。


 しばらくするとバタバタと使用人たちが走り回る音が聞こえてきた。

 きっと姉さんを探しているのだろう。いつものことだ。


 気配を感知されないように細心の注意をはらい少しだけ魔法を使って音を拾うと、ちょうどパーシルが捕まったところだった。


『パーシル、レーナはどこに?』

『メ、メイナード様。本日もお元気そうで――』


 パーシルの声が震えている。

 理由はいきなり声をかけられたからというだけではないはずだ。


『俺が体調を崩すなんてありえないと知っているはずだけどなぁ。それより、レーナを呼んできてくれる?』

『レーナ様でしたら――メイナード様ご自身が迎えに来てくださるのを待っているはずです。わ、私めがお二人の愛に口を出すわけには参りませんし、忙しいので失礼します』


 しれっと逃げるのための言葉を話すパーシルは、嘘も言っていないが真実も言っていない。

パーシルなりに味方ではいてくれているのだと思っておく。半分はメイナードが怖いんだろうけど。


 たぶん、あいつは笑っている。

 見えなくても想像はついた。


『ふーん、そう。今日もかくれんぼか。全く、愛らしいなぁ』


 あいつがこの家を自由気ままに歩いたところで誰も文句は言えないし言わない。

 それにこのかくれんぼは毎回のことで、制限時間は遅くても我が家の夕飯の時間まで、あとはあいつが急に職場から呼ばれるかのどちらかで、察しはついてると思うが姉さんは全敗している。


 姉さん(センスゼロ)じゃどう足掻いても魔力を隠すことが出来ないので、よほど探知が苦手な相手でなければ鬼側が圧倒的有利なかくれんぼとなる。


『みぃつけた。レーナ、今日も俺の勝ちだね。賞品として俺とお茶してくれる?』

『どうしてお会いしたくないと考えないのです』

『怒った顔も可愛いよ、レーナ』


 あいつは動じずクスリと笑い、姉さんはため息をついた。

 この男はいつもそうだ。突き放す手をさらりとかわして、胡散臭い笑みを崩さない。


 姉さんは思い切りため息をついて、勝負に負けたからと律儀にお茶をするのを了承した。

 そこらへんは姉さんの性格上、断り切れない部分があるけどだからと言って素直に受けるわけでもない。


『アランとパーシルが一緒でしたら』

『相変わらず恥ずかしがり屋だね、レーナは』

『相変わらず都合の良い頭ですこと』


 同じようなセリフを姉さんはあいつに返すが、あいつは意に返さない。


『それじゃ、すぐ二人を見つけてくるから先にテラスで待ってて』

『ゆっくりで構いませんよ?』

女性(レーナ)は待たせるのは主義に反するからね』

『……どうか頼んだわよ、アラン』


 姉さんは独り言のように呟いた。

 実際そうなのだろう。あの場にはもうあいつはいないはずだから。


 僕は魔法を使うのをやめて、すぐに魔力を隠して息をひそめる。

 パーシルは当てにならないから僕が砦だ。


 なんとかして追い返したいところだと、僕は袖の上から身につけているブレスレットを握り込んだ。

 姉さんに渡したブレスレットの劣化版だけど、僕にはこれでも十分すぎる。


 ――何かが引きずられる音がしてパーシルが捕まったのが分かって、それが目の前で聞こえるから緊張が走り、やがて通り過ぎる。

 一息つけたのはそれから数分が経過してからだ。


「ふぅ、だいじょ――」

「アラン、みーつけた。目の前を通ってなきゃ気づけなかったよ。魔道具作りの腕上げたね、アラン」

「――っ。くそっ、パーシルのせいで」


 この狭い空間に、僕と同じように寝転がり突然現れたそいつは、同性すら見惚れてしまうような顔で優雅に微笑んでいたが、僕は腹がたつと睨め付ける。


 あいつは僕の腕を取ると黒い空間を出現させ、瞬きする一瞬の間に姉さんの待つテラスへ瞬間移動をするのだった。


 この男はメイナード・アンバー。

 十八という史上最年少で魔法師団の副師団長を務める才能溢れる男で、姉さんの魔法の暴走にも対処できるほど、加えて家は公爵家、現王の甥にあたる。

 家柄も、魔法の腕も、容姿も、性格もどれをとっても一流と呼ばれてしまうような人間だ。

 老若男女問わず人気があり、彼を王太子に押す声も少なくない。


 世間的にはパーシルともう一人の監視役という形での姉さんの婚約者と思われている。

 それに魔法の属性や魔力は、子供が魔力持ちであれば似たような属性や魔力を持つことが多いので、その点でいうとこの婚約は理に適っている。


 なので、国のためになると反対する声は少なく、姉さんの魔法に対処できる数少ない人ということで婚約者となったメイナードに同情する声はあれど、どのみち高嶺の花扱いのメイナードの婚約者に対する妬みなんて声は一切聞かない。みんな恐れ多いと思っているからだ。


