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デストラクションエラー  作者: 仕方舞う
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齎される天才

 自分以外の誰かによって導かれた道。不安になれば良いのか、安心して身を任せれば良いのか、自分だけでは判断する事は出来ない。必要なのは、理解し寄り添う友人。一人では分からない事も、一人では不安な事も、きっと二人なら乗り切る事が出来る。

 11月22日。

 山下電工受験からおよそ三か月が過ぎた。同時期に就職活動を行った同級生は全て結果が出ているが、戒だけは未だに結果が送られていない。学校側から何度か問い合わせをしたが、現在精査中と回答が返ってくるばかりで一向に進展が無い。ここまで結果を先延ばしにする理由が分からず、戒の他社受験を邪魔しているのだと殆どの者が予想している。


「なぁ、弓…今日も催促か?」

「当り前でしょ! もう三か月よ! 本当は結果が出ているのに隠しているんでしょ?」


 アパートには弓と風が押し掛けていた。勿論、理由は戒の受験結果。

「風さんはもう合格通知が来ているんだよ! 同じタイミングだったのに来ていないなんておかしいでしょ!」

 申し訳なさそうに、風は合格通知を戒に見せている。

「そう言われたって仕方ないだろ。実際来ていないんだから…」

「嘘吐かないでよ!」

「嘘じゃないって。お前が仲直り計画を考えているのに嘘吐く理由が無いだろ。合格していれば計画に乗ればいいし、不合格なら計画は無かった事に出来る。俺としては計画無しが望みだから余計に嘘を吐かない」

 説得力のある話に弓も納得。だが、簡単に認める訳には行かない。

「悠長に構えていると永遠に仲直り出来ないよ!」

「だから、無いって言っているだろ! 家探ししてみろよ! 何処にもないから…」

「…」

 弓は部屋を見渡す。

 余計なものが一切ない寂しい部屋。隠せる場所などなく、一瞬にして諦める。

「はぁ~…何でこうなるの。やっと仲直りさせられると思ったのに…」

 落胆する弓を宥めながら、風は耳に挟んだ噂を口にする。

「聞いた話なのですが、山下電工では新業種への参入が模索されていて、その為に研究部の役割を変更し開発の方向性を変えるらしいです。噂の真偽は定かではないですが、もしそうだとすると研究部所属の戒さんの通知が遅れているのも納得できると思います」

「そうなの!」

 風の朗報に弓は少し元気を取り戻す。

 逆に戒は溜息を漏らす。

「期待するなよ。方向性を変えるなら俺が要らなくなる可能性もあるだろ?」

 もっともな話に雰囲気は暗くなる。



 翌日。

 戒の登校風景が一変していた。


「おい、それマジかよ!」

「そうらしい…信じられないよな」


 学校中でヒソヒソ話が繰り広げられている。

 耳を傾けると、何やら有り得ない事が起きたらしい。肝となる部分が聞こえてこないので何の事だか分からないが、戒が近づくと視線が集中。おのずと戒の事だと分かる。

「一体なのが起きたんだ?」

 思い浮かぶのは山下電工の事。楽観的思考が薄い戒は、不合格を予想した上でその理由が規格外だったと考えた。


「合格!」


 教室に入った途端、待ち構えていた担任が合格通知を突き出す。

「えっ…あ、ああ、ハイ?」

 状況を飲み込めない戒は、合格通知を改めて確認する。

「…本物か?」

 席に着くと、頭に過っていた疑念は払拭される。

 戒に向けられていたのは、嫉妬と恨みの視線。「こんな奴が大企業に受かる訳ない」、「犯罪者だぞ」と聞こえてきそうな顔で見ている。とても演技とは思えない形相を見てしまったら、この合格通知を信じるしかない。

