暴力の何が悪い!
過ちを過ちと気付けるのは、辿ってきた道を振り返った時。戻る事もやり直す事も出来ずただ諦めるしかない。それが普通で、それが常識。だが、もし辿ってきた道を戻る事が出来たなら? もし過ちを正す事が出来るなら? 恐らく殆どの者がそれを望むだろう。しかし、そんな美味しい話に限って必要のない者に与えられる。
積み重なる人間の山に一人の青年が鎮座している。
血生臭い夜空を眺め、満面の笑みで溜息を漏らす。
「つまらん…」
彼の名は、育鯖戒。全戦全勝の最強不良にして、毎日学校に通う皆勤賞の高校生。卒業まで皆勤賞を続ける事が彼の夢であり目標なのだが、日々売られる喧嘩は全部買い取る鬼畜っぷり。喧嘩をしながらも皆勤賞を保つには、警察に逮捕されない事が最低条件。逮捕されれば皆勤賞どころではなくなる。そこで実行しているのが、圧倒的力による口封じ。挑んできた相手を完膚なきまでに叩き潰し、口外する事に恐怖を感じるようにしている。そのお陰で2年間は皆勤賞を維持できた。
そこまでして皆勤賞に拘るのには、大きな理由がある。
2年前。
戒が高校に入学した次の日。いつも通り喧嘩をしていると、マークしていた警察に捕まり拘置所に放り込まれる。警察に捕まるのは初めてではなく、ほとぼりが冷めて釈放されるのを待っていた。
その時…。
「…過ちは…消さねばならない…」
頭の中で老人の声が木霊し、それをきっかけに心臓が肋骨を砕きそうなくらい激しく鼓動。しばらく耐えても心臓の鼓動は更に強くなるばかりで、最後には心臓が大爆発。そのまま絶命。
2年前に死んでいた。と、とんでもない結末になる筈だったが、気が付くと入学式の前日に戻っていた。漫画などで見かける時間遡行だと思ったが、戻っていた入学式前日は自分の知らない前日。起きた筈のイベントは起こらず、起きなかったイベントが発生する謎状態。それでも大して気にせず、入学式を終えた直ぐ後に吹っ掛けられた喧嘩を買い、またも警察に捕まる。経緯は違うが同じように拘置所に放り込まれ、ほとぼりが冷めるのを待っていると、同じように老人の声が聞こえ心臓爆発。気が付けば又も入学式前日。しかも、またまた全く違う前日。
何度も何度も繰り返すと、流石に回避したいと考えるようになった。そこでまず実行したのが喧嘩をしない。だが、喧嘩をしなかったらその場で心臓爆発。理不尽さを感じながら、今度は喧嘩をした上で警察に捕まらないように逃げる。すると心臓が爆発しない。ようやく回避できたと良い気になり、その日は学校をサボった。
家に帰りテレビをつけると…。
「…過ちは…消さねばならない…」
白髪の老人がテレビに現れ、戒の心臓を指差す。途端、心臓が激しく鼓動し爆発。
こうして導き出されたのは、喧嘩しつつ、警察に捕まらず、学校はサボらない。これが生きていく為に必要な最低条件になった。
戒が高校2年生になるまでに死んだ回数は、30回。ここまで来ると意地でも死んでたまるかと、半ば死の運命との決戦の様相を呈している。
5月24日。
戒は、人前で喧嘩を売られないように気を付けながらコソコソと校門を潜る。行きかう生徒全員、教師、事務機器の整備に来た作業員などなど、目に映る全員が死のきっかけになる可能性がある。高圧的に見えないように、苛立ちを感じさせないように、一見気弱に見えるように振舞っている。喧嘩がノルマだが、高校生を相手にすれば教師に気付かれる可能性が高く、警察逮捕、停学の危機。
「よう!」
不良の一団が戒を見つけて寄ってくる。
戒がちょっと本気を出せば余裕で勝てるのだが、学校で喧嘩する訳にも行かず、気弱なイメージのまま対応する。
「あ、あの…何か用ですか?」
「用だと? 決まっているだろ!」
