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犬と下種2

「くそっ……」

 ホテルに戻ったクロガネは、荷物を整理していた。

「ねえ、どうすんの?」

 その傍らにふよふよと浮いているシイタケが呑気そうに言った。

「一刻も早くこの町を出るんだ」

「護衛対象置き去りにして来て良かったの?」

「馬鹿。犬殺しが重罪なら巻き込むわけにはいかんだろう」

「ああ、なるほど」

 合点がいったようで、ポンと手を打つシイタケ。

「とりあえず前金でもらった半分はマルマインゲアーを撃退したからもらうとして、もう半分は奴の部屋に置いておくか。依頼を投げだしたわけだしな」

「その必要はないよ」

 ドアが開くと同時に、テトラがにこやかに入って来た。

「なっ……お前何を考えてる」

「そこの子を隠さなくてもいいのかい?」

 テトラが指差した先には、シイタケがいた。

「な、に、人形だこれは」

 クロガネは慌てて取り繕い、シイタケもそれに合わせて微動だにしなかったが、

「浮いてるのに?」

「う」

 それを誤魔化すのは詐欺師でも難しいだろう。クロガネは言葉に詰まってしまった。

「いやいや。困らせたいわけじゃない。実は、もっと前から気づいていたんだよ」

「何?」

「僕の目は特別でね。その子が魔法で姿を消していようが、丸見えなんだよ」

「ええっ!?」

 思わずシイタケが声を上げた。

「やあ、こんにちは。人に寄り添うもの――ザシキワラシさん」

 テトラが軽く会釈する。

「……ザシキワラシ?」

 シイタケは怪訝そうに言う。

 もう隠しても無駄なので、動きだしていた。

「懐かしい響きだなあ。今でもそう言う人がいるとは思わなかったな」

 ザシキワラシ。

 少年、あるいは少女の姿をした小人で、本来は家に憑く精霊だ。

 精霊は、生物とエネルギーの中間の存在で、超自然の力を備えている。

 ザシキワラシは居場所を得る代わりに、その家に幸運をもたらすという。

「そうだろうね。教会が出来るまでの呼称だ。今では違う呼び方をされているはずだ」

「悪魔……だな」

 呟くようにクロガネが言う。

「だから隠していたんだね」

「……そうだな」

 どこか諦めたような返答だった。

 悪魔は、教会が絶滅を目指している存在だ。

 もし見つかれば、ただでは済まないどころの騒ぎではない。

 特に、この一〇〇年の間に、教会の悪魔狩りは苛烈さを増していた。

「ふむ……僕も見るのは初めてだ」

「そう……だろうな」

 クロガネとシイタケは長い間旅を続けてきたが、一度も他のザシキワラシと遭遇したことはない。

 かつてはザシキワラシが世界各地の家々に憑いていたというが、現在では教会の悪魔狩りによって、その多くが駆逐されてしまっていた。

 姿を消す力を持つザシキワラシも、永遠に消せるわけではない。何より自身の力を発揮できる家という聖域を出てしまえば、ほとんど何もできないのだ。

 あるいは、もうザシキワラシは他に残っていないのかもしれない。

 今回の旅も含め、北の地はほぼ回りつくした。残る可能性は、南方の教会の非勢力圏ぐらいだが、言葉も通じなければ砂漠の広がる過酷な地を、そうそう旅をするのも難しい。

 クロガネは目を細め、シイタケの頭に手を乗せた。

「……どしたの?」

「……なんでもない」

「いやー、興味深い!」

 そんなクロガネの様子に気づくことなく、テトラはまじまじとシイタケを見ていた。

「おいおい。照れるよ」

「記述の通り、飛んでいるのではなく、空気の上を歩いているんだな」

「……記述?」

 今度はクロガネが怪訝そうに言った。

 それを待っていたかのようにテトラはコートを開く。

 そこにはたくさんのポケットと、それにびっしり収められた本の数々。

 テトラはそれから一冊を抜きだした。

 かなり古いものらしく、羊皮紙もぼろぼろになっている。文字も当然古いために、クロガネにはタイトルすら読めなかった。

「んーと、『忘れられし書』?」

「そう。すごいねえこれが読めるのか」

「まぁね。それでもちょっと古いかな」

 得意げに言うシイタケ。ちらりとクロガネの方を見ると、悔しいらしく不機嫌な顔をしていた。

「確かにこれは古いものだよ。教会が成立する前のものだからね。五〇〇年は前のものさ。精霊種のことについて事細かに書かれている。不思議なことに、この本が書かれた当時は精霊種については専門家にはよく知られていたことだったんだけど、この本では後世にその認識が薄れることが予見されている節がある。何しろ『忘れられし書』だからね。なんとも奇妙じゃないかい?」

 本のことになったら急に饒舌になったテトラに、クロガネは「ああ」と小さく頷くだけだった。

「……それで? 何の用だ? 私と一緒にいると教会に狙われるぞ」

「構やしないよ。なにせこれだけ禁書を持ってるんだ。いつかはそうなるさ。それが早まるだけだよ」

 言ってコートをひらひらさせる。確かに禍々しい本もちらほら見えた。

「……気に食わないな。何が目的だ」

「何が、というと?」

「こちらに都合がよすぎる。裏は何だ」

 クロガネの視線は鋭い。

 しかしテトラは気にした様子もなく、

「ふぅん。裏ねえ。興味かな」

「興味だと?」

「そこの精霊さんのこともそうだけど……君の持っているその剣――」

「……ッ」

「魔剣だね」

 クロガネは自分の迂闊さを後悔した。

 ホテルの個室内であるから、マントを脱いでいた。

 ゆえにその禍々しい――禁書などとは比べ物にならぬほど――刀身が見えていたのだ。

「……だったらどうする」

「言ったろ。興味があるんだ」

「ダメだ」

 先ほどよりも語気を強く、クロガネが断じる。

「何で?」

「これはそんな生易しいものじゃあない。それに見世物でもない」

「そう? どっちにしてもボディガードは続けてもらうよ」

「断る。金は返す」

 テーブルの上に宝石を置き、クロガネは立ち去ろうとした。

 その前をテトラが遮る。

「君の持っている剣、それは魔剣シェイクハンドだね。もしそれを抜いたことがあるのなら……影響が出てきているはずだ」

「……」

「僕なら治せるかもしれない」

「何っ!?」

 思わずクロガネは声を上げていた。

「僕の持つ禁書――魔道書には魔剣シェイクハンドに関する記述もある。それだけじゃない。それが接続している存在の記述もね」

「何だと……」

「ただ、本によっては矛盾する記述もあるし、写本で記述が正確じゃないし欠落のあるものもある。だから、多くの本を入手できれば、おそらくは」

「……だが、私は……」

「OK! 引き受けた!」

 そう答えたのはシイタケだ。

 すぐにその頬がクロガネによって引き伸ばされる。

「貴様……何を勝手に」

「ひーりぁん、ふろはれもろにもろれるんらひ」

 口も引っ張られ、言葉にならない。

 仕方なくクロガネが手を離すと、

「だからー、元に戻れるんならいいじゃんか」

「む……」

「どっちにしてもここで長々と喋ってる場合じゃないと思うよ」

「くそっ! 勝手にしろ! ついてくるならついでに守ってやる! ついてこれなきゃ知らん! シイタケ、お前もだ!」

 クロガネはマントをはためかせ、部屋を出て行く。

 テトラとシイタケは、慌てて後を追うのだった。

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