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1-1 轟竜召喚士【カイドウ・ボーンヘッジ】

 ――――五年後。王国歴一三三八年。終戦から三〇年が経ち、この物語は真に幕を開ける。

 そこは、魔法世界ワンダリオ。

 戦争に身も心も浸かりきった魔法使いたちが殺し合っていた世界。そして、老人になってなお、魔法使いたちが戦うことを忘れられずにいる世界。

 これは、ぶち壊れたジャズのような、そんな世界で繰り広げられる物語。


 デイジー・ア・ロマ。

 大抵の人は縮めてアロマと呼ぶ国。その首都、クロスブリッジの街中に設立された高等学校で、十七歳になったゲルバートは、ホームルームの終了の挨拶が済むと、すぐに教室を出た。

「ゲル! 待って待って!」

 ゲルバートを追いかけて同じ教室から出てきたのは、一人のフォクシィの女子。ゲルバートと同じくらいの歳に見える。だが、フォクシィの寿命はヒューマスのそれとは大きく違い、ヒューマスが二〇歳で成人して八〇歳ほどで死に至るのに対し、フォクシィは五〇歳で成人する上に一二〇歳近くまで生きることができる。

 その女子ハルサもまた、若々しい見た目に反し三七歳という年齢であった。最も、成熟するのが遅い分、精神年齢の成長も遅いので、彼女はまだヒューマスでいう十七歳程度の少女でしかない。

「この後仕事のシフト入ってるんでしょ? 今日は私とだから、一緒に行こ?」

「ああ、今日はお前と僕か。老人ホームの利用者、誰が来てるか分かる?」

「んーとねー。確か……、エリアスさんと新規の人が一人来て、後は先週と同じ人たちかな。全部で十二人」

「じゃあ割と楽そうだな。明日も学校と仕事あるし、助かる」

 ゲルバートは大きく欠伸をしながら伸びをした。ハルサはそわそわとゲルバートの横顔に目をやり、鞄の中に手を入れたまま、そこに入っている物を取り出すタイミングを見計らっていた。

「週五で学校、学校の後で介護の仕事だもんねー。まだ学生だから週末は休めるけどさー。それにゲルは“あの仕事”もあるし、一人暮らし大変そう」

「家族が近所に住んでるし、別にそんな大変でもないけどな、今の所」

 港町でもあるクロスブリッジの街並みには、ひやりと鼻をくすぐる潮の香りが風に乗ってやって来る。潮風の中、石畳の上を歩きながら、ハルサはゲルバートとお揃いの銀色の髪と尻尾を揺らして、彼の周りをくるくると回る。

「ちゃんとご飯食べてる? 深夜売店の油っこいお惣菜じゃないやつ」

「う……」

「部屋の掃除は?」

「あ……!」

「洗濯物は? ゴミ出しは? 汚部屋の精霊さん(注・限りなくゴキブリに近い姿をした邪悪な精霊)はでてない?」

「止めろ! 思い出したくない!」

「はい駄目ぇ~。全然できてなーい」

 少し機嫌を損ね、職場の老人ホームに速足で向かうゲルバートをハルサが追いかける。

「あ、あっ。待ってってば」

 ゲルバートを追い抜いて、彼の正面に立ったハルサは、鞄の中にしまっておいた物を、勇気を振り絞ってゲルバートに差し出した。ゲルバートはハルサの手の上に乗っている、可愛らしい包装紙で包まれた物をじろりと見つめた。

「……、なにこれ」

「今朝私が作ったクッキー。あげる。ゲル、クッキー好きでしょ?」

 ゲルバートがクッキーを受け取った。クッキーの包装紙がゲルバートにつまみあげられると、ハルサの心臓はどきりと高鳴った。

「へー。すごいじゃん。ありがとう」

 ゲルバートが嬉しそうな顔を見せると、ハルサの顔が赤くなる。

「あ、そ、そうだ! 私、提出しなきゃいけない物あったんだ! じゃ、ゲル! 私、先に行ってるから!」

 ゲルバートのお礼も耳に入って来ず、ハルサは急いで職場へと走り出してしまう。

 ゲルバートは白い石を積んで造られた街の、そこかしこが花で溢れる街並みにクッキーをかざしながら、様々なローブを羽織る町人たちに混ざって歩いた。


 首都クロスブリッジの西区にある老人ホーム“エボニーツリーズ”。その老人ホームはヒューマスに限らず、生活するのに介護が必要な者で、アロマ国民でさえあれば、誰でも利用することができるというのを売りにしている。

