願いを具現化する方法
失ったものは大きい。取り戻したいと思っても取り戻せない。しかし、願い続ければ具現するモノもある。本来求めたモノでなくても、大切だと想えるモノが。
屋敷に帰って直ぐに、山路、謙二郎、風の手術が行われた。山路の足は手術を行えば治る状態、著しく低下していた視力はジートの薬で直ぐに完治。謙二郎は栄養失調だった為、栄養のある点滴でほぼ回復。問題はもっとも重篤だった風。失った右腕は既に壊死が深刻な状態だった為、千切られた跡にも壊死が進行。壊死部分を抉るように切除するしかなかった。左足の骨折も膝のあたりから壊死が始まっていて、膝から下を切断しないと命に関わる。手術が終わると、義手が付けられない抉れた右肩と歩行に使えない左足が残った。
「戒さん、どうですか?」
寝ていた戒の下に風が現れる。
ジートが作った義足でぎこちなく歩き、右腕が隠れる長い袖を見せつける。
「少し元気になったな…」
「はい。ジートさん、凄いですね。こんなに早く歩けるとは思いませんでした」
「良かったな…。風、欲しいものはあるか?」
風は、少し考えて冗談っぽく話す。
「だったら…車に乗りたいです。風を切る感覚、響くエンジン音、誰よりも上手く扱えている嬉しさ…でも、無理ですよね」
精一杯明るく振る舞っているが、風の心は深く沈んでいる。当り前のようにあったものが無くなり、いつか叶うと信じていた願いは永遠に消えてしまった。助けてもらった事は物凄く嬉しい。だけど、贅沢な一部の心が失った者をどうにかして欲しいと思ってしまう。
「…諦めるな。願いを忘れるな。俺は信じている。いつかまた、風のスポーツカーに乗れるって…」
戒の言葉は、元気づける為の仮初ではない。本気でそう思っている。強く信じていれば願いが叶う日が来ると、信じる事を諦めれば何も叶わなくなる事を…。
「無理ですよ…私はそんなに強くありません!」
風は、左足を引き摺りながら去って行く。
「…」
戒は止めない。
今止めても、同じ事しか言えない。
戒は山路と謙二郎の病室に赴く。
山路はいびきをかいて寝ていて、謙二郎は読書に勤しんでいる。
「親父さん、謙二郎、元気か?」
「戒!」
戒に気付いた謙二郎は、読書を止めて笑顔を見せる。
「勿論元気です。崩壊した世界でこんな優雅な生活が送れるとは思いませんでした」
「だったら、少し話を聞いてくれるか?」
「何なりとどうぞ」
戒は風の事を聞いた。
どう話せば失った苦しみを緩和できるのか、どう寄り添えば少しでも希望を持てるように出来るのか。戒の話を聞いた謙二郎は、真剣な顔を止め笑い始める。
「ハハハ、戒らしくないね。喧嘩万歳の戒なら、些細な事じゃないのかな?」
「そう言うなよ。平和な日常なら気にしないが、崩壊した世界で絶望に苦しむのは…辛すぎるだろう?」
「確かにそうですね…う~ん、そうだな。戒、風の事どう思う?」
「どうって…車好きの女友達?」
「…それだと厳しいかな。もし元気づけたいなら、もっと親しくならないと…」
謙二郎の生暖かい視線。
その方面に疎い戒は、何の事やらさっぱり分からない。
次に向かったのは、呼び出されていた研究所。
ジートは、意気揚々機械を弄りながらブツブツ呟いている。
「来たぞ~」
「ようこそ、戒!」
満面の笑みを浮かべ、ジートは戒を手招き。
「何がそんなに嬉しいんだよ?」
「大発見です! 常識が一つ壊れました!」
難しい資料を漁りながら、一方的に説明を始める。
「戒、戦闘中の変化を覚えていますか?」
「力が溢れて…人間だった時と同じように動けた」
「そう、そこなんですよ! 金属でできているナノマシンが生物と同じ性質を具現化した。血の通った体を再現し、上昇する熱を発汗によって冷却。しかしながら、筋肉は人間のものとは思えない高度なエネルギーを内包し、汗は非常に優れた冷却性能を有している。人間の体を生物的利点と機械的利点を融合させた形にしている」
