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デストラクションエラー  作者: 仕方舞う
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未知からの介入

 始めた時は期待に胸が膨らむ。だが、進めていくうちに不安が溢れてくる。成功するのか、成功しないのか。失敗した場合、元通り立ち直る事が出来るのか。考えれば考える程、不安が期待を押し潰していく。天才ならば尚の事。そんな暗澹たる状況で、希望の光が齎されたら? 未知なる存在の未知なる思惑でも手を出さずにいられない。それが人の性。

 山下電工の地下研究所。

 戒とジートは、本格的な研究の準備をしていた。

「ジート、これは何処に運べばいい?」

「部屋の右隅に寄せて置いてください。他にも機器を並べなければならないので」

 戒は、機器の位置をジートの指示に従い並べなおす。

 情報が漏れないよう本来の機能が発揮できない配置に並べていた。信用できない者に正しい機能を知られない為の方策で、その対象は雇い主である山下電工も含まれる。それは今も続いていて、唯一信用できると判断した戒が一人で配置を直す必要がある。ジートも手伝いたいが、大きな機械を常人が真面に動かせる訳が無い。

「なぁ、ところでどんな研究なんだ?」

「簡単に言えば、全人類をありとあらゆる恐怖から解放する研究です。正確に言えば研究段階は終了しているので、後は完成させるだけですが」

「全人類って、結構な大風呂敷だな」

 機器を一通り並び終えると、研究所全体を見渡す。機器一つ一つが起動していて、機器から洩れる明かりが白い壁に反射して少々眩しい。

「成し遂げられるかは私にも分かりません。完成段階とはいえ、今の時点では十数人が限界です。最終的な規模に至るにはまだまだ研究が必要かもしれません」

「かもって事は、使ってみたらいきなり全人類まで行けるかもしれないのか?」

「可能性はあります。ありますが…低そうです」

 ジートは各機器の調整を行う。

 時間がかかると思いきや、調整はほんの数秒。

「何はともあれ、先ずは完成させましょう。戒、このカプセルに入ってください」

 それは激痛の記憶が残るカプセル。流石の戒も二の足を踏む。

「またこれか…」

「恐らく昨日と同じくらい痛いと思います」

「…しょうがないな」

 戒は、気合を入れてカプセルに入る。

 カプセルに入ると、扉が閉まる前に大声で叫ぶ。

「絶対に止めるなよ! 絶対に耐えきって見せるから、これ以上入らなくていいように一回で終わらせろ!」

「判断は任せてください」

 明言しなかった事に不服だが、反論するより覚悟を決める方が大事。止められないように大丈夫だと思わせれば判断を下さないかもしれない。

 カプセルの近くにあるモニターに戒の状態が表示される。各バイタルに異常はないが、通常の値よりも高い為エラー表示が相次ぐ。ジートは、エラーを止める為に設定された基準データを戒用の高水準に変更。変更された値は、平均値の10倍。それでもギリギリの設定。

「計測開始…」

 モニター脇にある赤いスイッチを押しカプセル起動。カプセル内に散布していた粒子の細かい粉が戒の体に纏わりつき、毛穴から体内に侵入していく。体内に入った粉は体中に広がり内壁に付着。

 ジートは、カプセルの小窓から戒に聞こえるように大声で説明する。

「今体内に入ったのは、私が開発した超極小ナノマシンです! カプセル内に飛び交っている電波を受信し、自在に形を変えながら細胞単位で体を調べます。手で触れるように調べる為、時にむず痒く、時にくすぐられるような感覚が襲います! しかし、最も留意するのは神経を調べる時です。神経は特に念入り調べる為、尋常ではない痛みが駆け巡ります!」

 頷く戒は、既に唇を噛みしめ必死に耐えている。目は充血し、全身から汗が滝のように流れ、握りしめた拳がガタガタ震える。充血した目には、時々何かが動く様子が見える。

「…耐えられる痛みなのか?」

 ジートの想定では、この痛みに耐えられる者はいない。耐えられるとしたら、想定以上の精神力を持ち合わせている異常者。戒を選んだ理由もそこにあり、戒が成しえないなら可能な人間は居ないと思っている。

(お願いします…耐えてください…)

