壊れた世界で絶えぬ笑顔を…
壊れたのは世界だけではない。築き上げた文明も、培ってきた社会も、今までの全てを否定するように全部壊れた。残されたのは、絶望と諦め。しかし、壊れても終わった訳ではない。終わりが来るまでは何が起きるか分からない。
世界が闇に包まれて一年。
世界を支配していた人間の数は激減し、代わりに機械化された人間が支配権を握った。機械化の際に人間は一度死んでいる。その為心は無く、ナノマシンによって構築された人口脳だけが行動指針。送られてくる指令に従い破壊と殺戮を繰り返す兵器。生き残った人間には二つの選択肢が与えられた。一つ、殺戮兵器が闊歩する世界で自由に生きる。一つ、機械化された人間に監視され不自由に生きる。初めの頃は自由を求める者が多かったが、過酷すぎる世界に心が折れ、今では殆どの人間が機械化された人間の監視下に置かれている。どんな世界になっても人間は生きる事を選んだ。理不尽で土に塗れた屈辱を味わっても…。
アーセオン家の屋敷。
崩壊した世界で唯一現存している建物。他の人工物は破壊されているが、何故かアーセオン家には手を出さない。そのように命令しているのは戒(未来)であるのは間違いないが、ここまであからさまに放置するとは思わなかった。
「ジート、まだなのか?」
「もう少しです」
「いい加減不便だぞ、この体」
研究所で研究に勤しむジート。
戒の声が聞こえるのは、隣で舞う小型の偵察機。
「簡単には作れません。何せ、物が物ですから…」
「天才でも限界はあるって訳か…はぁ~不便不便…」
ジートの体から戒の精神を取り出し偵察機に移した。同じ体のままだと精神が融合したり不安定になる為に講じた方策。当然理解しているのだが、今までと比べて格段に動き辛いのが不満。
「お兄様、紅茶はいかが?」
「お兄ちゃん、弁当持って来たよ」
アリアは、紅茶とお菓子。
弓は、皿に盛られた鉄屑。
「ありがとうございます」
ジートは、お菓子を頬張りながら紅茶を啜る。
「待ってました!」
戒は、鉄屑を分解して吸収。
「美味い! この体になって嬉しいのは美味い物が簡単に手に入るって事だな」
今の戒はナノマシンで出来ている。本来ならば、ありとあらゆるエネルギーを吸収できるのだが、急造された今のナノマシンでは、鉄を分解してエネルギーにするしかない。とは言っても、様々なものが機械化された世界。鉄は何処にでもある。
「すまないな。俺ばっかり美味い物食って」
「私達人間は食料不足で困っているんだから、もう少し恐縮しなさい!」
アリアは戒を睨みつける。
だが、戒は偵察機。何だか調子が狂う。
「…元に戻れるのかしら?」
「心配ですか? アリア」
「お兄様、揶揄わないで! し、心配なのは当然です…」
アリアが恥ずかしそうに頬を染める姿に、弓は疑問が過る。
「アリアさんは、お兄ちゃんの事をどう思っているの?」
「弓、何聞いているんだよ? 決まっているだろ、どうせ都合の良い…」
「使用人です」
戒が考えを言う前にアリアが答えを披露。
戒が思っていた答えと符合。
「それが本心なら、お兄ちゃんの事はもう放っておいてください! お兄ちゃんの事は私が面倒見ます! 例え元に戻らなくても…」
弓の妙なテンションには理由があった。
戒は最初から偵察機だった訳ではない。偵察機に精神を移す前に機械で作った人の体があった。人だった時と同じように動けて、人と同じように食事を摂る事が出来た体。しかし、アリアのわがままのせいで失う事になった。
「使用人の面倒は私が見ます。あなたこそお節介です」
「忘れたんですか? アリアさんのせいで体を失った事。機人が沢山居る町に買い物に行かせたせいで、お兄ちゃんは死にかけたんです!」
機人とは、機械化された人間の事。呼びやすいようにジートが呼称した。
「どうしても必要だったのよ…どうしても。その代わり、私もわがまま聞いてあげます! それでよろしいでしょ?」
