8話 夜叉先輩の影響は色濃い。
◇◆◇
尋問といえばカツ丼……なのだが、冷蔵庫の中にそんな分厚い肉なんてなかったので、適当にコーンフレークで我慢してもらう。
カップラーメンよりも簡単に出来るなんて、コーンフレークのポテンシャルは凄まじいな。
「主、外は寒いですし暖かい物を食べたいのですが」
「そんな薄着でいるから寒いんだ」
「もっと良い物を出してくれとは言いませんので、せめて暖房をつけてください」
「キミ、自分の立場分かってる?」
俺のお見舞いがてら高級プリンを完食した夜叉先輩にプリンの抜け殻をいただいてお見送りした後、俺は白髪空中浮遊系女子のシロに事情聴取をしていた。
昨日の夜の事や、そもそものシロの正体など聞きたい事は山の様にある。
「はぁ。取り敢えず、もう一回自己紹介をしてくれ」
「自己紹介ですか?」
「そう。名前とか出身とかそもそも人間なのかとか色々あるだろ?」
「名前はシュプレンヒルト・イール・ドラッセル・エクス・リシュタインで、出身はレイ・ミストルティア。種族は精霊と言うのが最も適切でしょうか」
「オーケー。得体の知れない存在だって事はよく分かった。それじゃあ次の質問だ」
「どうぞ」
自称精霊さんは偉そうと言うか、自分の態度を全く変えずに話を続ける。
おそらくシロは誰が相手でどんなシチュエーションであってもこうやってマイペースに会話をするタイプなのだろう。
存在だけでなく中身まで謎な女だ。
NOTPO女の称号を差し上げよう。
「何故俺を主と呼ぶんだ?」
「私がこの世界で法術を使うための依り代に丁度良いと判断したためです」
「依り代って事は、俺の生命力か何かを吸うためって事か?」
「いくらか語弊はありますが概ねはその通りですね」
「それじゃあお前は、俺の生命力を吸う代わりに俺に何かをくれたり?」
「主の如何なる命にも従います」
「如何なるって例えば? 流石に世界征服をして来いって言ってもそれは無理だったりするだろ?」
「いいえ。如何なるは如何なるです。成功か失敗かは問わず、主が命ずるのであればどの様な任であっても遂行します」
「へぇ……」
遂行という言葉には成し遂げるという意味がある。
俺の命令を成し遂げるのならそれは成功なのだろうが、それでも成功か失敗かを問わずと言うのなら、遂行した上で失敗することもあるのかもしれない。
例えば俺の命令は達成したけれど俺の命が失われる………みたいな。
「おぉ、時間経過によって異なる食感が楽しめるとは驚きです」
いや、この浮遊系少女がそんな事まで考えているわけないか。
大方、遂行という熟語の意味を知らずに使ってしまったとかだろう。
「それじゃあ次の質問だ」
「ふぉのふぁえに、ふぃふぉふひいてもふぃいれふふぁ?」
「口の中の物を飲み込んでから喋りなさい。それで、質問ってなんだ?」
「………ゴクリ。主のその紋様は産まれつきのものですか?」
シロが黒い手袋に隠れた俺の左手の紋様を指差しながらそんな事を口にする。
「いや、4日前に気がついたらあったな」
「なるほど。となると、後天的に授かったわけですか。中身は備わっていないので未だ形式的な意味しか持たない様ですが、ここに力を流しこまれたら器の方が持つとは到底思えませんが………。いや、天上の存在が下界の物質的な状態を考慮する訳がありませんか」
「一人で納得しているところ悪いんだが、俺にも分かる様に説明してくれ」
「しかし、主は法術についての知見はまったく無いのでしょう?」
「それを念頭においた上で分かりやすく頼む」
「そうですね………この世界は変化を遂げています。主はその変化の中心に選ばれました。このままだと主は……」
シロがどう表現するのが適切なのかを考える様にコーンフレークののったスプーンに視線を下ろし、数秒ほど間を開けた後で続きを語る。
世界の変化の中心なんて言われてしまった俺は、その数秒間ですらもどかしく感じてしまった。
「このままだと主は死にます」
「……何で?」
「本来その左手の紋様は圧倒的な力を持つ者の象徴であり、その紋様と圧倒的な力は2つ揃っているべきものなのです」
「ん? でも、俺には圧倒的な力なんて無いぞ?」
「ですのでこれからその力が主に注ぎ込まれ、その力に耐えられる器ではない主は力に飲み込まれます。肉体は作り変えられ、精神は崩壊するでしょう」
「それが俺が死ぬって事なのか。ちなみに、タイムリミットまでどのくらいなんだ?」
「天上の意思を図ることはできません。数分後かはたまた数十年後か、もしかすると主が命を落とした後になるかもしれません」
「それじゃあ、俺が助かる方法とかあるのか?」
