第2件目 元魔王のオッサン、倒される。
「我が……あ、グフン! 今、戻った。」
「お疲れ! すぐに転送作業始めるよ!」
「頼む。」
転生者を支部まで運び終えるとすぐに転送班が転生者を転生装置に繋ぐ。もうわかってはいると思うが、転生装置とは名ばかりのコールドスリープ装置みたいな物だ。先程回収した彼は身体中を管で繋がれ、これからセラピーを受ける事になる。受療期間は基本的には治療するまでであり、最長は採算の都合もあって一年だ。しかしその間、転生者は数年数億年という年月を疑似体験したりする。因みにそれだけの間寝続けるのだから栄養は勿論、排泄物や筋肉量の事も考慮しなければならない。熟思う。この会社は得体が知れない。
「うん。問題無さそうだね。この新型車。」
「そうか。だが、トラックで人を轢くというのは慣れないな。」
「そうなの? でもベルウッド君、元魔王だよね? 向こうじゃ好き放題人を殺してたんじゃない?」
「それはそうなのだが……魔法で人を殺すのとトラックで人を殺すのはどうにも勝手が違う。」
「そうかなぁ。」
「確かに感触や感覚は全て本当の殺人だったかも知れない。だが、セラピーだった。つまり、幻だったと後から言われるとな。まるで今迄抱いていた女が実は人形だったと発覚したかの様な自信の喪失を……。」
「魔王キャラとオッサンキャラが交じるとそんな感じになるんだね……。」
「ん? 何がだ?」
「いやぁ、絶妙な下ネタと語彙の選択が……まぁ、いいや。でも、確かにそうかもね。車で人を轢く研修がある会社なんてウチくらいじゃないかな。」
「であろう? もし失敗したらと思うと……。」
「それは無い! 万が一が無いように僕達が日々苦労して転生車『転生ショッカー』を改造してるんだから!」
「我はまず貴様達のネーミングセンスに突っ込みたい。」
「口調口調。」
「おっと……。」
彼は転生車と呼ばれる患者回収車の開発と運用を任されている整備班のチーフ、ロックキャッスルだ。転生ではのんびりスローライフ系の隠遁賢者生活をしていたと聞く。年齢は不詳。細目でのほほんとしていて童顔だが、昔からこの会社にいるという噂もある。謎が多い人物だ。そして、わかると思うが、ネーミングセンスは無い。
転生しよっかーからの転生ショッカー。そんな名前の車で轢かれて転生したと聞いたら確実に未練を残して転生する事になるだろう……。
「苦労したんだよねぇ。顔をトラックの形に似せたまま変形機構積んでさ。クッションと催眠ガスで――。」
「あ、ベルウッド君!」
いつもの長い改造自慢を遮る女性の声。白衣を着て銀縁の眼鏡を輝かせながら此方に近付いてくる彼女は久留屋さん。元転生者ではない、転送班、送迎係の主任である。俺が転生から醒めた時もこの人が担当していた。
「久留屋さん。どうかしましたか?」
流石にこの人には敬語を使う。キリッとしていて、如何にも仕事の出来る女性といった風貌の彼女にはどうしても砕けて接する事が出来ないのだ。
「ちょっと来て欲しいの。」
「は、はい。」
「緊急みたいだね。」
「そう、借りていい?」
「はい、どうぞー。」
「ありがとう。じゃあ来て。」
戸惑いながらも付いて行く。ガレージを抜けてエレベーターに乗り、物々しいカードキーロックの付いた自動ドアを抜けると、衛生的な白い服を着ている作業員がガラスの向こうで働く通路に着く。そのガラスの壁と反対側の壁にあるのが彼女のラボ。
「突然悪いわね。」
「いえ、大丈夫です。」
「用事とか無かった?」
あると言えばある。と言ってもムーンランドに通り魔の演技指導するくらいだがな。
「無いです。」
「ならよかった。これ、見てくれる?」
久留屋さんが渡してきたのは黒いファイルだった。俺はこれを知っている。患者の個人情報が記録されている……謂わば”カルテ”だ。
「これ、俺のですか?」
「違うわ。」
「じゃあ見ちゃ不味いのでは……。」
「私が許可する。」
「……。」
何があったんだろう。ここに勤めて四年こんな経験は一度だって無い。そう言えば、珍しくこのラボには俺と久留屋さんの二人だけだ。いつもはもっと助手が――。
「悪いけど急いでくれる?」
「は、はい。」