「合格したのか…」

 喜んで良いのか、悲しんだ方が良いのか、戒は複雑な表情で合格通知を眺める。



 その日の夜。

 アパートには多くの人が押し掛けていた。戒が守っていた繁華街の店主、店員、常連。柴原組の組長、幹部、手下。そして、風。全員が戒の合格を聞きつけ集まり、戒を祝う為に豪華絢爛な酒宴を開いていた。

「戒殿、おめでとうございます!」

 組長のにやけ顔に戒は苦笑い。

「戒ちゃん、もう大人ってことで一杯どう?」

 キャバクラの女将が酒を勧める。

「…か、戒さん…この人達は…そ、その…」

 強面の面々に風は恐れ、戒の背中に隠れる。

「お嬢さんご安心ください。我々は気質の連中には手を出しません。戒殿の恋人ともなれば、恐れ多くて近づく事も躊躇います」

「こ、ここ、恋人!」

「迷惑かけるなよ! 俺なんかの恋人な訳ないだろ」

「そうですか? お似合いですが…」

 豪快に笑う組長は、一礼し組員達の下へ向かう。

 女将も空気を読んでホステス達の輪に戻る。

「戒さん…弓ちゃんにも声を掛けたのですが…」

 神妙な面持ちの風に、戒は笑いかける。

「両親に反対されたか?」

「はい…」

「仕方ないよな。大事な一人娘を不良の下には遣れないだろ」

「一人娘って、戒さんだって息子ですよね?」

「いや、俺は高校卒業したら赤の他人だ」

 驚く風が質問する前に、背後から大声で戒を呼ぶ声が聞こえる。


「戒~! お祝いに来たぞ~~っ!」


 声の主は車椅子に乗った長髪のイケメン。

「謙二郎じゃないか! 元気になったんだな」

 枝毛一つない黒い長髪、日常的に着こなしている白いスーツ、自然に溢れる笑顔、不自由な体とは思えない均整の取れた体。全身から醸し出される上品さは全く嫌味ったらしくなく、見る者全てを引き付ける魅力を兼ね備えている。これで有名な画家となれば、言い寄る女性の数が多いのは必然。現に、ホステス達の目がハートになっている。

 車椅子を押している山路は、いつになく笑顔が眩しい。

「お陰様で。戒には二度も助けられた。なんとお礼を言ったら良いか…」

「気にするな。こんな俺の友人で居てくれるんだ、特典ぐらいは用意しないとな」

「特典が大きすぎるよ」

 現れた謙二郎に風も心を奪われる。

「あ、あの…私、北崎風です。よ、よろしくお願いします」

「おや、戒の恋人かな?」

 不服そうに苦笑いをする風に謙二郎は気付く。

 その上で、申し訳なさそうに頭を下げる。

「違ったようですね。これは失礼。ですが、間違っても僕に好意を寄せないで下さい。僕は永遠に誰とも添うつもりはありません。誤解を招く事を承知で言いますが、僕は戒の事が好きです。誰よりも何よりも。戒が望むなら絵を描く事を止めても良い」

「俺が望んだら風と付き合うのか?」

 戒のナイスな質問に、風の期待は膨らむ。

「そうですね、戒が望むなら。ただし、僕以上に戒が幸せになったと思えたらですが」

「俺は自分の事を不幸と思っていないぞ」

「僕のせいで両親に絶縁されて、大事な妹とも二度と会えないかもしれない。戒が悲しみを忘れても、状況は悲しみに満ちている。僕が言いたい幸せは、戒の心の奥まで満たされる事です」

