3.届け物
「桜井。この後、帰る準備ができたら職員室にきてくれ。用件は朝に話したやつだ」
「はい。分かりました」
放課後、ホームルームを終えた後、先生から呼び出しがかかった。俺は、教科書等を鞄に入れ、職員室へ向かう。
少し浮ついているだろうか、足取りは少しばかり軽やかになっている。俺だって一人の一般男子生徒。女子の。それも学校一可愛いと名高い少女の一人暮らしの家に行くのだ。心が躍るのも仕方ない。
そんな心中、職員室の前にたどり着く。
職員室の戸を三回鳴らし、失礼しますと一言、中へ入る。先生は即座に俺に反応し、こっちだと言わんばかりに手招きをする。
「いつもすまんな。毎度毎度。放課後に呼び出して」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらも好きでやってることなので」
「そんなこと言われると、どんどん頼んじゃうぞぉ?」
是非と苦笑交じりに答える。
「それで、今回の要件のプリントがこれな。ほんで、ここにあるメモに真宮の家の住所が書いてあるから、よろしくな。まぁ、桜井のことだからないと思うが、悪用はするなよ?仮にも人の個人情報だからな」
「大丈夫です。真宮さんが嫌なことすると、全男子生徒から殺意のこもった攻撃をされると思うので」
「ホント真宮の人気はすごいな…」
確かにと軽い返事をし、そろそろ失礼します。と一声をかけて職員室を出た。職員室を出た後、一つの疑問が思い浮かんだ。
「マンションまで行くのはいいとして、プリントなんてポストに入れればそれでいいんじゃないのかなぁ。さすがに部屋の前まで行くってのは…」
さすがにないよなぁ。とつぶやく。
例えば、重要なプリントだから今週まで出さないといけないみたいだから、来れそうになかったら俺が預かるよっていう理由ならあり得そうではある。なんか、変に期待していた自分が恥ずかしくなってきた。
「くよくよ考えてても仕方ない。向かうか」
俺は教室を後にし、楓の家へと向かった。
「さて…着いてしまった…」
下校中、なにかと意識していた修人は、楓のことで頭がいっぱいで、一度落ち着くために自分に家に戻り、改めて楓の住むマンションのロビーに至った。
マンションのロビーに入り、先生から教えてもらった部屋番号を押しインターホンを鳴らす。
「すみません。同じクラスの桜井ですけど、真宮楓さんはいらっしゃいますか?」
二分ほどたっただろうか、少し間を置いてインターホンから声が聴こえた。
「はい…私が楓ですけど…桜井さん…?あの…どのような御用件で…?」
「えっと。今日休んでたでしょ?先生から今週中に提出してほしいプリントがあるみたいだから持ってきたんだ。とりあえず、知らせたからポスト入れとくよ?」
インターホンから聴こえてきた声は覇気がなく、弱々しい声だった。これは直接渡しに行って彼女に気を遣わせないようにせねばと思い、ポストに入れておこうかと提案した。
「いっ。いえ…その…こちらにきていただけませんか?昨日貸してくれたハンカチとかお返ししたいですし…」
「ハンカチは大丈夫だって。しかも、真宮さん風邪でしょ?病人に無理をさせるわけには…」
「え…えと…その…厚かましいのですが、こちらに来てプリントを渡していただいたほうがいいかなと…」
「あぁなるほど。わかった。そっちに向かうよ。ごめん。俺が気付くべきだった」
風邪をひいているのに、わざわざポストまで出向くより、俺が彼女にプリントを渡したほうが彼女の負担を減らすことができる。
そして、目の前の自動ドアが開く。俺は足早に楓の元に向かった。
エレベーターから降り、楓の住む部屋の前に立つ。三○四…間違いない。俺は玄関のインターホンを鳴らした。タタタという音が聞こえ、ドアの鍵が開き、楓が顔を覗かせる。
その姿は実に可愛らしく、妖艶なものだった。上は淡いピンク色のTシャツに下は紺のショートパンツを履いており、彼女のプロポーションが際立つ。楓は背はそれほど大きいわけではないが、出ているところでいるので余計に意識して見惚れてしまう。
楓が少し赤らめた顔に上目遣いでこちらを伺うと
「すみません…わざわざ届けてくださって…後、これ…ありがとうございました」
「別に返してくれなくてよかったのに…これ。さっき言ってたプリント」
「ありがとうございます。今週中に提出すればいいんですよね?」
「うん。もし、今週中風邪が治りそうになかったら、俺に連絡してくれれば取りに行くから。これが俺の番号ね」
「あっ。ありがとうございます…分かりました。風邪が治りそうになければ、桜井さんに連絡しますね」
俺は自分の電話番号が書かれたメモと一緒にプリントを楓に渡した。
「…その。手元にある袋は?」
「あぁ。これ?その…真宮さん風邪ひいてるから雑炊を作ってきたんだ。よかったらどうぞ」
「ありがとうございます…すみません。色々とご迷惑をおかけして…」
「大丈夫だよ。雑炊に関しては俺の自己満足だから。気にしないで」
俺はタッパーに入れた雑炊を渡した。
少しの間、楓と話をした後、彼女の風邪を悪化させるわけにはいくまいと、俺は家に帰った。
「なんか俺、とんでもなくお節介じゃなかったか?なにさらっと連絡先渡してんだよお…」
自分のベットの上で悶えながら、俺はその日、羞恥に追いやられていた。
「学校来た時、距離取られたりしないよな?」
俺は眠るまで、そのことばかり気にしていた。