いきなり殴られる戒だが、全く抵抗しない。抵抗してしまえば力の差から不良が病院送りになってしまう。何度殴られても、何度蹴られても、血に染まりながら耐え続ける。
「今日も1日楽しくなりそうだ」
「喜んでもらえて幸いです…」
戒は決して温厚ではない。死の条件を回避するために耐えているだけで、心の内ではマグマが冷たく感じるほど煮えたぎっている。入学して一度も抵抗したことが無い為、誰も戒の本性を知らない。
「ふ~満足した。今日はこれぐらいにしてやろう」
「あ、ありがとうございます…」
暴力が落ち着き、血を拭いながら校舎に向かう戒。その後ろ姿を見た不良は、終わったと言いながら執拗に石を投げつける。まさか火に油を注いでいるとは知らずに…。
(高校卒業したら…地獄に堕とす…)
戒は、条件の一つが高校を卒業したら消えると思っている。だから、大学や専門学校などの進学コースは全く頭にない。場合によっては就職も諦めて、町中の不良や暴力団を蹴散らしてしまおうと考えている。夢であり目標なのは、ただ単に仕返しをしたいだけ。
教室では、戒は笑いものにされていた。
「今日もいじめられていたわよ」
「みっともないよな」
「卒業したら社会に順応できないな」
彼らの目には戒がいじめられっ子に見えている。それなら優しい言葉をかけても良さそうだが、そんな素振りは無く言葉で傷つける事を楽しんでいる。中には不良に虐められていた生徒も居るのだが、標的が戒に移った途端態度を急変させた。
「お前たち静かにしろ!」
担任の教師が教室に入ってくる。傷だらけの戒には触れずに淡々と本題に移る。それはこの担任だけではなく、教師共通の対応。不良に目を付けられたくないのは生徒だけではない。
「お前達も3年、もうすぐ卒業だ。卒業後の進路を決めねばならない」
教師が配ったのは、進路希望書。進路を明確に胸に秘めていた者は殆ど居らず、突如訪れた決断の時に戸惑いを隠せない。しかし、戒だけは違った。手にした直後に全ての項目を埋める。
放課後。
戒は書き終わった進路希望書を職員室に持って行っていた。
「無職一択だな。これで通学出勤を気にしないで済む」
職員室の目の前についた途端、戒の心臓が激しく鼓動を始める。
「な、なんでだよ…」
職員室から離れると心臓の鼓動が落ち着く。
「くそっ! 進路の自由も無いのかよ…」
戒は無職を斜線で消し、代わりに適当に大学進学と記入。その状態で職員室に近づく。すると、やはり心臓が激しく鼓動する。
「これでもないのか…」
大学進学も斜線で消し、就職と記入。同じように職員室に近づく。今度は心臓が穏やかなまま。
「就職しろって事か…全く俺の心臓は何を考えているんだ?」
自由にならない運命に苛立ちを感じながらも逆らう事は出来ない。理不尽な状況は戒の心に怒りの爆弾を生成していく。歩みを止められた数だけ増大し、いつしか来る限界は死の運命も無視してしまいそう。
翌日の放課後。
戒の姿は進路指導室にあった。理由は学校に寄せられた求人票を閲覧する為。ファイルに綴じられた求人票を一枚一枚捲りながら自分でも務まりそうな仕事を探す。
「これなんかどうだ?」
近くのスーパーの従業員。難しい条件もなく、仕事の内容も問題は無さそう。だが、心臓は激しく鼓動。これではダメだと言っている。
「…じゃあ、これは?」
次は土木作業員。だがこれも心臓が拒む。
苛立ちを隠せない戒は、乱雑にファイルを捲る。すると、心臓が穏やかなページを発見する。
「これか…って何だこれ?」
心臓が許した求人票は、山下電工。世界有数の電気機器会社で、戒が通う低レベルの学校に流れてくる事が殆どない貴重な求人。行けるものなら行きたい生徒がどれくらい居るのか考えただけでも溜息が出る。
資本金、社員数、社長、どれを見ても本物。こうなると、受験出来るのか条件が気になる。