「…死んでいたかもしれないのに、それで済まされるの?」
「弓、大丈夫だ。ジートがまた体を作ってくれる。だからもう喧嘩するな」
「…」
弓は走り去ってしまう。
「何なのあの子! 私だって…悪いと思っています…」
アリアの言葉に偽りはない。戒が体を失ってから、毎日顔を出し、毎日メンテナンスを手伝っている。ジートが指示を出さなくても一人で行えるくらい習熟した。その事は弓も知っている。しかし、不安な毎日を送る中で精神が疲弊し、許せる事も許せなくなっている。
「アリア、後でちゃんと謝っておきなさい」
「お兄様まで…」
アリアまで走り去る。
不安定になっているのはアリアも同じ。戒に買い物を頼んだのも不安を払拭する為に必要だった。
「なぁ、つくづく思うだろ? 兄って大変だな…」
「全く同感です…」
戒とジートには不安はない。
ただ前を向いて邁進している。
屋敷内に作られた菜園。
弓は野菜に水を遣りながら反省していた。
「私…また」
何度後悔してもアリアに不安をぶつけてしまう。何度落ち着こうとしても、何度自分に言い聞かせても、いざアリアを目の前にすると文句を言わずにいられない。
「…謝り方も忘れちゃったのかな?」
落胆する弓の背後にアリアの姿があった。
アリアは弓に謝りたかった。しかし、何度謝ろうとしても素直になれず、何度謝ろうとしても反発してしまう。
アリアと弓は違う人生を送って来た別人。だが、何処か似ているところがあって、似ているが故に反発してしまう。歩み寄ろうと思えば思う程、心とは裏腹に遠ざけてしまう。
「負けていられない!」
アリアは決意を固める。
「ゆ、弓…」
アリアの声を聞いた弓も決意を固める。
「アリア…さん」
顔を合わせれば心が激しく動く、反発し合う磁石のように。しかし、今日の二人は負けなかった。不安を捻じ伏せ、怒りを蹴り飛ばし、許し認め合う為に必要な言葉を捻り出す。
「ごめんなさい!」
二人の言葉は重なる。
寸分の狂いなく、全く同じタイミングで同じ想いを伝える。
「私達、親友になれえるかしら?」
「なってくれますか?」
これ以上の言葉は必要なかった。反発は嘘のように消え、まるで本当の姉妹のように打ち解ける。これまで話せなかった事を話し、これまで伝えられなかった想いを共有する。そして、女子が二人集まればあ淡い話も捗る。
「おわっ!」
戒が突然暴れる。
「どうしましたか?」
「何だか背中がむず痒くて…」
「異常でしょうか…?」
ジートは慌てて戒を調べる。
「異常は無いですね」
「本当か? 今もムズムズするぞ。どうなってんだ?」
戒は飛び回りながら我慢する。
ジートは心当たりを思い出したのか、クスクス笑う。
「もしかしたら…ハハハ。どうしようもありませんね」
「教えろよ!」
「噂話ですよ。モテモテですね」
「機械の体が噂話で? 冗談のつもりか?」
急にジートは真顔になる。
「冗談ではないですよ。戒の存在値なら十分あり得ます!」
ジートは机の資料を取ってくる。
「存在値とは、命あるモノに設定されている状況に対する強さを数値化したものです。存在値が高ければ高いほど状況に強く。存在値が低ければ低いほど状況に弱い。例を上げるなら、台風に遭遇した際、同じ場所に居ても被害を受ける者と受けない者が居る。被害を受けなかったモノは存在値が高く、被害を受けたモノは存在値が低い」
「で、俺はどっちなんだ?」
「高過ぎます!」
一枚の紙を取り出す。中には、様々な状況を数値化した計算式が書かれている。
「常人は高くても100。余程の大災害でもなければ死ぬ事は無い値です」
「高いって事は…120? もしかして200とか?」
「過小評価。戒の存在値は、10000以上!」
「以上って何だよ?」
「私が想定した状況での生還率は100%! あらかじめ設定していた値の上限10000。しかし、想定できていない未知の要因を考えると、以上と言うしかありません…」