「お、おい…」
「戒、カプセルに入ってください! 今の体を調べればより理解が進みます!」
有無を言わせず、戒をカプセルに誘う。
戒は聞きたい事があったが、取り敢えず中に入る事にした。
「凄い! ナノマシンが完全に人を再現している! これなら人間の食事も機械の食事も可能! エネルギーの変換率も凄い! 摂取したエネルギーを100%活用している! ナノマシン本来の機能を十分発揮できるスペックに至っている!」
ボルテージの上がるジートは一人で突っ走っていく。
戒は、カプセルから出る。
「戒、もう少しお願いします!」
「この先は俺の話を聞いてからだ。俺にも深刻な問題がある」
ジートは少し冷静になり、戒の言葉に耳を傾ける。
「なぁ、ジート。風の腕と足、何とかならないか?」
「方法が無い訳ではないです。ただ、適合するか不明で…」
ジートは一枚の設計図を提示する。
「これは人体融合型のナノマシンです。失った部分をナノマシンで構築し補い、同じく構築した神経を繋ぐ事で自分の意志で動かす事が出来ます。問題になるのは拒絶反応。ナノマシンを異物と判断して免疫機能が攻撃すると、ナノマシンは免疫機能を排除して自身を定着させます。戒のように全身がナノマシンで出来ているなら問題にはならないのですが、風のように一部をナノマシンで補う場合、ナノマシンは補った部分以外の補助は行いません。その為、免疫機能が失われたせいで病にかかりやすくなったり、最悪の場合ナノマシンが健全な場所までナノマシンに変えてしまう可能性も…」
「最悪…俺のような機械になるって事か?」
「はい。しかも、戒のように存在値が高くない為、人と同じ性質を持つ可能性はゼロ。ナノマシン化してしまえば正真正銘の機械になります」
「破戒に奪われたナノマシン…リトルガーディアンシステムだったらどうなんだ?」
破戒と言うのは、未来の戒の事。分かり易いようにそう呼んでいる。
「あのシステムだったら、100%可能です。どんな状態にあっても、確実に人間にとって最高の状態を保証します。完全に機械化されていたとしても、人間の精神が残っているなら…正し、破戒を倒さないと人殺しの道具のままです…」
ジートは胸を押える。
生きている人間の体にもリトルガーディアンは入っている。活動は停止しているが、破戒がその気になればいつでも殺される。何故殺さないのか理由はハッキリしているが、それでも心配なのは変わらない。
「なぁ、風にナノマシンを使ってくれないか?」
「…本人の了解が取れれば、私は構いません」
「分かった…」
戒は、決意を固めて研究所を後にする。
風は、菜園で野菜に水を遣っていた。
アリアと弓に誘われて左手で行っている。表情は曇っているが、野菜に水を遣っていると少し気が紛れる。
「元気出しなさい。元気でいれば良い事あります」
「アリア、そんなに簡単に割り切れないよ」
弓の指摘にアリアは苦笑い。
励まされているのに、風は急に謝る。
「ごめんなさい。私のせいで…」
「どうして謝るのよ? 別に怒っている訳ではないわよ」
「私、戒さんを傷つけたかもしれなくて…」
「戒を…フフフ、それは絶対に無い。何を言ったのか分かりませんが、戒を傷つけるような言葉が在るとは思えません。どうして、戒の事で謝るのかしら?」
風は、妹の弓ではなくアリアを見ている。
「アリアさん、戒さんの事…そ、その…」
「か、勘違いしてません? 私と戒は、何にもありません! 全く以って全然、絶対!」
アリアの様子を見て確信する風。
ちょっとした悪戯心を覗かせる。
「では、私が戒さんを好きになっても良いですか?」
