祝杯と悲杯
喜びと悲しみは表裏一体。誰かが笑えば、誰かが泣く。同じ人間がいない以上避けて通りない掟。しかし、同じ想いを持つ事は出来る。互いに想い合う事が出来れば、同じ光景を見る事も可能。
艦橋ではゼロノートと風が歓喜乱舞。満身創痍の船体の事を忘れて、戒と謙二郎の勝利を祝い合った。大騒ぎの艦橋に駆け付けたシーリアも輪に加わり、騒ぎは一層加熱する。そんな中、ゼロノートの表情が曇っていく。今後待ち受けている戦いを思ってやや鬱になる。
「大変な事に気付いたのじゃ」
ゼロノートは、シーリアと風を宥めて語り始める。
「バッドレインが倒れた事で、他の将は敵討ちを考えるじゃろう。勿論、本気で敵討ちを考えている者はおらん。これをきっかけに戒との戦闘を楽しみたいと思っておるだけじゃ。しかし、そんな軽い考えでも脅威である事は間違いない事じゃ」
神妙な面持ちのゼロノートに、シーリアは疑問を呈する。
「大丈夫じゃないの? 破戒の命令だと、「成長するまで手出し無用」でしょ? バッドレインみたいな戦闘狂でも無ければ戦いを仕掛けないんじゃないの?」
「それもその通りなのじゃが…何とも妙な感覚があるんじゃ。破戒とは別の意志が暗躍しておるような…」
ゼロノート程の知能を以ってしても知り得ない何か。雲を掴むような話にシーリアと風は付いていけない。
それよりも、風には気になる事があった。
「あの、よく分からないんですが、何がどうなって勝てたんですか?」
「謙二郎が攪乱を行い、戒が止めを刺した。以上じゃ」
「あの…もっと詳しくです。あの爆発の中どうやって助かったのかなって」
「簡単じゃ、謙二郎が光速で戒を退避させ、代わりに戒が作ったそっくりな分身を置いた。バッドレインでも見透かせない精密さが鍵じゃ」
「謙二郎さんの攻撃は? 一見効いていないように見えましたけど?」
「あの攻撃には意味は無いぞ。バッドレインの行動を誘導する為に使っただけじゃ。謙二郎がバッドレインを釘付けにしていると錯覚させて戒に集中させる。当然、謙二郎への注意が形骸化する。そうなれば謙二郎は自由に動けるじゃろ。謙二郎は何が起きても瞬時に対応出来る態勢で待っておった」
納得する風は、改めて戒と謙二郎の絆の強さを実感する。
話が盛り上がっている最中、戦闘から戒と謙二郎が帰還。
「話はここまで。英雄達の為に準備じゃ」
シーリアは、直ぐに艦橋から走り去っていく。
「あ、あの…」
戸惑う風をゼロノートが連れて行く。
「ただいま~」
戒が意気揚々艦橋に足を踏み入れるが、辺りは真っ暗。遅れて入った謙二郎は警戒心を強め、白銀の鎧を纏う。
「敵の襲撃か?」
「謙二郎…違うな」
戒はニヤニヤ笑いながら、白々しく棒読みセリフ。
「わあ、真っ暗だ。皆何処に行ったのかな?」
「おめでとう!」
明かりが付き、用意されたテーブルにケーキが乗っている。
ケーキを囲むように並んだゼロノート、風、シーリアは不満そう。
「何で気付いたの? 折角驚かそうと思ったのに…」
ゼロノートは頭を抱えて悔しそう。
足元に白い粉が落ちている。
落胆する風の肩を叩き、戒は笑う。
「気持ちは十分伝わった」
ケーキを一通り眺め、指でクリームをすくって食べてみる。
「甘くて旨い! これ本物か?」
「そう、本物のケーキじゃ。どちらかと言えば儂ら機人よりのケーキ。じゃが、人間にも食える。ナノマシンを有機物に変質させて作っておるからの」
シーリアと風も実食。
美味しそうに笑っている。
「ゼロノートやるな」
「そうじゃろ。まぁ、知識だけは最強じゃからな」
「知識か…」