「主が望むのでしたら、私が力を引き受ける事で肉体の再構築と精神の崩壊を防いでみせましょう」
「それをやった場合、シロはどうなる」
「物凄く強くなります」
「は?」
「私の器であれば全ての力を受け止められるでしょうし、物凄く強くなります」
「あ、そう。それじゃあ特に肉体に異常とかはないんだな?」
「はい。主は命を繋ぐ事ができ、私はかつて以上の力をつける事ができる。まさに両者両得の関係です。このコーンフレークとミルクの様な関係ですね」
「上手いこと言おうとして、余計訳わかんなくなってるぞ」
なんて皮肉を口にしてはいるが、どうにか生き長らえる事が出来そうで密かに安心する。
それにしてもこの謎のコーンフレーク大好き少女は、どうやらここ最近の世界の変革のついて俺よりもかなりの情報を持っているらしい。
「それで、結局シロは一体何者なんだ? 何となく察しはついているけれど、別の世界的なところから来た人外って感じか?」
「ですから初めに言った通り、私はシュプレンヒルト・イール・ドラッセル・エクス・リシュタイン、精霊です」
「……あっそ。それで、当分はここに住むって事で良いんだな?」
「ええ。奇災に巻き込まれてこの世界に飛ばされてしまった私にはする事もありませんし、当分は自分探しに勤しみます」
「さいでっか。まぁ、部屋はいくらでもあるから好きに使ってくれ。それと俺は伏見真昼、大学生だ。どうぞよろしく」
「分かりました。よろしくお願いしますダイガクセイさん」
「それは俺の名前じゃない」
「もしや蔑称でしたか?」
「はぁ……マヒルって呼んでくれ」
「分かりましたマヒルさん。それと、コーンフレークのおかわりをお願いします」
「はいはい。たーんとお食べ」
こうして特に先を考えずに謎の真っ白い少女と同居生活を送る事となって俺こと、伏見真昼。
だが、そんな俺の穏やかな生活にあの様な辛い出来事が降り掛かろうとは、この時の俺は予想だにしていなかった。
◇◆
今日は金曜日である。
シロとのおかしな出会いや夜叉先輩の襲来により有耶無耶になっていたが、本来の金曜日は大学で授業を受けるべき登校日だった筈だ。
大学での授業は5限からのものもあるし今から登校しても遅くはないのだが、一度つまづいてしまうとヤル気というものはなかなか立て直せないもので、今日は自主的に休校にする事にした。
「というわけでそうと決まれば情報収集だ。シロ、俺に法術を教えてくれ」
「それは構いませんが私は基本的に主の側に控えるつもりですし、習得の必要は無いのではありませんか?」
「何にでも不測の事態はあるものだし、昨夜みたいにいきなり襲われて訳も分からず倒れるなんて嫌だ」
「ふむ。こうやってこうやって……」
「それより、さっきから何をやってるんだ?」
シロは先ほどから空中にフヨフヨと浮かんだまま腰ダメに両手を構えて、漫画を読んでふむふむ言っている。
七つの玉を集めて龍を呼ぶ漫画にふむふむ言う内容があったのかは覚えていないのだが、シロは熱心に同じページを行ったり来たりして漫画の中身を何度も読み返していた。
「なるほど。属性を持たせずただ衝撃のみを与える訳ですか」
「おい。何となく展開が読めたから言っておくけど、手からビームとか出すなら外でやれよ」
「仕方ありませんね。それではそうしましょう」
シロはそう言うとフヨフヨと窓から外へと出て行き、引き継ぎカメがハメハメしそうなビームの練習を続ける。
仕方ない。法術についてはとりあえずネットで情報収集をするところから始めるか。
「夜叉先輩には一人で法術の練習をするなって言われてるけど、流石に文章を読むだけなら問題ないだろ」
なんて言いつつも、机の上に置いてあった空のジンジャーエールの瓶を通して夜叉先輩に見つめられている様な気がした俺は、先にその瓶を台所に持って行ってから自室に戻り、PCを立ち上げて椅子に座る。
「法術……日本の学校教育における教科の一つ。人の扱う神秘。聖法術と魔法術の総称」
検索ボックスに法術と打ちこんだ結果を軽く目で追ってみたところ、法術がこの世界では一般的なものである事を改めて認識させられる。
子供向けの教育系のサイトも数多くあるみたいで、ひらがなで「はじめてのせいほうじゅつ」と書かれた教育系のサイトなんかも数多く見受けられた。
「ただ、子供でも分かる内容なら人に聞いた方が早そうだよな…」
どんな学問でも一番最初にするべきは簡単な法則の暗記だし、法則を覚えるにはその原理を俺の理解度に合わせて解説してもらうのが最も手っ取り早い。
「シロ。調子はどうだ?」
「属性変換をしない攻撃というのはあまりメリットがありませんね。全属性への耐性を持つ者などそういませんし、この程度の火力では実戦で使う事はそうそうないでしょう」
