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犬と帽子と本の虫2

 ララシフルの町は中央にある中堅の宿屋セイコート亭。

 その一階の喫茶コーナー――夜は酒場というわけではないが宿泊客向けのバーとなる――のテーブルに青年とクロガネは腰かけ、ホットティーを飲みつつ話していた。他の客はまばらだ。

「まさかこんな嗜好品を飲めるとはね……」

 クロガネは呟く。

 普通、茶と言えば高級品だ。南の地方或いは東の地方の特産物であり、北に行けば行くほどその価値が上がってゆく。

「この国では雪茶が自生してるからね。安いんだ」

「雪茶?」

「その名の通り寒い地方に適応したお茶の木さ」

「ふむ……」

 クロガネは口布をずらしてお茶を啜り、

「うまい。……っとそうじゃない。ボディガードの件だ」

「ああ、そうだったね。現在僕は狙われているんだ」

 青年はあっけらかんと言う。

「その割にはやけに余裕があるじゃあないか?」

「そう見えるかい?」

「見える」

 クロガネが真剣な声で言うので、青年はぽかんとした。

「OK。OK。大体どういう人かわかった気がするよ。さて、本題に入る前に名乗っていなかったね。僕の名前はテトラ。禁書のテトラと言えばわかるかな」

「知らん」

「それは残念だな」

 さほど残念でもなさそうにテトラは言った。

「禁書と言っていたな? 教会から護ってくれというならゴメンだぞ」

 禁書はその名の通り、禁じられた書で、すなわち回収され再版されることのない書である。禁じているのは教会または国なのだが、ほとんどが教会によって指定される。所持はおろか眼を通すだけでも裁かれる。

 教会と関わり合いになるのは避けたかった。

「ああ。心配はいらない。僕を追いかけているのはトレジャーハンターだからね」

「トレジャーハンター? あの遺跡荒らしか?」

「そう。禁書は裏で好事家に高く売れるからね。僕のを狙ってるんだ。ほら、もともと禁書って奪われたからって官憲に訴えれないだろ?」

 そもそもトレジャーハンターとはクロガネの言葉にあるように一般には遺跡荒らしと受け取られている。正確には宝を探して高く売る者のことで、公に認められた職業ではない。

 各々が好き勝手に名乗っているだけで、盗賊に過ぎないものも多いのが実情だ。

「なるほどな。……それで追いかけて来ているのは何人だ?」

「一人だね。マルマインゲアーっていう名うてのトレジャーハンターさ」

「マルマインゲアーか。聞いたことがある」

 クロガネは何かを思い出すようにあごの下をさすった。

「確か、奴が本気で隠れたら見つけられる者はいないとまで言われたカモフラージュの達人だったはず」

「その通り……って僕のことは知らないのにあいつのことは知ってるんだね」

 テトラは少ししょげて言う。

 その演技がかった仕草に、クロガネは一瞥もくれない。

「それで護衛の期間は?」

「とりあえずは一週間。ここの古書肆に交渉してるから、本を譲ってもらうのにどの程度かかるかはわからないんだけど、一週間交渉してダメなら諦めるさ」

「一週間程度ならこちらも好都合だ。後は……報酬か」

「言い値で用意するよ」

「はぁ!?」

「わっ!?」

 クロガネが大きな声を上げたもので、フードの中で息を殺していたシイタケも思わず叫んでしまった。

「あれ? 今別の人の声がしたような……」

「気のせいだろう」

 クロガネが口元を布で覆っているのは、うっかりシイタケが喋った時に自分が喋ったことにしやすいためでもあるのだが、流石に同時に喋ってしまった場合はしらを切るしかない。

「それより言い値だと? じゃあ一〇〇〇ナナリーだと言ったらどうする?」

 クロガネは笑って言う。

「構わないよ」

「……!」

 クロガネは声を失った。

 ナナリーとはナナリー金貨を指し、普通は価値の低いチェルシー銀貨の方を使う。

一ナナリーあれば小麦のパンが山ほど買えるし、そもそもパン屋で出されれば店主は卒倒してしまうだろう。

一〇〇〇ナナリーともなれば中流階級の家庭の一年の生活費に等しい。

「……またからかっているつもりか?」

「いいや。本当だよ。お金には不自由してないんだ。……正確には宝石がたくさんあってね」

 テトラは懐から袋を取り出すと、中身を机の上にざらりと広げた。

 色とりどりの宝石。

 クロガネはそれを手に取り、確認してみるが――

「確かに本物のようだな」

「でしょ。じゃあ引き受けてくれるかい?」

「いいだろう」

 不遜とも取られかねない物言いだが、彼女自身にその意図はない。地なのだ。

「だが一つだけ言っておくぞ」

「何だい?」

「こんな衆人環視の中で宝石を出したりするから狙われるんだ」

「あ」

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