 懇願しながらモニターに目を移す。異常を訴えるアラームが表示され続け、それに合わせて停止スイッチの推奨が行われている。しかし、収集したデータの転送は行われている。

 ジートは、カプセルと接続しているPCを確認する。

「データ収集率38%…42%…54%…」

 異常は訴えつつも確実にデータは収集され、停止すればデータ収集が無駄になると言わんばかり。勿論機械に意思は無い。意思を感じるとしたら、何者かが介入したとしか考えられない。

 そして、それは露骨に判明する。

「…これは?」

 PCのモニターに収集中のデータの横にメッセージが表示される。


 途中で止めれば最適なデータは二度と手に入らない。この方法は人体に多大な負荷をかけ、精神力が強ければ強い程無理をさせる。機械に意思はないが学習する。人体に害する行為を許さず、同じ計測を行っても過剰な負荷がかかる前にシャットダウンしてしまう。人類の平和の為に研究を完成させたいなら、犠牲を強いる事を恐れてはならない。相手が最強の『存在値』を持つ男なら尚更。安心しろ。その男は、唯一この研究に耐えられる人間。心配せずとも耐える事が出来る。もし、このまま計測を見守る事が出来たなら、褒美として研究を昇華するヒントを与えよう。


 研究が完成しているか不安だっただけに、提示された条件は喉から手が出るほど欲しい。少しでも完成を実感できるピースなら全財産でも惜しくない。ただ、それが真実なのか、信用して良いのか、今のメッセージだけで判断できない。

「確証は?」

 PCに問いかけてみる。

「ヒントの一部を開示しよう」

 PCのモニターに大量の設計図が表示される。

 ジートは反応が返ってきた事に驚きながら、モニターに張り付いて一心不乱に読み解く。

「…す、凄い! 研究の精度を高めると同時に、解決していなかった問題の解答まで…ただ…一部の解説が消されている?」

「全部見える状態では取引にならない」

 ジートは気になっていた事をPCに打ち込んでみる。

「一体何者? 戒を操って何を狙っている?」

「我は未来の意思。過ちの未来が来ないように、過去を改ざんし未来を修正する。その為に戒を操り、過ちを回避している」

「どうして存在を融合させた?」

「過ちには弱さも含まれる。弱さ故に成し得ない修正を可能にする為」

「何故、戒だった?」

「唯一意志を伝えられる者だった」

 PCを使ったメッセージ交換。熱心にやり取りしている内に時間は経過し、データの収集は100%を満たしカプセルは自動停止する。

 戒が排出された音で、ジートは我に返る。

「戒!」

 戒の下に駆け寄ると、戒は強張った笑顔で応える。

「よく我慢したな。しっかり聞こえた…計測終了…」

 ジートには身に覚えが無かった。

 研究者として被験者に対して丁寧な対応を考えた事は無く、アナウンスは勿論、自動停止、ロックの自動解放など設置した覚えはない。設置していればどの段階でも気付けた筈で、この段階に至って初めて知る事は無い。

「…物質にまで介入出来るのか…」

 未来の意思の底知れなさに恐怖しながらも、研究者として求める成果が欲しい。既に研究自体に介入されている不安より、完成されられる期待感が強い。脳内で会議は行われるが、最終的には恐怖よりも成果が優先された。

「介入? 何の事だ?」

「いいえ、何でもありません。あまりにも出来過ぎた結果だったので驚いただけです」

 動揺を完全に隠し、戒に悟られないように脈拍まで抑える。

 しかし、戒はジートの抱える不安を感じとる。

「俺はお前を信じている。世界平和の為に頑張れよ」

 不安を感じていながらも、友人として認めてくれたジートに全てを委ねた。

 それが余計にジートを揺さぶる。研究者としてのモラルと自己満足、信頼に応える事と悲願達成。激しく揺れる天秤は一方で止まる事は無い。

 

