断罪者を断罪する罪人5
光輝の塔の周囲は数百メートルにわたり教会の敷地となり、柵で覆われている。この塔が建造され一〇〇年あまり。
誰も破ることはおろか越えようとした者すらいないその柵は、今は猪でもぶつかったのではないかというほど変形し引き裂かれていた。
この前代未聞の侵入者に対し、二人の警備員が乗り出した。
たった二人だけだったのは、酔っぱらいでも侵入したのだろうと思ったのだろう。まさか教会に敵対する者がいるなど思いもよらなかったに違いない。
しかし、あっさりと返りうちに会い、ここに至って教会側もやっと事態の重大さに気がついた。
慌てて塔に併設されている寵愛騎士団の駐屯所から部隊を呼び出した頃には、賊は塔の入口付近まで迫っていた。
そして――
「どけ。今の私は手加減なんぞする気はないぞ」
クロガネは片手剣を左右一本ずつ構え、騎士団に相対した。
一対一〇〇。
しかし、クロガネは全く動じた様子もない。
威風堂々、無人の野を行くが如く歩いて行く。
対する寵愛騎士団は常人ではない。
団員たちは一般人には持ち上げることすら困難なほどの大剣を手に、四方八方から襲いかかる。
司教位以上の聖職者によって、秘密裏に教会指定の悪魔より抽出したアクシオンを注入され、その肉体を強化されている。例えば腕力は厚さ一センチの鉄板を引き裂くほどだ。
その反面、人間は教会指定の悪魔のように体内でアクシオンを生成できないがゆえに、肉体を維持することが出来ず、寿命が短くなる。定期的に注入できるほど教会のアクシオンの保有量は多くないのだ。
つまり、高位の教会関係者からすれば使い捨て扱いとも言えるのだが、彼らがその事実を知ることはもちろんなく、また死後の天国行きを教会に約束されているため、死をおそれず戦う。兵の数自体は少なくても、一人一人が十人力であり、国家の軍隊などより遥かに強い。
名実ともに世界最強の部隊である。
が、しかし、その死をも恐れない最強の部隊が相手にならない。
クロガネは剣の一振りで迫りくる大剣を次々へし折ると、文字通り蹴散らしていく。
じゃれついてくる子どもをあやすように、歯牙にもかけず突き進む。
それでも敵の数はあまりに多い。
人間である以上死角はかならず生まれる。
切りつけられ、或いは射られ、手傷を負ってゆく。
だが、止まらない。
「貴様らなんぞに用はない。シイタケを出せ!」
台風のようなクロガネの猛攻に、騎士団の囲いが破られようとした時、町の方から集団がなだれ込んできた。
銀色の鎧を纏った一団は、ララシフル国正規軍の部隊だ。国政に関与できるほど教会の力が巨大であることを示している。
また、思い思いの武器を手にして現れたのは民兵や自警団である。信仰心厚い彼らは、教会の敵を打ち倒すべく現れたのである。
塔の周囲の平野を埋め尽くすほどの大群が、たった一人のクロガネに迫る。
まるで飴にたかる蟻のようだった。
「あああああああああああああっ!」
クロガネが吼えた。
大地が揺れるほどの裂帛の気合。
これには取り囲んでいた兵たちもびくりと動きを止めた。
そのすくんだ体に体当たりをぶちかまし、吹っ飛ばす。
吹っ飛んだ兵の代わりに別の兵が飛び込んでくる。倒しても倒しても、その敵は減らない。
「……くそっ! 貴様らにかかずらってる暇はないんだ! 邪魔をするなぁっ!」
さしものクロガネも焦り始めた。
一人一人は敵ではないが、あまりにも数が多すぎる。
これでは塔に着くのがいつになるかもわからないし、着いた頃には疲弊し切っているだろう。
それでも戦う以外に道はない。
「がああああああっ!」
クロガネは再び吼え、両手の剣を振り回す。
それはもう剣術と呼べるものではなく、力任せの突撃だった。
熊の鮭獲りのように兵たちを宙に吹き飛ばし、遮二無二突き進む。
既に全身傷だらけで、服もあちこちが切り裂かれている。
その背に敵の一太刀が打ち込まれた。
「ぐっ……」
致命傷というほどではないが、浅くもない。
血がにじみ出し、痛みで動きが鈍る。
好機とばかりに次々と敵が攻め込んでくる。
崩れた体勢では受けるだけで精いっぱいであり、前に進むどころか攻勢に転じることもできない。次々と振り下ろされる剣に、全身に傷を負っていく。
「……なぜ邪魔をするんだ。何で……」
クロガネは体のあちこちから血を流しながら、
「どけええええええええええっ!」
最早防御をも捨て、大きな傷を受けることも厭わずクロガネは突き進んだ。
そのあまりにも壮絶な姿に、民兵たちの一部が動揺し始めた。
彼らは、教会に敵対する凶悪な背教者が現れた、それを正義のために打ち倒すべし、そう命じられて、或いは正義感から駆けつけてきた。
だが、彼らの前にいるのは、たった一人で数百の軍勢に立ち向かう女性だった。
「なぁ……俺たちって……正しいよな? 俺たちは悪魔を倒してるんだよな? なのに……なんであいつはあんなに雄々しいんだ」
誰かが呟いた。
それが伝染するかのように、軍勢の攻撃の手が緩み始める。
武器に迷いが生まれる。
しかし、それも一部でのこと。
戦場の狂気とでも言おうか、迷った者たちを押しのけ、次から次から兵たちがなだれ込み、目を血走らせてクロガネに襲い掛かる。
津波のように押し寄せる敵の大群にクロガネが飲み込まれようとした、その時――
「うわああああっ!?」




