表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/39

1-5

 絶体絶命のバーゼルたちの上空にて、彼らの戦う様子をずっと映している、撮影機を背負わされた足の長い鳥が飛んでいた。その足長鳥が撮影し、送信する映像を中継して国中の受信機に放映しているのが、クロスブリッジ南地区に本社を構える、報道機関スイート・アリッサムだ。

 スイート・アリッサム本社のスタジオで、同社所属のヒューマス女性アナウンサーが映像に実況を乗せていた。

「こんにちわ、皆さん。ここからの実況は私、ラケナリア・ジッパーがお送りいたします。先ほどから起こっているシルバーズロア。首都クロスブリッジでシルバーズロアが発生するという非常事態は、今回が初めてになります。住民の避難は完了していますが、魔装高齢者とパワーケアワーカーたちの戦いはどうなっているのでしょう? 未だ続く戦いの様子を足長鳥がとらえました。それではご覧ください」

 スタジオの背景に映されたのは、バーゼルとストックが今まさに、大蛇に飲み込まれようとする瞬間だった。アロマ各地の民家や街頭の受信機が映したその映像に、国中で悲鳴が上がる。

「なんということでしょう!! パワーケアワーカー二名が召喚獣と思しき蛇の餌食になろうとしています! え、え? これ放送できるんですか!?」

 報道陣は阿鼻叫喚だが、放送は続行される。何故なら、足長鳥がとらえる映像に変化が起きたからだ。

「あ、あれは……!?」

 それは、白銀の鎧に全身を包んだ騎士だった。

 突如、カイドウの前に姿を現した騎士は剣をだらりと握り、兜の表面をバーゼルたちに向けている。かつて、見る人に高貴さを感じさせたであろう鎧は、所々が割れている上に、返り血が染み付いて、その様は酷くおぞましい。

「なんだお前は……? 何処から――――」

 カイドウの疑問に答えることもなく、騎士はボロ布と化した白マントをひるがえして駆け出し、剣でバーゼルたちに巻きついた大蛇たちを一瞬で切り飛ばした。

 解放されたバーゼルは、騎士を困惑に駆られた目で追う。

「味方……、なのか……?」

「私の敵ではあるらしい」

 カイドウが竜を騎士にけしかけた。竜の尾が建物をなぎ倒して騎士に迫る。竜の尾の太さは騎士の身長をゆうに超え、長さは道の端から端を軽く埋め尽くし、回避不能の域にある。騎士は一切の感情を動きに表さなかった。一方、完全に巻き込まれる位置にいたストックは、迫りくる尾に恐怖を叫んだ。

