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断罪者を断罪する罪人8

 瞬間、剣から膨大なエネルギーが流れ込む。

 体内で爆発が起きたような衝撃。

 びきびきと音を立て、四肢の筋肉繊維が自壊と再生を繰り返し、その強度としなやかさを強引に上げる。

「うああああああっ!」

 クロガネが叫んだ。

 髪に隠れていた右目が、紅玉のように真っ赤な光を放った。

「な……」

 アリゲイターの表情に、初めて焦りの色が浮かぶ。

 彼は思わず足を一歩下げていた。

「バ、バカな。オレがビビってるなんてことがあるわけねえ」

 アリゲイターはトラバサミを構え、走り出す。

 クロガネはその場から動かず、ただ剣を大きく振りかぶった。

 そして放たれた一撃は、棒で遊ぶ子どものように技でも何でもなく、ただ振り下しただけであるにも関わらず、信じられない速度だった。

 ぎがっ、金属同士が激突し、何かが砕けた音が響く。

「ぐ……」

 猿のように飛び跳ね、アリゲイターは距離をとった。

 なぜならその手のトラバサミが、ぐにゃりと曲がり、あるいは砕けていたからだ。

「別人じゃねえか……おい」

 アリゲイターは引きつった笑みを浮かべた。果たしてそれは傷によるものか――

「死にたくなければどけ」

 クロガネは射殺すような視線で睨みつけた。

 気の弱い相手ならそれだけで心臓が止まりかねないほどのプレッシャー。

 だが、アリゲイターはやはり笑っていた。

「……死ぬ? 当たり前だ! 死ぬリスクがなきゃ楽しめねえだろうがあ!」

 笑い声すら漏らしながら、アリゲイターは大型の肉食獣のように高速で地を這いクロガネに迫った。その両の手にはどこから出したのか、新たなトラバサミが握られていた。

 二つの顎がクロガネに襲い掛かる。

 クロガネは一歩踏み込み、剣を振り抜く。

 銀光一閃。

 神速で放たれたその剣を、アリゲイターは右手のトラバサミで挟み込み受けると、もう一方のトラバサミをクロガネに向けて突き出した。

 しかしクロガネの一撃があまりに威力があったがために、アリゲイターの右手は大きく後ろに振られ、思い切り体が開いてしまった。

 その隙だらけの腹にクロガネの蹴りが炸裂する。

「がっ……かはははは! いいぜえ! こんな高揚感は久しぶりだァ!」

 蹴りをくらい吹っ飛ばされながら、アリゲイターは笑い、壁を蹴ると再びクロガネに飛びかかった。

 前回の戦いのように、鎖つきのトラバサミを飛ばし、それを柱に絡ませると軌道を変え、超高速でクロガネに迫る。あまりの速度に、空気との摩擦で炎すら発している。

 アリゲイターはそのまま攻撃しようとはせず衝突寸前に更にもう一方の鎖つきのトラバサミを放ち、再び軌道を変えた。柱と柱の間を、まるでムササビにように飛びまわる変幻自在の技であった。

 ちらりちらりと銀の光が柱の合間を通り、その動きの軌道上の床や柱の一部が、かじりとられたように抉られる。その断面は、煙を放っていた。

 もしかすりでもすればミンチだろう。

 ゆえにクロガネは自ら動こうとはせず、剣を構え待ち構えていたのだが、

「……く……」

 右腕はびきびきと音を立て、骨格から変質していき、その表皮から獣のような銀色の体毛が生えてくる。腕だけではない。足の筋肉もまた痙攣に似た動きと共に変質していく。

 時間をかければかけるほど、変質は進んでいくのだ。

 クロガネは飛び出した。

 それを待っていたというようにトラバサミが飛来する。

 だが、トラバサミ自体の速度はまだ見切れるレベルだ。

 クロガネはそのまま直進し、紙一重でトラバサミをかわし――それでも服の一部が切り裂かれ、口まで覆っていたタートルネックも裂け口が露出した――その鎖を掴んで引いた。

 しかし、その時点では既にアリゲイターは鎖を手放しており、その先には誰もいなかった。

 恐るべきはアリゲイター。

 鎖を放し、引きずられるのを防ぎつつ、柱の陰から飛び出すと再びその鎖を掴んで逆にクロガネを引いた。

「うおっ!?」

 クロガネも咄嗟に鎖を放したが、体勢が崩れてしまっていた。

 それを逃すアリゲイターではない。

 トラバサミを突き出したまま砲弾のように飛びこんできた。

 必殺の一撃。

 しかし、クロガネは片手でそれを受け止めた。

「な……っ」

 銀色の顎は、クロガネの握力で無理やり閉じられへし曲がる。

「かははっ……いいぜそれでこそ……」

 喋っていた顔面に剣を握ったままの拳がめり込んだ。

「ぶごっ!」

 鼻血を吹き出させ、よろめくアリゲイター。

「貴様のくだらん趣味に付き合っている時間はないんだ。どけ!」

 クロガネの蹴りがアリゲイターのこめかみに炸裂する。更に、その体勢のまま拳を放ち、みぞおちを突き刺した。

 だが、アリゲイターは倒れない。

「さ、さいっこうだアッ! かははははははははっ!」

 狂ったように――いや実際に狂っていたのかもしれない――笑うアリゲイター。

 最早トラバサミもないが、素手で殴りかかってくる。

「こんなに気分がいいのは、ワニに食われて以来だぜえ! あん時は死ぬかと思ったが、人生で一番ゾクゾクした。そうだ。あん時以来の楽しさだ!」

 あまりにも大口を開けて笑うために、顔の古傷が開き、血が噴き出した。

 しかし、そんなことは気にもしていない。

 狙いも定めずに殴り続ける。

「知ってるか? 頭を齧られた感触を? 頭蓋骨が抉れて頭ん中かきまわされてよう。痛えぜえ。でも最高のスリルだった。だがなあ、そのせいで俺ァ、バケモンみてえな力が出るようになった。命がけだから面白えのに無敵になっちまったんだ。クソったれな人生だったぜ。……さっきまではなァッ!」

 血で染まる顔にこの上ない喜悦の表情を張りつかせ、子どもの喧嘩のようにただ拳を放つ。一撃一撃が、象をも殺せる程の威力。

「そうか……」

 クロガネは拳の連打をガードしながら、

「お前はもう死んでいたんだ。その時に」

「は?」

 しゅかっ、

 乾いた音が響いた。

 そして、液体が降り注ぐ。

 アリゲイターの丁度顔の横、そこに剣先が止まっていた。

 クロガネの剣が、アリゲイターの腹から胸にかけて斬り裂いていた。

「え……? うそだろ……」

「もう眠れ」

 その言葉に合わせるかのように、アリゲイターはくず折れた。

 まるで糸の切れたマリオネットの如く。

 倒れ伏したその体から真っ赤な血がどくどくと流れ出ていく。

 アリゲイターはそれをぼうっと見ていた。

 やがてその眼は虚ろになる。

 しかし、その表情は、どこか安らかだった。

「死んでいた……か。私もそうだ。あの時私は確かに死んだも同じだった……」

 何もなく。

 空っぽで。

 ――だが私を生き返らせた奴がいる。

 クロガネは階段の方へ走りだした。

 アリゲイター。

 脳に傷を負ったが故にそのリミッターが外れた、間違いなく人類最強の男。

 彼以上に人間の能力が上がることは、決してない。

 彼は存在自体が人類の限界点だったはずである。

 だが、クロガネはそれを破った。

 即ち――

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