「法術って俺でも使えるのか?」
「主は神秘とは何だと思いますか?」
「藪から棒になんだよ」
「もう一度問います。主は神秘を信じますか?」
一通りビームを撃つ練習を終えたシロが窓から部屋の中に入って来て俺にそう尋ねる。
どうやら法術について俺にレクチャーする気になってくれたみたいだが、いきなり奇跡とか神秘とか言われてもな…。
「……神秘ってあれだろ? 人の力じゃどうにもならない超常の現象みたいな…」
「概ねその解釈で間違いありません。そして人の扱う神秘は法術と呼ばれています」
「つまり、法術っていうのは人が自力で起こす奇跡みたいなもんか?」
「そうですね。正確には人に起こせる神秘がギフト、人に起こせない神秘が奇跡と呼ばれています」
「………なるほど」
「ただし、法術は人が扱う神秘ですが本来人が扱える力ではありません。法術とは人が望む事で初めて恩恵を得る事の出来る神秘なのです」
「……なるほど?」
「これが分からない様では主が法術を使える事はないでしょうね。それよりも寒いので窓を閉めてください」
「お前の出入りのために開けたんだけどな?」
自在に空中を飛べるのだし窓ぐらい自分で閉めろよと思いもしたが、ワガママなペットのお願いを聞いてやるのもご主人様としての務めの一つだ。
ここは甘んじて自称精霊さんのお願いを聞いてあげるとしよう。
「そもそも法術など扱えずとも人は生きていけますし、神秘を軽んじていてはいつか手痛い代償を払う事になります。先程も言った様に主には私がいるのですから、無理に法術を覚える必要などありません」
「つまり教える気はないと?」
「愚かな主でも核融合反応を興味本位で扱いたいとは思わないでしょう? この世界はどういうわけか便利だからという理由だけで法術を幼子にまで覚えさせていますが、私からして見れば異質としか言いようがありません」
「今朝方、俺に法術を覚えろって言ったのはシロじゃなかったか?」
「そうでしたか? 今朝はトーストを食べたい一心で頭がいっぱいでしたので」
「そうかい。まぁ、気が向いたらそのうち教えてくれ」
別に法術は今すぐに使えずとも何も困る事は無いし、シロが俺を守ってくれると言うのなら特に問題はない。
強いて問題を上げれば今後、シロを常に連れて歩かなくてはならない事だけだが…。
「……お前の服ってそれだけなのか?」
「そうですが、それが何か?」
「はぁ。今から服を買いに行くぞ」
「も、もしやそれは私とデートを?」
「果てしなくマイペースなのに、やっぱりそういう事は苦手なのな」
「主。主はやはり破廉恥なお方だったのですね。初対面の女性をデートに誘うなど、なんといやらしい」
「期待しているとこ申し訳ないけど、断じてデートじゃないぞ。これからこの家で生活する上でいっつも同じ服でいられると汚いし、これからの季節に向けてコートでも買ってやろうと思っただけだ」
「まさか初めての契約者がこれほどまでに不浄な存在だったとは……」
「だからデートじゃ……いや。デートだ。二人で手を繋いで、肩を寄せ合って、互いに微笑みを向け合うーーそんな甘酸っぱいデートだ」
どうせシロは人の話など聞かないのだし、いっそのことある事ない事を言ってみる事にした。
昨夜の救出には感謝しているが、マイペースすぎるシロに振り回されっぱなしというのもいただけないからな。
「あ、ああ、主。本気ですか?」
「ああ。精霊ってのは主の言う事を聞くものなんだろ? 早く準備しないと置いてくぞ」
「し、しかしぃ……」
部屋の中でシロが真っ赤にした顔を隠しながら浮いている間に、俺は歯を磨いたり寝癖を治したりと身支度を整える。
シロはその間、指の隙間からチラチラと俺の方を覗いていたが、俺の準備が終わる頃合いには諦めがついたのか、俺が靴を履いていたあたりでようやく近付いて来た。
「は、初めてなので優しくしてくださいね」
「はいはい。ほら、行くぞ」
シロはそれなりに美人だし手を繋げば緊張するかもと思っていたが、俺の心は想像以上に平静なもので、特に緊張らしい緊張は全くしていない。
これはあれか。日頃、夜叉先輩とかいう異次元に美人な女性とばかり行動している弊害なのか。
「ちくしょう。いつから俺は恋愛的EDになっちまったんだよ」
「あぁ……主の手の温もりが………」
俺自身はなんて事の無いどこにでもいる大学生だ。
それなのにシロの様な可愛い女の子と手を繋いでいても、俺の心はピクリとも動いてくれない。
それもこれも夜叉先輩が日頃から俺を揶揄うためだけに、色仕掛けやら過剰なスキンシップやらを仕掛けてきた所為だと俺は思う。
はぁ。
俺の大学生活…夜叉先輩の影響を受けすぎだろ。