「…皆勤賞…痛みに強い…? 痛みに強いって何だよ? 普通そんな事条件にするか?」
痛みを条件に入れる異常さに職務内容を確認。すると、研究部門助手と書かれている。これでようやく戒はこの求人票の意味を理解する。
「成程、実験体を所望していたのか。それなら納得だ。痛みに強い…俺が適任だな」
早速求人票を抜き取り、職員室に急行。
やや強引に受験を了承させる。
戒の現在の家は、古びたアパートの一室。実家からの援助月々5万円で家賃と生活費を工面しながら生きている。家賃は3万円、残り2万円から食費と水道光熱費を引けば残りはゼロ。一日の食費を500円までに抑えて何とか丁度足りる。なので、室内には余計なものどころかテレビも冷蔵庫も布団も無い。食費を使うのは昼のみなので、家に帰るのは殆ど寝る為。
「ただいま~」
戒は、奇跡の求人に挑む高揚感でスキップ帰宅。勢いそのままに真っ暗な室内に飛び込む。ただいまと言っても返事は返ってこない…筈だった。
「おかえり~」
帰ってきた返事に思い当たりがあるのか、戒は高揚感を忘れ怪訝な表情に変わる。
「何だよ、来てたのか?」
暗闇の中から現れたのは、幼さの残る女の子。
「来てたのか…じゃないわよ! 来るって言っていたでしょ? 忘れるなんて酷いよ!」
彼女は戒の妹、育鯖弓。中学3年生。年齢以上に幼く見え、近所の大人達からは未だにキャンディーを貰っている。実際は戒よりもしっかりしていて、話せば少々おばさんのように思える。
「仕方ないだろ、俺だって忙しい」
「忙しいって喧嘩でしょ? そんなの言い訳にならない!」
「…ち、違うって、俺だって就職試験があるんだよ」
戒の事をよく知る弓は、嘘を言っていると勘違い。ジト目で睨みつける。
「本当だって、ほら」
教師が書いた推薦状を弓に渡す。
疑いの目で内容を凝視した結果、弓の疑いは晴れる。
「へぇ~、お兄ちゃんが日下電工の受験か…。噂は本当だったんだ。喧嘩をしないで真面目に通っているって…」
「ま、まぁな…」
ノルマの喧嘩を毎日しているとは口が裂けても言えない。言ってしまえば即死亡。一度経験しているだけに悟られないように細心の注意をする。
「じゃあ、お詫びとご褒美に手料理を御馳走しようかな」
「御馳走…?」
「私の得意料理カレーを振舞ってあげる。歓喜してよね」
使われていないキッチンに向かい準備を始める。
戒にとってこの状況は危機。喧嘩のノルマをこれから達成しないとならず、下手に動けばバレてしまう可能性がある。喧嘩に向かう事を悟られず家の外に出る必要がある。
「弓、足りないものは無いか?」
「作るつもりで来ていたから、食材は全部揃っているよ。あ、そうだ。炊飯器はある?」
「無いけど…」
「ごめん、まさか炊飯器が無いとは思ってなかった。お兄ちゃんスーパーでご飯買ってきて」
「分かった任せろ!」
勘ぐられる可能性の無いおつかい。戒は意気揚々と喧嘩ノルマ達成の為に出撃する。
喧嘩ノルマを達成するために利用しているのは、アパートから1㎞ほど離れた場所にある繁華街。キャバクラやホストクラブが林立していて治安の悪い場所。ここで戒が喧嘩の相手にしているのは、暴力団。
「育鯖戒の登場だぞ! 恨みのある奴は出て来~い!」
もはや常連と化している戒。暴力団であっても簡単に喧嘩を売ったりしない。このままでは喧嘩できずに死亡。しかし、そんな時の為の対策はしっかり練られている。
「お邪魔します」
目に入ったキャバクラに入ると、柴原組の連中がホステスと揉めている。柴原組とは、この繁華街を縄張りにしている暴力団。店の売り上げを巻き上げたり、理不尽な嫌がらせをして店を潰したり、働いている者にしてみればかなり迷惑な存在。
「戒ちゃん! よく来てくれたわね!」
「ママさん、元気にしているか? 悪い奴らに困ってはいないか?」
