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6話 夜叉先輩に今日は会わなかった。

 

 ◇◆◇



 昨日の夜、というか今日の午前0時頃にこの世界に訪れる変化を待っていても何が変わったのかちっとも分からなかったのだが、今日の授業が終わって日が暮れても何も変わらずに分からないままだった。



「ちっとも分からん」

「分からないなら手牌見てやろうか?」

「いや、それは良い」



 今日は夜叉先輩の家でのバイトがないため、大学での唯一の男友達である芝寿人(しばひさと)に誘われて彼の友人と共に深夜麻雀をやっている。

 深夜と言っても現在時刻は19時前なのだが、終電まで麻雀をやるつもりなのだから深夜麻雀と言っても過言ではないだろう。



「分からないって、何か悩みでもあるんですか?」

「悩みと言えばそうなんですけど、こう……スキルとか法術ってあるじゃないですか?」

「ありますね」

「その法術って神秘じゃないですか?」

「神秘というか、ギフトですね」

「それって、なんなんですかね?」

「さぁ? 何なんでしょう?」



 芝の友達(青髪青目の少年)が俺に釣られて首をかしげてしまった。

 俺自身何を疑問に思っているのかすらわからないため、こんなあやふやな質問になってしまったが、これでは相手も答えようがないか。

 えぇっと、もうちょっと具体的な質問をしないと。



「その、お名前はなんでしたっけ?」

「儂はエリザベートじゃ」



 何故か俺が尋ねた方とは別の芝の友人が返事をしてしまった。

 まぁいっか。こっちの赤髪赤目の美人さんがエリザベートさんね。

 ていうか、どうでも良いけど芝の友達は2人とも派手な格好をしているんだな。



「10回は一緒に卓を囲んでんだろ。何で覚えてねぇんだよ」

「人の名前を覚えるのが苦手なんだ。って、それより。エリザベートさんは法術って使えますか?」

「なんだお前、エリザベートさんを口説いてんのか?」

「いや、そういうんじゃねぇよ。お前に聞いてもマトモな返事が返ってこないから仕方なくエリザベートさんに聞いてるんだ」

「ほう。仕方なくじゃと?」

「あぁ、違うんです! 決してエリザベートさんに嫌々質問しているわけではなくてですね!」

「エリザベート。あまり伏見さんを困らせるものではありませんよ」



 ど、どうしよう。

 もしかしてエリザベートさんを怒らせちゃったか?

 ていうか10回も一緒に卓を囲んでるって嘘だろ?

 全く記憶にないぞ……。



「そういえば自己紹介の途中でしたね。僕はアレクです。どうぞよろしく」

「あ、はい。お願いします」



 アレクさんはどう見ても小学生ぐらいの身長しかないのに、青髪青目だったり敬語を使いこなせていたり、こんな時間に雀荘にいるのに誰にも咎められていなかったり、色々と謎な人だな。

 まぁ、それに負けず劣らず俺の対面に座っているエリザベートさんも見た目と言い、口調と言い只者じゃないオーラをビシバシ出してるのだけれど。



「それで、儂が法術を使えるか否かという事じゃったか?」

「はい。差し支えなければ教えていただけたらと…」

「よかろう。儂はこれでも元まおぅ––––あだっ!? これアレク! 何をするんじゃ!!」

「うるさいぞバカ。周りの客の迷惑になるから静かにしろ」



 え、えぇぇ。

 なんでこの2人はいきなり言い争いを始めたんだよ。

 ていうかアレクさんに蹴られたエリザベートさんの足がガスッて結構痛そうな音してたけど、大丈夫なのか?



