荒野を狼が駆ける
塔の外では戦闘が続いていた。
しかし、教会側は全く統率がとれていない。
それも当然だろう。
極光神の七色の虹が塔の最上階からかかり、奇跡だと兵たちは一時士気を大幅に上げたが、それが黒い光に斬り裂かれたのだ。
虹を斬り裂く闇。
極光教信者からすれば、それは世界の終わりにも見えただろう。
更に最上階からちらちらと見える化け物の影。
それは山羊であったり、鷲の翼であったり、そして得体のしれない何か(、、)であったりした。
兵たちが完全なパニックに陥ったのも無理はない。
自分たちが信じていたものが揺らぎ、仲間同士で争うほどだった。
そんな兵たちを捌きながら、
「派手にやってるみたいだねエ、マイスイートハニーたちは」
「うん……」
マルマインゲアーの言葉に、テトラは力なく頷いた。
「なんだ元気がねえな。まさか死ぬとでも思ってるんじゃねえだろうな」
「いや、そうじゃないけど……」
と、その時、
『◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!』
人間には、いやどんな生物にも決して発音できないであろう、恐るべき咆哮が響き渡った。
いや、それは断末魔だったのかもしれない。
塔の最上階から響いたその声にその場にいた全員が塔を仰ぎ見た時、そこから一つの影が飛び出した。
太陽の光を浴びてそれは銀色に輝く。
獣。
銀の、狼。
それはわき目もふらず、兵たちの群れを飛び越えていく。
そのあまりに美しい姿に、誰もが息をのんだ。
そんな周囲に一瞥もくれず、狼はそのままいずこかへと駆けて行った。
「見た?」
テトラの声は震えていた。
「ああ。見たぜ。それがどうかしたか? つうか何だあれ」
「じゃあ逃げよう」
「は?」
ナイフを投げていたマルマインゲアーの動きが、止まった。
背負っているテトラの方へ首を少々無理な形で向ける。
「見ただろ? あの狼の背にはシイタケが乗っていた」
「あ? そうだったか? だからってクロガネはまだ……」
「大丈夫だ。もう脱出した」
マルマインゲアーの言葉を遮ってテトラが言う。
「お、おいホントか?」
「嘘じゃない。だから僕らも逃げよう」
テトラの声に、全く迷いも揺るぎもなかった。
「……そうか。嘘だったらただじゃおかねえからな。うっし、じゃあトンズラと行きますか!」
マルマインゲアーは反転し、走り出す。
それを兵たちが追い、矢が射かけられた。
矢は顔のすぐ側を通過していく。
「おっと、危ねえ! こんなとこで死んじゃあしまらねえからな!」
「そうだよ。だって僕には目的が出来たんだ。こんなとこで死ねないよ」
テトラは、狼が駆けて行った方向を見つめる。
「ずっと本を集めて来たけど……今度は僕が書くよ。君たちの話を――だから、また会おう、クロガネ! シイタケ!」
荒野を、一匹の大きな獣が走っている。
南へ。
ただ南へ。
銀色の体毛を風になびかせ、走っている。
その背に、小さな影が乗っていた。
その口が、動いている。
何か喋っている。
それが風に乗り、
「おれさ、決めたぜ。恩返しの方法」
「おれは、絶対クロガネを人間に戻してやる」
狼は答えない。
狼に人の声帯などない。
だが、笑ったようには、見えた。