「バーゼルぅううううううッッ!!」

「うるせえ!」

 ストックに呼ばれ、バーゼルがストックと騎士の前に出る。そして、迫る竜の尾を障壁で受け止めた。

「ぬ……、ぉおおお!!」

 儀臓から魔力を限界まで引き出し、バーゼルは障壁の強度を上げていった。

 故郷のツンベルギアで軍人として訓練していた頃、建物一つ軽々と爆破してしまう自国産の魔導砲台の砲弾を、彼は連続十五発までもその障壁で耐えきった。

 それなのに、カイドウの竜はそんな過去の栄光をあざ笑うかのように、バーゼルの障壁を尻尾一振りで粉々に打ち砕いてしまったのである。

 障壁のお蔭で威力は弱まったが、尻尾で殴られた騎士とバーゼルたちは石畳に転がった。

「おい、バーゼル……。これ、流石にヤバくねーか……?」

 酷く痛む体には、既に力が入らず。ストックの危機感をバーゼルも同じく抱いていた。抱いてはいたが、バーゼルの関心は目前で起き上がる騎士の方にあった。

「こいつ……」

 立っているのに疲れ、瓦礫の上に腰を下ろしていたカイドウも、バーゼルと同じことに気が付いた。

「ふむ」

 騎士の鎧の中からあふれ出す紫色の霧。霧はあふれ出した分だけ、何処かからか漂ってきて鎧の中に入っていっているらしかった。その霧の出所は――――

「なるほど……。そういうことか」

 霧が発生しているのは、捕らわれの少女が持つ杖からだった。

 少女は手首だけを動かし、腰に提げていた杖を取って、魔法を使っていたのである。

「この霧の色……、これが例の“死霊術しりょうじゅつ”か!!」

 思わず腰を上げたカイドウの言葉に、バーゼルが目を丸くする。

「死霊術……。死体を操る禁忌の魔法……。これがそうなのか……?」

 カイドウは少女の近くに落ちている、手の平に収まる程度の大きさの正方形の物体を見つけた。

「“携帯魔導庫”……。それにこの騎士を……、この“騎士の死体”を収めて隠し持っていたのか!」

 カイドウが女子を睨む。怒りの滾った目で。

「お前を生け捕りにするのが今回の私の仕事の一つだが、魔法を使えないよう腕の一本や二本折っておいても問題なかろう。死者を冒涜する者にかける慈悲はない!」

 大蛇が締め付けを強くし、少女の全身の骨がきしみ始める。

 悲鳴を上げる少女に、バーゼルもストックもこのままではまずいと立ち上がろうとした。

 だが、間に合わない。

 バーゼルたちは立ちはだかる竜を突破することもできず、騎士も糸が切れた操り人形のように動きを止めてしまった。

 大蛇は少女を殺さぬよう、徐々に力を強めていく。痛みに耐えきれず、少女は瞳に涙を浮かべた。痛くて、苦しくて。

 少女の頬に一筋、涙が伝う――――


「――――遅れてすまない。バーゼル」


 少女の涙を止めたのは、大蛇の胴体を切り裂いた一振りのナイフ。

 切り口から体が凍りついていき、大蛇はたまらず少女から離れ、凍りついていく体を氷像と化すまで暴れさせる。そして、完全に凍った大蛇は自重で崩れ、緑色の魔力の霧となって消え去っていった。

 パワーケアワーカー、ゲルバート・ライゼス。少女を庇うように、カイドウと竜の前に堂々と佇んで。

 少女はゲルバートの背中と、一瞬だけ見えた彼の横顔に、懐かしい想いを胸に湧かせた。

「ゲル……?」

 けれど、少女が呟いた声はゲルバートに届くことなく、通信機から飛び出すネリネの声にかき消されてしまう。

『お待たせー! ゲルバート連れてきたよー!』

 通信機からネリネの声が聞こえた途端、ストックが元気を取り戻した。

「おっせーんだよボケ! 死ぬとこだっただろうが!!」

『んだとクソザコ兄貴!! てめえは黙ってろ!』

 ゲルバートの持つ青い紋様と冷気をまとったナイフを、カイドウが驚いた顔で見る。

「エンチャント・マジック……。今日は珍しい物をよく見る日だ。そんな古風な魔法を使える若者がいるとは……」

「ゲルバート!! まずは竜を片づける! 硬化と疾風、封魔のエンチャントを頼む! 俺には魔力強化もな!」

 バーゼルの指示に合わせ、ゲルバートが杖をバーゼルとストックに向け、呪文を唱えた。

「――――‘ホワイト・ヘリオトロープ’!!」

 二人の体に、硬化の魔法がかかったことを示す黄土色の紋様と、疾風の魔法がかかった証である緑色の紋様が浮かび上がった。続けて、バーゼルの剣とストックの銃にも、封魔の紫紋様が浮かぶ。最後に、バーゼルの体に魔力強化の青紫色の紋様が浮かぶと、二人は一気に活気づいた。

「よし!」「よっしゃあ!」

 ふらつきながらも武器を構え、バーゼルたちは再び竜に立ち向かった。

 カイドウは呆れた様子でつぶやく。

「無知で愚かな若者たちよ。エンチャントで得られる強化など、火に一本の薪をくべる程度の物だというのに」

 彼らの知らぬ所、スイート・アリッサム本社スタジオでは、エンチャント・マジックの説明として、「空調や洗濯機に使われている魔法陣」が挙げられ、視聴者は皆、戦争世代との戦闘での有用性に疑問を抱いていた。

 国中の人が皆、「エンチャントは日常生活に使う程度の小細工である」と認識した頃だ。

 国中の人は皆、己の認識と目にしている映像の相違に目を見張った。

 先ほどまで圧倒的な力でバーゼルたちを翻弄していた竜が、悲痛に咆哮をあげたのだ。禍々しい封魔の紋様をまとった剣に切られ、銃弾に穿たれ。全身から魔力を吹き出させられて。