圧力に敗けて俺はファイルを開いた。まず目を引いたのは女性の写真。若い。中学生か? いや、年齢十八歳。だけどヤケに幼い顔をしている。ミディアムの髪は軽くパーマが掛かっていて真っ黒。そして、転生者にありがちな隈の目立つ眼に死んだ表情筋。それでも、なんというか彼女は……美人だ。
「万丹……杏?」
「えぇ、彼女に見覚えは?」
「見覚え? いえ、特には……。」
「……そう。ウチの記録に残ってないだけでもしかしたらって思ったけど…………はぁ。」
特大の溜息を吐く久留屋さん。俺の所為だろうか。せめて理由くらい知りたい。
「あの、何かあったんですか?」
「……えぇ、ウチ最大の珍事件よ。」
「えっ、死ぬってケースは何度か過去にもあるって……。」
「えぇ。だから死んじゃいないのよ。それに、まだリカバー出来る可能性もある。」
「よくわかんないんですけど……。」
「因みに貴方、転生時に『魔王リーンウッド・U・ベルゼバブ』と名乗っていたのは間違いないわね?」
「な、ちょっ、なんですか急に! た、確かにそうですけど、ヤメて下さい!」
「そうね。悪かったわ。確認も取れたし、実際に見せてあげるからここで待ってなさい。それと、この事はまだ口外しちゃ駄目よ。」
「はぁ……。」
そう言って足早に部屋から出ていく彼女。
……駄目って、そんな事を言われても困る。だってこれから何を知らされるのかわからないんだから。しかし、アン? 元引きこもりの俺がそんな一回り以上も離れてる女子と知り合いな訳が無い。寧ろ血も繋がってないのに知り合いだったら今の御時世通報案件だろ!
そんな風にモヤモヤと考えているとすぐにラボのドアは開いた。
「……。」
久留屋さんの隣に立っていた女子は、先程見た女の子の髪をボサボサにして隈を拭い取ったような姿だが……。まぁ、同一人物だろうな。
そこまで考えた所で突如、彼女は膝から崩れ落ちた。目は見開かれていて、目尻には涙を浮かべている。そして、激しい息切れ。流石に異常に思えた俺は声を掛けようと一歩踏み出した。
「……見つけた。」
そうポツリと零す彼女。
そこからはまるで押さえつけていたバネが弾ける様に立ち上がって此方に向かって駆けてくる彼女の姿を覚えている。
「魔王様! 魔王リーンウッド・U・ベルゼバブ様ァ!」
驚く単語を口にしながら。その名を呼ぶのは嘗ての仲間以外ありえない。そこで真っ先に思い当たったのは同胞の一人。
「お前、まさか……!」
俺は手を広げた。再会を噛み締め、全ての喜びを抱き込もうと。そして……。
――顎に叩き込まれる拳。
「ろっぶぁあ!?」
「キモいんだよ!!」
あれは称賛に値する一撃だった。剣聖の秘技であった”星の閃き”とかいう技以来の美しさをあの拳に見たね、我は。でも一番ダメージが大きかったのは久々に女子から言われた『キモい』の威力だ。トラウマを的確に抉りエゲツない苦痛を与えてくるアレは賢者の放った”ダークネスヴェイン”並の威力がある。我じゃなかったら耐えられなかったね。
因みにそこからの記憶は綺麗に途絶えている。
*****
「うぅ……。」
覚醒と共にヒリつく頬の痛み。なんで? と思いながらもすぐに原因を思い出した。ってか此処は? 取り敢えず上体を起こす。
「あ、先輩起きた。」
ウチに基準服、つまり制服はない。だから全員私服での労働であり、センスを求められる訳だが……ムーンランドは社会人の経験があったせいかいつもしっかりと”らしさ”のある服装なんだよな。不意に傍に寄られるとデス聖女をやってた残念女という事も忘れてドキッとさせられてしまう。それにその長い髪……多分しっかり手入れがされている。向こうで知ったよ。女が長い髪を艶めかせるのにどれだけ努力しているかって。
「ムーンランド……?」
「そうですよー。約束すっぽかされたのにお見舞いにまで来てあげる優しい優しい後輩のムーンランドです。」
「あぁ……悪い。すぐに向かうはずだったんだが……今、何時だ?」
「六時です。もう太陽が上ってますよ。朝チュンですね。」
「ばーか。」
軽口を叩くムーンランドはベッドの隣に座り林檎を剥いていた。まるでホントに病人扱いだな。俺はただの怪我……だよな?