「実は…」
キャバクラの女将は、柴原組の下っ端を指差す。
「俺は柴原組だ! 文句あんのか!」
「ああ、文句ばかりだ。仲良しのママさんを困らせないでくれよ」
売り上げを巻き上げるのは下っ端の仕事。戒の事を知らない新人も多く、一般人の中に自分より強いものが居ないと勘違いしている戒にとっての最大のカモ。この下っ端は当たりのようだ。
「柴原組を馬鹿にすると後悔するぞ! いいから邪魔をするな!」
「嫌だ」
「表に出ろ! 後悔させてやる!」
戒が思い望んだとおりに下っ端は動く。
表に出ると、外にいた客達が一斉に道を開けている。戒の喧嘩はここでのイベント。常連客の号令で場の整理は整っている。常連客以外は何が起きるのか分からず騒めくが、「静かに」のプラカードを常連客が掲げると何となく黙る。
「な、何だこれ…見世物じゃねぇぞ!」
「良いじゃないか、別に減るもんじゃないし。それとも見られたら負けるのか?」
下っ端は予想外の展開に動揺を隠せない。それもその筈、まさか喧嘩の様子を見世物にされるとは思いもしない。場の様子はアウェーそのもの。
「ルールは?」
「ルールだと…?」
「ここでの喧嘩は挑戦者がルールを決める事になっている。さぁどうする? 両手使うな? 動くな? 目を瞑れ? それとも…」
楽しそうに自分の不利な状況を提起する戒が何だか不気味に見えてくる。とは言っても、喧嘩を売った建前があるので逃げる訳には行かない。
「じゃ、じゃあ…目を瞑って両手を使うな!」
「それで良いか?」
「あ、ああ…」
戒は早速目を瞑って、手慣れた常連客に両手が使えないように縛ってもらう。
「いつでも良いぞ。見えないからかかって来ないと永遠に勝負が終わらないぞ」
不気味だが状況的に負ける訳がない。下っ端は決心を決め、気付かれないように足音を立てず戒の背後に回る。そして、隠し持っていたナイフを構える。
(ナイフを使うなとは言ってないよな…)
ナイフで刺そうとしていても常連客は何も言わない。騒ぎそうな客も常連客が執拗に掲げる「静かに」のプラカードに従う。
(死ね! そして後悔しろ!)
戸惑いながらもナイフを突き出す。
だが、切っ先が触れた瞬間、在った筈の戒の背中が消える。
「何処に…?」
辺りを見渡しても戒の姿は見つからない。しかし、気配らしきものは近くから離れていない。それを裏付けるように周囲の観客から失笑が漏れる。居る筈の戒を見つけられない哀れみの失笑。
「ここだぞ。ほらっ、お前の直ぐ傍に居る」
観客がヤジで下っ端を煽るが、下っ端はそれどころではない。言い知れない恐怖が纏わり付いて精神崩壊寸前。いつ暴走してもおかしくない。
「出て来い! 殺してやる!」
「…もう無理そうだな」
下っ端の視界に突如戒が現れ、間髪入れず回し蹴りで腹を蹴る。
下っ端は悶絶する間もなく気絶。
「お~い! 柴原組! さっさとこいつを連れて帰れ! それが嫌なら俺と戦うか? 俺はどっちでも構わないぞ~!」
隠れて様子を窺っていた柴原組の面々が急ぎ足で集まり、下っ端を回収して去っていく。
柴原組が消えると、常連客二人が戒の拘束を解く。
「流石だな。見てて楽しかったよ」
「良い酒の肴だったぜ」
瞼を開くと、戒の周囲には沢山の人が集まっていた。ある者は酒を片手に乾杯、ある者は興奮のあまり叫び、新規客は常連客に何やら書類を渡している。書類は情報秘匿契約。ここで起きた事を一切外部に口外しない約束をするもの。戒の喧嘩を見学する際に提出する事を義務付けられている。
「戒ちゃん、店に寄って。お礼をしたいから」
「店には寄れない。いつも言ってるだろ、未成年は早く帰らないとな、って」
「でもでも、お礼をしないと気が済まないのよ~」
戒はふと大事な事を思い出す。