 急に重たい話になって風の熱は冷める。

 山路は、雰囲気を変えようと懐から書類を取り出す。

「柴原組の組長! こっちに来い!」

 天敵の声に委縮するが、祝いの席から逃げる訳にもいかず渋々近づく。

「まさか、逮捕状?」

 受け取った書類には、感謝状と書かれている。

「権藤グループの逮捕に貢献した功労者に敬意を表する」

「俺に? 警察が?」

「良い事をしたら褒められる。当然の事だろ? ただ、公式発表される事の無いものだがな」

 組長は込み上げる嬉しさに戸惑い、思わず宣言してしまう。

「よ~し! こうなったら、人の為になる真っ当な仕事を始めるぞ!」

 本の冗談のつもりだった。

 だが、幹部も手下も全員で拍手する。

「もう戒に殴られるのは懲り懲りだ!」

「何でもするから痛みの恐怖から解放してくれ!」

 組長が思っていたより戒の恐怖は蔓延していた。プライドは圧し折られ、常に考えていたのは戒の恐怖からどうやって逃れるか。

「お、おい、今のは…」

「まさか組長が決断して下さるとは、感謝します!」

 幹部の熱烈な眼差しに、冗談とは言い出せない雰囲気になってしまった。

 組長は犠牲になったが、代わりに重い話は忘れ去られた。



 月日が経ち、翌年の4月3日。

 戒が山下電工に入社する日が来た。


「ふ~、生きてこの日を迎えられた…」


 本社ビルの前で佇む戒は、入社の緊張より生きてこの日を迎えられた奇跡に感動していた。ただ、本当にそんな心構えで良いのかと疑問に思う部分も僅かにある。


「おはようございま~す」

 戒が足を踏み入れたのは、配属先の研究所。

 本社の地下三階に位置していて、研究所に入るまでに計5つの本人確認と規定品以外の持ち込みがないかのチェックを受ける必要がある。そのせいで地下一階と二階は、チェックの為にしか存在していないある意味無駄な階層になっている。

「おはようございます。ようこそ、私の研究所に…」

 声はするが姿は見えず。

 様々な機械が所狭しと並び、目の行き届かない死角が無数存在する。そして、声が反響している為何処にいるか全く分からない。

「研究中か? そっちに行っても大丈夫か?」

 惑いない歩みで機械をすり抜け、奥にある小部屋の前で止まり、扉をノックする。

「どうやら予想以上の人物を採用してくれたみたいですね」

 扉を開けて出てきたのは、金髪の少年?

