激突する妹達?
縁は時に残酷。望む望まずに拘わらず、精神を束縛し選ぶ道を固定させる。縁を超える為には、別の縁が必要。それは、思いもしない所に思いもしない形で存在している。
戒がアリアの世話役に就任して1週間。戒は一切山下電工に出社せず、直接アーセオン家に出社?している。屋敷があるのが山奥の為、出社は一苦労。使用人同様住み込みも提案されたが、戒が通いを選択。理由はアリアとの関係。最悪の状態で、会う度口喧嘩の応酬。そんな中、兄であるジートは使用人を連れて研究にどっぷり浸かっている。山下電工に許可を取り屋敷で研究を続けているが、戒の接触を完全に避ける為、何処で研究をしているか研究に携わっている者以外分からない。そのせいで戒もアリアも泣きつけない。
「あなた、そろそろ辞めてくれない?」
「拒否権は無いんだろ?」
戒とアリアは食堂のテーブルを挟んで睨み合っている。
別に一触即発とまでは行かないが、食事を楽しんでいる使用人が話しかけられる状況ではない。いがみ合いつつも、何処か打ち解けているような微妙な距離感。
「あんたたちいい加減にしな!」
恰幅の良い女性がデザートを二人に持ってくる。
「マーサ、聞いてください! この品性の無い獣が私の言う事を聞けないって言うのよ!」
「聞ける訳ないだろ。これが俺の仕事だ」
睨み合う二人を諫めるように手を叩く。
「お嬢様、もう少し我慢なさい! ジート様はお嬢様の事を考えて戒を世話役に任命した。そうに決まっている!」
「で、でも…」
「戒、もう少しお嬢様に優しくしなさい!」
「優しくねぇ~…」
戒は試しに口調を変えてみる。
昔、喧嘩に明け暮れる前、弓が尊敬していた頃の優しさ満点の過去に戻って。
「アリア、お互いにわがままを言おう。そして、お互いにわがままを叶えよう。お互いがお互いを想って、お互いがお互いの為に…」
弓がわがままだった頃、小遣いが足りなくて露店の前で駄々をこねた時に戒が放った言葉。わがままを返して欲しいと言った訳ではなく、わがままを言われた相手を思いやって欲しいと言う意図。漠然と伝われば良いと軽く考えていたが、この日を境に弓はしっかり者に変わった。戒も驚くぐらいの良い子になり、すっかりわがままを言わなくなった。
だが、相手は弓ではない。同じ効果が得られるかは不透明。
「…じゃ、じゃあ、住み込みに変えてもらえる…」
「分かった。では、一日一食料理を作ってもらおうかな?」
別人としか思えない優しい笑顔の戒に、様子を見ていた使用人達は見惚れる。
離れていてもそう感じるぐらいだから、目の前にいるアリアには絶大。と、思いきや、アリアは意外にも平静。
「もう一つ良いかしら。その…いつもの戒のままで居て」
戒は、驚いた顔を境に元に戻る。
「意外だな。まぁ、俺としても今更昔には戻れない。助かるよ」
戒が元に戻ると、アリアは胸を撫で下ろす。
その頃、屋敷の門前で一人の少女がウロウロしていた。
「どうしよう…きっと迷惑だよね…でも、会いたい…」
門前でうろついていたのは、弓。
大きなアタッシュケースを引き、思い詰めた硬い表情。門の横にあるベルを鳴らせずに、何度も何度も行ったり来たりを繰り返している。
当然、屋敷側からは不審に思われる。
「アーセオン家に何か御用ですか?」
警備を担当しているスーツの男達が何処からともなく集まってくる。
「い、いえ、育鯖戒という人物に用がありまして…もし宜しければ、呼んでいただけますか?」
戒の名前を聞いたスーツの男は、弓をジロジロ見ながら一つ質問する。
「もしかして…弓さん? 戒の妹の?」
「は、はい…そうです」
スーツの男達の警戒感は一気に無くなる。
「すみません、そうとは知らずに。どうぞ、中にお入りください」
閉ざされた門が開かれる。
「良いんですか?」
「戒の妹なら、我々の妹も同然です。何の遠慮も要りません。どうぞどうぞ」
「は、はい…」
スーツの男達に誘われ、弓は屋敷の中に入っていく。
弓が通されたのは、当主の部屋。
誰も居ない余計に寂しい部屋。
「ここで待っていてください。直ぐに戒を連れてきます」
「あの…お兄ちゃんは、迷惑をかけていませんか?」
「その逆ですよ。戒には感謝しかありません。戒のお陰で、我々使用人たちがどれだけ救われたか…」
しみじみ語るスーツの男。
「そうですか…」
しかし、弓はどこか寂しそう。
スーツの男達が居なくなると、弓は部屋を見渡しながら溜息を漏らす。