「じゃあ、ご飯をくれないか? 出来ればスーパーで買ったようにパックに入れて…」
「ご飯? お腹が空いているの?」
「ご飯を買って来るって約束していたんだ。妹と」
戒の話を聞いた各店の店員が店に戻り、有りっ丈のご飯をパックに詰めてくる。沢山の店から用意されたご飯は余りにも多く、持って帰るのも一苦労。
「お前ら…多すぎだぞ…」
そう言いながらも全部を抱える。
「だったら妹さんも連れて来たら? ここなら美味しい料理を作ってあげられるけど」
「知らないだろうから教えてやる。妹の料理は世界一なんだぜ!」
持ち辛そうにご飯を抱え、戒は去っていく。
アパートに戻ると、弓が頬を膨らませて待っていた。
「お兄ちゃん遅い! カレーが出来て30分は待ってたわよ!」
「30分ぐらい良いだろ? ほらっ、ご飯」
両手一杯のご飯に驚く弓だが、それ以上に込み上げる悲しさに頬を濡らす。
「もう帰らないと…」
足早に去っていく弓。
戒は、腕を掴んで引き留める。
「まだ7時だぞ。送ってやるから一緒に飯食おう」
「…お兄ちゃん、分かってる? お父さんもお母さんもまだ許してないんだよ。私がお兄ちゃんの所に居る事が知られたらもう会いに来られなくなる…」
喧嘩が原因で戒は両親に拒絶されている。その拒絶ぶりは極端で、喧嘩をする前は毎月遊園地に連れて行っていたのが、喧嘩をするようになってからは会話すら真面にしていない。拒絶するようになってからは、戒が話しかけても父も母も溜息を残して去っていく有様。戒に冷たく接するようになった反面、弓を溺愛するようになった。
「塾に通うようになってからも変わらないのか?」
「うん、後30分したら駅に迎えに来る…」
「…そうか。だったら、駅まで送る」
「いいよ。一人で行ける」
戒はご飯を玄関に置き、弓の手を引っ張る。
「この辺は治安が悪い。遠慮するな」
弓は、時間を気にしながらも戒に送ってもらう事を喜んでいる。両親が幾ら拒絶しても弓にとっては優しくて大好きな兄。駅までの僅かな時間でも他愛のない会話を楽しみたい。
9月26日。
遂に訪れた山下電工の入社試験当日。戒は、都内にある試験会場にて試験を受けていた。現在は筆記試験の最中だが、解答欄は空白が目立ち合格点を取れるようには見えない。だが、戒は焦っていなかった。理由は心臓の鼓動。筆記試験がままならない状態にも拘らず、心臓は今の今まで至って平常。これにより戒は筆記試験より面接の方が重要と思っている。
そして、運命の面接…。
「もう良いですよ。面接の結果は後程学校に郵送します」
「えっ? あ、あの…もう終わりですか?」
「はい、結構です」
面接は僅か一分で終了。
何一つ聞かれる事無く、戒の姿を数回眺めて終わり。この時点で戒は落選した事を確信した。心臓の鼓動が何をさせたかったのか理解できないまま戒は帰路に就く事になった。
「はぁ~、一体なんだ?」
戒は帰る前にトイレで用を足していた。
「心臓の爺さん答えろよ! 落ちる辛さを味わえって事か?」
等々と気味の悪い独り言を喋っていた為、トイレに居た者達は一斉に散開したった一人。独り言の独壇場となっていた。
「…弓、ガッカリするだろうな。仲直りのきっかけになるって言っていたからな…」
独り言を終わりにし、ようやくトイレを後にする。
その直後、女子トイレから何やら不穏な声が聞こえる。
「やめて下さい!」
「良いじゃないか。受かりだろ? 私に媚を売っておけば損はしないぞ」
女子トイレには清掃中の立て札が置かれ、入れないように扉には鍵がかかっている。トイレから誰も居なくなったのは、戒が不気味だった訳ではなく中に居る誰かに気を遣った結果。
「…気に食わん」