「い、いい、良いですわよ。べ、別に、戒のことなんか…戒なんか…」
言葉は正直。
明らかに動揺していて、言いながら感情が沈んでいく。
「すみません。忘れてください。私なんかが戒さんと一緒になれる訳ない…」
悪戯心は、素直なアリアの前で消沈。
弓は、風の右袖を掴む。
「お兄ちゃんは人を容姿で判断しない。どんな姿でも、絶対に…」
「弓ちゃん…」
「風! 話がある!」
菜園に現われたのは戒。
風の肩を掴み、捲し立てるように訴える。
「風、もし望むなら腕と足が元に戻るぞ! 正し、リスクがある。失敗すれば機人になる。俺は今の風でも、腕と足を取り戻した風でも同じだ! 怖いならそのままで居ろ! 車に乗りたいなら俺が代わりに運転してやる! 風が望むように運転してやる!」
弓の言った通り、戒は容姿を気にしていなかった。気にしていたのは、風の気持ち。車を運転したい気持ちを測って、必要な行動を後押ししようと思っていた。
「私は…」
戒は、顔をグッと寄せて言葉を待つ。
「…止めておきます。このままで良いです」
「本当に良いのか?」
「はい。その代わり…」
風の姿は外にあった。
大地を物凄い速さで疾走中。足になっているのは、戒。戒の背中におぶさり、左手で戒の首に掴まり、右足を戒がしっかり押さえている。
「どうだ、風」
「凄く気持ちいいです! 風が吹き抜けて、景色が七色に変わっていく」
戒は100㎞を超える速度で走りながら、所々現れる機人をコーナリングの要領で回避していく。回避した後も追ってくる機人をレース中の相手車に見立てて、追い付かれないように速度を上げる。
「最高のレーサーは抜けないぞ!」
乗っている風は、戒の背中に付けられた小さなハンドルを掴む。
「戒、次のコーナーは速度を落とさないようにお願いします」
「了解!」
コーナーとは勿論、機人。
速度を落とさず回避し、去り際に左手で機人を薙ぎ倒す。速度が乗っていた為、機人は粉々に壊れる。
「良い判断だ!」
「やっぱり運転はいいです!」
楽しそうにレース(?)を堪能する風。
屋敷の傍で見ていた謙二郎は、その光景に見惚れていた。
「凄い…」
謙二郎の傍に弓が現れる。
弓に手には、薬が握られている。
「謙二郎さん、ジートさんが薬を飲んでくださいって」
「ありがとう。弓ちゃん、凄いよね?」
弓は疾走する戒と風を見る。
「機械の体って便利そう」
「弓ちゃん、凄いのは機械の体じゃないよ。凄いのは、戒」
謙二郎の目は、何とも言えない憂いを帯びている。
「見てごらん、風の顔。あんな笑顔見た事が無い。世界が崩壊して、機人に掴まり、地獄のような生活を送り。もう二度と笑顔を見せる事は無いと思っていた。それを戒は難無く蘇らせた。誰に気兼ねする事の無い真実の笑顔…。僕も戒のようになりたい…」
謙二郎は、戒に救われてからずっと戒のようになりたいと思っていた。強くて、優しくて、誰に何と言われても真っ直ぐやりたい事を突き通す。絵画を始めた真の動機も、戒の真実を世間に教える為。
「謙二郎さんはそのままで良いと思います。お兄ちゃんみたいな暴力者にならなくても…」
「弓ちゃんも戒の良さを分かっていない。暴力のお陰で救われているのに、暴力のお陰で生きていられるのに、暴力を振るった事実だけで悪と断定している。暴力にだって善し悪しがある。戒の暴力は間違いなく善。言葉で通じる世界でしか生きていない者に、戒を非難する事は許されない!」
戒を語る時の謙二郎は怖い。
気軽に話せていた弓も、謙二郎から距離を取る。
「ごめん…」
謙二郎は、平和な世界が終わってから戒に対する感情が強くなっている。言葉の正義が失われ、正義の鉄槌が必要な世界になった。戒と同じように悪を捌き、戒と同じように暴力で大切なモノを守る。
戒と同じになれるなら、例えリスクの多い事でも挑戦する。