 学校が終わってからの、午後四時から午後九時までの五時間。それがゲルバートのような働く学生に許された就業時間だ。

 エボニーツリーズの二階。比較的軽度の介護度(その人にどれだけ生活支援が必要かの指標)の利用者たちが集まる、個室が併設されたリビングがゲルバートの職場だ。

 ハルサは引き戸で仕切られた向こうにある、同じ間取りのリビングで働いており、その日は彼女とゲルバートの二人で、二つのリビングにいる計十二人の利用者の世話をすることになっていた。

 ヒューマスにフォクシィ、ドゥージ(犬人間族)にクラシウス(トカゲ人間族)まで、人型四種族の老人老婆がそこにはいた。

「イーギニーさん。御夕飯ですよ。ほら、口開けてください。あーんって」

「あぁ……、はぁいよぉ」

 ゲルバートが木のスプーンで、細かく具が擦られたスープを、イーギニー老人の震える唇の間に流し込む。イーギニーがスープを飲み込んだのを確認して、ゲルバートは次は小さく切られた肉野菜炒めをスプーンですくった。

「はい、口開けてくださーい。ゆっくりでいいですからねー」

 頭頂部付近に生える、イーギニーの垂れた犬の耳がゲルバートに応えてぴくりと動く。イーギニーが口を開け、ゲルバートがそっとスプーンを口に入れる。両手を上手く動かすことができないイーギニーには、夕飯を全てそれを繰り返して食べさせてあげる必要があるのだ。

 しかし、問題は次々にやって来る。同じリビングで、一階の厨房から運ばれてきた夕食を食べる利用者たちは、ゲルバートが他の人の相手をしていてもお構いなく彼を呼ぶ。

「お兄さん! トイレ連れてって! 早く!!」

「はいはーい」

「ゲルバルトさん! このご飯美味しくないよ! 別のに取り換えて!」

「ゲルバートですって! すみません、今日はそれしか用意できないんです! 厨房の人に伝えときますから、勘弁してください!」

 ゲルバートは爬虫類のような鱗に覆われた肌と顔を持つ、二足歩行するようになったトカゲの如き外見である、クラシウスのエリアス老婆を車椅子に乗せると、車椅子を押してトイレに連れて行った。そのままその老婆の体を支えてトイレの座椅子に座らせ、エリアス老婆の排泄が済むと、その股間を丁寧に紙で拭いた。

 エリアス老婆を席に戻し、今度は料理に文句を垂れるドゥージの老婆、リゼルに頭を下げる。

「本当にすみません、リゼルさん。栄養は考えて作ってありますし、食べてやってください」

「いつもここのご飯は美味しくないね。嫌んなるよ。ちゃんとこれを作ってる人に伝えてるんだろうね? ゲルバルトさん」

「ゲルバートです。伝えてますよ。栄養重視にしないといけないので、味付けはなかなか難しいんだと思います」

 リゼル老婆は垂れる犬の耳を揺らして仰々しく溜め息を吐き、苛立たしそうに舌打ちをした。高齢者を預かる立場である老人ホームでは、身体に障る味付けの濃い料理は出し辛い。家で濃い味付けを好んで食していたような利用者からは、栄養重視の薄味料理に不満の声を聞くことも珍しくない。特に、味や香りにうるさいドゥージの人からは。

 不満を言われたからと言って、職員が勝手に判断して別の料理を出す訳にはいかないのだ。利用者の寿命を縮めるような真似は、間違ってもできない。

 他の利用者たちの相手をしながら、イーギニーに夕食を食べさせ終えた時には、一時間近くが経過していた。

「ゲルー。こっちのお爺ちゃんベッドに移すの手伝ってー」

 隣のリビングからハルサがやって来た。ゲルバートは利用者たちの服を寝間着に着替えさせ、その服を水流式魔法陣が刻まれた洗濯槽に入れる所だった。

「ああ、すぐ行く」

 魔法陣に手を押し当てると、魔法陣が起動して洗濯槽の中の水が回り始める。それを確認して、ゲルバートは隣のリビングへ向かった。

 けれどその途中、ゲルバートの足が公共放送用発声植物ラジオの前で止まる。

『今日午前、クロスブリッジ郊外で、ヒューマスの魔装高齢者テロリストがフォクシィの男性を殺害する事件が発生しました。同テロリストは昼の内に鎮圧、保護され、施設に送られたとのことです。政府はこの事件を魔装高齢者テロ“シルバーズロア”として区分することを発表しました』

 放送局から地中に広がる根を通して音が伝わり、リビングに置かれた発声植物から流れ出すその放送に、ゲルバートは目を鋭くさせて、静かに胸中のざわめきを抑えていた。


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