 帰り際、ジートがPCを確認すると消されていた解説が見られるようになっていた。



 その日の夜。

 戒はジートの屋敷に再び訪れていた。

「昨日のご馳走も旨かったし、否応無しに期待感が膨らむな」

 無邪気で嬉しそうな戒に、ジートの胸は締め付けられる。

「楽しみにしていてください」

 言葉は弾んでいるが、心は沈んでいる。今までも研究の為に言葉を偽る事はあったが、今日のように胸が苦しくなった事は無い。今までの誰よりも戒を友人と思っている証拠。

 長い廊下を歩きながら食堂に向かっていると、煌びやかなドレスを着た女性が廊下の真ん中で両手を広げて睨んでいる。背後には昨日の三人のメイドが控えている。

「部外者は立ち去りなさい! あなたのような下賤な民が来ていいような場所ではありません!」

 昔話に出てくるお姫様の様な出で立ちで、頭にはティアラを乗せ、胸には宝石がついたネックレス。長い金髪が廊下に付かないようにメイドが後ろで支え、一歩踏み出す度に邪魔にならないように二人のメイドがスカートを少し持ち上げる。

「なぁ、ジート…誰だ?」

「…妹です」

「妹!」

 戒が驚いたのは見た目。小学生並みのジートとは裏腹にモデルのような高身長で、スタイルの良さのせいで余計に引き立つ胸。姉と言われた方が納得出来る。

「即刻立ち去りなさい! さもなければ…」

 メイド達がナイフを手に戒を取り囲む。

「殺します」

 戒は、メイド達の表情を確認。

 睨みつける訳でもなく、無表情のまま。

「アリア、彼は大事な友人です! 命令を取り下げてください!」

「お兄様、それは出来ません。当主である私の判断は絶対遵守、お忘れですか?」

「ですから取り下げて欲しいと!」

「出来ません!」

 アリアが手を振り下ろすと、メイド達は一斉にナイフで斬りかかる。

 戒はメイドの動きを見切り、反撃しないように大袈裟に回避する。

「お灸を据えようかな!」

 メイドの攻撃を掻い潜りながら、アリアの下へ向かって行く。ゆっくり歩きながら、メイドに反撃せず。

「何の為に訓練をクリアしたの? 早く殺しなさい!」

 アリアの怒号にメイド達は勢いを増す。

 だが、その勢いは空振り。ナイフで攻撃した次の瞬間には一歩前に進んでいて、正面に回り込んで斬りつけても、既にその時点で追い越されている。

「何で止められないのよ! 最強の名が泣きますよ!」

 焦るメイドを余所に、戒は難無くアリアの眼前に迫る。

「最強のメイドか、随分凄い肩書だな。俺にも肩書付けてくれよ」

「無礼者! 離れなさい!」

 スカートに隠していた拳銃を撃つ。

 だが、狙った筈の頭は銃口に先には無く、代わりに背後に居たメイドの肩を撃ち抜く。

「使い慣れていない癖に!」

 拳銃を叩き落とし、アリアの頬を優しく平手打ち。

「…私を…殴った…」

「悪い事をしたら叱られるものだろ?」

 疲れ果てたメイド達がアリアを心配して集まる。

 アリアは放心状態で、メイドの呼びかけに応じない。

「やり過ぎたかな…?」

「いいえ、これで良いです。ありがとうございます、代わりに叱って頂いて…」

 頭を下げるジートは、何処かホッとしているように見える。



 案内された食堂は、豪華な屋敷の中とは思えない明るく庶民的な雰囲気。50席を有する長テーブルに、スープ、ステーキ、サラダがそれぞれの席に並べられている。席には既に数人座っていて、雑談をしながら食事を楽しんでいる。服装はそれぞれ異なり、スーツ、メイド服、Tシャツ、ワンピース。皿が空になると、恰幅の良い女性がおかわりを注いでいく。その度内容は変わり、同じ料理が注がれる事は無い。

「随分落ち着く雰囲気だな」

「この屋敷の自慢です。あくまで、私のですが」

 ジートは、Tシャツ姿の薄汚れた男達の横に座る。

 気付いた男達は、ジートに恐縮する。

「ジート様…そ、その…」

「気を遣わないで下さい。同僚と思って気軽に」

「は、はい…」

 硬さの取れないTシャツ姿の男性に戒が話しかける。

「なぁ、いつからここで働いているんだ?」

「3年前からだ。ジート様に声を掛けて頂いてここで働く事になった」

「へぇ~、その前は何していたんだ?」

「炭鉱夫だ。低賃金で重労働、いつ死ぬかも分からないのに保証は無し。死ねば家族が路頭に迷う…それでも、僅かな金の為に働く…。それを救ってもらったんだ。ジート様に…」