「え、えぇっと。大丈夫ですか?」

「すみません。どうもエリザベートは以前から抜けているところがありまして」

「は、はぁ……?」

「それで法術の話でしたね。僕もエリザベートも使えますよ。もちろん聖法術が、ですけれども」

「儂が得意なのは聖法術よりもまほ–––あだっ!!」

「おい、また腹を聖剣で掻っ捌かれたいのか?」

「す、すまぬ。儂は黙っておるのじゃ」



 なんとなくこのオネショタ2人の上下関係が分かってきた気がする。

 赤い髪の多分俺よりも年上のエリザベートさんは余計なことを喋っちゃうちょっぴりダメなお姉さんで、小学生ぐらいの見た目の青い髪のアレクさんはしっかり者の優等生。

 つまり、俺と夜叉先輩の関係とは逆って事だな。

 ……なんか自分で言ってて泣けてきた。



「それより、何故伏見さんはエリザベートが法術を使えるのかお尋ねに?」

「そう深い理由は無いんですけど、なんとなく気になったと言いますか」

「そうなんですか?」

「ええ、まあ。…………そ、そんな事より、アレクさんが得意なのは法術ではなく聖法術なんですか?」

「なんだお前? 聖法術は法術の一個だろ? だから聖法術も法術の一つだろうが」



 つい先程のアレクさんの発言が気になって質問をしてみたら、意外なタイミングで芝が話に割り込んできた。

 芝には法術と聖法術の違いが分かるのか。

 よし、もう少し詳しく聞いてみよう。



「それじゃあ、法術の一つって事は他にもあるのか?」

「聖法術の他には魔法術がありますね。まぁ、魔法術を使うのなんてテロリストの様な俗物ぐらいなものなのですけれど…」

「魔法術は決して瑣末なものでは……あぁいや。なんでもないぞ。魔法術は悪者が使うものじゃな!」

「そうなんですか」

「こんな常識的な事も覚えてないなんてお前、さては魔法術でも使ってんのか?」

「……まっさかー。あ、それロン」

「え? おいおい、清一色(チンイツ)黙聴(ダマテン)とかマジかよ。それもドラが頭とかやってらんねー」



 何とか麻雀を使って誤魔化す事が出来たが、今のは結構危なかった。

 そうか、今日の変化は追加じゃなくて分化。

 法術が聖法術と魔法術に分けられたのか。

 そしてニュアンス的には聖法術は一般向けの法術で、魔法術はテロリストが使う覚醒剤的なタブーを持つ法術。


 もう少し詳しく聞きたいところだが、これ以上は怪しまれそうだし今日のところはここまでにしておくか。

 大学生が覚醒剤に関わっているケースはチラホラ聞くし、俺も芝を含め彼らに魔法術を使っていると疑われたら厄介な事になる。

 仮に俺が魔法術を使っているだなんて噂が流れればいつも一緒いる夜叉先輩にも迷惑がかるし、これ以上は出来るだけ彼らの好感度を稼ぐ様に立ち回った方が良いだろう。



「いやぁ、僕が伏見さんと同じ手牌だったらリーチしてしまったと思いますけど、伏見さんは巧みですね」

「そうっすか? 点数的には黙聴でゆっくり待った方が良いかと思ったんですけど」

「かぁーっ、それで法術がどうとか訳分かんない話してたのかよ! ズリィヤツ!」

「盤外戦術も麻雀のうちだ。ほら、倍満だから一万六千」

「けっ、持ってけドロボー!」

「ふん。まぁまぁじゃな」



 ふぅ、何とか誤魔化せたみたいだな。

 後は嫌味にならない程度の得点で適当に打っておけば俺が法術について尋ねた事は忘れてくれるだろう。

 芝の友人2人が優しそうな人達で本当に助かった。

 さて、今日は小金を稼いで帰るぞー!!



 ◇◆◇



「なんて思いながら打ってたのにまさか3半荘連続でハコられるとは」



 今日はなんとなく流れに乗っているし、1位か2位に入れるだろうと思っていたのだが、後半になってアレクさんとエリザベートさん2人にボロカスにやられてしまい、3半荘ゲーム)連続で点数を0にされてしまった。