 身長は150㎝ほどで、小学生ぐらいにしか見えない幼い面立ち。ついでに机に上に可愛らしい人形が幾つも並べられている。

「わざと声を反響させて居場所を判別できないようにしたのですが、まさか一発で居場所を特定するとは…。本当に望んだとおりの人材だ」

 金髪の少年は、戒の体を上から下までじっくり観察。数十秒観察すると、今度は手で触ったり、軽く叩いたり、小さな針を取り出して腕に刺してみたり。

「普通は先に自己紹介だろ?」

「あっ、それもそうですね。私は、ジート・アーセオン。一応、アメリカ人。自分では、何処の国にも属さない放浪者だと思ってます」

「俺は…」

「知ってますよ。育鯖戒、最強無敵の不良。敵となった者は恐怖と後悔で絶望する。ですよね」

「何だ、その尾ひれの付いた話は?」

「あれ、違いました? 集めて貰った情報にはそう書かれていましたが、もっと優秀な探偵に頼めばよかったかな?」

 否定するのも面倒なので、戒は何も言わず苦笑い。

「ところで、俺は何をしたらいいんだ? どうせ実験体だろ?」

「近いですが、ちょっと違います。どちらかと言えば実験ではなく収集ですね」

「まぁ何でもいいや。さぁ早速始めよう。早く終わったら次の研究までお役御免だろ?」

「覚悟してくださいね」

 意味深な忠告に戒は首を傾げる。



「ぐおおおおおおおおっ!」


 研究所の一角に設置された卵型のカプセルの中で、戒が尋常ではない叫び声を上げている。全身から冷や汗が滲み出て、ガタガタと震えながら唇を噛みしめ耐えている。

「限界が来たら教えてください! 人間が耐えるには無理がありますから!」

 ジートは、操作パネルの前で真剣な眼差しでスタンバイしている。

 伸ばした指先は、真っ赤な緊急停止スイッチを押す寸前。

「ま、まだだっ! ま…だ…この程度…」

 息は途絶え途絶え、震えは痙攣に変わり、明らかに黒目の動きが異常。

「終了します!」

 ジートは緊急停止スイッチを押し、カプセルの機能を止める。

 排出された戒は、辛うじて意識を保っている状態。

「な、何で…止めた? 俺は…まだ…大丈夫だった…」

「我慢強いにも程があります! 止めなかったら後数秒で死んでいました!」

「一度ぐらいの死…俺にとっては…」

 戒の意識もここまで、力なく倒れて動かなくなる。



 戒が目を覚ますと、目の前に煌びやかなシャンデリアがある。

「ここは…?」

 体を起こすと、そこは宮殿の一室。大理石の床、柱、壁。寝ているベッドは、屋根と幕がある超キングサイズ。枕の横には高そうな小振りの机があり、金色のベルが置かれている。

「豪華すぎるだろ。夢か? 死後の世界か?」

 ベッドから出ると、自分の身に起きた異変に驚愕。

 なんと、女物のパジャマを着ている。

「…これは絶対夢だ…間違いない…」

 もう一度ベッドに入り、瞼を閉じて眠りに就こうとする。


「お目覚めですか? 戒」


 聞こえる声に反応して瞼を開くと、ジートが身を乗り出して覗き込んでいる。

「俺の夢に何でお前が?」

「寝ぼけていますね。私は本物、現実のジートです。戒が気絶したので自宅に連れてきました」

 飛び起きて、来ているパジャマを見せる。

「じゃあ、お前がこれを着せたのか! どういうつもりだ? 俺が女装の趣味があると探偵が言っていたのか?」

「探偵は関係ないですよ。ただ、私が着せたくて」

「お、お前の趣味! 勘弁してくれよ…。俺は着せ替え人形じゃないし、女でもない。せめて、着せるなら男物にしろ!」

「最初はそう思ったのですが、あまりにも素晴らしい肉体だったので相応しく飾りたくて」

 ジートには、戒の体が美術品のように思えていた。美しい絵を額縁に入れるように、価値のある壺を絢爛な棚に飾るように、それを引き立てるつもりでパジャマを選んでいた。

「…考え方も色々あるって事か。はぁ、何でもいいから俺が来ていた服を返してくれ」

「汚れていたのでクリーニングに出しています。なので、そのままの恰好で宜しいですか?」

「ダメだ! 男物の服を用意しろ!」

 ジートは渋々金色のベルを鳴らす。

 すると、二人のメイドが中に入ってくる。

「悪いけど、彼に男性用の『相応しい』服を『着せて』くれ」

「かしこまりました」

 気になるワードが出てきて、戒は警戒する。

 新たに現れたメイドが服を抱えて現れる。

「失礼いたします」

 三人のメイドが素早く戒を脱がし、息の合った連携で持って来た服を着せる。

 一応、戒は防御策を使おうとしたが、メイドの素早さ故に攻撃に変化する事を恐れ、何も出来ないまま成す術もなく着せ替えられた。

「くそ~、身のこなしのせいで手が出せなかった…」

 悔しがる戒が着せられたのは、真っ黒なタキシード。思ったより悪くないが、メイドに負けたようで素直に喜べない。

「本気で対応しても良いですよ。彼女たちは戦闘訓練を受けているので、多少の攻撃なら受け流せます」

「へぇ~」

 戒は試しに、メイドに拳を振るう。

 メイド達は見事に回避して、素早く戒の首筋に隠し持っていたナイフを当てる。

「…頼りになるメイドだな」

 戒は両手を上げて観念する。

「戒、食事にしましょう。今後の話もあるので」

「はいはい」

 戒は、部屋を出る際にメイドの一人の手に何かを渡す。

「手っ取り早く取れるのはこれぐらいだった」

 渡されたのはエプロンの紐。

 メイドが慌ててエプロンを確認すると、触っただけで外れる。



 戒が案内されたのは、円卓が鎮座する仰々しい部屋。窓がなく唯一の明かりは円卓の中央を照らし、薄暗い壁には老人の肖像画が13枚。だが、よく見ると幼いジートの肖像画が混ざっている。