理解できた訳ではないが、凄いと言うのはジートの熱量から分かった。
「存在値が高いと、機械ではありえない事が起きるのか?」
「あくまで仮説ですが、存在値は生存の可能性以外にも世界における影響力に関係していると思います。存在値が高いほど、世界の変化を齎す力がある…」
自信を感じないのは、確信を得る情報が無い為。
ジートが戒を見る目は研究者として研ぎ澄まされていく。
「戒…体の完成遅れるかもしれません」
「長くなりそうか…?」
「場合によっては…」
溜息を漏らしながらも了承。
なんだかんだ言っても戒はジートを信頼している。
屋敷の中は、依然とは大きく異なっていた。
威厳を示す姿は消え、機能的な姿に変貌している。中庭を利用した菜園、食堂横の物置が医務室、円卓があった部屋は情報管理室。徹底的に生き抜く事を考えた姿に変わった事で、屋敷に存在していた上下関係は無くなった。自分達が成すべき事を自分達で決め、世界への不安を乗り切れるように一丸となり頑張っている。
しかし、それは今の世界では希少。
東京管理区。
かつての東京の一部。人間を監視する為に機人が作った巨大な檻。ここでは自由は無く、最低限の食料と最低限の場所しか与えられない。人間には発言は認められず、何が起きても機人は介入しない。病気にかかっても、死んでも、そのまま放置される。管理区内には放置された死体の腐臭が漂い、最悪な事に疫病も発生。殆どの者が生きる希望を失い、ただただ死ぬまでの間生きているだけ。
「…誰か…助けて…」
ほんの数人、希望を捨てていない。
かすれた声を必死に出し続けている。
「信じている…」
希望を信じて、病の苦しみを乗り越える。
「私は…ここに居ます…お願い…」
右腕は壊死し、左足は折れている。それでも痛みに耐えながら声を出す。
「いつも助けてくれた…彼なら…きっと来る…」
信じる希望は微かな夢。
それでも絶える事は無い。何故なら彼らは知っている。この状況でも救いに来てくれる人間が居る事を…。
「ジート様大変です!」
研究所に駆け付けたのは、三人のメイド。
「どうしたんですか?」
「東京管理区から声が届きました。今まで一度もなかったのに、鮮明な言葉が!」
「内容は?」
「助けて欲しいと…」
メイド達は不可能だと知っている為暗い表情になる。
それはジートも同じ。
「諦めるしかないですね…今の私達には…」
「薄情な事言うな!」
戒が何処からともなく飛んでくる。
「ジート、俺は行く!」
「体も無いのにどうやって戦うと言うのですか?」
「体なら出来るだろ?」
研究所の片隅にある布を引っ張る。
すると、中から見慣れたカプセルが出てくる。
「ナノマシンを使って俺の体を作れ!」
「戒…知っていたのですか?」
「俺を馬鹿だと思ったのか? お前の研究を見ていれば分かる」
ジートは侮っていた。
戒が実験のデータを見ても答えが分からないと決めつけていた。
「直ぐに体を作れ!」
「…作れますが、前回と同じように簡単に壊されます! 今のスペックでは太刀打ちできない! 時に犠牲を看過しないといけません…。長い目で見て下さい。世界を救う為には戒が必要です!」
戒から笑い声が響く。
偵察機の体がカタカタ震える様子は不気味。
「お前が言いたい事は分かる。だけど、夢見た研究は諦めて欲しくない。例え無理だとしても、諦めずに手を伸ばし続けようぜ!」
「…無理で希望を捨てても?」
「希望を捨てるのは無理のせいじゃない。諦めた自分の心だ」
戒の姿が一瞬、人間の姿に見える。
「戒が恰好よく見えました。私が女なら惚れていた可能性もあります」
「まだ、否定的か?」
「行きましょう! 奇跡を起こした声の為に!」
偵察機は笑わない。
しかし、偵察機を見つめるジートは笑顔。
二人にしか通じない信頼の疎通。