 ただ、実際のところメイナードは姉さんの監視役ではない。

 そもそもこの婚約はメイナードが大人たちを説得(おど)して成り立ったものだ。

 恐れることも、容姿に見惚れるわけでもない姉さんにメイナードは恋慕。日々一途な愛を姉さんに説いている。


 うちからすれば幼い頃から才能溢れる公爵令息にしがない男爵令嬢が娶られるということで、家の支援もしてもらえるし益しかないので両親は泣いて喜んでいたが。

 僕ら姉弟からすれば勝手に決められたことで、喜ぶなんて出来っこなかった。


 そんなわけで、釣り合わない相手との意思のない婚約を解消したい姉さんは日々奮闘している。

 僕も姉さんには荷が重すぎるも婚約解消に助力はしているのだが、奴から解消のかの字すら引き出せておらず、結果は十年近く過ぎようとしているが惨敗である。


「すみません、姉さん」

「いいのよ、アラン。規格外相手に善戦はできたはずだもの。パーシルの邪魔がなければ」


 パーシルは僕らを視線を無視してお茶を飲んでいる。

 使用人が一番に口をつけるのは良くないとはずなのだが、ここでそんなことを注意する人間はいないが、パーシルがフルーツサンドに手を伸ばした瞬間パチンと小気味いい音が響いて、パーシルの悲鳴が上がった。


 フルーツサンドに伸ばしたはずのパーシルの手は、まだ熱いお茶が入ったティーカップの中に入っている。メイナードの瞬間移動の応用だ。


「それはレーナのために買ったものだよ。主人より先に食べようだなんてもってのほか」

「先に言ってくださいよっ!」


 柔らかな笑みを浮かべてメイナードが言う。表情と雰囲気は噛み合ってない、つまり脅しだ。

 パーシルは自分で水の球を出して、火傷した指を冷やし始め、メイナードは机のお菓子を指差していく。


「ちなみにそこのパンケーキもガトーショコラもレーナへのお土産」


 唯一何も言われなかったスコーンにパーシルが手を伸ばしまたも同じことが繰り返される。


「ちょっ、なんでですか。何も言わないイコール、レーナ様への貢物ではないんですよねぇ?」

「うん。でも、それはアランに買ってきたものだから」

「え〜、俺への労いはないんですか〜」


 ないとハッキリとパーシルに伝えたメイナードは、姉さんの前に全部食べてもいいと言うが、姉さんは一人では食べきれないと返し少量ずつを皿に取るとパーシルにも分けてやった。


 自分の分も取り分けてもらえる期待したメイナードは、自分でお取りになってと姉さんからトングを渡され、つれないなと呟いていた。


 ついでと僕の皿にチョコチップ入りのスコーンを置いたメイナードはニコリと笑みを見せる。

目上の人に給仕の真似事させるなんてと怒れてしまいそうだけど、ここにはそんなことを気にする人間はいない。なんなら、いいぞもっとやれ状態だ。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。アラン、これ好きだったよね」

「えぇ、好物ですけど……」


 分かられているのが悔しいと顔を出せば、メイナードは一人楽しそうに笑みを深める。


「レーナほどではないけど、愛らしい義弟(おとうと)の好みくらい熟知してるよ」

「義弟ではないです」

「まだ認めて貰えないのか、残念」


 すっと僕から手を引くとメイナードは隣に座る姉さんに声をかけるが、姉さんはお菓子を口いっぱいに頬張っていて声を出せない。


 メイナードの視線に気づき口元を隠すと慌てて口の中のものを飲み込み、メイナードに何かを言おうとしたがメイナードにさえぎられてしまう。


「美味しい?」

「――はいっ!って騙されないんだから」


 元気よく返答した姉さんは、はっとなり椅子から立ち上がった。

 食べ物で懐柔されかけたと気づいたようで、自分の皿に取ったものだけ口に押し込むと我慢だと一切お茶にも手をつけなくなる。


 その様子をメイナードは愛おしそうに見つめて、姉さんがたじろぐのをからかって遊んでいる。


 羞恥と怒りで真っ赤になっていく姉さんは魔力を暴発させ、メイナードは僕らを守るためのバリアを張ると同時に魔法被害が最小になるように魔法を展開してみせて一言。


「からかいすぎたかな」


 全部メイナードのせいだから感謝も謝罪もしませんと姉さんが言えば、メイナードは空気を読んでまた来るよと言い残し帰っていく。


「絶対、婚約解消させてみせるんだから」


 決意を叫んだ姉さんはメイナードが持ってきたお土産を見つめて、もうちょっとだけならとつぶやき、それを聞こえていたらしいパーシルは呆れたように口を開いた。


「夕食が入らなくなっても知りませんよ。ちなみにシチューですけど」

「――それは困るわ」


 おやつと大好物の夕食を天秤にかけ悩む姉さんを見ながら僕は思うのだ。


 生まれ持った能力だけならメイナードとも釣り合う姉さんだけど、あの一途な愛や公爵夫人の立場とか、やっぱり全体的に姉さんには荷が重すぎると――。

最後までお読みくださりありがとうございました。


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