扉を蹴破ろうとする戒だが、なかなか出来ない。脳裏に過るのは警察に捕まり心臓が爆発する運命。生き残る為には無視して帰るしかない。しかし、心の中では怒りが沸騰寸前。中で酷い目に合っているのが弓だったらと思うと、我慢して立ち去るのは死よりも苦痛。
戒は死よりも怒りを優先し、扉を蹴破る。
「何で女子トイレから男の声がするんだ~」
恰幅のいい男性が若い女性の肩を掴み今にもキスしようとしていた。
「君は誰だ! ここは立ち入り禁止だ!」
「だったらお前もだろ?」
戒は、徐に近づき恰幅のいい男性を引き離す。
「邪魔をするな! これは試験の一環なのだ」
「試験なのか…ふ~ん、俺も対象だな」
戒は恰幅のいい男性に見覚えがあった。それは求人票の社長欄に貼られていた写真。
「君も受験生だったのか…ならば話は早い。もしこのまま帰れば、君を合格にしてやろう。悪くない条件だろ?」
戒はこの時悟った。心臓が鼓動しなかったのはこの条件が提示されるのを知っていたから。つまり、最初から真っ当な方法では入社する事が出来なかった証拠。
「成程、受かりそうもなかったから丁度良い」
戒は、何事もなかったかのように帰ろうとする。
若い女性は、悲しそうな顔で戒を見つめている。
「と、言うと思ったか?」
戒は反転し、社長の前に立つ。
「合格の為に体を差し出せ? 反吐が出る!」
社長の腹を手加減しながら3回殴る。
かなり手加減したのだが、殴られ慣れていない社長には大打撃。苦しさに悶えながら、トイレから逃げようとする。
「誰か…助けて…」
「おいおい、まだ帰らせないぞ。試験は終わってない」
社長を転ばせ襟を掴んで引きずる。
運んだのは大便器。
「暴力反対! こんな事をしてもいいと思っているのかね!」
「自分だってしてるだろ? 地位と権力を駆使して弱い者虐めをしているじゃないか。暴力大賛成なんだろ? 白状しろって」
社長の頭を掴んで便器に押し込む。
「ぶぶぶ、た、助けて~~~」
抵抗する社長の脇腹を蹴り、貼られた水面に顔を付ける。
「合格判定は何処にあるのかな? そうか! 社長のように相手を屈福させれば良いのか!」
便器から頭を引っ張り出し、後ろの壁に押し当てる。
「や、やめてくれ…もう許して…くれ…」
「まだ屈服していないな」
今度は今までよりも強く腹を殴る。
胃が刺激された結果、社長は盛大にリバース。戒は空かさず便器に顔を押し込む。
「ゲロは便器に。まだまだ殴るぞ~~」
「お願い…止めてくれ…」
「同じ言葉を聞いた覚えはあるだろ? その時受け入れたか? 受け入れてないだろ?」
その後も何度も何度も殴り続ける。
助けられた若い女性も見ていられなくなり、トイレから居なくなる。
「暴力の何が悪い! 生きている奴ら全員暴力を振るっているだろ! 弱い者を標的にしているだろ! 法律に何ができる? 結局は力ある者を保護しているだけだ! だって、作っているのは一部の力ある者だからな!」
続けられた暴行で社長は虫の息。もう「助けて」すら言えず、放心状態で口をパクパクしている。
「そろそろ合格かな?」
戒が尋ねると、社長は恐怖で引き攣った顔で頷く。
「止めなさい!」
トイレに駆け込んできたのは、警察。
入口に控えている若い女性が携帯で連絡をした模様。
「お前を逮捕する!」
刑事が戒に手錠をかける。
戒は抵抗せず、若い女性の方を見る。
「…ありがとう」
感謝しながらも刑事の後ろでガタガタ震えている。理由は簡単。戒を通報した事で報復されるのではと思っている。当の戒は、刑事に捕まる可能性は考えていたし、その後の死を予期しているので別段気にしていない。
(どうせ死ぬからな…)
ただ、また高校入学前日に戻るのが厄介で面倒。何より困っているのが、2年間培ってきた経験が次のやり直しでは全く生かせない。しかしそれでも、苛立つものを見逃して生き残るぐらいならこの結末の方が納得できた。