 意外なジートの側面に戒は拍手を送る。

「やるなジート。感心したぞ!」

「そ、それほどでも…」

 恥ずかしそうなジートの肩を叩き、顔を摺り寄せる。

 その様子は、Tシャツ姿の男達の心的ハードルを下げる。

「恥ずかしがるなよ。もっと胸を張れ」

 戒の行動をきっかけに、離れて座っていた者達が全員集まり、様々な話題が飛び交う楽しい時間が始まる。



 全員が会話に満足したのは、一時間後。

 彼らは屋敷に仕える使用人。それぞれの仕事の為に渋々散開した。ジートと使用人の溝は埋まり、屋敷の雰囲気が良好になった良い時間だった。

「ありがとうございます。彼らの話を聞ける日が来るとは思いませんでした」

「なんだ、真面に話した事無かったのか?」

「はい。皆恐縮して、話しかけても数秒ぐらいで…」

 嬉しそうに笑いながら、急に頭を下げる。

「戒、すみません!」

「何だよ急に?」

「戒に黙っていた事があって…」

 ジートは、隠していた計測中の事を話した。カプセルを止めないように釘を刺された事、その条件として情報の提供を受けた事、カプセルの機能改竄が行われていた事。

 話を聞いた戒は、特に気にする様子も無く軽く頷く。

「成程な」

「どうしてそんなに冷静で居られるのですか?」

「気にしたってしょうがないだろ? 何処に居るのかも分からない、どうやって介入しているのかも分からない、良い奴なのか悪い奴なのか、考えるのは自由だが、考え過ぎて他が疎かになるのは迷惑だぞ」

「…戒の言う通りですね」

「後、研究の事は俺に話すな。未来の意思は俺を通じて介入している。俺が全く感知できない場所で進めろ」

「…分かりました」

「よ~し! これでのんびり出来るぞ~」

 ジートは企みがあるのか、満面の笑みで手を握る。

「戒には別の仕事をお願いしても良いですか?」

「…別の仕事?」



 戒が半ば強引に連れて来られたのは、屋敷二階奥の部屋。高そうな装飾品が主張する事無く使用されていて、生活感を感じされる物は一切ない。誰かの部屋と言う印象は無く、応接間ぐらいにしか見えない。

「何だか…寂しい場所だな」

「そう思いますか?」

 ジートの笑顔が止まらない。


「お兄様…何か御用ですか?」


 窓側を向いていた椅子がこちら側に向くと、そこにはアリアが座っていた。

 アリアは、頬を押えて何とも悲しげな表情。

「お、お兄様! どうして下賤な民を連れて来たのですか!」

 戒に気付いたアリアは、頬から手を離し睨みつける。

「ジート…お前、何考えているんだ?」

「戒、研究が終わるまでアリアの世話をお願いします」

「研究が終わるまで! どのくらいかかるんだよ! そもそも、俺が面倒見れる訳ないだろ!」

「私も認められません! こんな下賤な獣なんかに!」

 睨むアリアと溜息を吐く戒。

 しかし、ジートだけが笑顔。

「アリア、当主を譲る際の約束を覚えていますか?」

「…権限の全委譲ではなく、雇用に関する権利は保持する…」

「現時点を以って、戒をアリアの世話役に任命します。拒否は認めません!」

 文句を言いたくても言えないアリアは悔しそうに唸る。

 戒は、アリアを見て弓を思い出していた。

「…分かった」

「勝手に了解しないで!」

 戒は、アリアに握手を求める。

 アリアは、戒の手じっと見つめる。

「…し、仕方ないわね」

 恐る恐る戒と握手。

 最初は嫌がっていたが、しばらくすると恥ずかしそうに頬を赤くする。

「では、お願いしましたよ」

 ジートは戒に手を振って去って行く。

 残される事となった二人は微妙な雰囲気。

「よろしく、アリア」

「…」

 ジートは扉に隠れて二人の様子を見ていた。笑顔を見せたかと思えば、時々悲しそうな表情に変わり、最後は決意に満ちた頷きと共に去って行く。胸中にあったのは、兄としての喜びと父代わりとしての悲しさ。そして、研究者として期待に応えなければと言う決意。

 

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