「食事じゃないのか? どう見ても雰囲気が違うような…」

「本来は違う用途の為に在りますが、今日は特別です。世界でも有数の美食を提供しますよ」

 円卓の中央に座り料理を待つ様は、やっぱり子供。だが、時折見せる寂し気な表情は妙に大人びている。

「なぁ、今更だが、お前何歳だ?」

「大体の人が気になる事ですね。こう見えても23歳です。驚愕ですか?」

 ジートの言う通り、戒は呆気にとられる。

「小学生ぐらいだと思っていた」

「随分失礼ですね。ですが、欠点と捉えていないので気になりません」

「…やっぱり23歳だ。子どもなら激怒している」

「私の体の件はこのくらいにして、料理が来るまで質問の時間にしませんか? 主に私から戒への」

「別に構わない…」

 ジートは、戒の顔を覗き込みながら鋭い視線で質問を始める。

「最初の質問は、喧嘩を始めたきっかけです。調査によると、突如喧嘩に明け暮れるようになったとあります。何時から、何故ですか?」

 戒は昔を思い出しながら、意味有り気に微笑む。

「喧嘩を始めるようになったのは、中学一年の夏休み。友人の謙二郎が不良高校生に絡まれて交通事故に遭ったのがきっかけだ」

「友人の為…。では次に、その強さは何処で手に入れたのですか?」

「喧嘩ぐらいしかしていないぞ」

「…喧嘩だけで? それにしては強すぎますね。それこそ、数十年戦い続けているような感覚を受けますが…」

 まるで尋問。聞かれていると言うより、答えるように強要している。

「最後に、何故山下電工への入社を選んだのですか?」

「採用条件をクリアできていたから」

「…それだけではないですよね? それだけの動機なら山下電工である必要が無い。条件が合う企業は探せば幾らでも見つかりますし、最悪、無職で喧嘩三昧の道もあった。大企業に属する事は窮屈でしかない筈」

 ジートの視線が険しくなる。

「人が真実を誤魔化すのは、知られたくない感情の現れ。隠している事が重大なのか、よほど恥かしい話なのか…。どちらにしても気になります。是非話していただきたい」

 話さないと返して貰えない雰囲気。だからと言って簡単に打ち明けられる話ではない。打ち明けた経験はあるが、誰も信じず笑われて終わった。

「どうしてそこまで知りたい? お前にとっては関係ないだろ? 聞いたところで好奇心を満たせないぞ」

「私達一族は、代々研究を生業としてきました。時に文化を進展させたり、時に平和の礎となったり、敢えて歴史の裏に隠れ『生活を向上させる研究』を一族の理念に掲げ貫いていました。ですが、人の為に行ってきた研究でも、それを使う者によっては滅びの力に変わる。一族が生み出した研究は、生活の向上どころか戦争の道具となり大量の命を奪う結果に…」

「過ちを犯さない為に研究に携わる者を精査するって訳か?」

「はい」

「じゃあ、今日はどうして実験体として利用した?」

「探偵の話を確かめる為です」

「それって、本当の実験じゃなかったって事か?」

「…はい」

 戒自身もジートを信じて良いのか分からない。真実を話してもふざけたと勘違いされる可能性が高い。だからと言って話さないと絶対に信用されない。迷いに迷った挙句、一か八かで話す事にした。