 もしかするとあの2人、序盤は俺に勝たせといて、後半で油断したところを一気に搾り取ってしまおうというプロっぽい打ち回しをしていたのかもしれない………。



「いや、流石にそれはないか。そんだけ麻雀が上手ければ俺も覚えてるだろ。ていうか、エリザベートさんは序盤に何回もチョンボ(反則)してたし」



 なんて今日の麻雀の戦績を思い返しながら、すっかり軽くなってしまった財布を覗き込む。

 はぁ、そういえば夜叉先輩の家でのバイトの給料日聞いてなかったな。



「流石に少し厳しいし、近いうちに確認しておかないと……って、あれ?」



 体が重い。

 終電で帰って来て最寄駅から家に向かっていただけのはずなのに、寒気がして呼吸もままならない。



「もしかして……風邪か?」



 全身が怠くて力が入らないし、震えが止まらない。

 なんだ、なんだこれ。

 倦怠感が凄まじく、体が凍りつく様に冷たくなっていくのを感じる。

 もう、立っている事すらも出来ない。



「く…そ。こんなところで…………なんで……………」



 硬いアスファルトの上に倒れ伏して霞んでいく視界に意識を向けていると、誰かが俺の目の前に激しい光と共に現れた。

 その何者かが俺を見下ろしながら、こんな事を口にする。



「なるほど。私がこの世界に喚ばれたのは貴方をお守りするためですか」



 俺の意識はそこで、プツンと切れてしまうのであった。




 ◇◆◇





 ……………【5th reconstruction】開始。



 第127482648374号世界から、第47382847383732号世界への【悪魔】及び【精霊】の上位個体の転送を開始。

 …………………成功。


 続いて下位個体の自動生成機構の設置を開始。


 …

 ……………

 …………………成功。


【悪魔】及び【精霊】の定着を確認。




 ◇◆◇………《day5》



「ん、んんっ」



 日の光を感じて目を覚ますとそこは自分の家だった。

 昨日は謎の悪寒と倦怠感を感じて路上で倒れたはずだが、目を覚ましてみると自分の部屋のベッドの上で何事もなく寝ていた。



「もしかして昨日の出来事は夢………じゃないのか」



 昨日の夜の出来事を夢にしてしまうと、家に辿り着くまでの記憶がすっぱ抜けている事に説明がつかないし、何より俺の服には地べたに倒れた時の汚れがつき、そして俺は靴を履いたままである。

 おそらく何者かが俺をこの部屋まで運んでそのままの服装でここに寝かせたのだろう。

 そしてその何者かはおそらく……



「お前、誰だよ」

「おはようございます(あるじ)。ご気分はいかがですか?」



 天女の様なヒラヒラした格好で空中に漂うこの長い白髪の女の子に間違いない。

 なるほど今日の世界の変化はこの娘の追加か。

 外に出たらこんな感じの女の子がいっぱいいるのかもしれない。

 流石にこうも連日で超常現象を目の当たりにしてしまうと、大抵の事には動じなくなってきたな。



「おかげさまで気分はかなり良い。それであんたは?」

「それは何よりでございます。昨夜この世界にやって来た私の前で主が倒れていらっしゃいましたので、勝手ながらお助けさせていただきました」

「そうか。それは世話になったな。それであんたは?」

「いいえ。滅相もございません。しかしあの程度の魔法術も跳ね除けられないとは、もしや主は法術が使えないのですか?」

「ああ。残念なことにな。それであんたは?」

「そうですか。しかしこれは困った事になりましたね。私は主の体から力をいただいて自由に行動できますが、法術が使えなくては主はそれに抵抗する事が出来ません。やはりお互いの関係のためにも法術を習得していただきたいのですが」

「オーケー。分かった。感情豊かな表情で分かりやすい説明をありがとう。俺の名前は伏見真昼だ。人に名前を聞くにはまず自分からって言うもんな。で、俺の部屋でフヨフヨ浮いている貴方はどなた様ですか?」

「いえいえ。礼を言う必要などありませんよ。私は主の契約精霊、この程度朝飯前です。そうでした、朝ご飯はトーストでよろしいですか?」

「別に良いけどそうじゃなくて、我が物顏でうちに上がり込んでるおどれは誰じゃー!!」

「おぉ、主は朝からお元気ですね。それでは朝食の準備をして来ますので、お顔を洗ってお待ちください」



 そう言って俺を主と呼ぶ契約精霊さんは台所の方へフヨフヨ飛んで行ってしまった。

 やたら友好的で礼儀正しいやつだとは思うのだが、俺の質問にちっとも答えようとしないのはどういうつもりなのだろうか?

 いや、質問に答えようとしないと言うよりは、どちらかと言うと話を聞いていないと言った方が正しいか?

 何はともあれ、自分の部屋で靴を脱いだ俺は思わずこんな事を言った。



「だから誰やねーん」


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