 常に背後から押してくれる風の魔法が、バーゼルたちに並みならぬ速度を与える。目で追い続けるのが困難なほどに速く、間断なく攻撃を続けることを可能にする。

 明らかに、戦況は一変していた。

 バーゼルたちの体に浮かぶ紋様が、カイドウに気づかせた事実が一つ。

「これは……! これはただのエンチャントではない! “紋様”が違う!!」

 竜の拳を直に受けたストックが、建物を突き抜けて殴り飛ばされても、すぐに立ち上がる。拳を受けた瞬間に五体が弾け飛ばなかったのは、硬化の魔法が体を覆って衝撃を和らげてくれたからに他ならない。

「その紋様は……! この強さは! まさか……!!」

 竜が形を保てなくなり、魔力の光となって消えるまで、そう時間はかからなかった。

「太古の時代に失われたという究極の魔法の一つ……、“ロスト・エンチャント”か!?」

 国中が驚嘆に湧き上がり、歓声が弾けた。実況者のラケナリアも叫ぶ。

『みなさん! みなさん!! ご覧頂けたでしょうか!? 今、今! 召喚獣と思われる竜が、あの竜が! 駆け付けたパワーケアワーカーの魔法で形勢逆転! 光と変わって消滅しました!!』

「なるほど……」

 ゲルバートたちに取り囲まれ、カイドウが独りごちた。

「君たちは確かに、我々と戦うだけの力があるようだ。ビデンスのやつが、昨日そちらに捕らわれたのも、やつが未熟者だったからというだけではないということか」

 竜を失ったカイドウに対しても、ゲルバートたちは警戒を緩めない。

「大人しく投降してください。施設の部屋の準備は既に整っています」

「優秀だ。実に。しかし、ここまでだ」

 カイドウは腕時計で時間を確認して、呪文と共に杖を振った。

「――――‘ダーヴァ・モンステラ’!!」

 それに合わせ、空に現れた巨大な魔法陣が八つ。

「できるだけ街を壊したくはなかったが、仕方あるまい。約束の時間が来てしまった」

 それぞれの魔法陣から這い出て地上に落ちてきたのは、つい今しがた倒したのと同じ竜だ。それも、今度は八匹。

「おいおいおいおい……」

 ストックの顔が真っ青に染まる。ゲルバートはバーゼルに目線でカイドウを示した。バーゼルが頷き、二人が行動しようとした時である。

 カイドウは自身のローブのポケットから、小型の機械を取り出した。その形状から、映像を受信、あるいは撮影して送信する機械であると思われた。

 地面に置かれたその機械が空中に映像を投影する。巨大な光のスクリーンが映し出したのは、二人の老人と一人の老婆の姿だった。

 ゲルバートの脳に衝撃が走る。全身が冷たく感じて、眩暈に体勢を崩しそうになる。

 ゲルバートの背後で、ローブの少女も何か辛いことを思い出したように、胸を押さえた。

 映像の中、中心で車椅子に座っている老人が口を開く。

『繋がったな。準備はできているか?』

「ああ。できているよ。国中が見ているはずだ」

 懐かしい声だった。かつて、毎日のように聞いていた声だ。映像に映された見覚えのある部屋と老人たちを見上げ、ゲルバートは体が震えるのを感じた。

『我々は、老人ホーム“銀狼の里”の利用者である。どうか御拝聴頂きたい。デイジー・ア・ロマの住人たちよ。国中に存在する、シルバーズロアの同士たちよ』

 国中で湧き起こっていた歓声は既にやんでいた。八匹の竜と、映像越しに語りかける老人の姿に目を奪われて。

『この私ハンゼン・アライオウ! アランダ・キーパー! ベスティオ・シャガ! そちらに受信機を運んだカイドウ・ボーンヘッジ! そして今席を外しているタキウス・ガレオンズ! 以上五名、現時点をもって、シルバーズロアの開始をここに表明する!!』

「狙いはこれか……!」

 全てはこの表明を行うためであったことを、バーゼルは悟った。厄介払いとして召喚獣をばらまき、パワーケアワーカーと街中で戦闘をすることで報道機関を呼び寄せた。何もかも計画通り、カイドウの思うとおりに事は進んだのだ。

『シルバーズロアに参加しない他の銀狼の里の利用者と職員、及び泉望郷の住民たちを、泉望郷セントラルラインに乗せてそちらに運んでいる。政府は即刻、首都クロスブリッジから彼ら共々、住民を避難させてくれたまえ。住民の避難が終わり次第、我々はクロスブリッジを制圧、過剰なフォクシィ優遇政権を破壊し、ヒューマスのためのデイジー・ア・ロマを取り戻すための戦いを開始する』

