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第十話 戦争前夜

イリア視点


 リルちゃんは戦争に駆り出され、ものすごく強い敵と戦わされるらしい。

 そして死ぬかもしれない可能性も…考えたくないが、ある。


 父様の期待程度に押しつぶされそうになっていた自分が恨めしい。

 リルちゃんと恋仲になってから、あの子がナオイエに刺されたときのようなことが二度と起こらないようにと、一流の指導者のもとで魔術を死ぬ気で修行した。

 しかし、それはリルちゃんには遥かに届かない程度の努力で、なおかつ才能も届かない。

 リルちゃんと一緒に戦ったとしても互角の敵と戦えるような実力はない。


 こうなればもっと本気で取り組むんだった。

 今までも死にかけながら頑張っていたけど、その程度の追い込みじゃ足りない。

 私には多少優れている程度の才能しかないんだから、リルちゃんを守るためには、もっと…


 …いくらこうやって悔やんでいても意味はない。

 リルちゃんのもとに行かなきゃ。




「リル。お前は怖くないのか?」


 リルちゃんは兄様と話をしていたようだ。

 話が終わるまで待っておこう。


「怖いか怖くないかでいったら怖いですね。ですが、大した恐れはありません」


 やっぱりリルちゃんは怖いもの知らずだ。

 いつも自信に満ち溢れていて、負けることなど考えない。


「凄いな、リルは。私などお家を継ぐ程度のことですら怖がっているのに」


 兄様が自嘲する。

 私もリルちゃんも関わりが薄かったが、兄様は兄様で苦しみを持っているんだな。


「…私にとっては戦争に駆り出されて敵の最大戦力と戦わされることなどより、家を継ぐほうが辛いと思いますがね」


「いや、それはないんじゃないかな?」


 兄様が懐疑的な声色を出す。


「兵士として参加する戦争はなんのかんの言っても負けたら負けたで諦めが付きます。そういう状況に至らせた指揮官や王が悪いのですから」

 

 一拍置いて、言った。


「しかし領主は違う。民を死なすも生かすも自分次第。望む望まないに関わらず、領主となった時点で、責任に押しつぶされる」


 リルちゃんが悲しそうな目をして言った。

 兄様は苦しそうな表情をする。

 

「ならば、責任など考えなくていいのです」


「…は?」


「人間は皆運命の奴隷です。選択肢を最初から決められた一本道を歩んでいるのです。そのような状況で責任や義務や権利など阿呆らしい。好き勝手心の赴くままにしていいんですよ。もっとも、これも運命からは外れていないんでしょうけどね」


 我が国の国教であるゼアニス教においては、すべては運命によって決められていて、人間には変えられないという教義が定められている。

 それが正しいとは思いたくないし嫌いだが、好き勝手していいなどとは聞いたことはない。


「しかしそれだと領民が…神へも申し訳が立たない」


 兄様は信仰心が強い。

 神への畏敬を常に忘れず、特に守るべき民に対しては常に優しい。

 だからこそ、そのような自分にこんなことを言うリルちゃんが解せないのだろう。

 そういう私自身も驚いている。


「そのような状況に置いたそもそもの元凶である神がその程度のことで怒ると思いますか?だとしたら相当器が小さいんでしょうね。神の器は海より広くこの地より広いんでしょう?ならありえませんよ。あらゆる人間を悪人も善人も区別なしに救うでしょう。なら好き勝手していいんですよ」


「そうだな、たしかにそうかもしれない。すこし気分が軽くなった。…だが、もし私が悪政を敷いたら、お前は全力で殺しに来るんだろう?」


 兄様がニヤッと笑いながら言った。


「そうですね。私は別に心から誰かを憎みはしませんが、気に入らないことは全力で潰しに行きますよ。その人が何をしようがその人の勝手ですが、私の心に反するなら嫌な思いをしてもらいます。救うのは神の役割ですからね」


 リルちゃんもニヤッと笑った。

 そしてもうしばらく話してから、兄上はどこかに行ったようだ。



「リルちゃん、今日から国境に、戦争に、行くんだよね?」


 首肯するリルちゃん。

 私が心配そうな目で見ているのがわかったのか、落ち着かせるようなことを言う。


「安心して。私は絶対に死なないから。お姉ちゃんを残して死んだりはしないよ。だって私が死んだあとお姉ちゃんが他の人に取られると思ったら嫌だもん」


 付き合い始めてから思っていたが、リルちゃんは結構嫉妬深い。

 まあ、もっと嫉妬深い私が言うのも何だけど。

 リルちゃんが他の女の子を引っ掛けてきたらと思うと腸が煮えくり返りそうになるし。

 ここらへんは血筋なんだろうか。


「安心して、リルちゃんがいなくなっても私は他の誰ともくっつかないわ。リルちゃん以外考えられないもの」


 リルちゃんがもし戦争で殺されたら、私も後を追って死ぬ。

 覚悟はできてる。

 リルちゃんが死なないのが一番だけど。


「だから、絶対に帰ってきてね。帰ってきたら、今までよりもっと進んだこと、しよ?」


「〜っ、うん!」


 リルちゃんが赤くなりながら言う。

 私もものすごく赤面しているだろう。

 

 今度このようなことがあるなら、リルちゃんの力になれるようになりたい。




 ……そして、戦争の日がやってきた。

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