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犬と帽子と本の虫1

 ココトクリ王国領ララシフル。

 ここは、年じゅう雪が舞う町。白く染まる町。

「あんたよく死ななかったね。がははは」

 豪快な笑いで衣料品店のおばちゃんが旅人の背をばしばしと叩く。

 叩かれているのはクロガネであった。

「まぁ、うちのこれさえあれば大丈夫」

「は、はぁ」

 クロガネは毛皮のコートを買っていた。ジャイアントキツネグマの毛皮を使って作られたこの地方ではポピュラーなものだ。

 それをマントの下に着込む。

 すると、嘘のように暖かくなる。

 のは、いいのだが――

「金がもうほとんどないぞ……」

 巾着袋を揺すってみると、ちゃりちゃりと軽く、そして心もとない音を立てた。

 いかにポピュラーとはいえ、毛皮は高い。高いのだ。

 クロガネは衣料品店を後にすると、町の中心部へ向かった。

 この町は野良犬が多いようで、少し歩いただけで何度もその姿を見かけた。

 それはさておき、雪の多いこの地方では、三角屋根の――それも勾配が急になったもの――家々が目立つ。その屋根の傾斜で落ちていく雪が積もるため、家の両隣には間隔があいている。

 ゆえにメインストリートであってもぎちぎちに建物がつまっているということはない。

 適度に間隔をあけたその通りを、クロガネはきょろきょろと見渡しながら進む。

「やめなよクロガネ。田舎者まるだしだぜ」

 マントのフードの部分に隠れているシイタケが言った。

実は魔法で姿を隠すことも出来るのだが、それは体力を消耗する。フードに隠れていれば当然ながら力を消費する必要がないのだ。何でも、人間が風呂に入っているのと同じくらいの時間しか姿を消せないのだそうだ。

「黙れ。絶対に出てくるんじゃないぞ」

「わかってるよ。ここも教会の勢力圏だもんね」

 雪に霞む町の奥に、他の建物に比べてひと際大きい建物――教会とその尖塔がうっすら見える。

 世界的に広く信仰され、強大な勢力である極光教の教会だ。

「で、何を探してるの?」

「酒場だ。いつもそこで仕事を探しているだろう」

「え? でもいつもは夜じゃない?」

 酒場は仕事の斡旋を行っていることが多い。教会もまた職業の斡旋、仲介を行っているが、ただ酒場のそれは教会(、、)の(、)それ(、、)と(、)は(、)趣(、)が(、)異なる(、、、)職である。

 ともあれ、酒場は酒を楽しむところであり、普通は夜になってから開く。現在はまだ夕方にもなっていない。

 ゆえにシイタケが眉をひそめても不思議はない。

「こんなに寒いんだ。真昼間からでも開いてるだろう」

 果たしてそうであるかは別として、クロガネは自信満々だった。

 雪を踏みしめながら、クロガネは進んでいく。

 粉雪が吹雪くというほどではないが舞っているゆえに、視界がぼやけていま一つ明瞭さに欠ける。

 また、どの建物が何の店なのか看板がところどころ雪に覆われていてよくわからない。酒場なら酒場とわかりそうなものだが、雪を滑り落とすためのくだんの三角屋根の家ばかりで、この町をはじめて訪れるクロガネにはいまひとつ判断できない。

 目をこらして通りを見つめていると、真っ白な雪の帳を黒い塊がかきわけて進んできた。

「狼か!?」

 黒い獣は一直線にクロガネに迫ってくる。

 クロガネは外套の中から安物の剣を抜き放つ。

 その切っ先を獣に向け、構えを取る。足場が悪いので体重はかけない。

 狼など一匹なら問題ない。一〇匹近く同時に囲まれたことだってある。クロガネは口を覆う布の下で口の端を持ち上げた。

 獣が飛びかかってくる。

 クロガネが剣を放ち……

「……!」

 瞬間、クロガネに真横から飛びかかってくる影があった。

 その影に押し倒され、剣は空を切り、同時に獣もまたクロガネを飛び越していく。

「何……!?」

 素早くクロガネは横に転がり、体勢を立て直す。

 その時にはぶつかってきた影は立ち上がっていた。

 それは白衣に眼鏡の、博士然とした線の細い青年だった。

「お前は……」

 クロガネの問いには答えず、青年は獣を睨みぶつぶつと何かを呟いた。

 唸り声を上げていた獣は、青年の呟きに合わせてしおしおと体を丸め、きゃん、と一声鳴いて走り去ってしまった。

「いやー、よかった」

 青年はにこりとクロガネに笑いかける。

 人懐っこい笑みだった。

「一体何をした……いや、何のつもりだ。狼くらい自分で倒せた」

「あれは狼じゃないよ。犬さ。狂暴だけどね」

「えっ!」

 思わずシイタケが声を上げた。

 その口を塞ぐようにクロガネはフードを握りつぶした。

「……やけに可愛い声を出すんだね」

「ゴホン! 余計なお世話だ」

 クロガネはわざとらしく咳払いをし、

「とにかくだ、あれが犬だろうと何だろうと一人でなんとでもできた」

「旅人だね。ここでは犬を殺したら大変なことになるよ」

「何?」

「最近司教が変わってね。犬を手厚く保護せよとのお達しなのさ。殺そうものなら死刑は免れられないだろうね」

「な、何だと!?」

 クロガネは眼をむく。

 それから、

「そ、それは済まなかった。助かった」

 と、一礼をした。

「うん。どうも」

 青年は恐縮することもなく、好意を真っすぐ受け取った。

「あ、そうだ。迷惑ついでなんだが……この辺りに酒場はないか?」

「酒場ねえ……僕も旅人でね。何度かここには来てはいるけど、そんなに詳しいってわけじゃないからね……」

 青年は辺りをきょろきょろと見渡すが、わからないようだ。

「そうか。早めに雇い主を探したかったんだが……」

「雇い主?」

「これでも傭兵の真似事をやっているんでね」

「へえ。傭兵……ん?」

 青年はしげしげとクロガネを見回す。

 シイタケはばれないように体をフードの奥に隠す。

「どうした? 女で傭兵とは珍しいか?」

「いや、もしかして、君の名前はクロガネかい?」

「なぜ私の名を?」

 反射的に答えてしまい、クロガネは内心舌打ちをした。

 無闇に手の内を晒すのは得策ではない。

「噂は聞いているよ。黒い剣士クロガネ。そうか。君がクロガネか」

 一方の青年は一人で得心している。

「何が言いたい?」

「単刀直入に言おう。どう? 僕のボディガードにならないかい?」

「は?」

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