「私も…帰れなくなったなんて…」
数分後、戒が慌てて扉を開ける。
「弓、何があった?」
部屋を見渡しても弓の姿が見えない。
戒は、何かを思い出したのかゆっくり扉を閉める。すると、扉のすぐ横で寝ていた。開いた扉が死角となって見えなかった。
「…疲れたのか」
戒は弓を抱きかかえ、部屋を後にする。
白いカーテンの隙間から朝日が射しこみ、ベッドで眠る弓の頬を照らす。余程疲れていたのか、朝日に照らされても起きる気配はない。
「弓、弓…」
薄い意識の中、聞き慣れた声が響く。
弓は、懐かしさに心躍らせ瞼を開く。
「お兄ちゃん…」
「弓、おはよう」
弓の目に映るのは、優しくて大好きだった戒。
幼い頃を思い出しながら、戒の頬に触れる。
「目を覚ましたかしら」
戒の横にアリアが現れる。
「誰…?」
弓の中に嫉妬が芽生える。
アリアが戒の傍に居る事が許せない。
「私は…」
「離れてください!」
起き上がった弓は、アリアを戒から引き離す。
「戒の妹だと分かる野蛮さ」
「お兄ちゃんの事を野蛮って言いたいの…許せない!」
アリアに掴み掛る弓を、戒が宥める。
「アリアはいつこんな感じだ。気にするな」
「大事なお兄ちゃんを馬鹿にするなんて許せない! 謝って!」
半狂乱状態で、普段の弓らしくない。
戒は、優しく抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫…弓、落ち着け…」
抱きしめられた弓は、少しづつ平静を取り戻していく。
すると今度は、アリアが怒り始める。
「ちょっと優しすぎる気がします。この程度の事で…」
「アリア、お前も来い」
戒は、アリアも一緒に抱きしめる。
「何だか、妹が二人になった気分だな」
面倒臭そうだが、何処か嬉しそう。
弓が完全に落ち着くと、戒はアリアを部屋の外に追い出した。二人っきりの状態で弓の不安の原因についての話をする為。アリアは何かと理由を付けて残ろうとしたが、強引に追い出した。
「ごめんなさい。頭に血が上って…」
「何があった?」
「…実は、私…」
「話してみろ。こんな兄でも話せば少しは気が楽になるぞ」
「うん…」
弓はゆっくり事情を話し始める。
弓は家出していた。理由は、戒と二度と会わないように契約書を交わされそうになった為。何度説得しても聞く耳を持たず、戒が如何に頑張っているかを伝えても「頑張っている内に入らない」「裏切りは頑張りでは贖えない」と、言い訳で強引に捻じ伏せ契約書を何度も突き出した。何とか仲直りさせようと思っていた弓でも流石に限界。両親と決別して戒に会う事を決意。そして今に至る。
「らしい話だな…」
「戒がご両親と不仲だったとは…」
いつの間に部屋の戻っていたアリアが戒の横に座っている。
落ち着いた弓は、激しい反応を見せる事は無い。が、少しイライラしている。
「お兄ちゃんが悪かったのは事実だけど、あまりにも頑なで…」
「戒が何か悪い事を?」
「…喧嘩です」
「喧嘩ぐらいで絶縁? 何と愚かな」
「お兄ちゃんの喧嘩はスケールが違うの。何百人被害者が居ると思うの?」
「その中に本当の被害者は何人いるのかしら?」
弓は今まで気にしていなかった側面に気付く。
「…分からない」
「では、悪いかどうかも分からないわね」
タイミング良く現れたメイドがアリアに資料を渡す。
表題には、育鯖戒調査報告書と書かれている。
「これには喧嘩の相手も全員列挙されているわ。その人物の詳細も」
アリアは一読した後、弓に渡す。
弓は、動悸を感じながら資料に目を通す。
「戒が喧嘩をした相手に善良な人が居ましたか?」
資料を持つ手が緩み、床に散らばる。
資料の備考欄には様々な悪行が記載されている。中には報道になってもおかしくない深刻な内容もある。
「…どうして話してくれなかったの? お兄ちゃんがちゃんと話してくれれば、もっと早く誤解が解けたのに…」
戒が弁解する前に、アリアが答える。
「この資料を纏める為にある刑事が尽力してくれました。育鯖家との関係があり、誰よりも戒の事を理解している刑事が。そして、データ自体は刑事が作成済みでした。ある用途に使用する為に」
ここまで言われれば、穴あき問題でも弓には理解出来る。ある刑事とは山路の事で、謙二郎を救ってくれたお礼に育鯖家に赴いて説得を試みた。その時の為に戒が喧嘩をした相手について調べた。
しかしそうなると、刑事が真実を提示して説得を試みても失敗したとなる。