 国民同様、ストックは恐怖に身を震わせる。

「でっけえ挑戦状だなおい……。戦争始める気満々じゃねえか、こいつら……!」

『シルバーズロアの同士たちよ。泉望郷に集え! 今こそ、在りし日のアロマを蘇らせる時がきたのだ! 秘めた怒りを掲げる時が! 待ち続けたこの時が!!』

 アロマ全土を震撼させる演説だった。国民は恐怖し、政府は演説に影響されて活発化するであろうシルバーズロアへの対策に動いた。情報は近隣諸国にも伝わり、世界が押し動かされていく。

 ――――そんな中。

「お久しぶりです。ハンゼンさん。アランダさん。ベスティオさん。それに、そこにはいないけど、タキウスさんも」

 混迷極まる中、ハンゼンたちに話しかけたのは、ゲルバート。

「え? なに? 知り合い?」

 思わず尋ねたストックだけでなく、バーゼルやネリネもそんなゲルバートに驚きの声を漏らさずにはいられなかった。ゲルバートの背後では、ローブの少女がゲルバートとハンゼンたちの再会を見守っている。

『やはり、ゲルバートか……。お前がパワーケアワーカーになっていたとはな。現実を受け入れられずに逃げ出した男が、まだ未練がましく介護の道に留まっているのか』

 嘲るようなハンゼンの口調。ハンゼンの隣に立つアランダは、三年ぶりに見たゲルバートの姿に、悲哀と慈しみの混ざった目を向ける。

「ええ。結局、こういった仕事にしか就く気になれませんでした」

『……。それで? お前はどうするつもりだ? また、俺たちの前から逃げ出すか?』

 ゲルバートは呪文を唱え、杖を構える。パチパチと、電撃が小さな音を立てる杖を。

「いいえ。止めて見せます。今度こそ……!」

 電撃は次第に暴れだし、周囲に拡散し始めた。

『オーバーエンチャント。あの頃と同じ失敗だ。何も成長していないな、お前は』

 杖にまとわる電撃は増加し、肥大化していく。様子がおかしいことに気づいたのは、アランダとカイドウだった。

 エンチャントにしては、電撃が大きすぎるのだ。ゲルバートの杖に拡散していたはずの電撃が収束していくことに危険を感じ、カイドウは竜を一匹、ゲルバートの正面に急速度で下りてこさせた。

「ハンゼンさん――――」

 そして、竜の牙がゲルバートに届く前に――――

「僕は、本気です」

 ゲルバートは極太の電撃をたらふく溜め込んだ杖を、前方に突き出した。それに合わせ、バーゼルが走り出す。

 杖から放たれた一直線の電撃の奔流は、竜の開いた口から背中を突き破り、カイドウの障壁を破って、彼の頭部横ぎりぎりを通過した。

 国中の人が、その威力にぶっ飛んだ。体ではなく、心が。

 カイドウの障壁が、電撃に破られた一点から弾け飛ぶ。カイドウが障壁を失った一瞬に、バーゼルはカイドウに剣が届くまで距離を詰めた。

「最高の仕事だ。ゲルバート」

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃――――!

 カイドウの体を切りつける半透明の魔法の剣。バーゼルは一心不乱に剣を振り、カイドウの魔力を一気に削りきった。

「オ、オーバーエンチャントを利用した……、破壊魔法だと……? 馬鹿な……。こんな少年が……!?」

 カイドウが魔力を失い、彼の体は自然と魔力を作るために全身のエネルギーを儀臓に集中させる。すると、全身から力が抜けて、カイドウは石畳に倒れた。

 主が魔力を失い、形を保てなくなった竜たちが消えていく。ストックが我を取り戻して、慌ててカイドウの手首に封魔の魔法陣が刻まれた手錠をかけた。

『ゲルバート……。いいだろう。お前が立ちはだかるなら、俺たちはお前を越えていこう。俺たちを止めると言ったその覚悟、見せてもらうぞ』

 ハンゼンの鋭い視線から、ゲルバートは決して目を逸らしはしなかった。通信が途切れるまで、ずっと。

 映像が消えても、夕暮れから夜に変わりつつある空を、ゲルバートはずっと見上げていた。

「……、あれ? さっきの子は?」

 ストックが辺りを見渡し、ローブの少女を探す。いつの間にか、彼女はその場からいなくなっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