「…俺が山下電工に入ったのは、死の運命を回避する為だ」

 戒の告白後、数秒間の沈黙が訪れる。

 ジートは、戒の目を凝視しながら角度を変えて表情を窺う。

「信じ難いですが、嘘を言っているようには見えない。死の運命とはどういう事ですか? 妄想? 精神的な病?」

「俺は今まで30回死んでいる。老人の声がして心臓が大爆発。死んだら見ず知らずの過去に戻る」

 いよいよ理解を遠ざける話に変わっていく。

 だがジートは、揶揄う様子も失望する様子も見せない。

「老人の声は毎回同じですか? 見ず知らずの過去とは、どのくらい知っている過去と違いましたか?」

 途絶える事の無い質問に、ある種の安心感を得る。

 戒は饒舌になっていく。

「声は毎回同じだ。過去の変化はその時によって違う。イベント発生時間、登場人物、起きる場所、発生するかしないか、一つのイベントに対する変化だったり。自分が置かれた状況そのものが全く別物になっていたり、かと思ったら知っている状況に近くなったり。最悪だったのが、育鯖戒と言う名前ですらなかった過去もあったな」

 ジートは、円卓の裏に隠されていたノートを取り出し、戒の話を纏める。

「死んだ時、どんな感覚がありましたか? 痛い? 苦しい?」

「どっちもだ」

「では、間違いなく死んだ確証は?」

「心臓が爆発したんだぞ! それだけで十分だろ?」

「心臓が爆発した確証は?」

 話が死んだかどうかに変わっていく。

「激しく鼓動して爆発したんだ。それじゃダメなのか?」

「ちょっと触りますよ」

 ジートは、戒の胸を押え、同時に手首を握る。

「脈拍に異常はない。持病はお持ちですか?」

「無い」

 何かを悟ったようにジートから笑顔が零れる。

「実に面白い。仮説を立てていくうちに興味深い答えが見えてきました」

「何が分かったんだ?」

「良いですか。これはあくまで仮説です。全てを真に受けないで下さい」


 ジートが語った真実は、荒唐無稽なSF設定に満ちていた。

 そもそも死んでおらず、心臓の鼓動と爆発を演出する事で死んだと思わせた。過去に戻ったのは事実だが、戻ったのは時間軸の違う並行世界の過去。記憶が維持されている事から、並行世界に移動したのは最初に死の錯誤をした本人。並行世界に移動した時点で、並行世界に存在していた戒は同一人物として存在融合した。融合した戒の意識や経験は踏襲されず最初の本人のままの状態。30回と言う回数に意味があり、それ以上の存在融合をすれば崩壊に繋がる。死の錯誤は偶発ではなく何者かの故意によるもの。与えられた条件はそう思わせる為の設定であり意味は無い。戒の存在を融合強化したのは、望んだ未来を手に入れる為に必要だった。30回の錯誤後、心臓が警鐘を鳴らしたのは何者かの本当の意思を真に反映したもの。真の意思は訪れる未来を選定するもので、現時点で既に未来は変質している。最後の警鐘以降、体に何の異常も無いのがその証拠。


 熱意満載で語ったジートは、確信を持った強い眼差しをしている。

「我ながら恥ずかしい仮説ですが、真実だと思います。そうとしか思えない!」

「なぁ、俺が嘘を吐いているとは思わないのか?」

「言った筈です、嘘を言っているようには見えないと。私は自分の目に確信を持っています。自分の目で正しいと思ったものは信じ通します!」

「変わった奴だな」

 笑いの漏れる戒とは裏腹に、ジートは深刻そうに腕を組む。

「そう笑っても居られませんよ。画策した存在も不明ですし、選定した未来がどんなものか未知。何より怖いのが、どうやって『時』に介入する力を手に入れたのか…。場合によっては今の研究よりも重要かもしれない…」

 戒はつくづく実感する。ジートに話して良かったと。馬鹿にする事も無く、適当にあしらう事も無く、真剣に考え同じ目線に立ってくれる。誰の意志か分からないが、ジートとの出会いに導いてくれた事に感謝する。

「…ありがとう」

「礼はいりません。私達はもう友人ですから」

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