「お兄ちゃんが説明すれば…」
「無理に決まっているでしょ。どうしてここまで拒絶するのか? 答えは簡単、元から嫌われていた。期待に応えている内は嫌悪感は隠れていた。期待に応えなくなった事で嫌悪感が表に出るようになった。ご両親にとって否定する材料さえ見つかれば、いつでも戒を拒絶するつもりだった」
弓は信じられなかった、信じたくなかった。両親の笑顔が悪意に満ちた嘲笑だったと認めてしまえば、それを信じて戒を諫めてきた自分が滑稽にしか見えない。
「説得を強要する様子を見ると、あなたも戒を嫌悪していたのかしら? だとしたら早々に帰りなさい。あなたの信じるご両親の下へ」
弓が戒を嫌悪した事は一度も、欠片も無い。しかし、そう思われてもおかしくない状況。
「お兄ちゃんの事を理解していなかったのは事実です。だけど、嫌悪なんてしていない! 私はお兄ちゃんが大好き! だから…帰らない!」
「私もわがままだけど、あなたもわがままね。でも残念。私はあなたがここに滞在する事は認めない。当主として命令します。早々に立ち去りなさい!」
アリアの命令で、メイド達が弓を取り囲む。
「待った!」
戒はメイドを押し退ける。
「アリア、俺にわがままを言え」
「…断ります」
「俺が先にわがままを言う。弓をここに置いてくれ!」
アリアは、戒の顔を覗き込む。
「そんなに妹が大事?」
「当り前だろ」
感情のままに弓を追い出したい。だけど、それをしてしまえば戒に嫌われる。自分自身認めた訳ではないが、戒に嫌われたくない気持ちが心の奥で主張している。
「分かりました。その代わり、私を遊園地に連れて行きなさい。勿論、私だけ」
弓を受け入れる最低条件が、自分が弓以上の待遇を受ける事。
「分かった。それで良いなら、今度連れて行ってやる」
「約束ですよ。忘れないで下さい」
アリアは、自慢気に弓をチラッと見る。
弓は羨ましさに負けないように、戒の左腕に抱きつく。
「お兄ちゃん、また一緒に暮らせるね」
「ちょっと馴れ馴れしいわよ!」
アリアは右腕に抱きつく。
弓とアリアが引っ張り合い、戒は右に左に揺さぶられる。
「さっきからどうなってんだ?」
「出来た…」
秘匿された屋敷の研究所。
ジートは、目の前に鎮座するアンテナのようなものを見つめている。
「戒も喜ぶぞ」
手伝っていた使用人達は、アンテナを見てもそれが何なのか全く分かっていない。時間を掛けて作った成果にしては物足りない気持ち。
「私が直接伝えます。あなたたちは製造工程に関する情報を戒に漏らさないように細心の注意を払ってください。伝えるべき内容と伝えるべきではない内容がありますので…」
ジートは未来の意思を警戒していた。細心の注意を払って完成させ、一部の隙も無く対策は施している。だがそれでも、完全であると自信を持てない。想像も出来ない方法で介入する事も想定しての対応。
「戒、完成しました」
ジートが部屋の扉を開けると、目の前に広がる光景に思わず唖然として言葉を失う。
「やったな。これで…解放される」
戒を両側から引っ張る弓とアリア。
必死な形相で戒を取り合う様子は、ジートの予想以上。
「もしかして、弓ですか? よく来てくれました」
「ありがとうございます。そして、これからよろしくお願いします」
何の事か分からないジートに、アリアが穿った説明をする。
「弓を使用人として雇う事にしました。お兄様、宜しいですね?」
ようやく状況がつかめたジートは、笑いながら頷く。
「勿論です。そうですね…では、戒の代わりにアリアの世話役に任命しましょうか?」
「それだけは止めて!」
「それだけはお許しを!」
声を合わせる二人に、ジートは笑いを堪えられなくなる。
「…フハハ、本当に…こんな…ハハハ」
笑うジートを見ていると、アリアはだんだん恥ずかしくなる。
手を離し、平静を装う。
「お兄様、弓は私とは犬猿の仲です。世話をするどころではありません。これまで通り、戒を世話役に」
「そんなに戒の事が気に入りましたか?」
「そ、そんな訳では…」
「でしたら、弓でもいい筈ですよね?」
「お、お兄様!」
ジートは嬉しかった。
兄弟でありながらこんなに長く話すのは初めてで、反応の一つ一つが忘れていた感情を震わせるのが楽しい。いつしか本題を忘れてアリアを揶揄う事に専念していた。
意外にも最も冷静だったのは戒。
「なぁ、研究の話に来たんだよな?」