戒はジートの事を思い出す。破戒との戦いを決意した大切な仲間だった筈が、ほんの小さな綻びで離れる事になった。離れて思うのが、元気にしているのか、食料は足りているのか、機人に襲われていないのか。父親が子供を心配するような感覚が心の片隅で疼く。
「戒…戻りたくなったのか?」
「いかん!」
謙二郎の言葉にゼロノートは激しく反論。
必死になり過ぎて恐ろしい顔になっている。
「絶対にいかん! あの男は…破戒よりも恐ろしい! 何があっても戻ってはならん!」
「ゼロノート、どうしてだ? どうしてそこまで?」
戒は至って冷静だが、ジートの事を悪いとは思っていないため理由を知りたい。
だが、ゼロノートは言葉を濁す。
「今は…言えんのじゃ」
「破戒より恐ろしい? 研究マニアなだけだろ? 良いから言ってみろ。俺は動揺しない」
謙二郎も詰め寄る。
白銀の姿だと威圧感が尋常ではない。
「教えてくれ。あそこには父さんが居る」
ゼロノートは閉ざしていた口を開く。
「…あの男は、リトルガーディアンシステムを変質させる。破戒を倒す為ではなく、歪んだ世界を破壊する為に…」
「それは真実か?」
戒の質問に直ぐには答えない。何度か考えを反芻した後、ようやく結論を言う。
「…今は断定できないんじゃ。じゃがな、知識の海は嘘をつかん! 何の意図も生じないただの累積物には悪意はない。その累積物の中に紛れていたんじゃ」
戒はクスリと笑う。
凍り付いていた雰囲気は一瞬緩む。
「俺達は破戒を止めようとしているんだ。不可能を超えて。だったら、ジートの真実も変えられる。俺が変えてやる! だから安心しろ」
ゼロノートも笑いだす。
「確かにそうじゃな。こりゃ一本取られたわい。でもな、しばらくは遠慮くしてくれんか。会ってしまえば歯車が動いてしまう可能性が高いのじゃ。お主たちがもっと強くなったら会いに行っても良かろう…」
戒は頷いていて重い雰囲気は完全に終わる。
シーリアが、ケーキを切り分けて各々の前に置く。
「さぁ、召し上がれ。私が作った傑作だから、ぜ~んぶ食べてよね」
「足りないかもしれないぞ」
戒が茶々をいれると、シーリアは目を輝かせ隠していたケーキを取り出す。
「そういうと思ってたくさん用意したんだから」
胸を張って自慢気なシーリアを見て、全員笑う。それは揶揄っている訳ではなく、心から感謝を伝える笑い。雰囲気を察して静かに見守っていたと分かったから。
その頃、アーセオン家の屋敷では…。
「何で! 何で出来ないんだ!」
荒れ果てた研究所でジートは激昂していた。
物は散乱し、並んでいた機材の殆どが壊れている。
「この計画が上手く行けば、環境改善がなされ菜園の拡張が出来る。なのに…何故! 何故上手く行かない! 考えがまとまらない…思考が停止する…どうしてこんな…」
ジートが苦しむ様をアリアと弓は見ていた。
自分達では解決出来ない問題なだけに見守る事しか出来ない。
「お兄ちゃんが居たら…」
「…もう戻ってこないって分かっている筈です」
「でも…」
弓は屋敷の中を見渡す。
戒が居る時とは違い、雰囲気が淀み動きが鈍い。アリアを守っていたメイド三人は、アリアの傍に居るがダラダラしているだけ。使用人達は一応ジートを手伝ったり食料を取りに行ったりしているが、足りなくなってもなかなか行かず尻に火がついてようやく動く。山路は、謙二郎が居なくなってからベッドから出てこない。
「皆、自分達のせいだって分かってる。だから黙って苦しんでいる。このままで良いのかな? ちゃんと謝って許して貰わなくていいのかな?」
「弓、それが一番なのは分かっている。でも、今は無理。過ちを理解しただけでは許される状態とは言えない。心が弱かったとは言え、戒と謙二郎を傷つけたのは事実。助けを求めるより、助けを求められるようにならないと…」