「んー、林檎美味しい。」
「って貴様が食うんかい!」
「え? 当たり前じゃないですか。先輩のはこっちです。」
そう言って差し出されたのはバナナ一房。勿論皮は向かれていない。
「朝林檎って健康に良いらしいですよ?」
「そうかよ。」
「いつ覚めるかわからない先輩に林檎剥いたら茶色くなっちゃいます。でしょ? だからバナナ。」
「なるほど?」
まぁわかる。
「……ムーンランド、此処医務室だよな? 俺が何故運び込まれたかは知ってるか?」
「えと、転生帰還者の立会で錯乱状態になった患者さんに殴られたって。どうかしたんです?」
「いや、なんでもない。多分、大体あってる。」
「災難ですねぇ。きっと罰が当たったんですよ。」
「お前を放っといたから?」
「年下の女性からの勇気を出したお誘いを断るなんて罰当たりでしょう?」
「ははっ。」
「なんですかその悪意ある笑い!」
「うっせぇぞテメエ等。殺されたくなきゃ黙るか死ね。」
「うぐっ。」
医務室で言ってはいけなさそうな言葉を語尾に付けて忠告を差し込む声。ここには医務班のダストがいたらしい。
「何が”うぐっ”だぶりっ子ってんじゃねえぞ。デス聖女はまだご健在か? 死ね。 あと、ベルウッド以外の前じゃお前もっとドライじゃねえか。死ね。」
「うわあああああああああ! この悪魔! 成仏しろおおおおおお!!」
突然大声を出して医務室から逃げていくムーンランド。ダストとは滅茶苦茶相性が悪い。語尾に都度死ねを添えるダストもダストで問題はあるが、口の良さに使わなかった分のスキルポイントを慈しみに振った様な人間だ。誤解はされやすいが話してみると語尾の”死ね”はなんとかだ”ニャン”と大して変わらないと思える。
「ちっ、苛つくぜ。悪魔は成仏しねえよ、死ね。」
「良い指摘だ。」
「てめぇもだコラ。転生帰還者の受け入れ中に油断してんじゃねえぞ。死にてえのか? 死ね。」
「いや、アレは誰にも避けようがない。本当に突然だったんだ。」
「ったく心配させやがって。死んだら殺すからな。死ね。」
「あぁ、そうしてくれ。」
「あら、やっと目が覚めたの? もう定時よ?」
続けてやってきたのは俺のこんな目に合わせた張本人の一人、久留屋さんだった。
「あぁ! 久留屋さん! やっとじゃないですよ! 説明をしてくだサッ!?」
「静かにしろつったよな? 次騒いだら殺す。そして死ね。」
「ってぇ……。」
三十を過ぎて頭をぶん殴られて怒られるこの切なさがわかるだろうか。ぶっちゃけ涙が滲んでいる。
「ごめんなさいね。取り敢えず説明したいから此方に来て。ここでは話せないわ。嫌って言っても来て貰うわよ。勿論残業代は出るわ。」
「…………はぁ。」
今度、大きい溜息を吐いたのは俺の方だった。
ここで心の一句。
残業代、出れば良いってもんじゃない。