アリアが言っている事は簡単ではない。特に今の荒んだ状態では。過ちを提起しても正しさを押し通す状態で、アリアや弓が生まれ変わる事を訴えても聞く耳を持つ者は居ない。最大の肝はジート。研究の成果が出れば皆の意識が前を向く可能性があるが、研究が滞っていればいつまでも前を向く勇気を持てない。だからこそ、アリアと弓はジートの様子を見に来ている。
だが、今の様子では到底その状態とは言えない。
「アリア、私達だけでも諦めないようにしよう」
「勿論。私だって戒と仲直りしたい…あんな顔をした事を許してもらいたい」
悲しみに暮れるアーセオン家の屋敷。
だが、希望の芽は残っている。それが唯一の救い。
翌日。
飛行戦艦では今後の活動方針をもう一度話し合っていた。食料と機材調達は同じだが、船体強化、ナノマシン開発、統率機能力向上計画、戒の進化計画が盛り込まれている。
「食料と機材に関しては謙二郎で良いかの」
「ああ」
「それと、ナノマシンの開発研究の為に鉄材がかなり必要じゃ。多めに頼んだぞ」
ゼロノートは、纏まった内容をノートに書きこんでいく。
「なぁ、ゼロノート。何でノートなんだ?」
「機人だった自分を変えたいからじゃ。紙を使う…何か人間っぽいじゃろ?」
「面白いな」
ゼロノートは次の話題に移る。
「次は、ナノマシン開発と統率機能力向上に関してじゃ。このせいで儂は開発室に閉じこもる事になってしまう。じゃから、しばらくお主たちとは会えん。悲しいの~…っと、こんな事言ってる場合じゃなかったの。ナノマシンの方向性は強化と言うより柔軟性を求めて行こうと思うんじゃ。機械に由来した運用ではなく、人間や他の生物にも使える形に変えようと思っとる。統率機の機能向上は人間運用を考えてじゃ」
「どうして人間の為に?」
風の疑問を聞いてゼロノートはニヤリを笑う。
「風、お主の為じゃ。いい加減動き辛いじゃろ? 謙二郎のようにナノマシンに合わせるのはリスクが高い。じゃからナノマシンが人間に合わせるようにしようと思ったんじゃ」
「私の為?」
「この船を任せるお礼じゃ」
「私に任せる? 運転しても良いんですか?」
「勿論じゃ。頭を床に擦り付けてもお願いしたいぐらいじゃ」
喜び飛び回る風。
そのせいで義足が外れる。
「こりゃ急いだ方が良さそうじゃの」
謙二郎が風を抱きかかえる。
風はちょっと得した気分。
「じゃあ、とっとと最後の話をしようかの。戒の進化についてじゃが、既に相手は見つかっておる。後は倒しに行くだけじゃ。正し、相手はデルタウィングじゃ…」
驚いたのはシーリア。
後のメンバーは名前を聞いた事すらない。
「おじい、危険だよ! デルタウィングに勝つなんて絶対無理!」
「シーリア、仕方ないんじゃ。戒の力がそれだけ強かった証拠でもあるんじゃ」
「なぁ、何だ? デルタウィングって?」
ゼロノートはモニターに映像を出す。
巨大な鷹のような機鳥。比較対象として置かれている人間が豆粒のよう。
「これがデルタウィングじゃ。山よりも大きくて、バッドレインより数倍速い。しかも、非常に思考が発達している。攻撃手段も多彩じゃ。誘導攻撃可能な無数の羽根、全てを斬り裂く巨大な爪、嘴から放たれる超振動音波、腹部から落とされる卵型の爆弾。どれも一撃必殺の威力で当たればまず間違いなく全壊。運がよくても機能停止に陥るじゃろう…」
見るからに強そうな姿に風は怯える。
「俺も一緒に戦う。そうすれば可能かもしれん…」
「それはダメじゃ。戒一人でなければ進化出来ん」
「安心しろ、謙二郎。俺は大丈夫だ」
「勝てるのか?」
「さぁ。でもまぁ、楽しみではある。何かウズウズするんだよ。早く戦いたいって急かされているようだ」
戒の言葉に全員苦笑い。
世間の印象通りの言葉に。




